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9 いざ友達作りパーティーへ

 入学式は、至って特筆することもないまま終わった。


 強いて言うなら学園長の話がやけに恋や出会いの話題に偏っていたり、記念としてパイプオルガンで演奏された曲が奇特なメロディーだったりしただけで、他は面白みのない普通の入学式だ。あくびをしなかっただけ褒められるべきだろう。


「お帰りなさい、公女様!」


 式を終えたミリィが教会を出ると、探すまでもなくビビが駆け寄ってきた。


 その手には、露店のメロンパンが入った袋が抱えられている。待たせたかと心配したが、ビビもビビで1人の時間を満喫していたようだ。


「あれ、お疲れですか? ならどこかで休憩をとっても……」

「ああ、……いや、ちょっと退屈だっただけ。このままパーティーに向かうわ」


 二度目なのも相俟ってか、入学式は本当に退屈だった。


 周りに知っている生徒もいなかったし、一応の目的としているアンジェリーナも見当たらない。ただ人の話を聞くだけと言うのも暇で暇で仕方がなかった。


(でもようやっとパーティーだわ。どうにかしてここで友達を作って、3年後も生き残ってやるんだから……)


 そう静かに闘志を燃やし、ミリィはふんすと意気込んだ。この日のために、同年代との話のタネをいくつも考えたのだ。あの努力を無駄にするわけにはいかない。


「パーティー会場は向こうの庭園だったかしら」

「はい。ちょっと視察しましたけど、もう上級生と教師陣は集まっているみたいでした」

「そう……」


 パーティーにはきっとギルバートも来るだろう。グレイ伯爵家が多額の寄付を行っているとは考えにくいからアンジェリーナは招待されていないとして、大事なのはその他の面々だ。


(生徒会に入るような人たちは、きっとパーティーにも招待されているだろうし……)


 仮にミリィが生徒会に所属するならば、その辺りの生徒との関わりがより重要になってくる。友達になって損はないはずだ。


(……でも、生徒会の人たちをあまり覚えていないのよね。顔を見ればわかるかな)


 問題があるとすればミリィが他人のことを名前から顔まで全く覚えていないという点だが、それはまあどうにかなるだろう。ミリィは根拠のない自信を得るのが得意だ。


「行きましょう、ビビ。これから忙しくなるわ」


 不敵に笑い、ミリィは勇ましく、そして優雅に歩き出した。


 その心内が『友達』と『遊び』にまみれていることは、ミリィの他に誰も知らない。



 ◇◇◇



「……えっ、公女様?」


 パーティー会場にミリィが現れると、誰かのそんな呟きを皮切りに庭園がざわつきを見せた。


「わ、本当。公女様だわ」

「もしかして迷われたのかしら」

「ねえ。公女様が社交の場にいらっしゃるはずがないし……」


 あちこちから聞こえてくる言葉に眉を寄せ、ミリィは自身を参加者だと示すようにテーブルの上のフルーツをつまんだ。冷徹の代名詞たるアステアラ大公家も、パーティーに参加くらいするのだ。


(……うーん、知ってる人はいなさそうかしら)


 飾られた会場内を見渡してみるが、特段見知った顔はない。


 見知った顔の母数が極端に少ないのはともかくとして、こうなると自分から積極的に話しかけなければならないだろう。コミュニケーション初心者にはハードなミッションだ。



「お。お久しぶりですねえ、公女様」



 そんな緊張感を滲ませていると、背後から声を掛けられた。


 振り返れば、やはり知らない顔の青年が立っている。……久しぶりと言うには会ったことがあるのだろうが、全くもって記憶にない。ミリィの顔が気まずそうに歪んだ。


「あれ、……その顔、もしかして俺覚えられてません?」


 それを彼の方も察したらしい。図星を突かれ、ミリィはうっと言葉を詰まらせた。


「……そんなことないわ。久しぶりね」

「いやぜってえ知らないでしょ。俺の名前わかります?」

「わかるわよ! あの、えっと、ル、ル……」

「えっ、すげえ。合ってる」

「ル、ル、…………ル、イ?」

「違うなあ。それ、一文字ずつ当ててくつもりだったんですか?」


 ヤマカンで当てに行く作戦は無謀だったらしい。項垂れ、ミリィは遠慮がちに青年を見た。


「ご、……ごめんなさい」

「え〜、俺結構公女様と仲良くなった自信あったのにな〜」

「名前を聞けば思い出すと思うの。たぶん……」


 あまりというかほとんど自信はないが、目の前の彼に失望されるのは避けたい。


 そんな決死の思いで口にすると、青年は訝しげに目を細めた。もう隠す気がないくらいに疑われている。


「ほんとにぃ?」

「ほ、……ほんとに!」

「へえ。じゃあ信じてもう一度名乗らせてもらいますけど」


 青年は丁寧に腰を曲げると、騎士のように恭しい仕草で礼をした。


「ルキウス・ヘンリエックです。以後どうかお見知りおきを、公女様?」


 きっとミリィの虚勢に気付いているのだろう。『どうか』の部分により力を込め、青年は意地悪そうに笑う。


(……ヘンリエック……)


 一方のミリィは、案の定というかファーストネームには聞き覚えがなかった。


 だが、ファミリーネームの方には耳馴染みがある。しばし考え、既視感の正体を思い出すと、ミリィは両手をぱちりと叩いた。


「ヘンリエックって、あなたジョゼフ様の息子さん? 騎士団長の」


 国の騎士団の団長を務める男性が、確かジョゼフ・ヘンリエックと言ったはずだ。大公家の娘であるミリィとも少なからず関わりのある人である。


 確か子供がミリィと同じ年齢だと聞いたことがあるし、青年にもどことなく面影がある気がしないでもない。きっと彼の息子だろう。


(危ない……。危うく失望されるところだったわ)


 土壇場で思い出せたのは成長に他ならない。そう表情を明るくするミリィとは対照的に、青年――ルキウスの方は、一転して苦笑いを浮かべた。


「や、そうですけど。……公女様、俺より親父の方を覚えてるんですか? なんか複雑だなあ……」

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