異母妹のおかげで漁夫の利を得ました
恋愛と言い切る。のろけを見せられている立ち位置で
「嫌ですわっ!!」
王族とその側近の集まる場所で声高らかに叫ぶ声。
「なんで、わたくしが辺境などというところに行かないといけないのですかっ!! 魔物がわんさか溢れ出る場所で竜などという化け物に跨って戦う野蛮人などと結婚したくありません!!」
10歳だからこそというべきか10歳なのにというべきか王族の務めだと言われても嫌だと喚き続ける妹に頭が痛くなってくる。
そのうえ妹に甘い兄上が、
「陛下。まだ、マリアッテを嫁がせるという話は早いと思います。この子の美貌ならおそらく同盟国から結婚の申し込みが殺到しますので」
と、妹を庇って告げる様に呆れてしまう。
その同盟国との婚約も6歳の時に申し込まれて遠い国に行きたくないとごねたことはいまだに覚えている。
娘だけには飽き足らず王太子にまで反対されておろおろする父上に、どうして国政を預かる者がそんな子供の意見にまともに応えられないのかと心中罵ってしまうのは仕方ないだろう。
「――陛下」
だが、これ以上揉めていると実はずっとその場に控えている辺境伯の心証が悪くなるだろうと思ったので、本来なら王太子以外は口を挟んではいけない場で口を挟む。
「ならば、マリアッテの下の妹であるトリシアを辺境伯令息と婚約を結ばせたらいかがでしょう」
「クレイ!! 臣下になるお前が勝手に口を挟むなっ!!」
兄上が口を挟んだことで身分を弁えよと叱責する。同じ王の子でも王太子と臣下になる者で幼い頃から身分の差を叩きこまれているので、命じていないのに意見するなと言いたいのは仕方ないだろう。ならば、まともな意見を言えばいいのに。
「に……兄さま……」
ずっと傍で控えていたマリアッテの3歳年下のトリシアが不安げにこちらを窺うのだが、今は公共の場なので後で説明すると視線で伝える。
「――ほう。では、クレイ殿下。トリシア姫殿下はマリアッテ姫殿下よりもお若いのですが、その点ではマリアッテ姫殿下と立場は同じでは」
宰相が口を挟むので、
「確かに年齢的には気になるだろうが、二人の年齢にはそう差は無い、それに幼いうちから辺境の地で住めばその環境におのずと慣れるだろう」
それなら魔獣の危険性も竜の事も気にならなくなるでしょうと意見すると、
「ならば、そのようにしろ」
マリアッテには本人の希望を聞いたのにトリシアには一言も聞かずに命じる。まあ、メイドに手を出した娘だからと存在自体を忘れていた可能性もあるが。
「ご、ご命令承りました……」
怯えながらも受け答えは正しいかと不安げに返事をするトリシアに内心よくできましたと褒めたかったが、公の場なので我慢した。
「トリシア。あれが竜だ。本当ならもっと近くで見せたいが、竜はデリケートなのでこれ以上は近付けないからここで勘弁してくれ」
そっと騎獣舎の見えるテラスから指差してトリシアに教える。
「兄さま。竜って大きいのですね!! それに綺麗です!!」
たくさんの竜を見て、トリシアが興奮したように告げる。さっきまで怯えていたのが噓みたいだが、トリシアにとっては竜よりも実の父や異母姉。王太子である異母兄の方が怖いのだろう。
………その怖い存在に自分が入れられていなくてよかったと思っているのは言わないでおく。
「きっと辺境伯領に向かう時は竜に乗れるだろうからその時にじっくり近くで堪能するといい」
「はいっ!!」
嬉しそうに返事をしてから。
「兄さま、どうしてわたくしを婚約者にと告げたんですか……?」
聞くのは今しかないと思ったのかじっとこちらを見上げる赤い目と視線がぶつかる。
血みたいで気持ち悪いとマリアッテに言われて、兄上がそんなマリアッテを可愛がるあまり目を隠していろと命じたから普段はもったいないが前髪で隠しているのだが、二人きりの時は出していいよと告げたから前髪を上げて今はしっかり見せている。
もっとも黒髪が化け物みたいだと自分が目を隠せと言ったくせにそんなことを忘れたようなことをあの妹は言っているのだが。
「マリアッテは事の大事を理解していないが、辺境伯に王族が嫁ぐ事は繋がりを強化するのに必要な事なんだ。一部の貴族は辺境の重要さを理解せずに不遇な扱いにしようとしているからね。それにもう一つ」
そっと頭を撫で、
「辺境伯は品行方正で見習うべきことが多い方だ。そこでならお前を大事にしてくれる」
メイドの子供だという理由で冷遇されている異母妹。その産みの親も側室らの虐めで命を落としている。
おそらく、その裏には実の母である正妃が居るのだろうが。
「で、でも……、わたくしがいなくなったら今度は兄さまのお立場が……」
同じ正妃腹でも、後継者である兄上と最初の娘であるマリアッテと比べると扱いは悪い。なまじマリアッテが兄上のお気に入りだからこそ余計に。
「トリシア。お前には大事な役目がある」
目を合わせて告げる。
「幸せになる事。ただし、自分一人ではなく、辺境伯令息と心を合わせて、辺境伯領全体で」
「辺境伯、全体……」
「ああ」
遠目からも分かる楽しげに竜と触れ合う辺境伯の騎士。それを煙たがるように冷たい視線を向ける城勤めの貴族たち。
「自分だけ幸せになろうとすれば、民との間に確執が生まれ、それが淀みとなっていずれ災いになるだろう。だが、皆が幸せだと思える環境になれば岩よりも強靭な繋がりが出来る」
今の王族でそれを理解している者はいない。宰相が再三忠告してきたのにも拘らず、兄上は王太子の責務よりもマリアッテの我儘を優先して、それを陛下も許容している。その王族が放棄している責務を行うと言うことの責任の重大さ告げると。
「わっ、分かりました」
握り拳を作り、張り切っている様に応えるのに頼もしいと思いつつも、
「トリシア。最初に言ったけど、自分の幸せを考えるように。お前は頑張りすぎて自分のことを忘れて倒れることがあるからね」
以前、マリアッテの我儘で怪我をさせられた侍女の代わりに仕事をして、風邪を引いた事があったのを覚えているから釘を刺すと、
「もっ、もちろんですっ!! いい加減忘れてください!!」
顔を赤らめて文句を言うトリシアに冗談だと答える。
自分も兄上と同じように妹をひいきしているが、すべきことを行う覚悟のある妹なら多少甘やかしてもいいだろうと自分に言い訳をする。
「ごめんごめん」
謝ると、
「無理しないように……頑張ります……」
小さな声で宣言するので、
「そうしてくれ。きっとこれからはトリシアを心配してくれる人が増えるんだから」
もっと自分を大事にしてくれと告げると、
「わたくしのお婿さんと仲良くなれるでしょうか……。彼もメイドの娘だと冷たい目を向けてきたりは」
「そんなことは……」
「そんなことしない!!」
否定しようとしたら後ろから大きな声がして一人の少年が姿を現す。
日に焼けたような肌の体格の良い10歳くらいの少年。小麦色の髪の毛と緑の目。どことなく辺境伯に似ている。
「りゅ……竜を近くで見たくないか?」
顔を赤らめてトリシアに声を掛ける少年に、トリシアは戸惑いつつも竜と言われて目を輝かせて、
「見たいです!! 近づいていいんですかっ⁉」
嬉しそうに告げるので、
「なら、一緒に来い。俺と一緒ならあいつも警戒しないはずだ」
緊張したように固い声だが、しっかり手を差し出してエスコートをしようとする様にトリシアも嬉しそうに手を取る。
「兄さま以外にエスコートしてもらったのは初めてです」
「そっ、そうか……」
にこにこと微笑むトリシアと顔を赤らめ続けている少年。
「辺境伯令息が来ているなんて話は聞かなかったが……」
だが、彼は辺境伯令息だろう。
「一度都を見せようと思ってこっそり連れてきました」
背後から声がする。辺境伯令息に気付かなかったが、辺境伯も隠れているとは思わなかった。
「護衛がいないのは不用心ですよ」
こっちが言いたい事を先に言われてしまった。
「臣下に下る第二王子と側室でもないお手付きの産んだ姫に付きたがる護衛がいないのですよ」
無理やり付けてトリシアに暴力を振るっていた侍女がいたのでそれなら信頼できる者を少人数付けた方がいいと思って少数精鋭で回している。
護衛など特に公の場所以外では付きたがらないのだ。
「まあ、居なくなってほしいと思っている輩がいるから今は消極的に警備を緩くしているんでしょうね」
積極的に殺したいとまでは思っていないが、死んでくれたらいいと思われている。きらびやかな様に見えての魔窟。そこからトリシアが逃げられるならいい。
トリシアの手を取り、竜の元に案内する辺境伯令息の姿はとても眩しく思えた。
「兄さま。行ってきます」
辺境伯領に旅立つ時、実際身近で竜を見たらどんな反応をするだろうかと内心緊張していたが、トリシアは全く怯えずに近くにいる竜に興奮して……それでも竜を驚かせてしまうかもと必死に感情を抑えている様は辺境伯の供の方々には好意的に映ったようだ。
辺境伯令息とも仲良くしている姿が見られ、それだけでもトリシアは幸せになれると保証されたように思える。
「手紙を毎日書きます。だからお返事を下さい」
寂しげに必死に告げてくる様に、
「書ける時だけになるけど、手紙を出すよ。だから手紙に出す内容に悩んでとんでもないことをしようとしないように」
事前に言っておかないと本気でやりそうなトリシアに釘を刺して、
「トリシアをお願いします」
辺境伯令息。辺境伯。そして、その供たちに頭を下げる。
「任せてください。トリシアと二人で自分たちを含む民を幸せにします」
決意を宿した言葉を聞いて、昨晩の話を聞かれていたのだと気付いていたが面と言われると恥ずかしい。
「だから、殿下。もし、あなたが民を自分の力で幸せにしたいと思ったら連絡ください」
「んっ?」
何を言いたいのかと聞きたかったが聞いたらとんでもないことが起こると思ったので問い返さない。
「その時は必ず手を貸します」
「わたくしもっ!!」
二人の言葉を皮切りに竜が飛び立っていく。
城内ではその様を恐れ、やっと去って行ったと安堵する中で、
「幸せに」
その空を飛翔する竜の美しさに目を奪われながらそっと餞の言葉を述べたのだった。
それからトリシアは本当に手紙を毎日送り届けた。
辺境伯領には小竜と呼ばれる子犬サイズの竜がいて、その竜が手紙を運んでくれるので、トリシアの手紙を第三者に見られずに無事届けられる。
トリシアは竜に乗ることが楽しかったので、自分も竜騎士になると訓練を受けてみたと一通目に書かれたかと思ったら。
竜騎士になるために竜の卵を育てている。
ハイル(辺境伯令息)が竜に焼きもちを焼いていてかわいいとか。
竜の名前を竜が大好きなラム肉にしようとしたらハイルにやめた方がいいと言われたからラムにしたとか。
魔獣の肉は美味しくて串焼きをもぐもぐ食べてしまったとか。
育てた竜の背に乗ったとか。
竜騎士の訓練は大変だけどやりがいがあるとまで書かれていた。
幸せなのが伝わってくる手紙で微笑ましく思うが、返信にそろそろ困ってきた。
「……トリシアを辺境にやって正解だったな」
本格的な王太子としての公務を兄上が行うようになってから粗が目立つようになった。その補填として、宰相家の養子になった俺が行っているのだが、それが気に入らないのか兄上が何度か暗殺者を送ってくるようになった。
「魔獣が国の中央でも現れだしたのに」
兄上は辺境の地でしっかりと仕留めないのが逃げてきているだけだろうと問題視していないがこの手の事はスタンピードの前触れであったりする。
ひそかに対策を立てればいいのだが、兄上は普段はまともに働かないのにこういう時だけ目ざとく文句を言ってくる。
手紙を持ってきてくれた小竜の身体を撫でていると気持ちよさそうに目を細める。
「………相談してみるか」
辺境伯領は常に魔獣との戦闘が行われている。そんな辺境伯領から兵士を借りるわけにはいかないが事前対策に役に立つかもしれないと目の前の小竜を見ながら呟き、簡潔にスタンピードの前兆が出ていることと魔獣対策で一般人を守れる手段を教えてほしいと手紙をしたためる。
だが、その手紙の返事を受け取る前に恐れていたことが起こってしまった。
王都のど真ん中でいきなり数十体の魔獣が出現したのだ。
「民を安全な城に避難させろ」
兵士に命じると、すぐに民の安全を確保して動き出す兵士たち。だが、宰相の養子という立場なので動かせるのは宰相家に仕えている兵士のみだ。
「父……陛下は?」
こういう時は王である父上か。王太子である兄上が全軍に命じればもっとスムーズに行えるのにと歯がゆい想いで彼らの状況を尋ねたのだが、
「そっ、それが……」
城に使いに行っていた部下が汗を流して、青ざめて今にも倒れそうな表情で、
「陛下と王太子殿下。それにマリアッテ姫殿下はすでに……」
「――亡くなったとでも」
「そっ、それが……」
と差し出されたのは宰相である養父からの手紙。
「はあぁぁぁぁ!?」
王族がいれば国は滅びないと告げたと同時に三人は隠し通路を使って逃げて行った。後のことはすべて宰相と第二王子に任せると、
「何考えているんだっ!!」
確かに王族が逃げるのは正しい。だが、王も王太子もどちらも逃げるのが間違っているだろう。前線で指揮する者がいなくなるし、命令系統が混乱する。
「殿下。どうなさりますか」
「決まっている。王族として指揮系統は僕が受け持つ。避難民の救助を優先する」
そうだ。まず避難を先にして、
「スタンピードが始まったと考えてもいいだろう。元凶を調査して対策を」
スタンピードの原因は強い魔物が生まれて逃げてきた弱い魔物……それでも人間よりも強いのだが、それが生まれたというパターンと魔物同士の繁殖で他の魔物を探してのパターンもある。後は、巣立ちとか。
強い魔物が出てのスタンピードならもっと魔物が出現する可能性もあるし、他の場合なら……。
「やるしかないか」
とりあえず、調査に送れる人材をと考えていたら。
「で、殿下……。あれを……」
部下の一人がある方向を指差す。地上の騒がしさと打って変わった綺麗な青空が広がっているが、そこに黒い点がいくつか見える。
「あれは……」
黒い点はどんどん大きくなってきてやがてそれが何かが羽搏いているのだと形が見えてくる。
「兄さま~~!!」
聞こえてきた音がそんな意味を成すと同時にその黒い点が数頭の竜だと気付くのは同時。そして、先頭に居るのが日に焼けて健康的になった黒髪赤い目の少女……いや、女性騎士だと把握できる。
「ト……」
まさかと、信じられないと思った。都合のいい夢を見ていると。
「トリシア……」
「助けに来ました!!」
時期的にスタンピードの対策を尋ねた手紙を見てすぐにこちらに向かってきたのだろう。竜騎士の格好をしたトリシアは別れた時からすると信じられないくらい明るい表情で生き生きしている。
「兄さまの危機だと思ってすぐに向かってきました。さあ、ご命令を」
「トリシア。いきなりそれを言われても困るだろう。クレイ殿下。これを父……辺境伯から受け取りました」
トリシアとともに来た立派な鎧に身を包んでいるのは辺境伯令息だろう。彼から辺境伯からの手紙を差し出されて、慌てて目を通すと、王都の危機だと思って竜騎士精鋭を送りますと一行だけ書かれていた。
「ありがとう……」
王都の兵士をかき集めても魔物との戦いに慣れていない者が多く、いくら理解していても心が、感情が恐怖で尻込みするだろうと思っていたから戦い慣れている竜騎士が来てくれることがこれほどまでに頼もしく思えたことはない。
その竜騎士という頼もしい戦力を得て、王都のスタンピードは一週間で解決に至った。原因は王都の近くにダンジョンが発生したこと。そのダンジョンから魔物が溢れてきたが、それも冒険者などが攻略していけばある程度収まると言うことで解決策が見いだせた矢先だった。
解決したという噂を聞いて逃げていた陛下や兄上。マリアッテが王城に帰ってきたのはそれから一月過ぎてからであった。
「魔物の素材はどうした。加工すれば高値で売れるだろう」
「素材の中には貴重な物もあったんでしょう!! それでわたくし作ってもらいたい装飾品があるのよ」
魔物を倒した者たちを労わりもせずにいきなりそんなことを言い出す兄上とマリアッテ。
「素材はすべて復興資金として民に配りました。魔物の肉も避難民の食料として活用しました」
と報告すると、
「はっ⁉ 馬鹿じゃねえのか!! 魔物の素材を民なんかに使うなど勿体ないだろう!! さっさと取り戻して来い!! ああ、肉はどうした? 今から食べるのが楽しみだ」
「それも民に配りました」
「はあぁぁぁぁぁ!! 馬鹿なのか何考えているんだお前はっ!! そういうのは俺が戻るまで保管するべきだろうがっ!! 使えん奴だな」
「………」
魔物の肉は確かに高級食材だ。だが、今食べないと飢えてしまう民が居るのに貴重な保存魔法とか冷凍魔法。まあ、それをしなくても燻製にするとか保存肉にする方法はあるが、どちらにしてもそんな労力を使うよりも民の飢えを満たす方が良いと思って判断した。
だが、そんなことを愚かだと告げる兄とマリアッテ。そして、そんな兄を諫めないと言うことは父上も同じ意見なんだろう。
「きゃあぁぁぁぁ♪ 何この美形!! 貴方がスタンピードを抑えてくれたのねっ!! 気に入ったわ。わたくしの専属騎士にしてあげる!!」
マリアッテがいつの間にか辺境伯令息に纏わりついてそんな勝手な事を言い出している。
「――お断りします」
イライラしているのを必死に隠して告げる様は見事だなと思っていると、
「恥ずかしいのかしら。貴方のような顔ならわたくしの傍においてもいいのよ」
全く辺境伯令息の心情に気付かずにそんな愚かな事を告げるマリアッテの言動に、
「おや。貴方が俺を傍に置きたくないと思っていましたよ」
「そうですよね。だって、お姉さまはハイルと結婚したくないと散々喚いていたのに、まあ、おかげでわたくしがハイルと結婚出来ましたけど」
と辺境伯令息の腕を組み誇らしげに微笑むトリシアの様に辺境伯令息の元に送って正解だったなと誇らしげに思うが、もう少し王族令嬢としての嗜みといいたかったが、まあマリアッテも似たようなものだからな。
(だからといって同じ場所でマウントを取らなくても……)
溜息を吐いてしまうが王城では卑下され続けて、顔を隠していたからいい成長だと思えばいいだろうか。
「何よあんた!! 血みたいな気持ち悪い目をして」
「そうか。トリシアの目はルビーみたいで綺麗だが」
「ハイル!!」
辺境伯令息の天然砲に嬉しそうなトリシア。
「ト……トリシア……って、あの……」
ああ、さすがのマリアッテでも妹のことは覚えていたか。
「なんであんたがっ!! 辺境の田舎で細々とみじめに生きているはずでしょう!!」
「マリアッテ!!」
さすがの問題発言に父上が慌てて止めるがもう遅い、
「なんで止めるの父上。田舎の領土が広いだけの貧乏なとこでしょう!!」
「そうですよ。田舎で常に生きるのにかつかつな輩のいる場所でしょうに」
マリアッテの言動に王太子であるはずの兄上ですらそんな発言を行う。それは辺境伯令息やトリシアの怒りを買うだけではなく。
「そうですか……。民を見捨てて逃げて解決してから帰ってくる方々は流石言うことが違う」
帰ってきた王たちを見て、対策をしていた貴族全員は冷たい一瞥と共に、そう皮肉を言うが、皮肉をきちんと皮肉だと気付いたのは悲しいことに父上だけだ。
「そうよ。もっと敬いなさい」
「俺たちが帰ってきたのにいまだ宴会の用意が出来ていないのはどういう事だ!!」
とそこまで告げる様を見て、宰相が溜息を吐いて、
「この緊急事態に逃げる王族を我々は認めません」
皆を代表するように告げる。それには彼だけの意見ではないとしっかり明記するようにこの場にいる貴族は次々と頷き、中には拍手する者も居る。
王都での戦闘。
避難民の支援。
そして、復興支援を行って、ある程度目途が立っての帰還だ。
その間に動いていたのは宰相とトリシアと辺境伯令息。貴族たちだ。そんな彼らを労わらず、当然のように戻られたら怒り心頭だろう。ましてやこの問題発言の数々だ。
「我らは此度の騒動で常に対応をしていたクレイ殿下を王に据えたい」
「へっ?」
何で自分の名前がいきなり。いや、確かに指揮をしたのは自分だけどほとんど周りに頼っていただけだなのに。
「クレイ殿下がいなかったらもっと民に被害が出ていたでしょう。竜騎士の支援も間に合わないで」
確かに民を避難させるように命じたし、相談という形で手紙を出したけどそこまで言われるような人材ではない。
「それは今までの王太子のフォローをしている時にすでに片鱗を見せていたが、今回のことではっきりしました」
だから何で?
「我らはクレイ殿下を王として認めます!!」
「えっ、ちょっと……」
「兄さま。民の幸せのために誰よりも王に相応しいのは兄さまです」
戸惑っているとトリシアが囁いてくる。
「辺境伯代行として支援します」
辺境伯令息までそんなことを言い出してきて、正直焦るが、
「なんでそうなるんだ!! 王太子は俺だぞ!!」
兄上が文句を言うが、
「権利を主張して義務を怠っている者には国を任せられない!!」
「我らは民を守るからこそ貴族である。民を守れない王など不要!!」
黙っていた貴族たちも次々と言い出す様に流石に怯えた様を見せる兄上とマリアッテ。その様を見て、
「そう。か……」
王族として民を幸せにするのは自分だけかと決めると怖いが覚悟を決めた。
王として即位すると――。
王太子である兄に冷遇されてきたのにどうしてこうなったのかと思い返すとやはりトリシアを辺境伯の元に送ったのが功を奏したと思えばいいのか。
「望んだわけではないけど」
兄上たちからすればこう言うだろうな。
異母妹のおかげで漁夫の利を得たと――。
本人は相応しい人が居れば譲る気満々で漁夫の利だと思っていない