第3幕・2 いざ、ロックリバーへ
えー ブルートロッコ 八時三十分発 ロックリバー行き 発車いたします
えー 駆け込み乗車は大変危険ですので お止めください 発車いたします
車掌独特の、鼻に綿が詰まったような声がホームに響き渡ると、かあん、と鐘が鳴って降車係が扉を閉めた。青い線が入ったブルートロッコは、ゆっくりと走り出す。
ブルートロッコは東北地域一帯の交通を担うトロッコ列車だが、行き先によって車両の数と本数に大きな差がある。
八時三十分の時点でサンミラノ発ロックリバー行きは、客車部分が二両と貨物部分が一両の計三両での運行だが(多い時間帯では七両に増える)両手で数えられるほどの客しかいなかった。
その中にはスーヴェンとハマート、それにトムの他にカーネルの手先数人が入っている。
それぞれ好きな席を陣取っていた。スーヴェンとハマートは一両目の最前列に座っている。
運転席の真後ろで、目の前に迫る風景が楽しめる特等席だ。
しかし二人は景色などそっちのけでぼそぼそと話している。
「……では、スーヴェンは鍵を捜す事にしたんですね」
「ここまでくると引き下がれないっていうか。でも君も来ることはなかったんだよ」
「気遣ってくれるんですか? 大丈夫です、ボクは何があっても平気ですから」
答えるハマートは笑顔だった。それを見たスーヴェンは、頼りなさを感じた。
「でもスーヴェン、昨日イアソンの家で見つけた鍵を、ボスに報告しなかったんですか?」
「何でもかんでも報告する必要はないよ」
言いながら、スーヴェンはジャケットの内ポケットの中の鍵を取り出した。
「説明書には『起動の際には鍵を差し込む』と書いてあったけれど、この鍵は巻くか、回すかする鍵だ。だから起動の鍵とは違うと思ったんだ」
「おお、なるほど」
「……そういえば停止の詳しい手順は書いてなかったな。『差し込んだ鍵を回す』とだけだ。もしかしたら、これは停止のための鍵かもしれない。……それと、これ」
「伝票ですね」
ハマートは伝票に穴をあけるように、じっくり見つめた。
「伝票の受け取り印は一週間前になっている。『アイリス』を制作している最中か、終わった後か。どっちにしろ『アイリス』に関する物を送ったんだろう。荷物の欄にも『付属品で本体』と書いてある。僕の考えでは、それがオヤジが捜している物だ」
鍵は太陽に当たり、鋭い光を反射していた。ハマートが、ほうほう、と頷きながら、
「ということは、今からモーゼフという人の所へ行って、確かめるわけですね? ……でも住所がロックリバーじゃないですよ?」
「僕の考えと計算がうまくいっていれば、荷物はロックリバーにある」
「ええ? どういうことですかっ」
「声がでかいよ」
裏返った声を出すハマートに、スーヴェンは辺りを気にしながら、静かに、という仕草をする。そして自らも声をひそめてハマートに言った。
「簡単に説明してやるよ。僕が怪しいと思った点は、伝票に記された荷物の大きさだ」
「大きさ? ああ、書いてありますね。……縦六十センチ、横百センチ、深さ八十センチ? 結構大きい鍵なんですね」
「そう、鍵だというから僕も君も、このネジ巻きの鍵や家鍵くらいの大きさかと思っていたけど、鍵といったって小さいとは限らないんだ。それから、僕たちがイアソンの家から帰るときに擦れ違った配達員」
「はい。カワユイ女の子も一緒で、変わった自転車に乗っていましたね。……まさか」
「……証拠はないけどね」スーヴェンは彼が察知したことを感じ取り、にやりと笑う。
「デート中でしたかね? ボクたち野暮ったいことしちゃったんでしょうか」
「違うっつーの」
鈍い音がして、スーヴェンの拳がハマートの頬にめり込んだ。
「制服を着ていたんだから勤務中だよ。僕があのとき不自然だと言ったのは、それなんだよ。配達員が女の子をカゴに乗せてデートなんかするか? 百歩譲ってデートだとしても、女の子をカゴに乗せるって、どんな奴だよ。僕はそんな奴を男として認めないね。
その配達員は僕たちと擦れ違ったあと、イアソンの家に向かったんだ。配達員なんだから荷物を配達しに行ったんだろうけど、何を配達したんだ? 僕はあの女の子じゃないかと思うね。イアソンはオートマタ職人だ、女の子が人形だって事は有り得るよ。荷物として、イアソンに送り返されたんだ」
「おお、なるほど」ハマートは大袈裟に相槌を打つ。見事な推理ですね、と感心した。
「イアソンの家に誰も居ないのを僕たちが確認しただろ? 大きな荷物は、受取人が不在の場合は不在通知を残して、集配所に保管されるんだ。あの子たちはあれから集配所に戻っているよ。配達員が乗っていた、空を走る変わった型の自転車は有名だからね。……ここまで言えばわかるだろ? ロックリバーへ行く理由が」
「おお、なるほど」とハマートは繰り返し相槌を打った。「見事な推理です」
説明をし終わったスーヴェンは、ふうっと息を整える。
それからふとハマートが顔を向け、でも、と真剣な顔をした。
「でも、スーヴェン。その女の子が、普通の女の子だったらどうします?」
「どうもしないさ。そのときは、別の場所を見つけるだけだよ」
「はあ、そうですか」
ハマートがお決まりの間延びした返事をするので、スーヴェンは、あんまり解っていないな、と今度は溜め息を吐いた。