第3幕・1 朝日浴びて、ベッドの中
ふと目覚めると、
目の前に女の子。
灰色の丸い瞳が、
向けられている。
……目が合った。
「わああああああ・・・」
ああああああ
※ ※
本来、荷物の持ち帰りは厳禁である。
しかし、アイリスの場合は例外かな、とエディは勝手に判断した。
知られれば、たとえ般若顔じゃない課長だったとしても、叱られるだろう、なぜなら規定違反だからだ。
しかし、自分がいない間に一課にイアソン・ヴォードから荷物引き取りの連絡が入っても、何とかなるだろう、と楽観的に考えていた。
どうしてそう考えたのか、エディはわからなかった。
とにかく、大丈夫だと思ったのだ。
それなのに、すっかり忘れていたのである。
アイリスが、なぜエディの隣で眠っていたのか(そもそも眠るのかも不明だが)、慌てたエディは布団を投げ出してベッドの端に逃げた。
そして我に返り、次の瞬間には両手で顔を覆う。
「アイリス! 服はどうしたんだ」
アイリスはニコニコ笑っている。
が、彼女は下着姿だった。華奢な手足が丸見えである。
「おはよう、エディ」
アイリスは何事もないように体を起こし、挨拶をする。
「服はね、しわになるから、ぬいだの」
皺になるから服を脱いだ、だって? そんなことまで考える人形なのか!
「早く着ろ、アイリス!」
エディは手の下の顔が熱くなるのを感じていた。一瞬見えた、アイリスの白くて張りのある、玉のような美しい肌が目に焼き付いていた。
人形相手になにを恥ずかしがっているんだ、と自分に言い聞かせる。
ああ、でもなんてことだ。それでも、人形にしてはリアル過ぎるじゃないか。
アイリスは、はい、と返事をすると、エディの心中もよそにのろのろと動きだした。
そこへやってきたのは、エプロンを着たトリティだった。
「大きな声出して、また怖い夢でも見たの・・・」
トリティの視線が、エディから下着姿のアイリスに向けられ……捕らえ所のない妙な空気が流れ、沈殿していく。
その一瞬の間に、エディの頭の中では思考がどたばたと駆け巡った。
緊急事態に司令室は混乱に陥っていて、言い訳すらもまともに出てこなかった。同時に、警戒警報がわんわん鳴り始めていた。このままリアクションをとらなければ、増々気まずくなる!
一方、トリティはトリティで、困惑していた。
漫画のような光景が実際に目の前に起きた驚きと、いざこういう場面に出くわして何と声をかけていいのやら、口を半開きにして複雑な気分だった。
見なかった振りをして扉を閉めるべき?
それともユーモアな姉を演じてサッと去る?
普段の調子で声をかける?
とにかく凝りが残らないように。思春期の弟を刺激しないように、言葉を。慎重に選んで……。
「……ご飯は?」ああ、なんて気の利かない言葉なんだろう!
慎重になって出てきた言葉のいたらなさに、トリティは少しだけ自己嫌悪に陥った。
「え? ご飯?」
エディはハッとして聞き返す。すると、横から眼を輝かせたアイリスが(下着のままで)嬉しそうにトリティに駆け寄った。まるで子犬がまとわりつくように。
「ごはん、たべたいの」
「え? アイリスちゃんも食べるの?」
「はい、たべるの」
「あ、そうなんだ」
不意を突かれたかのような間の抜けた表情で、トリティはアイリスに視線を向けた。
「それなら居間に行ってて。準備してあげるから」
「わあい、ごはんごはん」
「……。」
アイリスは下着のまま、無邪気にトリティの脇を抜けていった。その姿を姉弟は呆然と見ていたが、それまでの妙な空気は消え去っていた。ほう、とエディは息を吐くと、一緒に体から力が抜けていった。
それはトリティも同じで、ふう、と息を吐いた。
「エディ、もう仕事に行くから、後片付けはしといてね」
丁寧に折り畳まれたアイリスの服を手に取って、部屋の扉を閉める前に付け加える。
「あんた、もうちょっと男になりなよ」
部屋にはエディと共に平静が取り残された。小さな混乱の中にあっても時計は変わらずかちかちと仕事をしている。
窓の外では鳥がアホウと鳴いていた。