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15話 植物災害

誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。

「あの女、いずれ決着をつけてやる……」

「…………うー、否定できません」

 前者は俺――緋宮慧、後者はメイドのティアだ。


 今、俺たちはロンドンから離れた山奥の秘境にいる。

 理由は単純。

「じゃあ、お願いね♪」

 と言って、押し付けられた依頼の場所がここだったのだ。

 ……。

 チッ。

 思わず、盛大な舌打ちがもれる。

「……よもや、魔術師の家宅捜査とはな」

 依頼の内容は、死んだ魔術師の家の捜査と、中にある文献や術具の回収、そして、可能なら行方不明の学生と教授達の救出である。

 ……しかし。


「最悪…………」

 そう、魔術師の家の家宅捜査とはつまるところ、魔術師の工房に侵入しなければならない。

 ……。

 この世界の魔術師たちが使う術式体系は、大別するとイギリス式、エジプト式、ドイツ式、ヴァチカン式、中国式、日本式である。他にも無数あるが伝統と格式ではこれらが抜きん出ている。

 ちなみに、俺はドイツ式だ。

 ……。

 だが、世の中には例外というものもある。

「完全に独自の魔術体系を築いていたのか……」

 今回の家宅捜査の対象となった家の持ち主だった魔術師は、どこにも属さず完全に独自の魔術体系を使っていた魔術師だったのだ。

 この場合、工房を護る結界や守護者がどのようなものか予想がつかず、中には相当にエグイものが使われている場合もある。

 有名な物は、侵入した瞬間に魂にハッキングされて、永久に植物状態になった、というものもある。

 ……。

 でも、まぁ、今回は……。

「強引に食い破ってありますね……」

 そう、ここに来た先人の方々の仕業だろう。

「…………確かに。これは、また、見事に穴が開いているな」


 ……ふむ。

 ……。

 ……念には念を。

「ティア、一応アイマスクを外しておけ。左目の使用を許可しておく」

「あ、はい。分かりました」

 応じて、銀髪の自動機械人形(オートマタ)は自らのアイマスクを外す。

「ただ……、右目は開くなよ。俺はこの若さで逝きたくない」

「わ、わかってますよぉ」

 拗ねた声で文句を言う人形メイドに微笑で応じると。

「行くぞ」

 内部に侵入した。


 ……。

 これは?

 ……。

 大気の魔力濃度が外より濃い。

 だが、この程度は、一応予想の範囲内だ。

 ……気のせいか?

 背嚢に散らかった文献や術具を押し込んでいく。

 一応、気に入った物があれば二、三テイクアウトしてもいいという事だが、……特に興味はない。

「しかし……」

 先人方が押し入ったにしては、物が残りすぎている。

 ……。

 それに……。

 工房の魔力が何者かに阻害されている?

 ここは魔術師の工房だ、ついでに言うなら俺は魔術師だ。

 魔術師としての技量は三流程度だが、感知能力はそこそこ自信がある。

 その感知能力が下にあるであろう工房の不調を感じている。

 ……。

 いや……。

 魔力を何者かに喰われているのか?

 ……。

 意識の網を下に伸ばす。

 その時だ。


 ふと、鼻腔が違和感を訴える。

「甘い香り?」

 途端、第六感が警鐘を鳴らした。


 世の中に「Don't think,feel」という言葉が存在する。

 まぁ、つまり、直感を信じろという事なのだろう。


「マスター、ここの工房主の日記を見つけましたー」

 ティアがやってくる。

 同時に。

 ダンッ。

 一息にティアを抱きかかえると、そのまま確率の変動を開始。

 虹色の光と共に、屋外に転移した。

 ……。

 結論から言うと、その直感が生死を分けた。



 屋内に暗緑色の蔦がのたうっているのが分かる。

「……ちっ」

 盛大に舌打ちがなる。

 だが、仕方ないことだろう。

「俺としたことが…………、鈍ったな」

 ここに来たときに直ぐにでも、存在確率の分布を観測しておくべきだった。

 正直、空間転移がなければ今頃、笑えない事態になっていただろう。

「ティア、お前の目には?」

 抱きかかえたままのメイドに聞く。

「はい、植物系です。本体の根は工房に居ます。…………あっ」

「?」

「根のところに四人ほど捕まってます。ウツボカズラの袋ような物に閉じ込められていて、二人は既に消化されかけています」

 うっ、とティアが口元を押さえる。

 きっと、凄絶な光景が見えたのだろう。

 ティアの目は視えすぎる(・・・・・)

 ……。

「工房の魔力を利用して巨大化、狂暴化したようです。現在も工房の魔力は吸われています……」

「…………そうか」

 植物系、しかも魔力源を確保済みか……。

「……くそっ」

 髪をかき上げて悪態をつく。

 あいも変わらずにあの女が持ってくる依頼はろくな物がない。


 ……。

 パラッ、パラッ。

 回収してきた日記や文献を捲る。

 ……どこだ?

 あれほど凶悪な代物ならどこかに資料ぐらいありそうなのだが。

「マスター……。どうやら、屋敷の中はあれ(・・)の巣みたいになってます。配管や隙間、一見分かりませんが、私の目には……」

「……そうか」

 パラッ、パラッ。

「一応、捕まっている人たちのうち、二人はまだ生きています。でも残りの二人は既に……」

「……」

 パラッ、パラッ。

 暫くページを捲る音が響く。

 ……。

 やがて。

「……あった」

 ……。



 ――○月△日。

 今日は知り合いの、触媒屋から非常に珍しい物を譲ってもらった。

 何でも、アフリカの奥深く、山奥の洞窟の中で見つけた非常に珍しい植物だ。

 なんと、肉食性の植物らしい。

 植物を使う、呪術師としては非常に興味深い。

 まだまだ世界には神秘が残されている。


 ――○月×日。

 養分はなんと動物らしい、私が与えたマウスやラット、果ては猫や犬まで捕食していた。

 素晴らしい、真に素晴らしい。

 どうやら、この植物は喰らった獲物の体内の魔力(オド)を吸収するらしい。

 餌として最上の物は生きた魔術師かもしれない。


 ――○月◇日。

 いよいよ、呪術を組み込むことにした。

 是非とも成功して欲しい物だ。

 成功すれば面白いことになりそうだ。

 ……。


 ……。


 ――○月☆日。

 飽きた。

 とりあえず、封印しておこう。

 気が向いたらまた、実験してみようと思う。


 ※以下注意書き。

 魔力に応じて、生長・凶暴になるので工房には近づけないように。



 ……。

「あの、マスター……」

 ティアが恐る恐る声を掛けてくる。

 ……。

 呻くように言う。

「封印ではなく始末にしておいて欲しかった……」

 心の底からの言葉だ。

 おそらく、一番最初に来た馬鹿が、誤って封印を解いてしまったのだろう。

「俺としては、自業自得で見捨てたいがな……」

 思わず、渋い顔をする。

 だが。

 依頼の中には、生存者の救出も含まれていた。

「……チッ」


 ……仕方ない。

「ティア」

 ウエストバックから漆黒の本を取り出し、渡す。

「お前は、なるべく右目を使わずに左目だけで戦って欲しい。だが、そうすると火力が足りないだろう。…………使え」

「マスター……、これは?」

 ティアの問いに簡潔に答える。

「魔導書『黒曜石の華オブシディアン・フラワー』、結構高位の魔導書らしい。ここに来る前にあの女から徴発してきたものだ」

 表紙から始まり、中のページまで真っ黒で、文字は白。

 まだ起こしてもいないのに、信じられないほどの圧を発している。


「学院の宝物庫の奥に安置してあったのを強引に貰い受けた。まぁ……、無許可だがな」

「…………それは略奪」

「気にするな、迷惑料だ」

 しれっと、一言。

 あの女にたいする迷惑料だと思えば心も痛まない。

 実際には高位はおろか最高位のさらに上、神器級。

 神代の遺産らしい……のだが、俺には関係ない。

「使えるものは、ただ使うだけだ」

 最も。

「とんだ、じゃじゃ馬だったがな……」

 手に取った瞬間、強制的に夢幻世界(ファンタゴリズマ)に送られて、魔導書の精霊(もしくは意思?)みたいな何かと問答するハメになったのには驚いた。最終的には俺の体内にあるじゃじゃ馬剣の鼓動を感じとったらしく、自ら膝を折ったが。

 ……。

「まぁ……。一応このオートマタは俺の物だ。同じ、俺の物として力を貸してやってくれ」

 魔導書に声を掛ける。

 すると。

 ブゥン。

 俺の言葉に肯定するかのように淡い光を発した。


 ティアがオブシディアン・フラワーをスカートの下のレッグポーチに収納したのを確認する。

 ……では。

 ゼビュロスを右手に構え。

「俺が前衛(フロント)をやる、後衛(バックス)は任せた」

 それだけ言うと、屋敷に突入した。


「破ッ!」

 ズドォンッ!

 俺の意思に応じて、巨大な風圧の槌が叩きつけられる。

 暗緑色の蔦が引き裂かれ、削り潰された。

「工房に!」

 後ろにいるであろうティアに告げると、さらに走る速度を上げた。



 ~ティア~

「工房に!」

 それだけ言うと、マスターはさらに速度を上げる。

 以前とは、風の操作能力が桁違いだ。

 実体のない風であれだけの打撃を生み出したのだから、たいしたものだ。

「負けてはいられませんね」

 開けている左目に意識を集中する。


 視えた!

 左、左、右、下、左、上、右斜め上、右、右、後…………………………。

 全方位から飛んでくる蔦を回避する。

 それは、一種の舞踏。

 決められた時に、決められたように動く。

 動きそのものがそのまま、回避。

 慧の確率制御が『絶対回避』なら、これはさながら『完全回避』。

 前方から避けられない程の数の蔦が飛んでくる、が。

「セイッ!」

 魔導書に接続された魔術回路に命令(コマンド)を入力する。

 ドンッ!

 突如発生した、重力場が自らに当たる蔦だけ(・・)を叩き潰す。

 次いで。

「フッ!」

 スカートの下からダガーを二本取り出し、投擲する。

 二本のダガーは完全に計算された速度、弾道で宙を疾走する。

 一本は、蔦に刺さり、さらに刺さった蔦が別の蔦に絡み、二人が走るべき空間を作り出す。

 もう一本は、慧の顔の一㎝横をすり抜け、慧の死角から襲おうとしていた蔦の進撃を阻止する。

 ……。

 ティアの完全に計算され尽したような動きは、一種の芸術ですらあった。


「マスター!扉を入って横に降りる階段が!下に向けて風刃を!」

「!」

 ダンッ。

 マスターは扉を蹴破ると、そのまま風刃を叩き込む。

 ズバァンッ!

 マスターを襲おうとしていた蔦がまとめて斬り払われた。



 ~緋宮慧~

「マスター!扉を入って横に降りる階段が!下に向けて風刃を!」

「!」

 ティアの声が後から響く。

 何か見えたのだろう。

 ダンッ。

 扉を蹴破ると、そのまま側面宙返りをしながら、下方の階段に向かって、風刃を放つ。

 何を?とも、どこを?とも聞かない。

 ティアが視たのなら、否はない。

 ズバァンッ

 こちらに向かってきていた暗緑色の蔦をまとめて斬り払った。


 階段を降りきると、重厚な木目の扉が開け放たれていた。

 !

 中には。

「……これは」

「あうぅ」

 思わず呟く。

 ティアは顔を背けてしまった。

 工房の間を埋め尽くすがごとくの根と蔦、そして中央には異様に巨大な黄土色の球根が脈動していた。


「……あれか」

 張り巡らされた根の中に、緑の袋が無数存在した。

 ティアの言った通りにウツボカズラのような袋だ。

「まずは救助が先か……。ティア、生存者がいる袋はどれだ?」

 俺の問いに。

「あれと、あれです」

 即座に答えが返ってくる。

 一際大きく膨らんでいる袋が四つ。その中の二つを指す。

「それ以外で、中身が入っていそうなのは……」

「……既に」

 生きてはいないのだろう……。

「……了解」

 手を振って風の精霊に頼む、すると。

 ズバンッ。

 袋がズタズタに引き裂かれ二人の生きた人間と二つの遺体が零れ落ちた。


「……今までで様々な骸を見てきたが、ここまで見るに耐えないものも久しぶりだな」

 思わずそう独白してしまう程にひどかった。

 遺体は全身が白骨であり、所々にのっぺりとした赤黒い肉が附着していた。

 その姿は既に男女の差はおろか、年齢の差すら判別は難しい。

 もう片方の遺体も、似たり寄ったりだ。最もこちらは先の遺体より肉の部分が多いが。

 ……。

 眼窩の窪みが一層と虚無感を漂わせている。

「……自業自得とはいえ、……救われないな」

 

「……ティア、生きている人を」

「イエス。マイ・マスター」

 全身を防御魔術で覆っていたのだろう。

 服は溶かされていたようで、共に全裸であるが傷はついていない。

 壮年の男性と若い女性だ。

 前者の男性は教授職の人だろう。ブラウンの髪に逞しい身体をしている。

 後者の女性は学生だろう、ウェーブの掛かった金髪が麗しい。

 ……。

 ……ん?


「こいつは……」

「マスター、知り合いですか?」

「ああ。以前俺が学院で非常勤をやっていた時の教え子だ……」

 以前、リーラセレーナの頼みで、学院の実習に非常勤講師として同行したことがあったのだが……。その時に面倒を見た教え子の一人だ。

「……」


 まぁ、回想は後回しだな。

「とりあえず……」

 球根が一際大きく脈動したかと思うと、大量の蔦がこちらを襲ってくる。

 ブゥンッ。

 俺たちを包み込んだ斥力場がその全てを弾き。

 ヒュゴウゥッ!

 嵐のように吹き荒れた風刃が蔦を全て斬り落とした。

「あれを、どうにかしないと、な……」


 カツッ

 ゼビュロスを工房の床に突き立て、ポツリと呟く。

解放(リリース)

 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!

 強大な魔力を伴った暴風が工房の床を、描かれた魔方陣ごと破砕していく。

 ……まずは、魔力の供給源を絶つ。

 次いで。

「ティア」

「はい!」

 俺の言葉にティアが応じる。

 ィィィィィィィィィィィィィィンッ!

 異様な音共に、目の前の空間が歪んだかと思うと。

 ゴオオオオオオオオッ!

 漆黒の重力場が全てを削り取っていった。

 黄土色の巨大な球根も、暗緑色の蔦も、緑の袋も……。


 ……。

 よもや、暗黒大陸の遺産に出会うとは思わなかったが。

「これで終わりか……」

 とりあえず、足元に転がっている全裸の男女を学院に送り届けてそれで、終わりだ。

「帰る……」

 ぞ、とは続かなかった。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!

 俺の言葉をさえぎるように地震が発生した。


「マスター……」

「どうした」

 ティアが真っ青な顔で開いていた左目を向けてくる。

 何か視えたのだろうか?

「さっきの植物ですが……。株分けしていたみたいで、ここら一帯に……」

 !

 即座に存在確率の分布を広範囲に亘って調べる。

 脳に鈍い痛みが走るが、無視。

 すると……。

 ティアの言葉を裏づけするかのように、辺り一帯に先ほどと寸分変わらぬ球根の反応が続出した。


「…………………………………………………………チッ」

ご感想・ご意見・各種批評・間違いの御指摘などをお待ちしております。


今回は前編・後編の二部構成。


次話で一応ティアの目の正体が分かる……、予定?

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