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「ペルドュシャーナ…。」


タール(湯殿)からひっぱりあげたものの、今度はガーディ(裏庭)へと着飾った娘の手を引いて姿をくらましてしまったペルドュシャーナに、ハシャルはその名をぽそりと呟きながら、俯く。


ペルドュシャーナの妻としてその隣に立ち続けて、5年。


ペルドュシャーナはハシャルには眼もくれず、なみいる美姫に手をかけて。

中には本当に大切に思ってラグー(後宮)へと引きいれた娘も数人いるという。




「ペルドュシャーナ…!」




そのことを思うたび、自分ではない他の娘の手をとるペルドュシャーナの姿を眼にするたびに燃え盛る嫉妬と自らを深い闇に沈める悲しみに、身を引き裂かれるような思いがする。


しかし、ペルドュシャーナはそれを知らない。


どんなに美しくとも、男であるハシャルはペルドュシャーナにとってはただの『協力者』。


けして自分が望むものは手に入らないのだと、ハシャルは1人ひそかに胸こがし、涙でその白い頬をぬらす。


ああ、それでもいいから貴方の側にいたいと、願っていたけれど――。


ハシャルは冷え切った胸の奥で、あの夜のことを思い出す。


ペルドュシャーナとの決別の決意を固めた、あのソーニャ(満月)の晩の出来事を。









そのソーニャ(満月)の晩は、ペルドュシャーナの22回目の誕生日。

盛大な祝いの宴に、ハシャルは女性に擬態し、翡翠のドレス姿もあでやかに、ペルドュシャーナの隣で人々の祝いの言葉を受けていた。




ハシャルはこういった、公の催し物が大好きだった。


ハシャルのことを女性と信じて疑わず、ペルドュシャーナを守護する女神と崇める人々の前では、さすがのペルドュシャーナも他の娘に眼をくれるわけにはいかないからだ。


ペルドュシャーナがダッターン・ナギの小さな第二皇女に申し込まれ、ワルツを踊っている間、ハシャルは少し人に酔ったのか気分が悪くなったので夜風にあたろうと1人、天台へと足を運んだ。



さわさわと森が揺れる気配に、冷たい風。


ハシャルはほっと息をつき、壁にもたれる。




「ペルドュシャーナ様」




そこへ幼い少女のペルドュシャーナの名を呼ぶ声。

どうやら踊りを終えたダッターン・ヤギ(焔消えぬ街)の第二皇女とペルドュシャーナが天台へと涼みにやってきたらしい。


ハシャルの姿はちょうど、天台へと続く大きな窓の影に隠れて見えず、向こうはこちらに気づかなかったようだ。




「とても楽しかったですわ。今までご一緒したどの殿方よりも、ペルドュシャーナ様は、素敵。」


うっとりしたしかし10を過ぎたばかりのまだ幼い少女である皇女の言葉にペルドュシャーナが楽しげな笑い声をたてる。


「ん、もう。本気にしていらっしゃらないのね!こんな若い娘ではあのような正妃様がいらっしゃるのですもの、相手にならないとおっしゃりたいの?」


「そんなことはないですよ、可愛い皇女様。」


「じゃあ、わたくしを正妃にしてくださいな。」


勢い込んだ皇女の言葉に、ペルドュシャーナは笑い声を崩さず


「私にはもうすでに正妃がおりますから。残念ですね。」




「あら。でも、正妃さまはもう5年もあかちゃまをおつくりになれないのでしょう?」





おかあさまが言ってましたわ。


おとうさまも、うばやも、みんな言ってましたわ。





「ペルドュシャーナ様はあかちゃまが必要なんでしょう?わたくし、もう大人になりましたの。だから、ペルドュシャーナ様にあかちゃまを、さしあげることができますわ。」





だから、わたくしを正妃にしてくださいな――。





無邪気なその声に、ハシャルは声を失って。

小さく震えだした体を自らの両手で抱きしめる。




「でも正妃は変えられないのです。ヤマ・ビジョル(幸運の女神)が私の正妃ですから。」




ラーの娘以外の正妃を迎えることはできないのですよ、と。


そうおとうさまにもおかあさまにもお伝えくださいね、とその話の中に不穏な空気を感じ取ったペルドュシャーナは、子供にもわかるように、噛んで含めるような言い方で皇女に返答した。


「でも、それならあかちゃまはどうしますの?ラーのお妃さまは、あかちゃまをペルドュシャーナさまにさしあげることができますの?」


「できなくては困りますね。この国の民たちは、ヤマ・ビジョル(幸運の女神)の血を引く子でないと、跡継ぎとして認めないでしょうから。」


さ、もう冷えてまいりましたから、フロアに戻りましょう――。







ペルドュシャーナの遠く遠く去っていく声を、ハシャルは夢を見ているような心地で追っていた。






ペルドュシャーナの血をひく子供。


そしてラーの娘、ヤマ・ビジョル(幸運の女神)の血をひく子供。


それは特別な子供。





ペルドュシャーナがそうであるように、ラーの娘とラー・ム・カテオの王の子供はある目印をもって生まれてくる。

それはけして、人間同士では得ることのできない、証。


左の目は父の目の色を、右の目は母の目の色を、ついで生まれてくる。


それは、……特別な、子供。



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