僕たちはこう生きます
最初はただ求めた。
初めてそれを目にしたのは小学六年生の夏。
両親と帰省したじいちゃん家のある田舎があまりにも退屈すぎて暇潰しのために普段は行かない古本屋で普段は読まない一冊の本を手にした時だった。
「おもしれぇ」
口から漏れ出た正直な思い、それが俺の夢の始まり。
伊賀の恋人というタイトルのその小説は敵の里のクノイチに恋をした忍者が里を抜けて恋に生きると言う話で120ページほどの小学生でも読み切れる程度の薄い本だったがそれに詰まった内容はいつか見た1000ページを超える大冊が数巻出るほどの長大なストーリーの映画よりも遥かに壮大な物語が綴られていた。
涙あり笑いありそして少年誌的な熱さもあるその本は小学生だった俺を虜にした。
その本を書いたうるじきゆいにという作家に出会って俺は人生で初めて人を尊敬した。
それから夏の間中俺は本屋を巡ってその作家の本を探し求めた。
そして探し当てた3冊の本を俺は食い入るように読み漁った何度も何度も何度も。そしてやっぱりそこには俺が求めた壮大な物語があった。
だが夏に集めた3冊以上の本を俺は見つけることができなかった。どうしても、どうしてもうるじきゆいにの作品に焦がれた俺は人生で初めてインターネットいうものを使った。父の部屋に置かれたパソコンを夜中にこっそり開いて盗み見したパスワードを打ち込み慣れないローマ字でネットの海を探った。
だがその手段を用いて分かったことはうるじきゆいにと言う作家がもう十年も前に筆を追っていて出した作品はわずか3つと言うことだけだった。
もううるじきゆいにの新しい作品を見ることはできないと分かって俺の欲望は他の作品にもはみ出していった。フランスから日本、時には今はもう存在しない国の作家まで俺は現在、大学三年生になるまで実にたくさんの本を読み漁った。
そして俺は実に根暗なと言ったら言い方が悪いが物静かな人間になった。
読書に耽った高校生活を通して身につけたのは邦文のない海外文学を読み漁るために身につけた英語とドイツ語が少々、中高一貫と言うシステムのおかげで中学、高校を塾で勉学に励んだ小学生時代の資産を食い潰しながらなんやかんや凌ぎ大学受験ではドイツ語と小論文だけで行くことのできる私立大学になんとか滑り込みぎりぎり社会の道の上に踏みとどまった。
ただそんな俺ももはやのらりくらりとは行かない問題に直面していた。
世の大学生であれば皆がこの時期に頭を悩ませる。そう就職である。最近俺の頭を痛めつけているこの問題はかなり深刻だ。
普通であればせっかく大学に行ったのに新卒というカードを使って企業に正社員として雇われようとしないことは勿体無いと思われるだろう。
だが俺の価値観はその世間で言う普通と対立構造を成していた。
それが小説家になるという俺の夢。分かっている。この夢を志すことは世間一般に受け入れられるようなものではない。だが、憧れてしまったものはしょうがないだろ?
小説家。そんな夢を俺が視野に捉えたのもうるじきゆいにがきっかけだった。彼、もしくは彼女の小説をもう読むことができないと知った俺が思い至った発想はないのであれば作ればいいということだった。
うるじきゆいにがもう筆を取らないのであれば俺が作家となって自分の読みたい作品を描こうと言う発想。
実に細々とした思いが少しづつ太くはっきりとしたものになっていき、俺はいつしか筆を走らせていた。走らせると行ってもパソコン上で執筆していたので打ち込むという表現の方が正確ではあるが・・・
ただ兎にも角にも中学二年生に始めて以来八年ほども続けてきたこの趣味というか志を是非職業という形にして成就させたいという思いが俺にはあった。
だが、才能の方はからっきしである。大学に入ってからは文学サークルに所属しより一層その夢にのめり込んでいったが中々その芽が出てくることはなかった。今まで書いた作品は数知れず申し込んだ賞の数だけでも40を超えるが何一つとして確かな結果を残すことはできなかった。
そして迎えた大学三年生の夏休みである。いい加減大学を卒業した後の職業選択について真面目に取り組まなければいけない時期だったが俺はまだ筆を折る決心がついていなかった。
もしかしたらもしかするかも知れないと俺は今日も一人セミの声に浸りながらクーラーの効いた図書館の中でパソコンに向かっていた。
もしこれでダメなら小説家を諦める。こういう葛藤をもう何回繰り返しただろうか、そんなことさえ忘れて俺は今度ダメならもうやめるという何回めかも分からない決心を自分に約束して作品作りに取り組んでいた。そんな時に今はあまり聞きたくない声が俺の頭上に現れた。
「よお、りくまた小説書いてんのか?」
「ゆいと、珍しいじゃないかお前が図書館に来るなんて」
「ああほんとに珍しいことだよ、できれば来たくなかったんだがお前が家にいないとなれば当たる先がここしかなかったんでな」
「そうか、そんなに俺に会いたかったのか、もしかしてお前もついに小説を書く気になったのかそれで俺に相談しに来たとか?」
「誤魔化せると思ってるのか・・・金、返してもらうぞ3万、耳を揃えてな」
「・・・・・・・」
「まさか返せないなんてことはないよな?」
「すまん!!」
図書館の横、大きめの国道に沿う歩道、市が都市環境の改善を目的として設置した木材の柵で囲まれた街頭樹が作り出す木陰の中で足を組んでベンチに座るゆいとに向かって俺は躊躇いなく土下座をした。
この状況を最小限の傷で乗り切るためにはこれしかないと思ったからだ。
「確かバイト代が入るって言ってたよな?」
「ああ、入った3万円5000円」
「じゃあなんで3万円が返せないんだよ」
「それが・・・な、なんというか、非常に言いにくいんだが・・・」
「・・・・・何?本に使った!・・・お前人から借りた金をなんだと思ってるんだ」
「いやとてもありがたいと思ってるよお前が貸してくれなきゃ今頃俺は熱中症で死んでた」
「だったらそこは自制しろや」
「どうしても欲しい本があったんだそれも数冊・・・2万は今返せるから1万は少し待ってくれ頼む!!」
「・・・・・2万は返せるんだな?」
「ああ」
「分かったじゃあ残りの1万は来月返してくれればいいよ」
「恩に着る!」
「ただし、今日の夜は俺に付き合ってもらう」
「・・・付き合うって何に?」
「合コンだよ」
合コン?一瞬頭の中にハテナマークが投影された。合コンていうのはあのイケイケの男がカワカワの女の子と一緒に酒を飲んでいろいろなしがらみから解き放たれてめちゃくちゃやる酒池肉林パーティーのことか?
「いやどんなイメージだよそれ、時事ネタに偏りすぎだわ・・・まさか合コンは全部そういうものだと思ってるのか?」
どうやら心の声が漏れていたらしいゆいとは少し驚いた顔をしてそう聞き返してきたので俺は首を縦に振った。
「いいか合コンてのにもなピンからキリまであるんだ。確かに酒飲んで薬決めて乱行してお縄なんてめちゃくちゃなもんもないとは言わないがそんなのはほんの一部、小指の爪の先に載せられるぐらいのものだ。大体は居酒屋でホロ酔いぐらいに酒を飲んであとは夕飯食っておしゃべりしてはい解散ってのが定石だよ王様ゲームどころかお持ち帰りなんてのも滅多に起こらない、やることは少しカジュアルなお見合いなんだ」
「・・・そうなのか?でもなんで俺なんかを誘うんだよ他にももっとかっこいい友達とかお前だったらいるんじゃないのか」
「まあ確かにそれは正論だ。お前は俺のダチの中じゃ女子からのモテ度って定規で測ったら最底辺の一角だからな。」
「そん・・・それは言い過ぎじゃないか、確かにおしゃれとか積極的にやったりはしていないけど髪型とか髭とか清潔感とかはちゃんと気にしてるぜ」
「そんなのはまともな大学生名乗るための最低条件だっつぅーの、髪型はダサいし服のコーデは壊滅的、清潔感だってまあ汚くはないが華になるほどじゃねえしな」
「・・・いちいち刺してくるな・・・じゃあなんで俺を誘うんだよ」
ゆいとのあんまりな言い方についムッとした口調になってしまった。
「いや・・・それはあれよ・・・友達としての善意だよお前にも華の大学生活っていうやつを体験させてやろうというな」
「迷惑な善意だな。それにどうせ俺なんかが言ったって相手にされないだろ。なんてたって俺はモテ度最底辺の男なんだからな・・・」
「拗ねるなよ。モテ度に関しては俺がなんとかしてやるから」
「なんとかってどうするんだよ。」
「なーに、お前は元はいいからな合コンまであと6時間、それだけあればダサい髪型と壊滅的なコーデと清潔感なら直せる。そこさえ直せればお前は結構なレベルの男子だからな少なくともガワで足切りされることはないはずだぜ」
「そんなうまくいくか?」
「まあ任せとけって」
「でも・・・」
「じゃあ今すぐ3万円耳揃えて返せるのかよ?」
「ぐぐぐ・・・」
そうだったこれは1万を来月まで待ってもらうための条件なんだった。だとすれば仕方ない。金を用意できなかったのは俺の落ち度だし
「分かったよ」
「じゃあ決まりだな早速美容院へ行こう。予約してあるんだ1時間後に。今出れば時間ピッタリぐらいに着く」
「準備万端かよ」
「何事も備えあれば憂いなしなだからな」
そう言って子供っぽく笑うゆいとに連れられた俺は5時間後、つまり合コンの会場に向かう直前にはすっかり別人のようになっていた。
「どうだ?中々のもんだろう」
「中々のもんどころかなんだこいつは本当に俺か?」
鏡に映し出される自分の姿があまりにも自己認識とかけ離れていたので思わず目を剥いてしまった。まさか5時間でこんなにマシになるんなんて思っても見なかった。
「言っただろうお前は元はいいって、ちゃんとした用意さえすればこんぐらいにはなるさ」
「そ、そうかすごいな・・・・・」
「じゃあもう行こうぜ。合コンまであと1時間しかねえ。ちょっと遅刻するかも」
「あ、ああ。そうだな行こう」
そこから電車を乗り継いで今日の合コン会場である居酒屋の前に着く頃には傾いていた日は落ちきり街の照明が夜空を照らしていた。
その居酒屋のあるところはまさに夜の街といった雰囲気でそこらじゅうにキャバクラやら居酒屋やらの看板が掲げられ目的の店に到着するまでに人の喧騒が途切れることはなかった。
「えーーと、ここかな?ここだ」
「着いたのか?」
「ああ着いた。ギリギリ間に合った。入ろうぜ」
「う、うん」
今までは人だかりの中でゆいとから離れないように歩くのに集中していたので忘れていたが、そうだ俺は合コンに来てるんだった。
嫌な汗が背中をつたう。目の前の店が今までの人生でなじみのなかった雰囲気を醸し出していることも一役買って俺の全身は急速に強張っていった。
今回の合コンに参加するのは男と女がそれぞれ3人づつちなみに俺を含めて全員がゆいとの友達だそうだ。
友達の友達なんてこの世で最も気まず関係性じゃないか。そんなことも思いつつ俺は用意された6人用の個室に重い腰を下ろした。
「おお、ゆいと、とそっちが例の友達か」
「ああこいつ俺の友達のリク」
「よろしくなリク!」
「よ、よろしくお願いしまう」
やべ噛んじった。
さらに冷や汗が漏れ出る。ただゆいともそこまで過酷ではなく席の振り分けは真ん中がゆいとでその両サイドに俺とゆいとの友達という並びで済ましてくれた。
ふう助かった友達の友達と隣り合って座るなんてとても耐えられなかっただろう。
どうやらまだ女性陣の方は誰一人来ていないようで個室の奥側の一列にはまだ誰も座っておらずメニュー表だけが3枚置かれていた。
「やべ、ちょっとトイレ行ってくるわ」
「おお、行ってらー」
「あ、じゃあ俺もトイレに」
「いや、ここのトイレ一人しか入れねぇから俺が戻ってくるまで待っとけよ」
「え?」
やはりゆいとは過酷だった。おいおいいくら人一人分離れてるとはいえ、今日初対面のそれも明らかに俺とは人として根本的に違いそうな人と二人っきりというのは辛すぎるぞ。
ていうか一人しかトイレに入れないんならその前で待っとけばいいじゃないか。やっぱり行こうかな・・気まずいし、でも今出て行ったらなんか避けてるみたいになっちゃうかな、いや実際に避けようとしてるんだけども・・・
「・・・・・」
「・・・・・」
「なあ」
「は、はい・・・なんですか」
やっばい話しかけられちゃったよ。判断が遅かった。どうしよう。
「リクはどこの大学行ってんの」
急に名前呼びだと、やっぱりこの人は俺と根本的に違う人種の方のようだ。
「い、いちおう丁応大学です」
なんか嫌味っぽくなっちゃったよ、嫌なやつだと思われたか?
「へぇーー丁応ってことはゆいとと同じとこか、頭いいーんだなー」
あれ、思ったより好意的な返答が返ってきた。こういう人にとっては学歴なんて対した意味を持たないのかも。
「趣味とかってなんかある?」
「趣味・・・ですか?・・・・・えっと・・・・・・」
「あ、無理に言わなくてもいいからね。ちょっとした興味本位だから言いたくないなら」
「い、いえ別にそういうわけじゃなくて・・・えっと本、本です。僕小説読むのが好きで」
「へえ小説。いいねどんなの読むの?」
「最近はフランス文学とか読んでます」
「フランス、じゃありくフランス語読めるのすげーめっちゃ頭いいじゃんw」
「い、いえ大体の本は日本語訳とかがあるのでそっちを読んでるんですけど。・・・・・あ、でもたまに日本語版がないものもあったりしてそう言う時は英語版とかを読んだりします。そういうの辞書とか使いながら読むので時間もかかるしたまに間違った訳で読んじゃったりするんですけど。でもなんか化石掘ってるみたいな気分になるんですよね、未知の世界を自力で切り開く?みたいな感覚があってそれでそういう読み方がちょっと好きになったりして、それで最近は日本語版がある本も英語版とか、たまにフランス語の原文とかを読んだりするんですよ。そしたら日本語版とかとはちょっと表現方法が違ったりなんなら物語も少し変わってたりしてそれはそれで面白いことに気づいて。例えば・・・あ」
完全にやってしまった。引かれただろうか・・・。
「はははっ。その感じめっちゃゆいとの友達っぽい」
「え?」
引いてない・・・だと。
「ごめんごめん。別に悪口とかじゃなくて、ゆいとの友達って俺含めてちょっと変わったやつ多いからさ」
「そうなんですか?」
「そうだよ。結構俺の仲間内じゃ変なやつって扱いだぜ。まあ俺はそういうところがあいつの長所だと思ってるけど」
ゆいとの友達って俺みたいの多いんだ。あいつの交友関係なんて知る機会なかったから意外だ。
「で?なんだったっけ?」
「え?」
「フランス文学の話、なんかおもしろそうなこと言いかけてたじゃん。続き聞かせてよ。」
俺に話を続けることを促した・・・だと。大抵こういう場合、空笑いやら苦笑いやらで間を濁した後はひたすら沈黙を貫くというのが定番じゃないのか?ただ聞かれた以上、無視するわけにもいかない。
「は、はい、えっと、そうフランス文学だけじゃないんですけど。海外の創作物とかって日本語版に訳される時に表現が変わったり、なんなら物語の内容が変えられちゃうこともあって例えば・・・」
最初は渋々始めた間を持たせるための話だったはずなのだが、聞き手の合いの手があまりにも優秀すぎて俺はいつの間にかここが合コンの会場であることも忘れて自分の趣味の話をすることに没頭していた。その時間は今までの人生の中で知ることのなかった自分の趣味を他人に共有することの”楽しさ”を俺に教えてくれた。
「へぇ!面白えじゃん。他には?なんかないの?」
やっぱりこの人の合いの手はうまい。つい次の句を注いでしまう魔力が言葉の端々にこもっている。
「お待たせー。あれ?女の子まだ一人も来てないの?もう時間なんだけど」
「言われてみればもう合コンの開始時間とっくに過ぎてるじゃん。もしかしてドタキャンとか?」
「いやそういうことするような子たちじゃないと思うんだけどな」
おや?もしかしてこのまま合コン中止ルートとかありえちゃう?
女の子が来ないのなら仕方がないよな、そうだよな。それだったらゆいとも文句はいえまいよな!
「ごめーん遅れちゃった」
と思ったら来ました。合コンはやることになりそうです。うーんやっぱり世の中そんなにうまくはいかないか。
「ん?あ。なんで楓がいるんだ?」
ゆいとが怪訝な声でそう言った。というのも部屋に入ってきた女の子の数は3人ではなく4人。聞かされていた人数よりも一人多いのだ。
「ごめーん、そこでバッタリ会っちゃって一緒に飲みたいっていうから連れてきちゃった」
「連れてきちゃったって。合コンだぜ。楓は彼氏いるだろ」
楓と呼ばれたその女の子は綺麗な顔立ちのすんとした美人だった。白いダウナーの前を締めて白いショートパンツから伸びるスラリとした綺麗な足を黒いタイツで覆っている。それだけならば俺はつい見惚れていたかもしれないが、彼女の人形のように整えられた表情の中の冷たい瞳と一瞬目が合ってなんだか恥ずかしい気持ちがよぎりそれっきり彼女をまともに見ることが出来なくなった。
お前なんかが私に憧れを抱くなんて分不相応だ。彼女の発するそういう雰囲気が俺の全身を伝った。
「別れた」
「は?」
「振ってやったの!あいつが浮気しやがったから・・・とにかく私はここで飲むから。いいでしょ一人増えたって、ちゃんとお代は出すし邪魔はしないから」
そう言い捨てた後。答えを待つという段階を無視して彼女はどかどかと個室の中に上がり込み男性陣の反対側、ちょうど俺の真正面にどかっと座り込んだ。
初対面、と言っても一瞬では合ったが彼女の視線から感じた身も凍るような冷たい雰囲気は怒号混じりの悪態によってすっかりかき消された。
よく見たらちょっとほっぺが赤い。酔ってるのか。
この時点で俺には希望があった。
それはゆいとの友達とのファーストコンタクトにおいて予想されたほどの醜態を晒さなくて済んだということと女の子の方もゆいとの友達ということでもしかしたら今俺と話してくれた男のような俺に興味を持ってくれる子もいるかもしれないという期待があったことによって生じたものである。
俺はこの合コンを案外うまく。女の子とはそこまで仲良くなれずとも孤立することなくそれなりに会話に参加して少なくとも何しにきたんだこいつみたいな空気の人間にはならずに済むのではないかという希望。
だがその希望は儚く消え散ってしまった。
確かに最初の最初、自己紹介なんかのフェーズでは対した失敗を感じることもなくうまく場の雰囲気に溶け込めていたが、その後に始まったフリートークの時間ここが問題だった。最初のうちこそゆいとやその友達が話を振ってくれたり女の子の方から話しかけてくれたりしたが酒が回るに連れて男性陣からのフォローはなくなったし女の子の方も俺に話しかけてくることはなくなった。
どうしてこうなったのか。理由は分かってる。
それは俺の会話のキャッチボールのまずさにある。
基本的にというか全部の会話において俺は相手が投げてきたボールをキャッチするだけで自分から誰かにそれを投げるということをしなかったのだ。
例えばゆいとが俺に趣味はなんなのか、とか好きなお菓子は?とかそういう話を振ってくれたとする。それに対して俺はこうこうこういうものがどういう理由でそうなんですのように言葉を返す。するとゆいとやその向こうの女の子からそれってどうどうどういう感じなんですか?のような質問が返ってくる俺はそれに答える。それが何回か続くそして会話が途切れる。
本来こういう場合には今度は俺の方から女の子に何か話を振ったり質問をしたりするというのが適切なのだろうが俺はそれが出来なかった。その結果、俺は何しにきたんだこいつという状況に身を置くことになってしまったのだった。
酒の味がしない。
自分一人がこの状況から大きく切り離されているのだという実感に俺の背中から冷や汗が溢れ出す。ああなんか嫌な思い出が蘇ってくるなあ。
よし、トイレに行こう。このままここにい続けても、よりいたたまれない感じになるだけだろうし、一旦部屋の外にでて気分を落ち着かせよう。
そうして俺は席を立った。
自分の孤独感を紛らわすためにトイレに駆け込むなんて高校生の時以来だ。ああやだやだやっぱり合コンなんて俺には向いてないわ。今度からちゃんと借りた金の期限は守ろう。
そう固く心に誓って俺は店のトイレに向かった。
トイレに行ったはいいもののこの店のトイレは一つしかないのでそれを訳もなく占有し続けるということはできない。だから潰せる時間はせいぜい3分程度、それが終わったらまたあの個室に戻らなければいけないが俺にはそれが出来なかった。
なぜならば手をかけた個室のドアの向こう側で何やらゲームが始まっていることを察知したからだ。それがどうゆう性質のものなのかは分からないが、明らかにその場にいる全員がそれに参加しているようなので今ここで戻れば俺も参加することになるだろう。
先ほどから誰と会話するでもなくただポツンと座ってちょびちょび酒を飲んでいた男がそいつのいない間に始められたゲームに途中参加するなんて最悪な構図だ。
かといって俺がゲームへの参加を断ってしまったらそれはそれで場をしらけさせてしまう。それも嫌だ。だから俺はこのゲーム終わる頃合いまでは店の外で時間を潰そうとそう決心した。
ガラガラとガラスのはめられた木の引き戸を開けて店の外に出るとツンとした冷気が体全体を包み込んだ。店に来た時は少し肌寒い程度だったが時間が経って本格的な冷え込みになったらしい。自分の席に上着を置いてきたことを後悔したがそれでもあの空間に再び戻る気にはなれなかった。
「うーさみーー」
この寒さと深まってきた夜のせいなのか、店の周りの雰囲気は来たときに比べて随分と物静かになっていた。10mほどの幅のある道路をぎゅうぎゅうになってい進んでいた人だかりはその数を目減りさせて、聞こえてきた酔っぱらいたちの叫び声も今では寂しくこだまするものが1、2つあるだけだ。
それでも人通り自体はあるので店の看板の前で立ち尽くすのは迷惑になるだろうと思ってそこから横にそれたところにある裏道の少し奥まったところにしばらくの間身を隠すことにした。
「あーあ、どのタイミングで戻ればいいんだ。ほんと、合コンなんて来るんじゃなかったよな」
スマホが発するぼんやりとしたブルーライトに顔を照らされながらコンクリートの壁にもたれかかってタイミングを測っているとつい毒が出てしまう。
自業自得の結果こうなったとはいえ、やっぱり夜の寒空の下で長時間待ちたくもないものを待たなければいけないのは辛いものだ。
いっそこのまま帰ってしまおうか。そういう考えが頭をよぎる。上着は席に置いてきてしまったもののそれ以外の貴重品は全て手元に揃っている。唯一財布だけが例外だが、帰りの電車賃くらいならスマホケースの内ポケットに入っている交通ICカードの残金で事足りるだろう。適当に理由をつけて先に帰って上着のことはゆいとにお願いすればよい。
借金返済の代わりの条件として合コンに参加したことを考えれば途中で帰ってしまうのは友達を裏切ることになってしまうという考えと参加するにはしたしこれ以上いても迷惑をかけるだけなのだからここで見切りをつけて途中離脱することの方がかえって友達想いなのじゃないかという二つの相反する意見を心の中で戦わせる。
「あれ、あんた」
そうしていると思わぬところから声がかかってきた。
見るとそこにはあの女の子。本来はこの合コンに参加するメンバーの中にいなかったものを強引に割り込んできたあの冷たい空気の美少女がそこには立っていた。名前は確か楓だった。
「あ」
「あんたここにいたんだ。何、具合でも悪いわけ?」
「いや、えっと、その」
思わぬ遭遇にたじたじになりながらもなんとか声を捻り出すがその音がまとまった一つの意味を作り出すことはできない。なんせあの初対面で俺の中ではすでに楓という人間に対する苦手意識が醸成されている。同性であることに加えて二人きりになる前にワンクッションあったゆいとの男友達の場合とは違い突然の出来事であることに加えて、苦手という属性までついた異性であるとなれば俺がこのような痴態を晒すことも納得できるはずだ。
とにもかくにも数秒間の間二人の間には奇妙な沈黙が流れた。
「どうしたの?やっぱ体調不良?それならゆいと呼んでこようか?」
「いや、大丈夫です、えっと、えーっと、ちょっと気まずくなっちゃって一回気分落ち着かせようと思って来ただけなんで」
ああしまった。つい本当のことをそのまま言ってしまった。本来なら別の適当な理由で誤魔化すべきだっただろうにあまりのテンパリに口が滑った。
「ああ、そういう・・・確かにずっと黙って孤立してたな」
はっきりと言葉にするんだー。確かにそういう自己認識はあるけれども他人にはっきりと言われるとそれはそれで来るものがあるなー。
「ていうか。あんまり興味なさそうだったよね、女の子とかに。どうして?」
会話を試みてきた・・・だと。やっぱりこの人も反対側の人間か。
「その、ゆいとに無理やり連れてこられたので、最初からあんまり乗り気じゃなかったというか」
「ふーん。でもさあんたぐらいの年の男って多かれ少なかれ女の子には興味あるでしょ?せっかくなら仲良くなってみようとか思わないの?」
「確かに興味はありますけど。こうゆう性格なのでやろうと思ってもできないんです」
「こういう性格って?」
「あんまり人とコミュニケーションを取るのが得意じゃないというか」
「でも今私とは普通に喋れてるじゃん」
「まあこういう受け答えぐらいならできるんですけど。自分から話振ったり。相手から話を引き出したり、空気を読んだり、合わせたり。そういう・・・最低限の感覚?・・・が分からないんです」
「別にそんな難しいこと考えずにさ、喋りたいように喋ればいいじゃん、それで相手が嫌がるんだったらその人は自分とは合わない人間ってだけだよ」
「そういう勇気もないんですよ」
「そこを越えられたらあんたの見た目なら必ず彼女できると思うけどな、せっかくチャンスがあるのに勿体無い」
「え?・・・あり、がとうございます・・・・・・でも、そこまでして欲しいとは思えないですよ」
「なんで?」
「だって別に今、俺幸せなんで、今の自分を壊してまで彼女作りたいとはあんまり思ってないですから、というか出来たとしてもあんまり関わってあげられない気もするし」
「なんか事情がある感じ?」
「小説、書いてるんです。まだ趣味の域を出ないんですけど、いずれはそれで身を立てていけるくらいになりたいと思っててだから毎日、授業と課題の時間以外は基本的にパソコンに向かって執筆してて、そういう生活に満足してるんです。だから彼女が出来たとしてもその人にはあんまり時間を使ってあげられないんじゃないかなって」
「ふーん小説かぁ。・・・・・・いいじゃんその夢」
「そ、そうですか」
「うん私は好きだよ。そうゆう一つのことに打ち込める人」
「す!?・・・」
いやいや、何を考えてるんだ俺。他意の存在などない純粋な褒め言葉に決まってるじゃないか。あーあびっくりした。
「なんならさ、付き合ってみようか?」
「付き合う?付き合うって何にですか?」
「いや何に付き合うとかじゃなくて、恋愛的な意味だよ、恋人にならないってこと」
「は・・・・・はい?」
あれ?もしかしてバリバリ他意、含まれてね?流石に今の言葉はどうやっても別の意味で受け流せそうにないんだが
「今、あんたと話しててさ案外良い気分になったんだよね。だから、もしかしたら私たち相性いいのかもって思って、ちょうど私今付き合ってる人いないし、どう?女の子自体には興味あるんでしょ。なら私で試してみない?」
「そ、そんな急にまだ今日あったばかりの友達でもない人ですよ!!」
「恋愛なんてノリと勢いでしょ。いいなって思ったらとりあえず付き合ってみて合わなそうなら別れればいいんだよ。一期一会っていうでしょ、運命感じたら順序なんて気にせずグイグイ行かなきゃ赤い糸なんて一生掴めないよ」
「赤い糸って・・・・・」
「どう?私の告白受けてくれる。それとも嫌?」
楓さんのいう所によれば恋愛とはノリと勢いによって構成されているらしいが。今までそれらしい経験をせずにライトノベルの駄文なんかで妄想ばかりを積み上げてきた俺には到底その価値観は飲み込めるものではない。
で、あれば断るのかというとその踏ん切りもできないでいる。
人から頼まれれば大抵のことをしてしまうというほどお人好しではないが相手からの純粋な好意を無碍にできるほど人として足りていないつもりもなかった。
彼女は一見飄々としているように見えるがもしかしたらそういう人にとっても告白とはとても勇気のいる行動なのかもしれないし、そうであるのだとしたらそれを取りつく島もなく無理と一刀両断してしまうのは悪い気がした。
それに俺自身今まで体験したことのない異性との交流というものに下心がなかったわけではないので美少女からのこのような申し出を蹴り飛ばしてしまうことに若干の勿体無さも感じた。
かといって目の前の美少女と俺は初対面だ。彼女が俺に感じた相性の良さを確かめるだけの経験も俺にはない。だから彼女と付き合っていいものかどうかなどこの場でものの数秒も挟まずに決めることなど無理であると言わざるおえない。
上記の理由で俺は次のような決定に心の中で判を押した。
「友達からっていうのはダメなんですか?」
「友達?」
「は、はい。急に彼女にっていうのは俺にはちょっとハードルが高すぎるので。そこから始めてお互いに相手のことを見極められたらなーって」
「友達か・・・・・・」
もしかして不味かったかな。彼女のような人間と関わったことなどなにせない。だからどういう作法が通用するのかということは全く未知数であるから今の見方によってはどっちつかずなこの回答が彼女の眉を顰めさせてしまったとしても不思議はなかった。
「いいよ、じゃあ今から友達ね。よろしく・・・えっと名前は?」
そういえば俺が一方的に知っているだけでお互いに顔を付き合わせて名乗りあってはいなかった。
「俺、リクって言います。桜木リクです。」
「私の名前は立木楓。よろしくねリク」
彼女は僕の名を呼び捨てた。それは予想通りのことだった。