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35 終幕、ティーパーティー事件

 ――ティーパーティーでの事件から、もう1週間が経過している。


 この1週間、グランドール魔法学園は忙しなかった。


 まず、アンジェリーナ・グレイは学園から休学を言い渡された。


 理由は公言されていないが、あの事件を知っていれば誰もがピンとくるだろう。実行犯のメイドは捕まったのだというのだから尚更だ。


 アンジェリーナが休学程度の罰に収まったのは、公爵家に揉め事を知られたくないというニコラスの働きかけだ。代わりにシエラの家には相応の詫び金を支払ったのだと、ニコラスが言っていた。


 アンジェリーナは、休学してからというものずっと自室にこもっているらしい。


 滅多に部屋から出て来ず、恨み言のように『攻略対象が』だの『ストーリーが変わった』だのと呟いているのだそうだ。伯爵夫妻も随分お怒りだと聞いた。


 一方で、毒を飲んだシエラは数日で学園に復帰した。


 身体には特に異常もなく、むしろ今回のことで友人が増えたのだという。ミリィとしては寂しいような、嬉しいような複雑な気持ちだった。


(……私も、もう一度頑張らなくちゃ)


 生徒会室の重厚な扉の前。

 ふと息を吐き、ミリィは気合いを入れ直した。


 今日は事件後初めての会議だ。時刻まではあと30分もあるが、ミリィがこの時間に到着したのには意味がある。


「ご機嫌よう」


 扉を開くと、中にいた人影――アイク・イブラインが、読んでいた本から顔を上げた。


 こうして会うのは、大喧嘩したあの会議以来だろうか。あれから起こったことが濃すぎて、もはや懐かしさすら感じる。


「あなたと話しにきたの。時間をもらえるかしら」

「……」

「……無言は肯定だけれど」


 向かいの椅子に腰掛け、ミリィは小さく息をつく。


 彼とは話をせねばならない。今後生徒会として活動していく上でも、アイクと険悪なままで良いわけがないのだ。


「……ごめんなさいね、子爵家のこと」


 ミリィがまっすぐその瞳を見つめると、アイクは口を噤んだ。


 アイク・イブライン。……元の名を、アイク・ガルシア。


 長女リズベルが生まれた2年後、ガルシア子爵家に生を受けた彼は、幼くして家族と引き離された過去を持つ。


 両親が大公カイル・アステアラと政治面で対立し、大公の怒りを買ったためだ。


 大公から制裁を受けたガルシア子爵家は、長男であるアイクを養子に出さねばならないほどに困窮した。


「あなたとリズベルが実の姉弟ってこと、つい最近ルキウスに聞いて知ったわ。……子爵家に残ったリズベルが悪評に苦しんでるってことも」

「……」

「この間お父様に聞いてみたの。ガルシア子爵家のことを覚えているかって。『何のことだ』って、本当に真面目な顔で言われたわ」


 こんな状況を生み出した張本人のカイル・アステアラは、子爵家のことを全く覚えていなかった。


 彼にとってはその程度のことなのだ。誰かの人生をねじ曲げることを、何とも思っちゃいない。


「うちの父は、……閣下は、そういう人よ。あなたが求めているのは父の謝罪でしょうし、私の謝罪なんて1円にもならないでしょうけど、でも謝らせて。ごめんなさい」


 アイクの真っ赤な瞳が、困惑したように揺れた。


 まさかミリィが頭を下げるとは思わなかったのだろう。言葉を失うアイクを前に、ミリィは続ける。


「あんな話聞いたら、とてもあなたに『仲良くしてほしい』なんて言えないわ。……だから、もうやめる」

「は……?」

「あ、生徒会を辞めるって話じゃなくてね! それは流石にできないのだけど……でもあなたとは話さないようにするし」

「おい――」

「あっ、やっぱりダメ? でも生徒会を辞めさせられると困るのよ。えっと、えっと……視界に入れるのも不快! ってことなら生徒会室では透明化の魔法とか掛けるし!」

「ち、……ちょっと待て!」


 アイクが慌てて立ち上がり、驚いたミリィは椅子ごと数歩ぶん後退った。


「えっ、……な、なに……?」

「……」

「無言だと、困るのだけど……」


「……ま、まだ、…………俺が礼を言ってない」

「は?」


 ミリィの口から、抜けた声が出た。


「お礼……?」

「姉上の、……リズベルの、ことだ。……ティーパーティーの時、疑われた姉上を庇ってくれただろ」


 記憶を漁り、ふと思い出す。


 確かにあの時、家を理由に犯人だと疑われていたリズベルを庇った……ような気がする。ミリィにしてみれば当然の話だが、まさか礼を言われるとは思わなかった。


「……姉上の銀髪は、ガルシアの家系でも特に美しいものなんだ。付き纏う悪評のせいで『埃まみれ』なんて言われたりもするが」

「……」

「それを、おま……ミリィは褒めてくれた。姉上は大層嬉しそうにしてたんだ。あんな素敵な方はいないって、目輝かせてミリィのことを話してた」


 リズベルとのことを思い出したのか、アイクの口元に笑みが浮かぶ。


「ありがとう。……確かに大公のことはまだ憎いが、もうそれだけだ。公女様にまで八つ当たりしてた俺が馬鹿だった。」

「!」

「会議の時に言った言葉や態度も取り消す。心の底から申し訳なかった。……だから、ミリィさえ良ければ、俺は」


 そこで言葉を切り、アイクは僅かに頬を染める。


「……俺は、ミリィと友達になりたい」

「え」


 思いがけない提案に、ミリィは目を見張った。


 予想外、だった。

 まさかアイクからそんなことを言われるとは思わなかったのだ。


 大公家を蛇蝎の如く嫌っていた彼だ。一生癒えない傷を負わされた彼だ。ミリィが何をしたところで、もうこうして話すこともできないと思っていたのに。


(だって、だって。時が巻き戻る前は、こんなこと……)


 想像すら、していなかった。


 コミュニケーション能力に欠陥がある自分に、大公家の娘というだけで大層嫌われた自分に、こんな未来が待っているなど。


「……ミリィ?」


 アイクが照れたように名を呼ぶ。


 どこか緊張を滲ませる彼に笑いかけながら、ミリィは晴れやかな声で答えた。



「うん、もちろん……! 私ね、あなたとだいぶ気が合うと思うの!」



 主に大公閣下に対する感情面で、だ。

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