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「見事な舞だったな、ハシャル!」





ペルドュシャーナは興奮さめやらぬ面持ちで、その部屋の扉を開けた。


「…ハシャル?」


しかし、その部屋の中央に佇むは、ハシャルが女性に擬態した時とうりふたつの、しかしハシャルではない、いきもの。


「…お前は、誰だ。ハシャルをどこへやった?」


すらりと剣を抜いてかまえたペルドュシャーナに、その女は低く、こうべをたれる。


「私の名は、キール・エニ。7年前、貴方様に嫁ぐはずであったラーの娘です。」


「…なんだと?」


その女、キール・エニの言葉にペルドュシャーナは眼を見開く。

しかし、掲げた剣はおろさぬまま。


「どういう、ことだ。」


キール・エニは頭をたれたまま、静かに話し出す。


ハシャルに固く口止めされていたことまで仔細もらさず、真実だけを目の前の王へ。







「7年前。貴方様がラーに使いを出された時、ラーのおさが貴方様が我らが力を貸すに足る者であるのかを見極めるため、こちらの城に姿を隠して密かに参りました。」



そこで父王を失ったその悲しみに打ち震えながら、それでもまっすぐに前を向く貴方に、我らが長は心奪われてしまったのです。




「長老達が止めるのも聞かず、森中を説得するのに2年もかけて。」


「我らが長は、貴方様のもとへ。」





キール・エニの言葉に、ペルドュシャーナはひどく混乱した頭を抱えて、剣をその場へ放り出す。


「なんだと、なんだと…!?」






『僕の名はハシャル・ラー。よろしく、ラー・ム・カテオの王。』


憤りに我を忘れていた自分に、確かに彼は何故か嬉しそうに頬を染めながら手を差し出してきた。


それを、自分はどうした?


俺は、その手を振り払わなかったか?


そして俺を馬鹿にするなと、何も知らぬまま叫んで、あまつさえその首に剣をつきつけて。





『お前のことはせいぜい利用させてもらう。』





そう宣告した自分に、馬上で自分の前にまたがっていたハシャルは、どんな顔であの言葉を言ったんだろう。





『…別に王国の者達に僕のことを女性だと偽ってくれてかまわない。お望みなら、擬態も可能だ。僕だって藁葺きよりも暖かなベットで眠りたいし、ラー・ム・カテオを他国に侵略されて、ラーの森を危険にさらしたくはないからね。』






「ラーという名を持つことが許されるのは、我らが長だけなのです、人間の王よ。ハシャル・ラー、それは『水をよぶもの』という意味を持ちます。」


ハシャル・ラーが祈りを捧げたこの国は、貴方様が統治される限り水に恵まれた豊な国となるでしょう。





静かなキール・エニの言葉に、「そんなことはどうでもいい!」とペルドュシャーナは激昂する。


「何故だ?何故今、ハシャル・ラーがここにいない?そして7年前に来るはずだったお前が、ここに!!」


「…貴方様がお子を望まれたからです、王よ。」






『もし僕がお前の望むものをひとつだけ、なんでもあげられるとしたら。


お前は何を望む?』





思いつめた表情で、そう問いかけてきた。


あの時様子がおかしいことに、どうして自分は気づいてやれなかったのか。


――いいや、違う。理由はわかっている。


あの時の自分は喉元からせりあがってくる欲望を押さえ込むのに、自分の感情を押さえ込むことだけに眼を向けていたから。


そう。


ペルドュシャーナは随分前から、あの綺麗なシャナ(月花)のようなハシャル・ラーを愛していた。


ハシャル・ラーに認められたくて、戦の戦術も剣の腕前も何もかもを必死で磨き上げた。






ハシャル・ラーに笑ってもらいたくて。


ハシャル・ラーに側にいてほしくて…。






気を緩めるとハシャル・ラーを無理やりこの手で穢してしまいそうな自分を鎮める為に、手当たり次第に女性達に手を出した。


ラグー(後宮)へ入れた娘達は、どこかハシャル・ラーの面影を宿すものばかり。

その娘たちをラグーへ向かいいれた目的はただひとつ。


ラグーの娘たちと子をなし、いつかハシャル・ラーと自分の子として育てるつもりだったのに。





『だって、人間同士だと、すぐばれる。目が、目が違うから…。』





そう必死にすがったハシャル・ラーの香り、体温。


冷たい、手。






『盟友』という言葉を出したのは、ともすれば暴走しそうな自分とハシャル・ラーの間に一線をひくためだった。


ハシャル・ラーを自分の穢れた手から、護る為に。


もし本当にハシャルが自分を愛してくれているのだとしたら。


ああ、あの夜、どんなに傷ついただろう。


自分の不用意な言葉に、あの小さな胸を痛めてもしや今も…泣いているのだろうか?







「どこへ行かれます、王よ。」


踵を返し、駆け出そうとしたペルドュシャーナに、キール・エニがぴしりと冷たい声を。


「なりません。ラーの森は再び閉ざされました。


このラー・ム・カテオに留まることのできるラーの血をひくものは、ただ1人。


私が戻らない限り、ラーの森は再び貴方様を迎えることはございません。」





そして私は帰れない。


貴方様の子を産み、この国を護っていくと、ハシャル・ラーに誓ったのだから。






「ハシャル・ラーが貴方とともに、貴方のために護り続けたこの国を、今度は貴方が貴方自身のためにつぶすおつもりか?」





王よ。


ラー・ム・カテオ(水満ちる国)の王よ――。



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