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第2幕・8 交差2

 それから、しばらく沈黙が漂った。カーオーディオはラジオの電波を拾いきれず、雑音とともにパーソナリティの声を流している。


「ところでスーヴェン」


 ハンドルを握り、ハマートは声をかけた。隣で沈黙している幼馴染みの様子が、さっきとは明らかに違う事をその身にじっくり感じながら。


「どうして、あんな嘘をついたのですか」

「特別な意味はないよ。ただね」


 スーヴェンは無表情のまま、ちらりとバックミラーを見る。


「不自然に感じただけさ」


 つられてハマートもバックミラーを見た。そこには、先にすれ違った配達員が遠ざかっていく姿が映っていた。


「はあ、不自然ですか」


 と言いながら、ハマートは首を傾げた。どこにも不自然な点は無いように思えたからだ。

 もう一度目をやると、配達員の姿はすでに鏡になかった。


 気を取り直して、再び声をかける。「……ところでスーヴェン」


「何だよ」冊子を閉じ、単調な景色を眺めているスーヴェンの返事はそっけない。

「次はどこへ行きますか?」

「さあ、どうしようか」スーヴェンはハマートを見向きもしない。


 取扱説明書は、二人が考えている以上に、重大な情報をもたらしてくれた。予想外すぎてハマートはブレーキを踏んでしまったほどだ。

 それからしばらくの間、二人とも言葉を交わさなかった。

 スーヴェンは窓に腕を掛け、流れる景色を見ている。


 沈黙の中、ハンドルを動かしながらハマートはふと思い出した。

 小さなイアソンの言葉だ。


『バラバラな事でも行き着く先は一つだ』

『結末を見届ける責任がある』


 今からどこへ行こうとも、最後は同じ所にあるのか。

 だとすると、自分たちには選択の余地など最初からないのかもしれない。それは、倉庫で鍵を見つけた時点で。


「とりあえず、事務所へ行こうか」


 ハマートが横で大人しく、自分の内側で様々なことを考えていると、スーヴェンが声をかけてきた。突然だったので、ハマートは驚いて声が出そうになる。が、なんとかこらえ、いつもの調子で返事をした。


「はい、分かりました」



    ※    ※



 空の駅支社に帰ってきた頃には太陽も山の陰に隠れ、空が燃えたような茜色を押し出すように、濃紺の夜が東から迫ってきていた。空を彩る星が、ぽつぽつと輝き始めている。


「楽しかった! もっとのりたいの」

「また次だよ。今日はもう仕事が終わりだから」


 自転車を車庫に収めて、エディはアイリスを連れたまま一課のデスクルームに戻ってきた。

 届け先が不在の場合は、荷物は保管する決まりになっている。

 今回の責任者はエディである。アイリスが自分の手元を離れるまで、荷物を扱った責任者として、責務を全うしなければならない。


 エディの気持ちは複雑だった。アイリスはオートマタだから『物』であることに変わりない。が……彼女の持つ感情は、人と同じだ。喜んで、笑う。嫌な表情もする。

 動きも自然で、肌の質感は人肌と同じだし、瞳は常に潤んでいる。これが人形だって?


 意志を持つ人形なんて有り得ない! エディはそう強く感じていた。


「おう、帰ったか。あんまり遅ぇんで皆帰っちまったぞ」


 デスクルームに残っていたのはガットだけだった。

 座布団の上で新聞紙を広げていて、年老いた猫というより隠居した老人そのものである。


「なんでぇ、イアソン・ヴォードは留守だったのか」

「うん。せっかく遠くまで行って来たのに。今日はもう、疲れたよ」


 アイリスに隣の席を勧めると、ああ疲れた、と自分も椅子に座った。障害物のない大空を行くのは開放的な気分になれて最高だが、空には空の道があり、またブルートロッコが時折走ってくるので気をつけなければならない。

 墜落の危険を冒して走っているので、空を走る時は神経を使う。特に今回は、管轄内とはいえ外れの地域だから距離もあった。


「でも、楽しかったの」


 と、アイリスは嬉しそうに言って、エディに寄り添う。エディも拒まずに笑いかけていた。


「……おおい」


 二人の仲睦まじい姿を見てガットは不安に感じた。いつの間に二人の距離は縮まったのか、昼間とは二人の雰囲気が随分違っていた。

 デスクに移動し、ガットは言った。


「あんまりアイリスに情を移すんじゃねぇよ。離れられなくなっちまうぞ」


「言われなくても、分かってるよ」ガットに指摘され、エディは憮然とした態度で答えた。


「いいや、分かってねぇよ。俺はマイクみてぇによ、荷物だなんだと言うつもりはねぇが……アイリスが置かれている状況を考えな。まだそっちの問題が解決してるわけじゃねぇんだ、何かあったら……」


「問題って、イアソン・ヴォードがアイリスを作った理由? それともアイリスのこと? ガットはいつも重要な事は教えてくれないのに、何かある、っていわれてもわからないよ。俺にどうしろっていうんだ」


 今までは自分に理由をつけて抑えてきたが、我慢できなかった。口から出てくる言葉を止められなかった。

 知っているのに、それを臭わすだけで教えてくれない。突き放される。

 何があるのか、どうしたらいいのか……辛いと言うなら、今も辛い。何も選択できないでいるのだから。

 エディは自分がいかに腹を立てているかをアピールするように、フイ、と顔を背けた。


「……ふむふむ、そりゃそうだな。悪かったなぁ」


 ガットは落ち着いた声で言った。

 出来の悪い生徒を諭す教師のような、優しい眼差しをエディに向けていた。


「知らねぇほうがいいことも、世の中にはあるんでぇ。オメーが知っていても、何ができるってモンでもねぇし……勿論、俺にも何にもできやしねぇだろうな。だが、ふむ、そう言うなら教えてやってもいいか」


 ガットは謝るが、エディは膨れっ面のまま、そっぽを向いていた。なんだよ今更。


「どこから言ったらいいモンかな。なにしろ難しくて、複雑なことだ。俺もどこまで広がっている話なのか、見当もつかねぇんだ。もしかしたら、とか、あるいは、とか、そんなあやふやなことしか言えねぇ」


 前足で頭を撫でてガットが言いにくそうにするので、エディは少しだけ興味を引かれた。


「ガットでも分からないことがあるのか」

「まあな。オレも万全じゃねぇよ。だが、よぅ……」


 ガットが真剣な面持ちになるので、エディもつられて気を引き締めた。これは自分が思っていた以上に大変な事なのだと悟った。ガットがその事実に慎重になっていることも。


 ガットの言葉で、エディは冷静を取り戻していた。何もできない、ということは始めから分かっていたことだ。そして、しなければならないことも。モーゼフからアイリスを預かったときからすでに責務はあり、それは幾度となく確認してきたことだ。アイリスを届けること。それは絶対だ。


「だが、何?」エディは気を引き締めて、問い返した。


「だが、俺は今日はマイクとメリーアンヌとな、飲みに行く約束をしてんだ。だからもう帰りてぇんだ」


 すまなそうに苦笑して言うガットに、エディは眉間に皺を寄せる。


「なんだよ、真剣になって損した。やっぱり言うつもりはないんだ」

「いや、教えてぇがな、もう時間なんだ。オメーを待ってたからよ。明日じゃダメか?」


 本当に悪いなあ、とガットが繰り返すので、エディは嫌だと言えなかった。


「勝手にしろよ。でも明日は俺、休みなんだよ」

「ああそうか。それならオメーの家に行くか。美味い饅頭持って行ってやるからよ。昼過ぎに行くからな、そんときに詳しく教えてやらぁな」


 じゃあな、戸締まりしとけよ。ガットは言い残し、帰って行った。


 外はもう暗い。

 いつの間にか、デスクルームも夜に包まれている。集配所の音も聞こえてこない。建物全体が休眠に入ったかのようだった。


 いつもなら閑寂に心細くなる。

 それがないのは、隣にアイリスが居るからだろう。

 彼女はいつも笑顔だった。


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