番外 01話 帰還・裏
誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい
ハァハァ!
口から出る息が荒い。
致命傷こそ負っていないが、……二人ともボロボロだ。
五体満足な者など一人としていない。
私――朱藤澪は、おもわず叫んでしまう。
「ただの雑魚を祓うだけの仕事なんて言ったのは誰よ!少なくとも上級の妖魔並みじゃない!」
たったさっきまで戦っていた妖魔のことだ。
いまは、即興で作った結界の中に閉じ込めているが。
……正直、その場しのぎにしかならないだろう、既に結界には亀裂が入っている。
「恨むんなら、この仕事を回してきた本家を恨むことだな」
相方の誠司君がぼやく。
「あたりまえよ!生きて帰れたら本家に乗り込んでやるわ!」
「なら、とりあえず生きて帰ることだ。」
生きて帰る。
そんなセリフを口にするが、誠司君の顔には濃い諦めの色が浮かんでいる。
当然だろう、自分達の実力はせいぜい中級の妖魔と戦ってギリギリ勝てる、という程度だ。
術者としては、けして弱い存在ではない。
だが、この場では圧倒的なまでに力が足りない。
中級妖魔と上級妖魔にはそれだけの差があるのだ。
ビシッ!
亀裂が広がり、結界の限界が近づいてくる。
「私もあなたも限界が近い、ここでしとめないと後がないわよ」
「分かっている!」
誠司君が構えながら手に炎を出現させる。同じように私も炎で作り出した二刀を構える。
直後。
バリンッ!
硝子が割れるような音とともに、妖魔が解放された。
ヒタヒタ……。
何かが歩いてくるような音が聞こえる。
闇が晴れる。
ぬぅ……。
……暗がりから出てきたのは人の顔だった。
しかし、普通の人間の顔ではない。
肌に生気は無く、黒っぽい色をしている。
その上、両方とも白目であり半ば眼孔から飛び出しているのだ。
やがて全身が見えてくる。旧日本軍の軍服ようなものを着ている。
アアッ!
異様な音とともに口が開かれる。
だが、そこにあったのは舌でも、ましてや歯でもない。
眼だ。口が開かれ中から眼球が覗いたのだ。
「相変わらず気持ち悪い!」
そう愚痴るも、私の心中は焦りに満ちていた。
先ほど全力攻撃を叩き込んだのだが……、弱っている様子がかけらもみられない。
こいつを結界で閉じ込めている間に応援を呼んだのだが、助けが来るまで生きている自信がない。
なんでこんなことに……。
妖魔と対峙しながら私の思考はこれまでのことを思い出した。
「N県S市の外れにあるデパート跡に低級の悪霊が出現しているため、分家の者たちでこれをかたづけて欲しい。」
それが先日の親族会議で本家・緋宮家から分家の者たちに下された命令だ。
十三家に連なる者たちは完全な実力主義であり、本家たる緋宮家は、分家の者たちに一方的に命令できるだけの権限と実力を有している。
そこで、今回の仕事は朱藤家と東家が合同であたることになったのだ。
そこで、朱藤家からは私が、東家からは次期当主の東誠司が出ることになった。
「なんというか、これは……」
そう、こぼしてしまうくらいに瘴気が渦巻いていた。
事前に合流した私たちは、現場に到着したのだが……、建物を覆う瘴気におもわず絶句してしまった。
「本家から渡されたデータでは低級の悪霊が湧いているだけって話だが……」
私と同じように誠司君も絶句する。
……
「ま、まぁ、とにかく仕事よ、仕事!さっさと終わらせちゃいましょう」
漠然とした不安を感じるが、気にしていたら始まらないので、さっさと建物に入ってしまう。
「それもそうだな」
誠司君も君苦笑しながら、そう答えて後をついて来た。
「これ……、おかしくない?」
ああ、と肯定がかえってくる。
いないのだ。
低級の悪霊どころか、亡霊一匹すらいないのだ。
「それなのにこの瘴気……」
先ほど感じた不安がいよいよ、現実のものになり始めた。
……。
五階のアパレルショップ跡に来たときだった。
アアアアアアアアアアアアアッ!
突然、異様な音が聞こえた。
!
「誠司君方向わかる!」
「上!」
短いやり取りの後、二人して駆ける。
いた!
闇に包まれてよくわからないが、……確かにいる!
先手必勝!
「行け!」
炎の蝶が無数飛んでいく。
「らぁッ!」
炎の槍が轟音を上げて直進していく。
私が炎の蝶で、誠司君が炎の槍だ。
しかし。
ズバァンッ!
炎の蝶と槍は、風に吹き消されるようにして、消えてしまった。
しかも。
ゴウッ!
なっ!
腕が伸びてきただのだ。
そう、闇の中から腕が伸びてきて私たちを襲ったのだ。
そのうえ。
……早い!
回避が精一杯、攻撃ができない。
……。
私も誠司君もどんどんダメージを受けていく。
……!
しかたがない。
「誠司君、少し時間かせいで!」
返事は待たない。
そんな時間は勿体ない。
……意識を集中する。
使う技は「焔雪崩」。
これは緋宮本家に伝わる技だ、ゆえに正確には焔雪崩の劣化コピー。
しかもその上、私の力では放てて三十球ぐらいが限界だろう。
魔力も大部分を消費する。
しかし、それでも手持ちの中では最強の威力を誇る。
集中に集中を重ねる。
……。
………。
…………。
出来た!
「ありがとう!下がって!」
私の周りに、野球ボール大の炎弾が無数生成されていた。
「撃ち込んだら、すぐに結界で閉じ込めて!その隙に応援を呼ぶわ!……焔雪崩!」
焔雪崩は本来、広範囲での面攻撃だ。
だが、それを。
スドドドドドドドンッ!
一点集中。
焔雪崩の大火力を集中しての点攻撃。
こちらを襲ってきた腕も、炎弾の幾つかを飛ばして押し返す。
「いっっけぇぇぇぇぇぇ!」
焔雪崩の炎弾は、対象との接触で爆発を起こす。
そして、それらを大量に打ち込んだのだ。
……少しは効いた?
と。
誠司君が印を結び唱える。
「結界術・四条」
キィンッ。
薄い透明な壁が四方から立ち上がり、立方体の結界が妖魔を閉じ込めた。
時間は戻る。
目の前には眼が三つもある妖魔が……。
「私の力も底が見え始めている。もう大規模な遠距離攻撃は無理よ」
ゆえに、二刀。
技の名は「緋焔・紅炎」。
圧縮した炎でふた振りの剣を作り出すのだ。
「接近戦でやるしかないわ」
……絶望しか見えないけど。
「セイッ!」
ギンッ!
右手の緋焔が妖魔の腕を受け流す。
その隙に。
「ィィヤァッ!」
左手の紅炎を突き入れる。
が。
ギャリィンッ!
こちらも、もう一方の腕で防がれる。
しかし。
「今!」
後から瞬動術で間合いを詰めた、誠司君が。
「おおっ!」
ドゴンッ!
炎を纏った拳を叩き込む。
一撃では終わらない。
先程の焔雪崩を受けて無傷だった相手だ。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
ドゴンッ!ドゴンッ!ドゴンッ!ドゴンッ!ドゴンッ!ドゴンッ!ドゴンッ!
さらに七連撃!
……動きが鈍った!
倒す必要はない。
最悪、封印術か結界術で閉じ込めて、本家の術者に任せればいいのだ。
だが、……まだ!
もっとダメージを入れないと、結界も封印も先程と同じように破られてしまうだけ。
ゆえに。
「ぃぃぃぃやああぁぁぁあああああああああっ!」
ギンッ!ギンッ!ギンッ!ギンッ!ギャリンッ!ギンッ!ギンッ!
二刀を嵐のように振り回し、ダメージを入れていく。
中級の妖魔程度なら、既に倒している程のダメージ量だろう。
緋焔で受け流し、紅炎を叩き込む!
紅炎で受け流し、緋焔を叩き込む!
ただ、それだけをひたすらに繰り返す。
と。
アアアアアアアッ!
異様な声とともに妖魔の口腔内にあった眼が、紫に光る。
?
次の瞬間。
カッ!
紫の光が場を埋め尽くし。
!
「動けない!」
体が重い鎖に縛られたように動かなくなった。
妖魔の腕が今まで以上に伸び、しかもしなりを生じた。
ドゴンッ!
しなりの生じた腕は今までにない、威力を生み出したのだ。
そして。
!
私は、……見た。
見てしまった。
妖魔の一撃を何とか防ごうとしていた、誠司君の、腕が、……千切れるのを。
ドゴンッ!
次いだ一撃で、残った腕と片足が千切れとんだ。
……。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
ドドンッ!
叫び声とともに、緋焔と紅炎の中に圧縮されていた炎を解放し爆発させる。
その爆発で妖魔を吹き飛ばす。
……。
ゼェゼェ。
爆発の余波は私も傷つけた。
全身に火傷と今まで以上の傷が出来る。
しかし。
「もう、無理かもしれない。けれど、私は十三家に連なる者!諦めるなんて嫌だ!」
もう一度、両手に緋焔と紅炎を生み出す。
「私は、最後まで戦う!」
妖魔と、倒れて動けない誠司君の間に入る。
私はおそらく、……ここで……。
目を瞑り、精神を統一する。
全身を襲う、激痛と疲労を無視する。
心残りはたくさんある。
でも。
「十三家・緋宮家が分家、朱藤家次期当主、朱藤澪。いざ、参る!」
私は……。
……。
「カハッ……」
限界が来た。
口から血が出る。
意識が薄れていく。
……これで、終り?
あっけない終りだ。
体が、言うことを聞かない。
せめて、一矢報いたかった。
けど……。
全てがスローモーションのように映る。
腕が、自分を打ち殺そうとせまるのがゆっくりと見える。
……ああ、これで自分は死ぬんだ……。
こんな家柄だ、もしかしたら仕事の最中に死ぬかもしれない。
そんな、覚悟は出来ていた。
それが今だったという話だ。
……。
目を閉じた。
最後の光景までこんな醜悪な物を見ていたくない。
……。
………。
…………。
ドゴンッ!
何かを強く打ったような音がする。
……。
何時までたっても痛みが来ない。
ぐいっ。
それどころかわずかな浮遊感がする。
目を開けると。
一人の男の人が自分を見下ろしていた。
どうやら自分は、この男の人に抱きかかえられているようだ。
思わず口をついて出る。
「誰……?」
時系列としては「01話 帰還」の直前の話しです。