16話 瞳
誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。
ドンッ!
風砲で建物の壁を打ち抜く。
俺――緋宮慧とメイドのティアが飛び出す。
俺は壮年の男性を、ティアは若い女性を抱えている。
つい先程救出したばかりの、学院の関係者だ。
現状において邪魔以外の何者でもない、が。
一度助けてしまった以上、見捨てるのは気が引ける。
「……ちっ」
意識を集中する、求めるは精度より威力。
周囲の大気に意識の網を伸ばし、それらを風の精霊を介し支配下に置いていく。
想像するのは巨大な鉄槌。
俺の少ない魔力もつぎ込み、さらにそのイメージを加速させる。
加速、加速、加速、限界までイメージを加速させる。
ギリッ。
脳の奥底に生まれた鈍い痛みを、奥歯をかみ締め、無視する。
……。
視界が真っ赤に染まり、脳に信じがたい激痛が走ったときに、ようやく完成した。
……よし。
「……堕ちろ」
ィィィィィィィィン、ズドォォォォンッ!
上空から巨大な風鎚が勢い良く叩き落された。
……。
魔術師の館のあった場所には巨大なクレーターが出来ていた。
クレーターの大きさや深さから見て、地下の工房とその周辺にあった球根は消し飛んだだろう。
だが。
……しかし。
「…………くそっ」
周囲から襲ってくる、暗緑色の蔦をかわす。
そこかしこの地面から大量の蔦が這い出したのだ。
先程の一撃で脳が過負荷を起こしたのか、上手く集中できない。
元々、術者としては三流以下であり、体術と魔術の組み合わせが本文の俺としては、今回の相手は相性が悪い。
スバンッ。
風刃で蔦をまとめて斬り払う、が。
「斬った端から、再生されるのは納得行かないな」
そう、斬った端から再生されるため、きりがないのだ。
ティアが黒曜石の華の重力場で叩き潰しているが、それも気休め程度にしかならない。
「群体が相手では分が……」
悪い、と心の中で悪態をつく。
この様なことなら、咲耶を連れてくるべきだった。
あの、歩く反則ならこの程度は鼻歌交じりに片付けるだろう。
しかし、時の流れに「もし」はない。
「……ちっ」
……。
なにより、相手の本体が地中に居るというのが手におえない。
風は地中まで届かないし、ティアの重力場も相性が悪い。
高密度の一撃なら届くかもしれないが、それでも無数あるうちの一つを潰したことにしかならないだろう。
……。
……それに。
ちらりと視線を向けると。
「ままま、マスタ~!」
向こうでティアがあわあわと慌てふためいている。
元々、ティアはルネサンス初期――自動機械人形が作られ始めた時代の最初期型。
つまりは骨董品だ。
体内に貯蓄できる魔力量も極めて少量。
運動能力も精々、人間の成人男より僅かに上程度でしかない。
ついでに言うなら……。
「残存稼働時間は?」
「……うー、残存魔力は60%を切りました。このままでは……、持って二時間です」
「……」
基本、オートマタの動力源は魔力である。
だが、オートマタは人間と違って、体内で魔力を生成するということが出来ない。
そのため、動力源である魔力を何処からか供給しなければならない。
……。
ティアの場合は、二通り。
一つ目が、「俺の工房から供給する」である。
この方法が最も効率よく魔力を補給することができ、同時にデメリットが存在しない唯一の方法である。
元々、ティアの修理・改修は俺の工房で行った。
そのため工房から湧き上がる魔力が最もティアに馴染み、魔力吸収の効率もいい。
だが、逆を言うと、ティアは工房に縛られていて、工房から離れられないということだ。
短時間であれば、体内に溜め込んだ魔力のみで稼動できるため、工房から離れることもできる。
が、先程も言ったとおり、ティアはアンティークであり体内に溜め込むことのできる魔力量が少ない。
工房を離れれば、僅か一日程度で魔力が尽きる。
……。
そこで二つ目の方法、「術者からの魔力直接供給」である。
この方法なら、工房を離れても時間制限は存在せずに行動できる。
だが、デメリットが大きい。
まず、術者の魔力との相性である。
こちらは、ティアを修理・改修したのが俺だし、同時にティアを再起動させたのも俺の魔力ということで、問題ない。
……。
しかし、もう一つが割りと問題である。
もう一つは、この方法だと常に術者の魔力が削られ続けるというものだ。
……。
魔力が莫大な者なら、問題もないだろう。
しかし、俺の魔力は三流以下である。
この魔術師の館に来るまでは俺からの魔力供給で動いていたが、戦闘が始まると同時に魔力供給を切った。
俺は戦闘と平行しながら、オートマタに魔力供給を行うほどの天賦はない。
つまり……。
今のティアは、体内に残存する魔力のみで行動、術の行使をしているのである。
……。
さらに言うなら、ティアの眼は異常に魔力を喰う。
まだ、屋敷に入ってから一時間もたっていないのに既に残存魔力が四割も減っているのがその証拠。
……。
「ジリ貧か……」
吐き捨てたセリフが誰にも聞かれること無く、宙にとける。
……どうする?
手持ちの装備では状況の打破は難しい。
しかも風刃や風鎚、風砲は純粋な魔術に属する。
体術に魔術を乗せるのと違って、魔力消費が大きい。
幸い、確率制御を使えば逃げることも出来るが……。
「こんなものを世に出すわけには……」
せめて、ティアがオブシディアン・フラワーを使いこなせていれば話は違ったのだろう。
……くそっ!
……じゃじゃ馬を使うか?
最悪、その手しか思い浮かばない。
相手も植物系だ、火ならば多少なりとも有効であろう。
だが、迷う。
今度という、今度は、暴走するかもしれない。
じゃじゃ馬剣が暴走すれば、この国など一瞬で地図の上から消える。
賭けるにしては、あまりにも分が悪すぎる。
失敗したら、俺以外の周囲全てが消滅など……。
外れがない分、LOTOクジのほうがまだ優しい。
ズバンッ。
自分めがけて飛んできた蔦を斬り払う。
本日何度目になるか分からない。
視界が霞む。
脳の動きが鈍い。
今なお戦い続けているのは、この身に叩き込んだ修練の成果。
ほぼ無意識での動きである。
……。
しかし……。
このままでは、そもそもの選択肢すら危うい。
「覚悟を、…………決めるか」
一言。
覚悟を決める。
賭ける物は周囲の世界。
得る物は……。
だが、人は時として、危ういと知りながら、その道を進まなければならぬ時がある。
「ティア、失敗したら……、スマン」
それだけ言うと、返事も聞かずに片目を閉じた。
……。
自らの内にある鍵に、手を伸ばす。
と。
――――したがえるんじゃない、ひつようなのはともにたたかうこころ。
!
「なんだ!」
突然、精神の奥深くから幼い声が聞こえた。
――――しんじて、あなたならともにあゆめるから。
……。
いや。
俺はこの声を知っている。
かつて天狐と死闘を演じたときに一度だけ聞こえた……。
――――ほのおを、まきちらすんじゃない。みちびくの。
三度声が聞こえた瞬間、頭の中に一つの魔術が思い浮かび、同時に強大な紅蓮の魔力が体内の奥深くから湧き上がる。
自身には一編も編むことはおろか理解すら出来ない程の、膨大にして複雑怪奇な術式。
自らの身が生み出すものとは異なる、強大な紅い紅い、鮮血よりなお紅い、魔力。
膨大な術式、紅蓮の魔力。
二つの業より導き出される、業。
それは、人が神代と呼ぶ時代に存在した力。
天地創造の残滓、最もこの世界の真理に近い力。
魔法。
それはヒトの領分を超えた力。
されど……。
頭の中に湧き上がった呪文を、現代の言葉で再現・表現しながら詠唱する。
「世界を舞うは火の調」
遥か上空に野球ボール大の真紅の球体が生まれる、球状に圧縮された真炎だ。
「天より堕ちて地を焼くは焔の禍歌」
球状の炎は加速度的にその量を増していく。
同時に、存在確立の分布を広範囲に亘って調べる。
「奏でよ、謳え、炎の御子より愛されし天上の舞曲」
射軸を、観測した目標にむかって調整していく。
この一撃で決着をつける!
永遠とも思える一瞬で、無限とも思える調整を完成させる。
「炎の枝の一振りを、開演の合図とし、世界に響け、……炎の歌劇!」
球状に圧縮された火が解放された。
計算され尽くした弾道で地上に向けて、真紅のレーザーが掃射される。
それはさながら、雨。真紅の雨。
地中にある球根の全てを、撃ち、貫き、燃やし尽くす。
分厚い大地の防御も易々と貫く。
文字通りの、殲滅。
……。
四肢から力が抜ける。
「なんだ、これ、は……」
手足が麻痺して上手く力が入らない。
……。
頭の中に唐突に思い浮かんだ術式。
体内の奥深くから湧き出した自分以外の魔力。
この二つに促されるまま術を行使した。
全身が鉛のように重く、体中から冷や汗が流れ続ける。
……先程の行使の反動か?
「……くそっ」
悪態をつくも、四肢に力は戻らない。
だが。
悪食な植物群は消滅させたはずだ。
存在確立の分布を調べても、球根の反応は一切出ない。
……。
「……終わったか」
今だ息が荒いのはご愛嬌。
ティアを見ると口を開けてほうけている。
一応俺の体内にある、じゃじゃ馬のことは知っているが、俺が制御できるとは思っていなかったのだろう。
……しかし。
「あの声は、いったい……」
俺の精神の奥深くから聞こえてきた声に思いを馳せる。
あの声が聞こえた瞬間にじゃじゃ馬が大人しくなった。
もしかして。
「あの声……」
と、そこまで考えが及んだときだ。
ボコンッ。
そんな音ともに横に転がっている男の胸部が膨れ上がた。
!
「おい!」
呻き、男を放り出し、とっさに横に転がる。
ついでに男の体内の存在確立の分布を調べる。
!
「…………なんだと」
体内――具体的には胸部の心臓辺りに先程の植物の種子が成長していた。
バチィンッ。
かたいゴムがはじけるような音とともに胸部のふくらみが破裂し。
鮮血にまみれた濃緑色の蔦が踊った。
「……っ」
男の心臓があった部分には小さいながらも、先程と同様の球根が食い込んでいた。
本体達が消滅したからか、急速に育ったのだろうか?
次の瞬間、俺の元いた場所に蔦が襲い掛かった。
「……くそっ」
再度悪態をつき、かわしきれなかった蔦をゼビュロスで弾く。
この男の体内に植物の種子が埋め込まれていたのなら、ティアが抱えている女生徒の体内にも植物の種子が埋め込まれている可能性がある。
今なお発芽していない理由は不明、だがそう長い時間は無いだろう。
力を振り絞り四肢を支えると、自身の存在確率を零まで引き下げ、ウエストバックから魔術符を引き抜く。
魔術符の銘は、『烈火の一撃』。
魔術符を握り締め、おぼつかない足取りで、苗床とかした男の体に歩み寄る。
襲ってくる蔦は全て、確率制御でかわす。
「失せろ!」
符を握り締めたまま、男の胸部に拳打を打ち込んだ。
「爆!」
そのまま言霊を唱える。
ドォンッ。
拳を打ち込んだ右腕ごと、符が火炎を発し爆発した。
「……つつ、威力を稼ぐためとはいえ、腕ごと爆破したのはまずかったな」
肉が抉れて、骨が見えている。
拳打の瞬間、腕の部分だけ存在確率を元に戻したのだ。
その結果がこれである。
一応、気と風の鎧で覆っていたとはいえ、完全には威力は殺せない。
「まぁ、これも必要経費か……」
呟いて、ティアを呼んだ。
「ティア!こっちに来てくれ!」
女生徒を抱えたティアが来たので、体内に埋め込まれた種子の話をする。
「……というわけで」
調べた結果は、黒。
「こいつの体内から、種子を除去しなくてはならん。しかも割りと性急に、だ」
体内魔力を喰って急成長している。
学院にまで連れて行く時間は、ない。
「でもマスター、この種子、心臓に寄生していますよ……」
「わかっている」
……正直なところ相当に焦っているし、その自覚もある。
俺の確率制御は他人の体には干渉しにくい。
しかも、寄生して事実上、心臓と一体化しているとなると、おさらである。
……どうする?
と、ティアから声がかかる。
「マスター、私の右目で……」
……っ。
その案は考えていなかったわけではない。
正直、その案が最も無難である。
しかし。
「残存魔力は?」
「53%。一応、発動は可能です」
「……」
「……」
腹をくくるしかあるまい。
「左右両目の同時使用は?」
「……ギリギリで」
応えるまでに僅かな間があった。
つまり、それが答え。
……綱渡りな人生だな、おい。
思わず苦笑がこみ上げる。
「俺も魔力はそこをついているからバックアップは不可能だ。……ミスるなよ」
「大丈夫です!」
元気よく返事を返すティアの頭を優しく撫で。
「……………………………………………………右目の使用を、……許可する」
禁忌の解放を許可した。
禁忌の名は、邪視。
かつてティアを引き取ったときに、ティアは原型をとどめてはおらず、残存している部分は骨格と心臓部分ともいえる円筒のみだった。当時、師から自立したばかりの俺はリーラセレーナの伝もあって荒稼ぎをした。危険な裏仕事にも手をだし、稼ぎ続けた。
その総額は、小国なら買えてしまうほどである。
そして、ティアは俺の、その全財産の六割を投じて修理・改修をした。
元々が相当なアンティークであり、足りない部品は買い取るか、自らで作るしかなかった。
事実、ティアの歯車や鋼線は世界中に散らばっていた当時の部品を高額で買い取ったものだ。
自らで作ったのは水銀や、皮膚などの生体部品など。
だが、作られてから相当な月日が流れている。
どうしても手に入らない部品というのもある。
それが、瞳石。
……。
ジェンマは、錬金術の最盛期であった当時でも滅多に手に入らない貴重品だった。今の時代に手に入るはずがない。あっても使用中や破損しているものだけだった。
そこで、俺は自立の際に師の収集品から略奪してきた神宝をはめ込むことで、代用した。
それが、テイアのアイマスクの下にある、目の正体。
左目には広目天の持っていた、浄天眼。
右目には魔神バロールが持っていた、邪眼。
ともに、神代から伝わる本物。
俺の体内にある炎の魔剣と同等の、世界創造の残滓。
闇市に出せば、それこそ小国が一ダースは買える金額が手に入るほどの代物。
……。
両目ともに移植に成功し、正常に機能した。
ティアはアンティークのオートマタでありながら、千里眼と邪視を持った存在となった。
しかし、誤算もあった。
浄天眼、邪眼ともに魔力の消費が異常だったのだ。
特に邪眼などは一度の邪視で残存魔力の三割も喰う。
浄天眼と邪眼を併用すれば、ティアが体内に溜め込んだ魔力など、一瞬で空になる。
……。
だが……。
それだけの甲斐はあった。
左目はありとあらゆる場所、未来、事象を見通し、右目はその一睨みでありとあらゆる生命、存在、それこそ天上の神々ですら殺すことができたのだ。
……。
「マスター。行きます」
「応」
ティアが今まで閉じ続けていた、右目を見開いた。
左目から薄い金の光、新たに開いた右目からは薄い紫の光。
さながら、神代の頃に戻ったかのように両目は輝く。
「………………補足。邪視、……発動」
ティアが宣言する。
ギチッ。
世界が捩れた音が聞こえた。
否、同じ世界創造の残滓を持つものとして、そう感じただけ。
世界という存在が、バロールの邪眼に屈服し、その存在を捻じ曲げられた。
……。
「……終わりました」
ティアが疲れたように、息を吐く。
「お疲れ様、よくやった」
「はい!…………でも、マスター」
「……?なんだ?」
「ちょっと、動けません……」
バタンッ。
そう呟き、ティアがその全機能を停止させ昏倒する。
……おいおい。
おそらく、正真正銘のガス欠になったのだろう。
一応確認してみると、女生徒の体内に寄生していた種子は、跡形も残さずにきれいさっぱり消えていた。
……よくやったよ、本当に。
「……今は、寝ていろ」
そう呟いて、再度、大切なメイドの頭を撫でた。
その後、俺は昏倒した一人と一体を抱えて下山した。
完全に力の抜けた人間の体は以外に重量がある。
その上、オートマタは体内に金属部品満載である。
符を使った左手も殆ど動かない。
……。
本人達の名誉のために具体的な体重に関しては触れないが。
…………中々に重労働だったと言っておこう……。
「…………たくっ」
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