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ラデ・カルラ(灰かぶり)、ラデ・カルラ(灰かぶり)。
イルミ(南瓜)の馬車にキルニ(硝子)の靴。
どんなに覚めないでと願っても、12時の鐘が鳴ったらその夢は消えてしまう。
ラデ・カルラ(灰かぶり)、ラデ・カルラ(灰かぶり)。
どんな魔法を唱えたら、夢の続きはやってくるの――?
アース・ラーダ(天の采配)と呼ばれる灼熱の砂漠に不似合いな、深い緑おおい茂る森に囲まれたその国の名はラー・ム・カテオ(水満ちる国)。
シジャイ・カテオ(風の王国)へ向かうキャラバン達が旅の中継地点として必ず立ち寄るこのオアシスは、いまだかってないほどの熱気に包まれていた。
それというのも今日は、ラー・ム・カテオの正妃による100年に一度のラタ・ムーア(雨乞いの舞)が披露される日であるからだ。
その昔、ラーの森に踏み入った男が手に入れたのは、ラーの森に住まう精霊の娘。
男が森の恵みに押し寄せる敵をなぎ払い、ラー・ム・カテオを押しも押されぬ大国へのしあげられたのは、その娘の守護によるものだという。
それから数千年もの間。
ラー・ム・カテオの王はラーの森の精霊を称え、聖域を護り、正妃に必ずラーの娘をおしいただいてきた。
15才の若さで王位を継いだ現王、ペルドュシャーナもその例に違わず。
ラーの娘を正妃に迎えてからは負け戦しらずの王に人々は口々に娘を「ヤマ・ビジョル(幸運の女神)」として称えた。
そのヤマ・ビジョル(幸運の女神)である正妃ハシャル・ラーのラタ・ムーア(雨乞いの舞)。
遥か遠くシジャイ・カテオ(風の王国)やダッターン・ナギ(焔消えぬ街)から見物客がおしあいへしあい、それはもう大変な騒ぎと活気を引き起こしていた。
「奥方様にはそのご準備で、お忙しいのでは?」
だからお相手はご遠慮させて頂きました、と。
ペルドュシャーナは褐色の肌に映える金色の瞳を閃かせ、タール(湯殿)に身を沈めて嬌声をあげる娘達を抱え込みながら彼のヤマ・ビジョル(幸運の女神)、ハシャル・ラーを見上げた。
ハシャルはぬけるように白い肌を怒りでうっすらと紅く染めながら、ペルドュシャーナを湯船から引きずりだす。
「この僕が公務で倒れるほど働いている時に、何をやってるんだ、この節操なし!!」
「いいじゃないか、これくらい。」
未練がましげに体を寄せる娘達にキスをおくり、仕方なくハシャルとともにタール(湯殿)を後にしたペルドュシャーナに、ハシャルはお前は僕の夫だろ、少しは気遣えと怒鳴りかけてぐ、とつまる。
実はペルドュシャーナとハシャルは名ばかりの夫婦。
ラーの森がペルドュシャーナに差し出したのは、朝露に濡れたシャナ(月花)のように麗しい、けれども男であったから。
「僕の名はハシャル・ラー。よろしく、ラー・ム・カテオの王。」
そういって嬉しそうに微笑んだハシャルの手を振り払い、ペルドュシャーナは吐き捨てるようにこう叫んだ。
「俺を馬鹿にするのも、いい加減にしろ…!!」
先王、ムテアマーニ(闘王)と称されたペルドュシャーナの父が暗殺され、15才で王位を継承したペルドュシャーナは、けして愚鈍な青年ではなかった。
しかし、あまりにも偉大すぎた先王の影にかすんで、何をしても「やはり…」とため息をつかれる日々。
父王を支え続けたラーの娘である母を思いおこし、即位後すぐに正妃をと急使を飛ばしたラーの森にも、あと数年待って欲しいと正妃を送ることを拒まれると、益々その地位は霞んでやることなすこと思い通りにいかない。
即位から2年後、ようやっとラーの森から正妃承諾の返事が来たときには、これでようやっと自分の実力を示す環境が整うと、喜びに胸高鳴らせて自分の運命を握る女神たる娘を迎えにきたのに、それが子をなすこともできぬ優男とは。
父王のもとへ嫁いだ母は、剣を取り部下の士気を高め戦時に父を守護することさえいとわなかった、すばらしい女性であったのに。
屈辱にぎりぎりと唇をかみ締めるペルドュシャーナに、ハシャルは はん、と鼻をならして嘲笑を投げつけた。
「お前はくだらない男だな。」
「何!?」
「比べられたくないといいながら、一番父王をひきあいにだしているのはお前じゃないか。」
ハシャルの言葉に色失い、その首元に剣を突きつけたペルドュシャーナに、彼は顔色ひとつ変えずにこう言った。
「殺したいなら、殺せ。僕はかまわない。お前のようなくだらない人間の為に、時間を浪費せずすんだことをラーに感謝しよう。」
し…ん、と静まり返ったラーの森に、ペルドュシャーナはすっと剣を収めてかわりにハシャルの手をとり、馬上へとひきあげる。
「お前のことはせいぜい利用させてもらう。」
ペルドュシャーナは乱暴に馬をはやがけさせながら、つん、とすましたハシャルに冷たい声でそう宣告する。
「…別に王国の者達に僕のことを女性だと偽ってくれてかまわない。お望みなら、擬態も可能だ。僕だって藁葺きよりも暖かなベットで眠りたいし、ラー・ム・カテオを他国に侵略されて、ラーの森を危険にさらしたくはないからね。」
ラーの森を護る為に、そう言って協力を申し出たハシャルとペルドュシャーナはそれ以降、夫婦とは名ばかりの『協力者』としてラー・ム・カテオを繁栄させてきた。
ペルドュシャーナは肩の力が抜けたのか、戦に対する姿勢ががらりとかわり、ラー・ム・カテオに次々と勝利をもたらした。
即位から7年、もはやペルドュシャーナをムテアマーニ(先王)と比較するものはいない。
ヤマ・ビジョル(幸運の女神)を手にしたペルドュシャーナは、確かに今、偉大なるラー・ム・カテオの守護王だった。