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第3幕・4 空の上の町

   えー 空の駅 終着駅でございます 忘れ物のないようご注意ください

   えー 大変危険ですので 列車が完全に停止してから お降りください


「うわあ、すごいですねぇスーヴェン! 空の上ですよ、雲の上ですよ!」


 駅から出たハマートは、雲の上の街にしきりに感動していた。観光客になっている。

 ロックリバーはブルートロッコで三時間以上もかけなければ辿り着かない、近くて遠い街である。スーヴェンもハマートもこれが初めての訪問だった。


 大地に足をつけて暮らすスーヴェンにも、いつも眺めていた空に降り立つというのは新鮮な感覚だった。

 駅を出ると、そこに広がるのは古い石畳の道と、延々と続く空。雲は子供が作った砂山のように、盛り上がっている。初めて見る上空の世界は、一瞬すべてを忘れてしまうほどの驚きだった。静かに、おお、と声をあげた。


 それでもスーヴェンは冷静だった。感動もそこそこに、頭を働かせる。


「さて、これからどうしようかな……」


 目当てのベクターズカンパニー空の駅支社はすぐそこにあるが、名前も知らない配達員を、どうやって呼び出そうか考える。素性を明かさずに会う事はできないだろうか?


「これから、どう行動するつもりですか?」


 側に寄ってきたのは、頭頂部に反射する太陽が眩しい坊主頭の大男、トムだった。主人のために忠義を尽くす、ドーベルマンのような性格の男だ(ただし姿はまったく似てない)。


 勿論スーヴェンはそのことを承知していたし、カーネルの意図するところ……反発心を抱いているから、鍵を見つけても素直に渡さないだろう、そのときはトムに横取りさせてしまおう……という姑息な考えも見抜いていたから、


「そうだね。君とは別に、僕は情報を少しだけ持っているんだよ」見せかけだけでもトムを信用している振りをする。


「ここにモーゼフ・ペイターズというイアソン・ヴォードの知り合いがいるんだ。そいつなら何か知っているかもしれない。モーゼフを探すんだ」


 スーヴェンはトムと共に捜索をする気など微塵も無かった。でたらめを言ってトムとその他三人を追い払う。少しでもカーネルの空気を纏う者を遠ざけたかった。

 それからベクターズカンパニー空の駅支社に向かって、歩き出した。


    ※    ※


 空の駅支社のお客様相談窓口「あおの窓口」は、朝から夕まで並ぶ人が途切れた事はない。

 小さな礼から大きな文句まで(どう考えても苦情が多い)取り扱うので、窓口嬢エミリのポケットには胃薬が常備してあり、今日も朝から胃に穴が空く寸前だった。


「次の方どうぞ!」


 あと三十分もすれば待望の昼休みだ。それまで持ち堪えてよと自分の胃に願いつつ、エミリは声を張り上げ客を呼ぶ。来たのは目も覚めるようないい男だった。


「どうされましたか?」


 荒んだ心が洗われる思いで対応しつつ、エミリは青年を鑑定する。この客は苦情なのか注文なのか。でも見れば見るほどいい男だこと。


「配達員に会いたいんだ」見た目彼女より年下の青年は、優しくそう言った。


 文句でも礼でもなかったので、エミリは少し意外に思った。


「それでは、配達員のお名前をお聞かせ願いますか」

「名前は分からないんだ。栗毛の十代くらいの配達員でね」


 と男が言ったので、エミリは思い当たった。今春入社したばかりのトリティの弟の新人配達員。

 トリティとそっくりのエディとは、話をしたことはないが見知っている。


「エディ・バートン配達員ですか?」と言うと青年は、ふうん、という顔つきになった。

「そんな名前なんだ? 会えば分かるんだけどね。前に配達してもらったんだけど、ちょっと手違いがあったから、会いたいんだよ」

「そうですか。では少々お待ちください」


 なるほどそういうことか、とエミリは納得しながら、席を離れて配送部一課のデスクルームへと早足で向かった。




 眼の保養の続きを早くしたいがために、エミリは急いで窓口に戻ってきた。


「エディ・バートン配達員は、本日は出勤しておりません。お伝えする事があるならお聞き致しますが」

「それじゃ、エディ君の家を教えてほしい」

「申し訳ありませんが、社員の個人的な情報はお教え致しかねます」


 エミリが言うと、そうなんだ、と言ってあっさりと帰ってしまった。

 それをエミリは不審に感じた。用があるのなら、言付けの一つもありそうなものなのに。


「今の彼は名前を言った?」首を傾げるエミリに、守衛のトリティがそっと尋ねてきた。


「あら、聞くのを忘れちゃった。なんか配達についてのことみたいだけれど、行っちゃったわね。何だったのかしら? それにしてもいい男だったわぁ」


「この辺の人じゃないみたいだね、垢抜けてたもの。メリーアンヌも大喜びするタイプだよ、彼は」と、トリティは笑って言う。


「そうね。ちょっと若いけれど」とエミリも笑う。「今日のお昼を一緒にどう? メリーアンヌに今の事を自慢してやりたいわ」

「いいね。たまには外で三人で食べようか」


 それじゃ後で、とトリティが持ち場に戻ると、エミリは少しだけ気分を持ち直し、次の方どうぞ、と声を出した。


    ※    ※


 戻ってくると駅前で遊んでいたハマートが、嬉しそうな顔をして寄って来た。


「行商のおじちゃんから聞いていたんです。今、街では結構な噂になっているようですよ、見慣れない綺麗な女の子がいるって。女の子と男の子が、デートしてたと言っていました」


 ハマートの手には、食べ物が沢山乗っていた。

 そうか、二人は外に出ているのか。スーヴェンは顎に手を当て考えた。それなら容易く見つけられそうだ。女の子の容姿は歩こうが座ろうがかなり目立つ。町中を行けば必ず人目につく。現に行商人も覚えていたし、噂にもなっているという。


「礼拝堂へ行ったようですよ。仲がいいんですね。羨ましいですね!」


 羨むハマートは放っておいて。礼拝堂か、とスーヴェンは民家が並ぶ町を見上げた。



 細い路地、階段、急な坂道。煉瓦作りの民家は過去の時代の匂いを残し、大地の町と同じように埃っぽいし土の香りがする。

 どこかの家で昼食の準備をしているのか、風に乗って芳ばしい香りが漂っていた。


 とろとろにとけた長閑な時間が流れていて、体中がそわそわした。

 きっとスーヴェンの体は、サンミラノのあくせくした時間に慣れてしまっているのだろう。


「良い所ですね、なんだか昼寝をしたくなりますね! お昼前ですけど!」


 観光客と化したハマートは嬉しそうに横を歩いている。関心の無い声で、そうだね、と相槌を打った。

 ハマートと二人きり、狭い路地を横に並んで歩いている。いつものことだが、たまには女の子と歩きたいとスーヴェンは思う。

 礼拝堂への坂道を進んでいた。

 配達員……エディ・バートンとその連れに会いに。彼はスーヴェンが考えた通り、空の駅支社の配達員だった。


 次は、女の子がオートマタであるか確認することである。それで半分以上の目的が終了し、先が決まるのだ。


「あ。もうすぐですよ、スーヴェン」ほら、看板があります、とハマートは指を差す。


 高い所まできたらしく、振り向けば民家の隙間から眺望が微かに窺えた。上を見れば建物は少なく真っ青な空が広くなっている。なるほど、高台にある礼拝堂はデートには丁度いい場所だ。

 次はぜひ、女の子と来よう。


 さらに歩くと開けた場所に出た。広くはないが、ベンチがあって、憩いの場としてそれなりの体面を保っている。右の奥に古びた大きな建物があった。


 礼拝堂である。

 その後ろは薮だ。

 緩やかな傾斜が続いているが人が住む場所はそこで行き止まりらしい。左側には柵があり、天空の街並を一望できるようになっている。


 そして……


「あ! スーヴェン、あれは」


 スーヴェンはハマートが声をあげる寸前で頬を殴り、無理矢理黙らせる。路地からその光景を黙って見た。


 少女と少年。話し合い、嬉しそうに笑う二人。

 そして……謡う少女。


 スーヴェンは笑った。


「どうしますか、スーヴェン」

「うん、そうだね」


 謡い終わった少女は幸せそうな顔をしていた。

 その表情は満開の桜のように華やかで、近くに寄ったら甘い香りがしそうだ。少女と周囲の空気だけが淡い桃色をしている。エディ少年も少女に染められているのが、離れた場所からでもよく分かった。


「可愛いですねえ、羨ましいですね、あんな女の子と一緒だなんて」

「馬鹿か、君もあの女の子の色香に毒された? あれは作り物だよ」

「ええっ……それじゃ、あの子はかなりの悪女ってことですか!?」


 素っ頓狂な声を出すハマートを無視して、スーヴェンは歩き出した。ハマートも慌てて後を追う。


 最初に、少女と目が合った。次に、振り向いた少年を見た。


「やあ、こんにちは」


 声をかけると同時に、どこからか鐘の音が聞こえてきた。


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