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開幕

 倉庫である。

 その建物は、家と呼ぶには家としての機能がほとんど削がれていて、物置小屋と呼ぶにはあまりにも巨大な広さで頑丈な造りをしている。

 だから、そこは一般的にいうところの倉庫である。

 ばたばたと複数の足が倉庫内部の階段を上っていく。風が扉を叩くよりも激しい足音だった。足音は倉庫を壊してしまいそうなほど激しく、強かった。

 そして奥の扉が乱暴に開けられた。部屋の壁際に積んであった書籍や箱が傾いて、鉄屑やら木片やらが固まったガラクタの山が雪崩を起こす。床は塵屑の海と化した。

 部屋の中には一人の中年の男……もじゃもじゃの髪の毛を後ろで束ね、濃い眉の下には垂れ目、無精髭が男のものぐささを表している、そんな男が、低いテーブルを前に座っていた。突然の訪問に驚くことも、怯えることもせず、ただ挑戦的な笑みを浮かべていた。

 薄汚れた窓から入る輝かしい夕日が、男を、テーブルを、ガラクタを、赤く染めていた。


「おう、てめぇ。ふざけた真似してくれるじゃねえか。ボケたツラァしてやがるが、とうとう頭に隙間が出来たか? てめぇは生かされているという事実を、忘れちまったんじゃねえだろうな」


 カーネル・ゴールは、羽虫さえも震え上がらせるような凄みをきかせた声で言うと、男の名を呼んだ。


「なあ、イアソン・ヴォード?」


 カーネルは白髪白髭の初老の男。灰色のスーツに身を包み、葉巻をふかし、厳つい顔をした……頬は垂れ下がり、ブルドックのような顔だが犬の従順で可愛い愛嬌はなかった。暴れ犬のような凶暴な目で、ものぐさな男、イアソンを睨みつけている。

 イアソンは答えず、カーネルの後ろに視線をやって、鼻を鳴らした。

 カーネルの後ろにいたのは黒いスーツをスラリと着こなし、山高帽を被った長身の若い男だった。帽子の下で、細い眼鏡がキラリと光っている。カーネルとは違いこの男は水のように静かで隙がなく、全身に幕が張っているように内面を隠している。それがカーネルの像の足のような太く重い威厳と相まって、異様な雰囲気を作っていた。

 三人の男たちはそれぞれ睨み合い、夕日が差し込む部屋の中は緊張感が蜘蛛の糸のように張り巡らされ、あまりの強力さに歪んでしまいそうだった。

 山高帽の男は、すうっと、静かに、押さえつける迫力を含んだ声を出した。


「私に製造する技術と能力はなく、あるのは製造法を記した本……国定図書館の書蔵庫の奥深くに眠っていた本でしたが、誰もが見て見ぬ振りをしてきたのは、それが禁物だったからです。世紀を一跨ぎするほどの長い時間、総ての人々が、本に触れることも、話題にすることも禁止してきたわけです。ですが、世相は日々変化し過去の鉄則が通用する事はありません。だから、我々は貴方に製造をお願いしたのです。総てを製造していただければ、私は莫大な恩賞を保証すると言いました。しかし、起動の『鍵』もあって、初めて契約は成立するのです」


 男は無感情に言うと、ずれた眼鏡を直す。


「どういうつもりですか? 貴方には説明する責任があり、私には知る義務があります」


 イアソンは口の端を釣り上げて笑った。馬鹿にしているのか。男の言動が可笑しくてたまらない、という笑い方だ。

 男の顔に表情は表れない。

 ただ、静かに。眉も動かさず。

 しばらくの沈黙があり、険悪な雰囲気が漂う。

 そして……不意に、


「……俺から一つだけ言える事は」イアソンが口を開けた。「簡単なことだ。契約契約と、馬鹿みてぇに言うが、俺は全部請け負ったつもりはない。俺も職人の端くれ、存在は知っていたし作りたいとも思っていた。だから製造する、という部分においては、お前さん方と一致していた、それだけのことだったんだ。だいたい、半分は脅されたようなモンだ。それでも金はくれるって言うからな、乗ってやったのに」


 言葉を区切ると、はぁっ、とわざとらしく溜め息をつく。


「世相がどうあれ、どうしてアレを選択したんだ? お偉い人の頭の構造は、凡人の俺にはわからんよ」


 カーネルは銜えていた葉巻を床に落として、一緒に怒りも捻り潰すように靴底でぐりぐりと火を消した。冷静な山高帽の男とは対照的に額には青筋が浮かんでいる。


「貴方が言う道理に価値はありません」男が言う。「世界は一般の人々が知らない所で動いています。その動きを知り、対処するのは我々であり、一般人はただ生活を営み、我々に従えばいいのです」

「へっ、そうかい」


 イアソンはフン、と鼻を鳴らす。俺はご免だな、と悪態をついた。

 すると業を煮やしたカーネルが、懐から黒く光る無骨で無機質な鉄の塊……拳銃を取り出し、銃口をイアソンの頬に押し当てた。


「つべこべ言わずに、出すもん出しゃあいいんだ。てめぇは意見する立場にねぇと、言っているだろうが」

「ほらほら。そいつがいけないんだって。脅せば誰でも屈すると思うのは間違いだぞ。でかい力を見せつけて服従させても、そこに尊敬はなく、恐怖で縛っても誰もついてこない。あれは危険な代物だ。世界のバランスを崩すくらいのな。だからお前さんのような邪な考えのヤツに『鍵』を渡すのが嫌だって言っているのが、分からんのかね」

「貴方の言う『世界』が何を意味しているのかは知りませんが」


 男がイアソンに近づく。


「私は邪心など微塵も抱いた事はありませんよ。私はより良い暮らしを一般市民に保障しなければなりませんが、そのためには少しの力も必要だと考えています。それは邪心などではありません。力を力で伏せることができるのも、事実なのです」

「ガキの喧嘩じゃないんだ、拳でなく対話で解決したらどうだい」

「対話の時期はとうに過ぎています。だからこうして製造を考えたのですよ。……物は使うためにあるのです。貴方が製造した物も、次の技術者のための貴重な参考資料としてきちんと使わせていただきます。でないと、製造のために貴方に渡した金が無駄になりますからね。予算は限られていますから、無駄は出してはいけません」


 男はカーネルの拳銃に手をかけ、納めさせると同時に。自分の懐から拳銃を取り出した。


「貴方に理解されなくとも、時代の流れは止まりません」


 カーネルの代わりに、銃口をイアソンの額に付けた。

 それでもイアソンは……表情を変える事はなかった。

 不敵な笑みを浮かべたまま、男と睨み合う。

 その瞳は……何者にも従わないという意思。

 男は拳銃の安全措置をゆっくり外す。

 男の瞳には。信念を貫くという意思が宿っている。


「他人を陥れて破滅させる奴は悪人だ。と、これは俺の持論だが……お前さんはどうだい」

「さあ。貴方の持論に意味は無いですよ。こちらは『鍵』があればよいのです。無くともなんとかなりますが、あるにこした事は無い。もう一度尋ねます。『鍵』はどこでしょう」


 男は静かに問う。

 どちらも、譲歩することはなく。

 互いにぶつかったままで。

 イアソンは低い声で言った。


「さて。どこかな」

「……私が聞きたいのは、そういった答えではありません」


 男は言うと、

 引き金に掛けた指を

 一瞬の躊躇いもなく

 イアソンを見据えて


   どう

   どうどう


 割れ金を叩くような激しい音が、空気を揺さぶる。


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