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◆32 悪役令嬢の断罪

(しくった、しくった、しくった……!)


 『悪役令嬢』アンジェリーナ・グレイは、1年A組の教室で、そう呪詛のように恨み言を繰り返していた。


 カップから毒が検出されたことで、ティーパーティーは中止になった。


 生徒たちはそれぞれ教室に戻され、教師は会議とやらで姿を消し、秩序を失った教室内はざわついている。


 誰もが事件の犯人を予想して騒いでいる。

 でも、その中にミリィ・アステアラが犯人だろうと言う者はいない。


 それはつまり、アンジェリーナにとって最悪のことが起きてしまったということだった。


(シエラが毒を飲んだのは予想外だった……。でも、あの女を犯人に仕立て上げるには十分だと思ったのに!)


 アンジェリーナ・グレイは、一連の事件を企てた犯人である。


 ではなぜそうしたか。

 答えは簡単。ミリィ・アステアラを、生徒会から追放するためだ。


 アンジェリーナは『転生悪役令嬢』だ。転生モノではヒロインになるのがお約束で、前世の知識を使って無双するチートキャラだ。


 なのに、時が巻き戻る前の世界ではハッピーエンドを迎えられなかった。だからラスボスのミリィ・アステアラを殺したのに、何がどうなったのか3年前に回帰している。


(だから、もう一度ハッピーエンドを迎えようと、ギルバートと結ばれようとしたのに……)


 時が巻き戻って、予想外のことが起きた。

 ミリィが生徒会に所属したのだ。


 生徒会は攻略対象が集う園だ。ゲームではヒロインが入ることになったそこに、なぜかミリィがいる。


 アンジェリーナはそれが許せなかった。

 どうしても追放してやらなければ気が済まなかった。


(だって、だって、攻略対象のギルバートは、ニコラスは、エドガーは、ルキウスは、アイクは……!)


 ――この世界のヒロイン、『転生悪役令嬢』アンジェリーナのものである、はずなのだ。


 ミリィに掠め取られて良いはずがない。シエラや他の女でもだめだ。彼らが愛するのは、アンジェリーナでなくてはならない。


 もとより、前世からミリィ・アステアラのことは嫌いだった。


 敵役のくせに恵まれたキャラクターデザインで、作中でも美少女扱い。


 しかもプレイヤーから人気があったのもイラついた。幼なじみであるミリィとギルバートが結ばれる二次創作を見つけた時は、2週間は機嫌が悪かった。


 ――攻略対象たちが愛を注ぐのは、ゲームのプレイヤーであるあたし(主人公)でなくてはならない。


 他の女が、攻略対象に好かれて良いはずがない。

 その考えは、ゲーム世界に転生したことで180度変わった。


 ――攻略対象たちが愛を注ぐのは、この世界のヒロインであるあたし(転生悪役令嬢)でなくてはならない。


 だからミリィを生徒会から追い出そうと画策した。


 家のメイドに金を握らせ、家が提供するティーセットに毒を塗らせた。カップにも細工をしてミリィを犯人に仕立て上げた。そうでもすれば生徒会を追われるはずだからだ。


 なのに、だ。


(あの女……! リズベル、リズベルが! あいつが余計なことを言ったせいで全部台無しだ……!)


 リズベル・ガルシア。

 ただのモブの訴えで、ミリィが犯人であるという流れは瞬く間に失われてしまった。


(あそこまで上手くいってたのに! 最悪だ、あのブスが! あいつが……!)


 奥歯を噛む。

 でもだ。ここで諦めるわけにはいかない。


 たった一度失敗したからといって、計画をふいにする気はない。ミリィは必ずや生徒会役員から追い出してみせる。


 今回のことだって、実行したのはアンジェリーナではなくあのメイドだ。


 メイドが捕まってアンジェリーナの名前を吐いたとしても、シラを切っていれば良いだろう。アンジェリーナがメイドに指示を出した証拠なんてないのだ。


(……それに、シエラは特に異常はなかった。事件を調査する学園側も、実行犯のメイド1人捕まえたら満足するでしょ)


 グランドール魔法学園は、貴族の出資で成り立っている。


 その貴族相手に喧嘩を売るような真似はしないはずだ。否定し続けるアンジェリーナを尋問したりなんてすれば、間違いなくグレイ伯爵家の怒りに触れるからだ。


(あとはちょっと猫かぶって、使用人に罪を被せられそうになった可哀想な令嬢を演じておけば――)


 ギルバートからも、慰めの言葉をかけてもらえるに違いない。


 だってアンジェリーナは悪役令嬢だ。

 転生モノではヒロインになるのがお約束の、紛れも無い勝ち組。



「――アンジェリーナ・グレイ伯爵令嬢は、この中にいる?」



 そんな夢を見たアンジェリーナは、その瞬間、動きを止めた。


 1年A組の教室が、先ほどとはまた違うざわめきを生む。


 クラスメイトの視線は、突然現れた3人の生徒会役員に集まっていた。


 ニコラス・アインツドール。

 エドガー・フランスタ。

 そして――ミリィ・アステアラ。


 その3人が、アンジェリーナを探している。背筋に冷や汗が伝った。


「……あら、ギルバートはいないの? 護衛役にしようと思ったのだけど」

「公女様のこと探しにいったんでしょ。……ていうか、何で俺まで駆り出されてんの? 意味わかんないんだけど」

「そりゃもう、お前が魔法伯の息子だから。僕と公女様の護衛役にぴったりじゃん」

「はあ? ……あ、あれじゃない? あそこの、俯いてる人」


 思わず肩がびくりと震える。

 次いで響くローファーの高い音に、アンジェリーナの呼吸が乱れた。


 どういうことだ。全く意味がわからない。なぜ、彼らが。


「グレイ伯爵令嬢?」


 前世で幾度も聞いたニコラスの声が、耳を鳴らす。


「今回の……カップに毒が塗られてた事件のことでちょっと話があるんだけど。……そこの会議室まで来てもらえる?」


 クラスメイトがざわつき、アンジェリーナに視線が集まった。


 アンジェリーナは、頷くことしかできなかった。

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