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7 ラスボスとヒロイン

 王都に位置するグランドール魔法学園は、小国の城と見紛うほど豪勢な校舎を構えている。


 当然リフォーム費用の出所は貴族諸侯の『お気持ち』で、その中でもアステアラ大公家は、緻密な装飾がなされた正門をもう一つ建てられるのではというほど多額の寄付を行っていた。


「おお、公女様!」


 大公にしたら端金なのだろうが、学園にとってはその気まぐれが生命線だ。ゆえに、大公家の娘であるミリィも必然的に高待遇を受ける。


 学園に到着し、入学式の会場に向かっていたミリィは、名を呼ばれて立ち止まった。


 振り返ると中年の男性がやけに笑顔で立っている。記憶にある顔ではない。


「……どなた?」

「ああ、失礼。名乗っておりませんでしたな。わたくしグランドールで魔法生物学を教えている……」


 と、そこでミリィは彼の話に興味を失った。目を合わせた男の瞳に、あからさまな媚びの色が混ざっていたからだ。


(……足を止めて損した)


 そう拗ねたように口を尖らせ、ミリィは続く言葉を耳に入れることなく場を去る。


 背後から聞こえる戸惑ったような声も、ミリィには興味のない産物でしかない。むしろ足を速める要因にしかならず、置いて行かれたビビが慌てて隣に並んだ。


「公女様、よろしいんですか?」

「なにが?」

「なにがって……お話の途中でしたでしょう」


 不思議そうに言ったビビに、ミリィはぱちぱちと瞬きをした。


「? ……何がいけないの?」


 ミリィはただ興味のない話を打ち切っただけだ。幼い頃からそうしてきたミリィには、一体何を不安視されているのかがてんでわからなかった。


「え、ええ……? 普通お話が終わるまでは待ちませんか……?」

「……普通、そうなの?」


 人との関わりが極端に少なかったミリィは、人の言う『普通』がわからない。


 気に掛かった言葉を思わず拾うと、今度はビビがまずいことを言ったような顔をした。どうやら機嫌を損ねていると思われたらしい。


「あ、いや、公女様の場合はお忙しくて時間も貴重ですから、また違うと思いますけど――」

「うん、大丈夫。普通人の話は聞くものなのね。わかった」

「えっと……」

「ありがとう、友達を作る上で大事なことを知れたわ」


 例え興味のない話であろうと、人の話は最後まで聞く。これはミリィにとって大きな収穫だ。友人作りに大きく近付いた。


「そういう……会話する上で大事なこととか、気付いたらもっと教えてちょうだい。私なにも知らないから」

「あ、……は、はい!」


 未だ不安げな表情のビビに笑いかけ、踵を返して背後を見る。


 先ほどの教師を名乗る男性はもういない。既に消えかけていた記憶を慌てて引き戻し、ミリィは男性の顔をしっかりと頭に焼き付けた。


 次彼に会った時は、打ち切ってしまった話を聞き直すべきだろう。人の顔や名前を覚えるのはすこぶる苦手だが、克服にはちょうどいい機会だ。


(……入学式中に顔を忘れないようにしなくちゃ)


 小さく決意を固め、ミリィは軽く両頬を叩いた。


 グランドール魔法学園の入学式は、校舎に併設された教会で行われる。


 教会といっても特にお祈りが義務付けられているわけではなく、式典以外では聖歌隊が出入りする程度で、巻き戻り前には縁のない場所だった。恋人との逢瀬なんかにも人気らしいが、そうなるとミリィには余計縁がない。


「……じゃあビビ、私はここで大丈夫だから」


 入学式は使用人の立ち入りが禁止されている。


 何でも貴族と平民の垣根を取り払うためらしい。果たしてそれに効果があるのかは謎だが、とにかくビビとはここで一度お別れだ。


「はい。お気を付けて」

「もちろん。また2時間後にね」


 深々と礼をするビビに手を振り、ミリィはひんやりとした教会内に足を踏み入れた。


 人が何百人と入りそうな広さを持つこの教会は、例に漏れず貴族諸侯の寄付で建設されたものだ。


 なんといっても、その特徴は巨大なパイプオルガンだろう。何でも世界的に有名な音楽家が惚れ込むほど繊細な音が出せるらしく、その神聖な雰囲気が、恋人との逢瀬に人気だというのだ。


「……あ」


 そんな広い教会内では、小さな音さえ無限に反響してしまう。


 ミリィが指定された席を目指して教会内を歩いていると、すれ違った生徒が思わずといったように声を上げた。響いた声に別の生徒が反応し、その生徒がまた「あ」と声を上げ、いつの間にかミリィに無数の視線が集まる。


(入学式と言ったって大層なこともしないのに、何で席が指定されているのかしら……)


 当のミリィはそんな不満で視線を気にする暇もないが、逆にそういった態度が周囲には毅然に映るらしい。


「公女様だ……」

「あの綺麗な髪……毎日シスターが祈りを捧げてるって本当なのかしら」

「流石にデマでしょう?」

「……でも、うっかり信じちゃいそうなくらいには綺麗よね」

「ええ。素敵……」


 小さな声でそう話し合う生徒の前を通り過ぎ、ミリィは自身の席に辿り着いた。


 最前列の一番端。式で演奏されるパイプオルガンの音を是非間近で聴いてください、とでも言わんばかりの特等席だ。相変わらずの媚びられ具合だと辟易する。


(……あれ)


 ミリィが座るはずのそこには、既に人影があった。


 栗色の髪の毛をひとつにまとめた、素朴な雰囲気の女子生徒だ。瞳に緊張の色が滲ませつつ、ぴんと背筋を伸ばしてミリィの席に腰掛けている。


(ああ、……そういえば巻き戻りの前もこんなことがあったっけ)


 曖昧な記憶を辿り、ミリィはやっと思い出した。


 確か巻き戻りの前にも同じことがあったはずだ。あの時は彼女に席の間違いを指摘して、それで、真っ青な顔で謝られたと思ったら逃げられてしまったのだったっけ。


(今ならわかるけど、たぶん、あの時の私って怖かったんじゃないかしら)


 ミリィには怒る気など微塵もなかったのだが、それ以降、彼女にはすれ違うたび萎縮されていたのを思い出す。


 だからだろう。あの女子生徒の顔は今でもやけに覚えているし、彼女が話していたことも、ミリィには珍しく耳に入ったのだ。


(……彼女、確かアンジェリーナに『ヒロイン』って呼ばれていたっけ)


 栗毛の女子生徒は、ミリィの仇敵たるアンジェリーナと親しかった。


 といっても、ただ一方的にアンジェリーナが絡んでいただけだ。『ヒロイン』にとってはありがた迷惑だったようで、『ヒロイン』は度々アンジェリーナに対する不満らしきものをこぼしていたらしい。


 親しい仲の人間には妄想を聞かせる癖があるアンジェリーナは、『ヒロイン』に世迷言を述べていたと聞く。


 それも『私には未来を見通す力がある』だの『私が世界を操っている』だの、信じがたいどころか鼻で笑ってしまうようなものばかりだ。正気を疑ってしまう。


(……友達、ねえ)


 だが、そんなアンジェリーナも、友人を作ることに関してはミリィの上をいっていた。


 あの積極性はミリィも見習わねばならぬところだ。友人に妄想を聞かせたいとは思わないが、ミリィも友人は喉から手が出るほど欲しい。


(……あの子と親しくなれるかは別だけど、でも今後萎縮されて過ごすのは嫌だし)


 とにかく、今のミリィには行動あるのみだ。


 勇気を出して足を一歩踏み出すと、ミリィはわずかに震える声で告げた。



「ねえ。……あの、席を間違ってはいないかしら」

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