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8 成長の余地しかない

「……え?」


 栗毛の女子生徒は、ミリィの言葉に遅れて振り返った。


「せ、席……?」

「そう。そこ、25番でしょう? 私の席が25番で……」

「えっ、入学式って席が指定されてるんですか!?」


 慌てて立ち上がり、女子生徒は大きな目を見開いてミリィを見る。


 冷えた室内ながら、その額にはうっすら緊張の汗が浮かんでいた。彼女の身分には詳しくないが、この戸惑いようは、あまり家格の高くない家の出身なのだろうか。


「あ、……ええ。受付で自分の名前を言って、それで教えてもらうのだけど」

「そ、そうなんですか……!? すみません、私慣れてなくて……!」

「あ……いや、別に私は」

「ごめんなさい、ごめんなさいっ! 大公家の愛娘様に私は何を……」


 どうやらミリィのことを知っていたらしい。余計に焦ったのか、ぺこぺこと謝り倒す女子生徒の瞳に水滴のようなものが滲む。ミリィは焦った。


(ど、……どうしよう。別に席の間違いなんて気にしてないのに……!)


 努めて柔らかな口調で話しかけたはずなのだが、結果的萎縮させてしまっている。なぜこうなるのだろうか。


「だ、……大丈夫だから。私はただ、あの」

「ごめんなさいっ! あ、謝りますから、どうか退学だけは……!」

「退学……!?」


 ただでさえ焦っているのに、そう縋るような目を向けられては、コミュニケーションの経験が薄いミリィはもうパニックだった。どう大丈夫だと伝えるのが効果的なのかが全くわからない。


(えと、えっと……萎縮させないためにはどう言うのがいいんだろう。た、助けてビビ……!)


 口を開けば女子生徒が悲鳴をあげ、黙ってみれば謝罪の嵐で打つ手がない。


 しかも周囲の生徒の視線まで集まり始め、いよいよめげそうになっていると、ミリィの肩にぽんと誰かの手が乗った。


「……さっきから何してるんだ、お前たちは」


 振り返ると、きらめく金髪が目に眩しいギルバートが呆れたような顔で立っていた。


「ギルバート……!」


 思わぬ救世主だ。ほっとしたような顔で名を呼び、ミリィは幼なじみの手をとった。ギルバートが何やら肩をびくつかせたが、ミリィにそんなことを気にしている暇はない。


「あのね、私、ちょっと彼女のことを怖がらせちゃったみたいで」

「はあ……?」

「違うの、席が間違ってるって言っただけよ。でも言い方が悪くて、それで」

「……わかった。いやわからんがお前はもう大人しくしててくれ」


 ミリィの圧倒的に下手すぎる状況説明に早速見切りをつけたらしい。ギルバートが前に歩み出ると、今度は女子生徒の方が「あ」と声をあげた。


「あなた、もしかしてさっき助けてくれた……」


 思わずギルバートの方を見やると、彼も「ああ」と納得したように頷く。


「鳥にスカーフをさらわれてた令嬢か。無事辿り着けたんだな、よかった」

「……え?」


 ミリィだけが取り残されているが、どうやら2人は知り合いだったらしい。


 視線で説明を求めると、ギルバートは女子生徒を指して言った。


「彼女、さっき外で鳥にスカーフを取られて困ってたんだ。魔法で助けてやったんだよ」

「スカーフ……?」

「そう。いや別に大したことじゃないが――」


 何故か得意げに言ったギルバートから早々に目を逸らし、ミリィは女子生徒の方を見やる。


 相変わらず萎縮してはいるものの、ギルバートが現れたことで少しは緊張も解けたようだ。もうこの場は彼に任せて、ミリィは黙っていた方が良いだろう。


「ねえ、ギルバート。……彼女、自分の席がわからないみたいなの。受付まで案内してあげてくれる?」


 国の第二王子を小間使いにするのは、きっとミリィの他にいない。


 ただギルバートは特に何を言うでもなく、「ああ」とひとつ頷いた。どこまでいっても優しい幼なじみだ。


「また後で会えるか、ミリィ」

「ええ、もちろん。いつでも暇だもの」


 最後にそう言葉を交わし、何か言いたげな女子生徒を連れたギルバートとミリィはその場で別れた。


 そうしてやっと空いた自分の席に腰掛け、ミリィは深く深く息を吐く。友達を作るつもりがただ相手を怖がらせただけになってしまった。何から何まで反省すべきだ。


(慣れないことして空回りしちゃった。だめだなあ本当……)


 ポジティブに捉えれば成長の余地しかないということだが、それにしたってコミュニケーション能力が足りない。ビビに対人関係における基礎を教わるべきだろう。


(……きっとお父様からの遺伝だわ)


 そんな責任転嫁で自らを慰め、ミリィは背筋を伸ばして前を見た。


 教会内は式に向けて慌ただしくなり始めている。この後にはパーティーもあるのだし、殊更気合を入れなくてはならない。

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