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◆4 転生悪役令嬢 アンジェリーナ・グレイ

 アンジェリーナ・グレイはその日、この世で一番機嫌が悪かった。



(どうして、どうして、どうして、どうして……っ!)



 枕を壁に放り投げ、荒く荒く息をする。


 朝の支度をするべく控えていたメイドを睨みつけると、アンジェリーナは握った拳で壁を殴った。青ざめた顔の新人メイドが余計に腹立たしくて仕方ない。


「さっさと出ていって!!」


 叫ぶと、メイドが足をもつれさせながら部屋を出ていく。


 そのもたつき加減に更に腹が立ち、アンジェリーナはベッドの足を蹴り付けた。愚図な使用人は速やかに部屋も出ていけないのか。


(なんで、なんでなの、どうして……!?)


 唇を噛み、アンジェリーナは拳を握る。


(なんで時間が巻き戻ってるの……!?)


 『悪役令嬢』アンジェリーナ・グレイは、『ラスボス』のミリィ・アステアラを、確かに殺したはずだったのだ。



 ――アンジェリーナには、前世の記憶がある。



 アンジェリーナは、前世からきつい性格で友人がいなかった。


 のめりこめるものといえば乙女ゲームくらいで、そんな時出会ったのが、パッケージに惹かれて買った『花降る国のマギ』という一本だ。


 そのゲームの中で、アンジェリーナ・グレイはいわゆる悪役令嬢キャラとして登場していた。


 嫉妬に狂ってヒロインを虐め、時にライバルとして立ちはだかり、最後には罪を認めてヒロインと親しくなる悪役令嬢、アンジェリーナ・グレイ。


 前世では攻略対象に夢中でサブキャラなど眼中になかったが、こうして悪役令嬢に転生したとわかった時、アンジェリーナの頭に浮かんだのは『美味しい』の一言だった。



 ――これって、いわゆる乙女ゲーム転生でしょう?


 ――なら、あたしが攻略対象と結ばれることもできるはずじゃない……!



 アンジェリーナには、前世から恋焦がれるほど好きだったキャラクターがいる。


 ギルバート・フリッツナー。国の第二王子で、ゲームのメインとなる攻略対象だ。見た目から性格に至るまで、アンジェリーナはギルバートが好きで好きで仕方なかった。


 ゲームの舞台である学園に入学した時、ひと目見たギルバートの姿から目が離せなかった。


 どうしても結ばれたいという思いが強くなった。

 そしてその権利がある自分に酔いしれた。


 だって自分は悪役令嬢なのだ。転生モノなら主人公と化すこのポジションなら、必ずギルバートと結ばれるに違いない。


 それが嬉しくて嬉しくて、アンジェリーナは自分の立ち位置を見せびらかしたくなった。


 周りに自分は悪役令嬢なのだと言い回ったのも懐かしい。周囲は訳がわからないといった様子だったが、攻略対象と結ばれる権利すらない馬鹿はアホ面を晒して見ているだけで良いのだ。



 ――ゲームの知識でこれから何が起きるのかもわかるし、


 ――この世界はあたしを中心に回ってるんだわ!



 ゲームのヒロインを虐めるなんて以ての外だ。むしろ親友と呼べるほどにまで親しくなり、アンジェリーナはギルバートとも会話を重ねた。もちろん彼と結ばれるためにだ。


 そして迎えたエンディング。


 ゲームの巨悪――大公カイル・アステアラをギルバートが処刑し、国には平和が訪れた。


 その日アンジェリーナは、告白イベントが起こる鐘の下でギルバートを待っていた。当然、告白を受けるためだ。


 が、待てど暮らせどギルバートが来ない。


 告白スチルは夕暮れ時だったはずなのに、日が暮れてもギルバートは現れず、結局アンジェリーナは帰宅するはめになった。



 ――どうして?



 ヒロインが悪さをしたのかと思ったが、常にアンジェリーナが隣にいた彼女に攻略対象との親睦を深める暇はなかったはずだ。


 カイルは死んだ。ギルバートとも親しくなった。それでも、アンジェリーナにハッピーエンドは訪れない。



 ――どうして?



 そんな疑問が拭えないまま数日。

 アンジェリーナは、予想だにしなかった事実を知った。



 ――ミリィ・アステアラが、死んでいない。



 ミリィは、学園内で起こる様々な事件を引き起こしたいわゆる『ラスボス』だ。


 父親を騙し、他国に自国を売るよう唆したのもミリィである。ゲームのミリィは駒となった父親が処刑されたことに絶望し、父の後を追うように自ら命を絶つのだ。


 ミリィというキャラクターを嫌っていたアンジェリーナの前世は、この展開を気に入っていた。


 ミリィはギルバートの幼なじみにあたる人物である。それだけでも腹立たしいのに、ミリィがプレイヤーにそこそこ人気のあるキャラだというのが余計むかついた。


 そんなミリィもエンディング前に死ぬはずだったのに、現実はどうだろう。


 カイルが処刑されてもミリィは何食わぬ顔で学園に通い、爵位を失ったなんて思えないような表情で本を読んでいる。


 アンジェリーナは確信した。原因はきっとこの女だ。


 ミリィが死ななかったことでストーリーが狂い、だからアンジェリーナとギルバートは結ばれなかったのだ。そうに違いない。そうだ。



 ――あの女を殺せば、全てがうまくいく。



 ミリィが死にゆく様を見るのは最高だった。


 気に食わなかった女が表情を歪めるのは見ていて心地よかったし、それだけで心が洗われる気さえした。


 なのに、

 なのに。


 なのに、だ。



「…………どうして……」



 次に目を開けた時、アンジェリーナの目に映ったのは、見慣れたベッドの天蓋だった。


 時間が巻き戻っていることにはすぐ気付いた。毎日付けていた日記が、3年前の日付で止まっていたからだ。


「あいつが、……あいつが、何かやったんだ……」


 ミリィ・アステアラ。


 あいつだ。『ラスボス』のあいつが、ゲームシステムに何か影響を起こしたに違いない。じゃなきゃこんなこと起きるはずがないのだ。



「……今度こそ、ハッピーエンドにしてやる」



 地を這うように低い声で呟き、アンジェリーナはもう一度壁を殴った。


 今度こそ、今度こそアンジェリーナは失敗しない。


 確実にミリィをあの世へ送り、そして間違いなくギルバートと結ばれる。ヒロインにだって邪魔はさせないし、世界をもう一度アンジェリーナ中心にするのだ。


「…………あんたのもの、全部あたしが奪うんだから」


 奥歯を噛み、アンジェリーナは靴の音を鳴らしながら部屋を出る。



 血が上ったアンジェリーナは、考えもしない。


 ミリィが巻き戻りに気付いていることも、復讐を企てていることも――自分が世界の中心であるという考えが抜けきらないがために、その可能性すら浮かんでいないのだ。

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