第一王子に婚約破棄された令嬢は、王弟の立太子を推挙して、王太子妃となり……、そして国は発展する。
思った以上に長くなった……。
ポイエディンズケーション王国には、貴族社会で「愚かな王子」と噂されるアビュセレンズド第一王子がいる。国王夫妻には彼しか子供が居ないので、何れ彼が王になるが、それを不安視する者は多い。
国王はそんな我が子の支えになれる様に優秀と名高いミションゼ・ビクトー侯爵令嬢をアビュセレンズドの婚約者と定めた。しかし。
その婚約をアビュセレンズドは一方的に破棄すると宣言した。
それも寄りにもよって、多くの貴族が集まる新成人を祝うパーティで。貴族学院を卒業し、成人となり、「令息」・「令嬢」ではなく「卿」と呼ばれ、正式に貴族と認められる事を祝うそのパーティの主役は勿論、新成人の貴族達。訳アリの例外を除くが、基本は18才になったばかりの貴族達だ。
主役達の中には、このパーティの数カ月後に立太子する予定のアビュセレンズドも、その婚約者のミションゼもおり、当然、彼等は主役中の主役であった。
本来ならば、そのパーティでは婚約者をエスコート・婚約者にエスコートされるものでありーー勿論、婚約者が居ないと身内がエスコート相手になるーー、従ってアビュセレンズドはミションゼをエスコートしていなければならなかった。
しかし彼はエスコートを拒否、何と男爵令嬢であるアルトラ・インクをエスコートし、パーティに現れたのである。そして公衆の面前で婚約破棄を叫んだのだ。
まさかここまで愚かだとは……。
私は溜め息を殺します。アビュセレンズド殿下が浮気をしているのは存じておりました。ええ、それはもう信じ難い事に校内の至る場で逢瀬に励んで居られましたから……。
元々良くは無かった成績ーー入学前は良く王妃様より愚痴を聞いておりましたので判断出来ましたーーは更には落ちた様で、、、優秀者のみ、成績順が張り出され、公表されるのですが、殿下が張り出されたのは入学して間もない頃に行われた試験でのみ。それ以降は拝見した事はございません。
因みに優秀者は全員が伯爵家以上の出自の生徒です。当然ですわね、高位貴族家出自以上の生徒と低位貴族家出自の生徒では受けられる教育に差が有りますから……。
そんな事情が有る中で王族が、況してや次期王太子とあろう方がその有様ではとてもとても……。各分野には専門家が居りますからーーそう言った方は貴族学院卒業後、大学院に入学し、学びますーー全てに於いて王族がトップである必要は有りませんが、それでも最低限求められるレベルがございます。殿下がどうであるか……、語る必要は無いでしょう。
正直、皆が不安視しておりましたが、それでも私が婚約者であったからこそ、あの方は次期王太子で居られたのです。それをあの様な愚行で潰されて……、陛下方は怒り心頭でありました。
……思えば殿下は私の事を昔からお気に召していなかったのでしょう。手紙も殆どなく、親睦を深めるお茶会では失礼な態度ばかり……、終いには参加すらしなくなりました。誕生日の贈り物だって格だけを揃えたものばかりで、私の好み等少しも考えたものでは有りませんでした。最も……、殿下のお好みも知る事が叶いませんでしたから、贈り物に関しては私も言える事ではないのですが。
そう言った経緯が御座いますから、嫌われているのだろうとは分かっておりました。しかしまさかお目出度い筈の場で冤罪を掛けられた上に婚約破棄を叫ばれるとは……。
「真実の愛」等と仰ってましたが、傍から見ていると倫理感皆無の女性に侍る殿下と殿下の側近候補の男性(私の友人達とそれぞれ婚約しております)は只の愚かな浮気者でしか有りませんでしたよ。
勿論、私も友人達も忠告はしておりました。妻を複数娶れるのは、側室を持てる国王陛下と王太子殿下のみですが、それにも条件ーー白い婚姻ではなく、結婚して5年経っても子を妊娠しない場合、側室を1人娶れます。しかしその側室が3年経っても妊娠しない場合、離縁され、新たな側室を娶る事になります(例外も無い訳でも有りませんが、学生時代の恋人恋しさでは認められません)ーーが御座います。愛妾にするならばシェアされる事は問題御座いませんが、正妻や正室を蔑ろにする事等は決して認められません。しかし殿下達は婚約している中で既に……。
入学する前までは一応、存在した誕生日の贈り物もなく……、その頃から私の父は殿下との婚約を考え直した方が良いかもしれないと陛下方に申し出る様になりましたが、陛下方は何度も殿下の成長を待って欲しいと頭を下げられたのです。流石に最高権力者にお願いされたら無碍にも出来ません。
尚、私の友人達は婚約解消済みです。あちらの有責で破棄としても構わないと思うのですが、そこはご当主同士での話し合いがあったとの事で……。
スッキリはしませんが、解消ではなく破棄となればやはり経歴に傷が付きますから、それを慮ったと言う事でしょう。友人達も結局は納得した様です。寧ろ1人、婚約を続けている私を心配して下さっていました。良き友人に恵まれたかと思います。
しかし……、当の婚約者である殿下は、私を慮る事はなく、軽んじるばかり……、努力等見向きもされませんでした……。
その結果の婚約破棄。
ならば、もう、良いでしょう。これ以上、あの愚かな殿下を支える事は出来ません。前々から疑問視していましたが、決定的となりました。あの方を、立太子させる訳にはいきません。殿下を王にさせる訳には行きません。間違いなく、国が揺らぎます。ですから私はーー………、
ミションゼは兼ねてから考えていた。王の座にはアビュセレンズドではなく、現国王と大きく年が離れた、アビュセレンズドやミションゼより5つ程年上の王弟ジャステッドが相応しいと。
……ジャステッドは素晴らしく有能で、実の処、常にアビュセレンズドではなく、彼を王太子にすべきだと言う主張も多かった。
しかし彼は、1人しか居ない王子のスペアとして王太子教育を終わらせてはいたものの、王位継承に於いて争い、国を割る事を望まず、寧ろ忌避していた。また国王もアビュセレンズドに王位を継がせたいと考えており、2人の主張は一致していた。
下手な家と結び付いて、アビュセレンズドの政敵にさせてはならないとジャステッドには婚約者が居なかった。ジャステッドの婚約者はアビュセレンズドが立太子してから……、と言う予定だった。
そんなジャステッドとミションゼが会話する様になったのは、親睦のお茶会で礼を失するアビュセレンズドのフォローの為、お茶会に現れる様になったからだ。例えアビュセレンズドが居ない時でも、ジャステッドはフォローを欠かさなかった。
その時の理知的な会話もそうだが、アビュセレンズドを庇う優しさも争いを望まない姿勢が見えて、決して私利私欲で王位を汚さない意思に、「この方こそ、王に相応しいのに」とミションゼは惹かれている事を自覚した。尤も当時のミションゼには、諦める道しか無かったのだが。
しかし、現状は大きく動いた。
あの様な騒ぎを起こしたアビュセレンズドがそのまま立太子出来る訳がないのだと、ミションゼは確信していた。そして……、王太子教育を満足に熟せないと国王夫妻から嘆かれているアビュセレンズドとは違い、王太子妃教育を終えている自身なら、ジャステッドを支えられるとも。
ミションゼはジャステッドに逆プロポーズをしたのだ。
私、ミションゼが王太子であるジャステッド殿下と婚姻してから凡そ1年が経ちました。
「君さ、明日から離宮に行ってね。側室娶るから。」
「え……。」
「当然だろ。結婚してから君の希望で1度だって閨を共にしてないんだ。側室制度の例外事由には十分だろう。」
久しぶりの団欒で私はそう言われました。夕食を共にしているのは国王陛下、王妃殿下、私、そしてジャステッド殿下です。
「お待ち下さい、殿下! 私はそんな希望等、」
「じゃあ何で断るの。」
面倒臭いと言わんばかり顔でした。
「何時も何時も何時も何時も、疲れてるって……、私達の仕事には後継者を作るってのもあるでしょ。正妃が努力しないなら、側室娶るのは当然じゃないか。」
「それは、」
返そうとした言葉が詰ります。ジャステッド殿下の目には軽蔑の色がハッキリと宿っており、その本当の原因に心当たりがあったからです。
……ジャステッド殿下は確かに素晴らしい能力を持っておりました。今まではアビュセレンズド元殿下への遠慮もあったのでしょう、半分、いえ、3/1も出していなかった実力を大いに振るわれたのです。
誰もがついていけない程に。
彼が求める仕事を熟す為に、皆、大変な激務へと追いやられて行きました。私や陛下方、重鎮達がその点を申告致しましたが、殿下は聞く耳を持ちません。
「優れた能力の持ち主が王になるべき、優れた能力の王なら国は大いに発展する、そう臨んだのは君を含む臣下達だ。まさか優れた国王1人居れば、国は安泰だなんて思っていた訳じゃないだろう。私が思う存分、采配を奮える事を臨むのなら、君達は私を支えるべきだ。」
そう仰るだけで……。本来ならば国王陛下が権威を持って止めるべきなのでしょうが、既に殆どの機能は陛下から殿下へと移っております。実質、治世者は殿下なのです。
「私が思う存分采配を奮う必要が無いなら、何故、アビュセレンズドを廃嫡にした? アレに国を継がせれば良かっただろう。何、アレに公衆の面前で婚約破棄される様な失態女と似たり寄ったりなレベルなら、別に問題は無いさ。」
それは彼からしてみれば、私もアビュセレンズド元殿下もそう変わりない事を示しておりました。それでも私は返す言葉を持ちません。
それは私が嘗て「ジャステッド殿下を支えられる」と豪語したからです。実際には彼の執務能力に全く追い付かなかったのですが……。
彼が思っていた人物とは違う、と知ったのは初夜の件で話をした時でした。彼は「業務の為に効率良く妊娠、出産して欲しいから、妊娠し易い日を狙って営む。それ以外は他の業務を優先するから。それで妊娠しなければ、また計画を変えよう」と言う内容の事を宣言され、また、初夜の日は丁度妊娠し難い日だからと、式の後、夫婦の寝室に彼が来る事は有りませんでした。
これで本当は女の処でも行っていれば話は簡単ですが、彼は執務机から離れず、睡眠に入るまで仕事をし続けていたのです。彼の立太子を臨んだ身としまして、それでは苦言も申し出られません。
その後は正に破竹の勢い、或いはそれ以上の速さで熟される業務は、そのまま私を含めた執政関係者が熟す仕事量に比例していきます。彼が無理無く1日で終わらせられる業務量は、私達が寝る間を惜しんでも丸2日以上掛かるので、各位疲労が溜まります。当然、私も。
そんな日々でしたから、彼が夜渡りを臨む、つまりは妊娠し易い日は、私がそれに応えられる状態になく、そして幸い無理強いされる事はなく、此方の希望を尋ねて下さったので、そこはお断りさせて頂いていたのですが……、気が付けば1年の月日が経っていたのです。白い婚姻のまま……。
側室制度は正室の権威を傷付けない為に条件が定められています。白い婚姻では認められないのも、子の有無も、婚姻年数も正室を守る為。ですから正室が自らその権利を放棄する様な事をしていれば、当然、例外が認められます。
妃の都合で1年、閨を共にしていない。
これは確かに条件破棄が認められる状態だったのです。私は日々の執務に精一杯でそんな事も忘れ果てていたのです。
救いを求めて、私は陛下方に視線を向けましたが、サッと逸らされました。業務の殆どをもうジャステッド殿下に任せておられる為に、もう彼を止める権威を持たないのです。
彼の中での私は、「大口を叩いた癖に大した事も出来ない無能で、子を産む努力もしない女」に成り下がっているのでしょう。
本殿から離れ、離宮に行けば、今の異常な多忙さからは開放される……、代わりに迎えられる側室が正室の役割を果たす事を求められる為に。
もし……、側室がジャステッド殿下の期待にお答え出来る方ならば……、正室と立場を入れ替えられるのでしょうね。尤も……、果たしてこの方の辣腕についていける人が都合良く存在するかは存じませんが。
ジャステッドは1年間、閨を拒否されている事を理由に側室を持った。そして間もなく異常な執務スピードは形を潜めた。どうやら側室が上手く説得した様だと重鎮達は囁きあった。
チュニング・エクスパート。
元侯爵令嬢。側室の彼女は修道院に入っていた女性だ。何故、そんな女性とジャステッドが面識を持っていたのか。夥しい執務量から開放された後の重鎮達はハッとして確認を取った。
「そうだ、今だから言えるが、彼女こそ私の妃になる予定だった。私がたった1人しかいない跡継ぎのスペアとして王太子教育を受けていたから、合わせて彼女も王太子妃教育を受けていた。
私が立太子した以上、本来ならば彼女が王太子妃だったんだ。それをあのアバズレが図々しくも横取って居座りやがった。テメエの男の心も掴めん無能が『私ならば支えられます!』とか臍で茶が湧くわ。」
途中、苛立ちを隠す事を辞めたから随分な言い草だ。それだけに本心だと言うのが良く分かる。そう言えばジャステッドはアビュセレンズドをとても可愛がっていたし、常に彼を無能だと言う周囲を強く否定していたと今更ながらに思い出して、彼等は血が引くのを感じた。
思い起こして見れば、アビュセレンズドの実体は飛び交う酷い噂とは全く違っていた。確かに昔は少々オドオドしていた面はあったが、それくらいだ。そしてその欠点も、性根は不明だが、少なくとも何時の間にか態度には出さなくなった。
それなのに何故か、愚かだと言う評判が席巻して、誰もが彼の実体ではなく、レッテルで判断して、更に噂を拡げていた。その事に重鎮達は漸く気付いたのだ。
そもそものレッテルを貼ったのは、他でもないジャステッドの存在だ。と言っても彼が自ら貼りに行ったのではない。彼の存在を理由にアビュセレンズドの周囲が勝手に動いたのだ。その動きを見て、重鎮達を含む貴族達はアビュセレンズドを「無能な愚か者」だと思い込んだのだ。
……その発端と言えば。アビュセレンズドが学院に入学する年より少し前に亡くなった先王の話へと導かれる。彼は、妻に先立たれ続けた哀れな男だ。
1人目の正室を流行り病で失い、まだ若かった先王は新たに正室を娶った。その正室は長く先王を支えたが、ある時、急死した。
そして、実は寂しがり屋な気質を持っている先王は其処から更に、若い令嬢を娶ったのだ。
正直、此処まで年齢が離れていれば令嬢が哀れだと思うが、その若い令嬢は貴族とは名ばかりの貧乏な家に生まれていたので、寧ろ喜んで嫁いで来た。尚、現在は離宮で慎ましくーー彼女からすれば贅沢にーー、楽しく暮らしている。
この3人目の正室こそ、ジャステッドの母親だ。現王とは年が離れて誕生する事になったジャステッドは初めから王位に狙える立場にはなかった。只、現王達は何故か第一王子であるアビュセレンズド以外は子が生まれておらず、尚且つそのアビュセレンズドよりも早く生まれていた。
そこでジャステッドは一応のスペアとして王太子教育を受ける事になりーー、彼の天賦の才は瞬く間に知られていった。
神童、麒麟児、鬼才、天才。
多くの人が、王族始まって以来の天才児だと認識した。彼の教師達はこぞってべた褒め、歴代の王太子を遥かに超える能力を持っていると騒いだ。
そうなると王になれない事が哀れに思われる。しかしだからと言って、まだまだ幼いジャステッドが既に立太子している成人王族(この頃、ギリギリ現国王は即位していなかった)と比べられ、立場を変われ等と噂される訳がない。現王とジャステッドが比較される事等は無かったのだ。
そして代わって比較され続けたのがアビュセレンズドである。
現国王夫妻は「アビュセレンズドよりジャステッドを王にすべき」だと言われない様に、アビュセレンズドの教育を兎に角厳しくした。ジャステッドはその賢しらさから、通常の王太子教育よりも高度な教育を受けていたので、それと全く同じ様にアビュセレンズドの教育を行おうとしたのだ。
しかしそれはジャステッドだからこそ、罷り通れた教育だ。歴代王族の幼児として、通常レベルを保持しているアビュセレンズドには厳し過ぎた。当然、結果は芳しくなくーー、それは周囲の失望を買った。更には失望者の先陣を勤めたのはアビュセレンズドの両親である。
やがてアビュセレンズドには婚約者が出来た。ミションゼである。当然、彼女は王太子妃教育を受ける事になる。が、その教育は通常と変わらぬものだった。彼女の場合は、アビュセレンズドと違い、負けてはならない相手等居なかったからである。
当然、アビュセレンズドにはない余裕が彼女には生まれる。親睦の茶会では連日のスパルタ超えた虐待の様な勉学が原因で疲れ切って、上手く対応出来ずにーー時に欠席せざるを得ずーー、ミションゼからも失望された。
この時期には既に愚かな第一王子の噂はかなりのものになっていた。あくまで侯爵令嬢として優秀なだけのミションゼを「能力の足りないアビュセレンズド」を支える婚約者として必要とした国王夫妻の、ミションゼへの接し方もあり、彼女は無能なだけでなく怠惰とアビュセレンズドを評したのである。
さて。そんなアビュセレンズドとミションゼをフォローせんと動いたのがジャステッドである。ジャステッドは自身が非常に優れた才を持っていると自覚があったし、故に周囲が押し付けて来る理想には届かないが、アビュセレンズドが通常よりも遥かに厳しい王太子教育のお陰で歴代王族の児童としてはかなり高いレベルに育って来ており、それが懸命な努力に依るものと分かっていたからである。
だが、此処で思わぬ事故が発生した。
ミションゼに惚れられたのである。
彼女の態度はかなりあからさまであり、年齢を考慮しても、本来ならば叱られるレベルだった。しかし誰もが「あの愚かな第一王子殿下では浮気されても文句言う資格はない。況してやお相手が王弟殿下なら尚更だ」とミションゼの浮気心理を肯定していたのである。
この様な異常事態を誰もーージャステッド以外ーー認識していなかったのは、ジャステッドに婚約者が居なかった事も事由に挙げられる。
王侯貴族の婚姻は政略、婚約者が出来ると言う事は後ろ盾が出来ると言う事だ。ジャステッドの母の実家には大した力は無いが、その様な女性を正室に迎えられたのは、先王にとっては3度目の婚姻だったからである。通常の婚約者ならば、王族の立場に見合った相手を選ばなければならない。つまりジャステッドが婚約者を作ると、場合に依っては、アビュセレンズドの政敵に祭り上げられる事も在り得た。故にアビュセレンズドが立太子してからでないと、ジャステッドには婚約者を選定出来ないのだ。
表向きは。
高位貴族以上であれば、政略による婚約により、幼い頃からフリーではない。これが極普通の事だ。従って成長して行けば行く程、相手が居なくなる。更にジャステッドはアビュセレンズドより5つ程、年嵩である。アビュセレンズドが立太子する頃には、ジャステッドの年頃に合うフリーの貴族令嬢なんて早々見付かって溜まるかってな状況になっている訳である。
よって「婚約者は居ない」と言う事になっているだけで、実の処、婚約者候補と言う名目で令嬢が据え置かれるのである。
そしてこれは歴史的に見て、そう珍しい事ではない。ジャステッドと全く同じ背景でなくとも、第一位王位継承者と争いにならぬ様に、婚約者選定を据え置かれ、されど婚姻する相手が居なくなる事を避ける為に、実質の婚約者が候補として非公式に存在するのだ。
勿論、実際に発表されるまで婚約者として振る舞う事も、その家がそれを主張する事は禁止されている。もし、その様な真似をすれば、即座に話は無かった事になるだろう。しかしそれでいて、王族入りする場合ならば、教育は必要になる為、王族教育は受ける事になる(チュニングの場合は王太子妃教育)。当然、辞退手続きを取らず、別の婚約を結ぶ事は出来ない。
要は義務を果たしても、権利を主張する事が出来ないのだ。なのでそれ以外の便宜を図る事にはなる。特に公式発表した後はかなり優遇される。つまりは婚約者候補との婚姻は絶対なのである。
通常は。
しかし「長年愚かなアビュセレンズドを支えていたミションゼの、密やかな一途な恋」と言う名目はそれさえも忘れ果てた。王太子妃教育を受けていたが故に今更自国の王族以外と婚姻出来ないチュニングは王族の監視が強く、故に厳しい戒律のある修道院へ行くしか無かったのである。
……王太子妃教育と言っても、婚約者はあくまで他家の娘。実際に婚姻してから受ける王妃教育と違い、機密を習う事は無い(尤も婚姻しても、外から嫁いできた人間が全ての機密を教わる訳ではない)。しかし「恐らくはこう言った内容の機密は有るだろう」と言う予測は充分に立つ。
故に外に漏らされると困る為、王太子妃教育を受けて置きながら、なんらかの事情ーー令嬢に非が無い、或いは非が少ない場合ーーで嫁ぐ事が出来ないと、上記した状況になるのは避けられない。
「それでも……、本来の婚約者を修道院に追い遣ってまで、自分の有能さを主張して嫁に来たんだ。こっちも期待はしたさ。全ては『王太子となった私に嫁いで、何れ王妃になる』為の布石と考えるならば、いっそ見事だと思ったからだ。」
それは暗に「そうではなかった」と言っているのと同然であった。
眼の前のバカは漸く真実に気付いたらしい。軽蔑の念を隠さずに話しているからな。本当に腸が煮えくり返る。アビュセレンズドを愚かだと宣う事も、ミションゼが明らかにアビュセレンズドの婚約者としては不誠実な真似をしていたのに咎めない事も……。
私は眼の前のバカが去り行く背中を見詰めながらーー睨みながらーー、アビュセレンズドが味わった地獄に思いを馳せる。と言っても私はアビュセレンズド本人ではなく、想像する事しか出来ないが……。
年の差が齎す影響は年を重ねる度に小さくなる。まだまだ私自身も幼かった頃、ミションゼに対する印象はそこまで悪いと言う訳ではなかった。
物の道理が分からぬのは幼児だから……、きちんと教育されれば変わって行くだろうと考えていたからだ。その当時は只、アビュセレンズドが哀れだと感じていただけだった。
アビュセレンズドの教育は現国王陛下、即ち異母兄上に責任があり、その教育方針ーー最低でも私に負けぬ結果を出す、欲を言えば私を超える結果を出すと言うものーーに従って、教師達はスケジュールを組んでいた。
他方、私の教育は退位はしたものの、まだ存命であられた先王陛下、即ち父上の責任の元で組まれていた。その教育の賜物であったのだろう、私は自身の才を自覚するだけでなく、その上でそれが原因で人間関係、挽いては貴族社会に軋轢を生む問題がある事を理解していた。
当初、私は能力を隠すべきだと考えていた。しかしそれだと知らず内に不満が溜まる可能性があった。もしそうなれば、そこから問題が生まれてしまっただろう。父上はそれを懸念して居られたのだ。
隠すのではなく、理解してもらい、上手く使われるーー決して「他者の良い様に使われる」と言う意味ではないーー事を目指す形になった。
父上はアビュセレンズドに能力が高い私を上手く使わせる事を望んでいたのだろう。本心ではアビュセレンズドの教育をも行いたいと思っていたのではないかと考えている。しかし次期王太子の教育の責任は国王が持つべきだった。息子の教育の責任は親が持つべきだった。退位していた父上に出来た事は精々が助言だけで、そして異母兄上は聞く耳を持たなかった。
父上の言葉さえ流される状況で、私の進言ーーアビュセレンズドの教育方針やそれが齎す影響、ミションゼとの教育方針の差や彼女の態度に付いてーー等、もっと通らない。過ぎれば野心を疑われ兼ねず、痛くもない腸を探られ、却って支障を来す事も分かっていたので、無理矢理に通す事も出来なかった。
仕方無く、当時の私はいっそ逆にミションゼの教育方針をもっと厳しくすれば良いのでは、とも考えた。アビュセレンズドと同様に厳しくすれば、ミションゼも態度や考えを改めるのではないかと思ったからだ。
それにミションゼのアビュセレンズドへの誤解が解ければ、自ずと彼女からーー或いはビクトー侯爵家からーーアビュセレンズド教育方針の変更を求める可能性が高いと感じたからだ。
だが「優秀なだけでなく、努力しているミションゼを追い詰める様な教育は良くない」と教育の責任を担う王妃殿下、即ち義姉上が承知しなかったのだ。
私は余りの甘やかしに呆れ果てたものだ。仮にアビュセレンズドが今の教育で私同等以上になるならば、「元々侯爵令嬢としては優秀で、現在(当時)、王妃として平均的能力を持つ未来の為の教育を受けている」ミションゼでは並び立てる訳が無いのだ。
何せこのケースでは私と違い、天才ではないアビュセレンズドが紛う事無く努力で天才領域に入っている事になるからだ。このアビュセレンズドから見たミションゼは単なる怠惰者であり、それ故の無能者である。完全に見下し対象である。
そうなると婚約破棄されるまで、ミションゼがアビュセレンズドを愚か者と見做し、愛する努力なぞ一切しなかった現実は、そっくりそのまま入れ替わるだろう。愚か者と見下す存在を、愚か者と見做している当人が愛するものか。
ーー君を愛さない。君を愛せない。
婚姻した処で、初夜でそう言われ、放置される様が簡単に予想出来る。当人の認識はさておき、見下したその時点で、歩み寄る努力は放棄されているのだ。
アビュセレンズドへの期待の重さを考えれば、ミションゼへの教育は単なる甘やかしに拠る躾の放棄、優しい虐待でしかない。
しかし私と比較し続け、愚か者と息子にレッテルを貼る母親は、義理の娘となる予定のミションゼへの信用は大きく、私の進言は無視されたのである。
当時……、私には何も出来なかったのだ。
如何に能力が高くとも、不可能な事は存在する。アビュセレンズドの地獄は、私にとっては無力さを噛み締める空間だった。そしてそれは己を過信したり、驕り高ぶる事から遠ざける経験となった。
私は1人の子供で、1人の人間だったのだ。
即ち早熟であっても、アビュセレンズドやミションゼより年嵩であっても、大人として振る舞う事も、完璧な人格者である事も不可能で当然なのだ。
歴史を学び、「事情により、婚約者が選定されない王族が過去にも幾人かは存在し、その場合、婚約者候補が選定されるものであり、その候補が1人ならば婚約者同然、実質の婚約者である」と知っても、盲目になっていたのか、私にも相手が居ると気付かず、「私に婚約者が居ない」、「アビュセレンズドが愚か者だから」の2つを免罪符に、アビュセレンズドへの贈り物(婚約者として最低限の義務)よりも数多く、質も高い贈り物を、必要も無いのに、将来の叔父になる私に贈るミションゼに対する見方が、やがては「大きな嫌悪」になるのは当然だったのだ。
「あわよくば」なのか、「諦めているからこれくらいは」なのかはともかく、私は彼女を嫌っているのだ。それでもアビュセレンズドの婚約者だからと理知的に諌めていただけに過ぎないのだが。
ーー私は王になれません。なりたくもない!
ある日、アビュセレンズドはそう言った。学院に入学する少し前だ。父上が亡くなられて喪に服す期間が終わりに近付いて来た頃だ。何のかんのと気を回されて居られた父上も亡くなり、いよいよ追い詰められたのだろう。
「アビュセレンズドは良くやっている、優秀だ。いや、この成績なら何れは最優秀者となれる筈、ジャステッドの様な化け物レベルな最高優秀者と比較する必要はないんじゃ。実際、儂もお前の父も優秀者が限界だったからの。」
そう言って、アビュセレンズドのレッテルを否定されていた父上。父上が亡くなった影響はアビュセレンズドの心理へと及んでいた……。
最優秀者と言うのは学院の成績レベルの呼び名である。そしてもう1つの成績レベルの呼び名である優秀者よりも高い。
処で学院の成績は入学前の教育の質の程度が反映され易い。依って経済的に上位貴族程、教育に掛けられる余裕が無い下位貴族の成績は低くなり易い。
従って、成績が公表される優秀者は伯爵家以上の出自の生徒が殆どだ。しかし下位貴族が全く居ない訳ではない。たまたまアビュセレンズドやミションゼが通っていた時代は、順当を覆す逸材が優秀者には居なかっただけだ。
そしてそう言った逸材の中には、最優秀者以上になれる者が存在する場合もある。しかしその場合、そんな下位貴族にやっかみで嫌がらせをする上位貴族が必ず何人か現れた。拠ってある時代から、身分に関わらず、最優秀者以上は公表されなくなったのだ(本人や家族、婚約者ならば尋ねれば教えてくれる)。尚、最高優秀者とは首席の事である。
ソレ等はきちんと確認すれば分かる事だったのに、ミションゼはソレを怠った。
だから愚か者と思い込んだ故に、アビュセレンズドの成績が悪いと思い込んでいた。彼は最優秀者となったから成績が公表されていなかっただけなのに……。
流石に国王夫妻は知っていたが、例に依ってジャステッドが最高優秀者であった為に、失望し、愚か者だと嘆き続けたのだ。成績をアビュセレンズドがミションゼを抜いている事実に対して、「成績だけで政治を行う訳ではない(間違ってはいない)」とミションゼの方が優秀だと主張し続ける一方で。
お養母様が教育係と話をしている。
「本当に優秀な事……。男爵令嬢とは思えません。正に逸材ですわね。」
「当然ですわ、あのジャステッド殿下が認めたのですからね。学院成績で最高優秀者をも得た娘ですもの。」
私とお養母様に血の繋がりはない。私はアルトラ・インク男爵令嬢だった。今は……、アルトラ・エクスパート侯爵令嬢だ。つまりはジャステッド殿下の妃になられたチュニング様の妹、つまりはジャステッド殿下の義妹だ。
エクスパート侯爵閣下はある領地を代理で治めておられた。その領地の本当の領主はジャステッド殿下だ。殿下が成人した折に下賜された領地だ。それ以前から、そのご予定が立った時分から、領地を代理で舅予定だった閣下が治めておられた。
けれどその領地は広大で、更に正真正銘エクスパート家が治める領地もあった為、閣下は更に代理を複数家雇い、幾つかの地域に分けて、その領地を治めさせていた。私の生家インク男爵家もその内の1つだった。
当時は婚姻後、この領地にチュニングお姉様と共にお住まいになられる予定だったそう。殿下は時間をやり繰りし、何れはご自身で治める予定の領地を隅々まで見て回られた。私と殿下の出会いはその為に存在した。
「君には才がある様だ。」
そして私は殿下に才を認められたのだ。殿下は私を只の男爵令嬢にしておくのは勿体無いと、何れ能力に見合った場所を、立場を臨むかどうかを確認され、私が希望すると様々な便宜を測って下さった。勿論、ジャステッド殿下と言えど、大きな事を決定される立場はまだ持ち得ない頃の話なので、この時点での私はあくまで男爵令嬢のままであった。
そんな私は入学前、お父様と共に、お父様の上司となるエクスパート家に招集された。エクスパートにいらっしゃったのはお忍びで来られていたジャステッド殿下と……、そしてアビュセレンズド王子殿下だった。
私はそこである依頼を受ける事になる。
ジャステッド王弟殿下とアビュセレンズド王子殿下の置かれた状況に付いて、私は余り詳しくなかった。私の教育係としてジャステッド殿下が遣わされた先生方は本当にまともな方だったのだろう。また、この領地全体の統治代理者がジャステッド殿下の意を理解されているエクスパート家である事もあり、世間の噂も入らない様に為されていたのだろう。
私が初めてお会いしたアビュセレンズド殿下は、周囲の不当な評価と自身の扱いにスッカリ自信も無く、重圧から逃避されたがっている姿は、罅割れたガラスの様に思えた。
「陛下が敷かれた王になる道が、彼を潰す事になる。今のままではね。」
そして潰されれば、もう元には戻らない。そんな事になるならば、国王陛下が敷かれた、王になる為の道を壊してしまった方が良い、本人もそれを望んでいるからと……。
私とアビュセレンズド殿下が、婚約破棄に至る恋物語劇を演じる事が、密やかに決められたーー。
アビュセレンズドの居ない空間で、計画の分岐に付いて、ジャステッドはアルトラに話していた。
「計画のルートは複数有る。その内、最も高い可能性で通るルートが……、一番最悪なルートだ。」
アビュセレンズドとアルトラが目立って浮気する事で、ミションゼが我が身を省みるならば、周囲がミションゼの行動に目を瞑っている事に気付くならば、きっと和解の道は拓く。少なくともジャステッドがそう動く。アビュセレンズドの為に。
だがそんなルートは幻同様、期待する事は出来ないとジャステッドは考えていた。高い確率でミションゼの行動を棚上げし、アビュセレンズドを責めるだろうと……。
「私は立場上、王位を拒否するから婚約破棄までズルズルと進むだろうね。」
アビュセレンズドを責める周囲に依って、ジャステッドは担ぎ上げられようとするだろう。もしジャステッドがそれに乗れば、直ぐにアビュセレンズドは廃嫡される。アビュセレンズドはそれを臨んでいるだろうが、だからと言って、ジャステッドがすんなりと王となると、諸外国からの印象が悪い。
そもそも諸外国は王宮の状況を全て理解出来る位置には居ない。幾つかの取得した断片的な情報を組み合わせて推測する。故に冷静に客観的に考察しようとする。結果、皮肉な事にアビュセレンズドの評価は他国の方が妥当で高く、その為にジャステッドは危険人物と解されていた。
他国は「アビュセレンズドをその地位から引き摺り落とす為に、王位を臨む野心家のジャステッドによって悪評をばら撒かれている、アビュセレンズドの婚約者はジャステッドの協力者で2人は不貞している、国王夫妻はジャステッドの野心も2人の不貞も気付かない無能で、息子であるアビュセレンズドを冷遇している」と見做しているのだ。
ジャステッドは簒奪者の様に思われており、順当にルールに従い、王位継承を行ってきた国々から信用されていないのだ(逆にその辺が怪しい国からは評価はされているが、油断ならないと思われている)。
そのジャステッドがアビュセレンズドの望み通りに素直に動けば、完全に周辺国からの「野心家の簒奪者」の見立てが正しくなり、軍部と距離を於いて置かないと、何なら侵略戦争とか仕掛けて来るかもとか疑われる。だからと言って、いざと言う時に軍部を動かし辛いとかなると、これまた外交が遣り辛くなる。
それらを分かっていて、アビュセレンズドの望みに頷いて王になる気はない。只でさえ、この時点で不穏と見做されているせいで、外交部には苦労を掛けている。ジャステッドが色々と気を回しているから問題は出ていないが(尚、それにより外交部にはアビュセレンズドの不当な状態が理解されている)……。
「どうあっても疑われる事は避けられないが……、アビュセレンズドに傷を付ければ、最悪な評判は避けられる。」
アビュセレンズドには婚約破棄劇を起こして貰わなければならない。恐らく周辺国からは、ジャステッドがハニートラップを仕掛けたと思われるだろうが、「アレは引っ掛かる方が悪い」と見做される愚行があれば、多少は道理も通る。
無能だから引き摺り落とさねば、国政に悪影響を及ぼし、民に負担が行く。
止むを得ない理由が存在したと思わせる事も可能だ。そしてそれを単なる建前にしない為には、アビュセレンズドに情を掛けなければならない。そしてアビュセレンズドに情を掛けるならば、アルトラにも情を掛けるべきだ。つまりは2人に酷い罰則を与える事を防ぐのだ。
「君への報酬はその後になる。まず君はエクスパート家の養女となり、侯爵令嬢となる。幾人か婚約者候補もいる。勿論、コレは元々、私が君に用意していた道のりだ。そこにアビュセレンズドを含めた。つまりは選択肢を増やしている。それも報酬だと考えてくれ(単純に金銭的な報酬もあります)。
今回の件、私は最悪なルートに行くだろうと考えている。婚約破棄劇へと進み、あの子は廃嫡になる。何なら貴族籍から廃される。廃籍は防ぐが、廃嫡は防がない。まずは一旦王族の籍から抜けさせ、療養させてやりたいからね。折を見て、呼び戻す予定だ。その時、君が彼の隣に居ても構わない。」
元々アストラをジャステッドが見出したのは、この時点より更に数年前だ。その時点から将来、アビュセレンズドの側近になりそうな令息達に声を掛けている。故に幾人からの側近候補とその婚約者候補の令嬢達と入学前にお見合いパーティならぬお見合い茶会を開く予定だった。
高位貴族となれば、婚約者は良く吟味される。幾人かの候補から絞り、最後に決まった1人を婚約者とされるのだ。そうした期間を含めて、高位貴族は幼い内に婚約を決めるのだが、今回はジャステッドからの推薦が入った事で、入学前のお見合い茶会で決定する事になっている。この辺りの調整で不遇を覚えさせなかったからこそ、叶ったイベントだった。
そこにアビュセレンズドが加わった訳で、お見合い茶会の計画した時点では、「ジャステッドがアビュセレンズドに心を砕いている」、と言う印象があっただけだったが、突如の変更があった事で、そしてアビュセレンズドの希望を伝えた事で、内情も伝わり、アビュセレンズドの評価が加わり……、蔓延している噂による評判が密やかに否定された。
王家もビクトー侯爵家も我がエクスパート家と私、チュニングを馬鹿にしておりますわね。
ジャステッド殿下から聞かされていた最悪なルートの可能性……、最も高いと仰られていましたが、ミションゼ卿が私の存在に一切気付かず、ジャステッド殿下の正室となり、王太子妃となると言う現実を本当に目の当たりにするだなんて。例え本人が気付かず望んでも、周囲の大人が教え、諌めるべきでしょうに。
……情報はアビュセレンズド殿下方より優先的に頂いておりましたので、準備は早い内から終わっておりますが。
それにしても報告書が送付されて来る度にしっかりと目を通してましたが……、呆れ果てましたわ。入学時は成績優秀者群に名を馳せ、その後は成績最優秀者群に入って、1度も成績を落としておらず、最初からずっと自身よりも上の成績であらせられるアビュセレンズド殿下をよくもまあ……。知ろうとすれば知れる筈ですのに……。
一応、彼女のそう言った思い込みを晴らそうと、早目に真実に気付いて欲しいと、ジャステッド殿下にも相談し、幾つかの計画修正を行いましたのよ?
アストラ様に殿下のご側近の男性方も侍る様に見せ掛け、ご婚約者方から忠告されても反省せず、程無くして見捨てられて、婚約解消されている、と言う偽りのシナリオを仕掛けたのです。勿論、此方も軽く確認すれば直ぐに判明する、幼い子供がつい吐いてしまう様な拙い嘘でしか有りません。
ご友人と思う存在からその様な仕打ちを受ければ、彼女の自省する切っ掛けになるのではないかと思ったのですが……。無意味に終わりました。原因はミションゼ卿個人ではなく、ビクトー侯爵家全体の意識にあるのでしょうね。侯爵家当主のお立場ならば寧ろ騙される方が難しいくらいの根拠の無い嘘八百でしたのに………。
アビュセレンズド殿下を見下す余りに、その周辺情報を丸ごと軽く扱った証ですわね。殿下のご側近方とそのご婚約者方の尊家全体を蔑んだ事になりますので、皆様、随分とお怒りでありました。
ビクトー侯爵家と派閥を同じくする方々で、尚且つ王太子妃、つまりは未来の王妃を排出するビクトー侯爵家はリーダーを務めておりましたが、この件が原因で派閥には罅が入っております。派閥内で裸の王様になっておりますが、例え宜しく、当人は存じ上げません。あら、ミションゼ卿ソックリですわね。近い将来、派閥から追放されるでしょう。
それを考えれば、溜飲は下がりますが……、ふう……、溜め息も出ますわね。アビュセレンズド殿下と婚約を破棄するならば、ミションゼ卿は今、私が居る修道院に入るしかありません。それは王太子妃教育を受けながらも、王太子妃になれない立場になったと言う事ですから。
例えジャステッド殿下に付き、その立太子を支持するとしても、私の存在を蔑ろにしてはならないのです。私が王太子妃教育を受けながら、王太子妃にならずとも許されるのは、ジャステッド殿下の妃になるものだからである以上、アビュセレンズド殿下が廃嫡されたなら、私が王太子妃になる事が当然で順当なのですから。
……仮に婚姻後にアビュセレンズド殿下が身罷られたならば、既に王太子妃となられたミションゼ卿がそのまま続投する事になるならば当然ですし、それ故にジャステッド殿下が中継ぎと言う役割で王太子になるならば、ミションゼ卿との再婚も納得しますが。尚、この場合でも私は離縁されるのではなく、側室となるでしょう。
この様にルールが然りと有りますから、それを破る等と……、正に無礼千万ですわね。少なくともそれに相応しい理由は、例え真実そうであったとしても、「愚かな婚約者を支えていた令嬢の秘められた一途な恋心」とやらでは有りませんわ。それが理由になれるならば、「真実の愛による婚約破棄」で王子の廃嫡等起こる事は有りません。真実の愛なるお相手、男爵令嬢の王太子妃は認められて当然でございますわね。
王家もビクトー侯爵家もミションゼ卿の味方するばかり……、私が身を引く事は当然、と言った態度でしたわ。身を引かせるのはミションゼ卿の方でしょうに……。
王家もビクトー侯爵家も我が家と私を馬鹿にしておりますわ。
ジャステッドはアビュセレンズドが廃嫡された後、ミションゼが大人しく、慣例通りに修道院に入るとは思っていなかった。が、もし、その慣例に従うならば、計画を変更しようとは考えていた。
(無駄だったな。)
しかし結局、ジャステッドは立太子し、ミションゼを正室として迎える事になり、側室制度によって、本来の婚約者同然のチュニングとの婚姻は不可能であった。予測通り、最悪のルートを突き進んで居るのであった。
故に計画は変更しなかった。
アビュセレンズドにはこの件の最終地点を話さなかった。アビュセレンズドは本気で廃嫡されたがっていたからだ。
そしてここまでアビュセレンズドを追い詰めた者達には相応の報いを受けて貰うつもりだった。しかし内省し、己の言動に気付いて、ルート修正するならば、手心を加える予定だった。が、何度も記したが、その予定は立てるだけ無駄に終わった。
ジャステッドは言葉巧みに、今回、問題行動を起こした者を丸々引き取った。この時点で領地に下る事は不可能だったので、表向きは代理領主であったエクスパート侯爵家を本来の領主としていたが、そこに丸々引き取らせた、と言う形を取ったのだ。
裏事情を知り、表も協力した仲間全員が揃い、皆、未来の為に経験を積み上げていた。その一方でアビュセレンズドの心を癒やしていたのだ。アルトラに至ってはエクスパート家の養女となり、王太子妃教育を密やかに受けていた。
他方、ジャステッドは元凶達から力を奪い、ジャステッドと同等の能力を持つ事の意味や、全力で辣腕を奮うジャステッドを支える事の意味を叩き付けた。同時に元自領の動きを隠蔽し、それに気付く余裕を持たせなかった。
そして疲れ切った愚かな過信女ミションゼは離宮に行った。
側室として修道院から迎えたチュニングと子作りしながら、執務を緩めた。妊娠と執務の緩みをチュニングの手柄として、チュニングの求める人員を城に、執務に食い込ませた。ーーアビュセレンズドの側近達である。その情報は嘗て彼等の婚約者で、現パートナー達が大々的に流した。
その最中、ミションゼが死亡した。
友人と信じていた者達から裏切られていた事実に耐えられなかったと噂もされたが、それ以前にそもそもアビュセレンズドは愚か者ではなく、ミションゼが浮気を正当化する為に流した噂であったとされ、自業自得との見方が多かった。
また、本来ならば側室であるチュニングこそが、ジャステッドのパートナーであったが、前国王の気に入りであるエクスパート侯爵家を嫌う現国王夫妻がチュニングを排そうとしていた、その為に我が子から王太子の座を奪い、ジャステッドに座らせ、ミションゼを与えようとしていたとエクスパート侯爵家周辺から噂が流れ、チュニングを愛していたジャステッドは、国王夫妻を立てていたが、ミションゼを正室にされた事でブチギレていたのだとエクスパート侯爵自身が発言した事で、実は暗殺ではないかとも言われたが(正しいが認める事はない)、それでも自業自得と見做された。
ミションゼが死亡した事で、チュニングは正室に格上げになり、国王夫妻は非難され、責任を取って、王位を譲渡した。しかし直後に死亡した。病死との事だったが、実はジャステッドから容赦無く責め立てられ、毒で自害する様に誘導されたのだ(勿論、完璧に隠蔽済)。
その他、アビュセレンズドを追い詰めた者達はその容赦の無さに怯え、次々に辞職し、今までビクトー侯爵家に押さえられていた派閥が台頭し、ジャステッド国王の派閥となり、要職を押さえた。
そして……、満を持して、アビュセレンズドは戻って来た。横にアストラを連れて。
ジャステッドはアビュセレンズドを養子として迎え、立太子させた。そして盛大に式も挙げさせた。更にはジャステッドは自身の子をアビュセレンズドの養子にして貰うが、立太子はさせない事を宣言した。
アビュセレンズドを鍛え上げた後は早々に引退し、アビュセレンズドを国王に付かせ、自身は先王としてアビュセレンズドとアストラを支えた。
アビュセレンズドの派閥とジャステッドの派閥はやがて1つになり、アビュセレンズドの治世を支えた。それらの結果、大いに国は栄えたのだった。
この盛大にややこしく、血生臭く捻れた時代は、後に歴史家から真相探しされたり、学生達に覚える事多過ぎると忌避されたりするが、取り敢えず、何故か「繁栄の思春期政治時代」と名付けられている。
お読み頂きありがとうございます。大感謝です!
評価、ブグマ、イイネ、大変嬉しく思います。重ね重ねありがとうございます。
poison/ポイズン/毒
education/エディケーション/教育
→ポイズン・エディケーション
→①ポイ・②ズン・③エディ・④ケーション
→①ポイ・③エディ・②ズン・④ケーション
→①③ポイエディ・②ズン・④ケーション
→①③ポイエディ・②'ンズ・④ケーション
→①③②'④ポイエディンズケーション
→ポイエディンズケーション
excellence/エクセレンス/優秀
abuse(d)/アビューズ/(被)虐待
→エクセレンス・アビューズド
→セレン・アビュズド
→①セレン・②アビュ・③ズド
→②①③アビュ・セレン・ズド
→アビュセレンズド
victimization/ビクトミゼーション/モラハラ
→ビクトミゼーション
→①ビクト・②ミ・③ゼ・④ー・⑤ション
→②⑤③ミションゼ・④ー・①ビクト
→②⑤③ミションゼ・①④ビクトー
→ミションゼ・ビクトー
giftedness/ギフテッド/天賦の才
prodigious/プデジャス/非常に優れた〜
ギフテッド・プデジャス
→テッド・ジャス
→ジャス・テッド
→ジャステッド
intellectual/イントラクチュアル/知性に溢れる
イントラクチュアル
→①イン・②トラ・③ク・④チュ・⑤アル
→①③インク・⑤②アルトラ・⑤チュ
→インク・アルトラ
→アルトラ・インク
expert/エクスパート/専門分野に優れた〜
tuning/チュニング/調律
→エクスパート・チュニング
→チュニング・エクスパート