31 再考・犯人探し
ニコラスとミリィは、ひとまず状況を確認することにした。
「調べた結果、毒が仕込まれてたのはティーカップの飲み口だった。で、そのテーブルに座ってたのがきみと、シエラ・レストレイブと……」
「リズベルよ。3年生のリズベル・ガルシア」
「えっ」
先ほど、涙ながらにミリィの無実を証明してくれた女子生徒。
その名を聞くなり、ニコラスはぎょっとした様子でミリィを見た。
「リズベル・ガルシア……?」
「ええ。知り合いなの?」
「あ、いや……、聞いたことある名前だったから。……それで、先に支給されたティーカップが割れたんだって? それも2つも」
妙に引っ掛かる反応だが、社交界ではままあることだろう。ミリィは頷いた。
「うん、赤いやつよ。2人のカップの取っ手が綺麗に取れちゃって、メイドに新しいのを貰ったの」
「ふうん……」
「で、『冷めちゃうと美味しくないから』って、シエラが私のカップを自分のものにした。……結果的にそれが毒入りだったわけだけど」
シエラにはとんだとばっちりだっただろう。あの苦しそうにもがく姿を思い出すと、ミリィはどうしても心が重くなる。
「なるほどな……なんか、そう聞くと印象が違ってくるね。僕、最初は毒を飲ませてきみを懲らしめてやろうっていう人間が毒を盛ったのかなって思ったんだけど」
「わ、私そんなに恨まれてるの……?」
「例えばの話だよ。……でも今聞くと、きみを毒を盛った犯人にしたいって感じがするよね。すごく……」
思考に集中しているからだろう。ニコラスの声は、いつも以上にぼそぼそとしている。
「偶然カップが2つも割れるわけないしさ。そうなると怪しいのは……」
「メイドでしょうね」
ニコラスとミリィの考えが一致した。
ミリィのテーブルにティーセットを持ってきた、あの細い手の雇われメイド。まず疑うべきはそこだろう。
「あのカップはメイドが配膳したものだし……。毒入りカップを意図的に私の前に置いたのは、あのメイドだもの」
思い返せば、あのメイドにはどこか不自然な点も多かった。新しいティーセットを持ってきた時の挙動不審さも、事件に関わっていると考えれば納得がいく。
「うん。きっと犯人は、きみの毒入りカップが別の誰かに渡ることも分かってたんだろうね。公女様にわざわざ冷めた紅茶を飲ませる生徒なんていないし……」
「……人の良心まで利用した犯行ってことね。最悪だわ」
「全くだよ。でも、大体の手段は透けた」
左手の人差し指をピンと立て、ニコラスは「ひとつ」と涼しい顔で言う。
「毒を塗布したであろうメイドは、その毒入りカップをわざときみに配った」
指がピースの形を作る。
「ふたつ。他のカップの取っ手を取れやすくすることで、毒入りカップがきみ以外の誰かに渡るようにした。紅茶を淹れ直す時間が生まれれば、『冷めた紅茶を公女様に飲ませるわけにはいかない』ってなるし……」
「それで、毒入りカップを他人に押し付けた形になる私が疑われれば良い、ってことね」
「うん。……やっぱり、きみを犯人にしたかったとしか思えないよね」
それが正しければ、あのメイドが全てを計画して引き起こした犯人、ということになる。
挙動不審な様子もあった。疑うべき点は見つからないが、それでもミリィの胸の内には、僅かなもやがかかっていた。
(何だか……あんまり納得がいかないのよね。メイド1人の犯行にしては不自然というか……)
例えば彼女が大公家に恨みを持っていたとして、それで『ミリィを毒入りカップ事件の犯人にしよう』なんて考えに行き着くだろうか。
実行犯は間違いなくメイドなのだろうが、それでも何だかすっきりしない。直感に反する、というべきか。
「……ねえ、最初に支給されたティーセットの提供元はどこかわかる?」
尋ねると、ニコラスは不思議そうに瞬きをした。
「提供元?」
「うん。ティーセットの一部は生徒の家族による提供でしょう?」
「ああ……、どうだろう。教師に聞いてみなきゃわかんないけど……」
「けど?」
「聞いても教えちゃくれないだろうね。たぶん、調査のために事件の情報は規制されるだろうし……」
「そう……」
生徒の安易な憶測を防止するためだろう。正しい考えなのだろうが、今はそういったことを言っている場合じゃない。
あのメイドが新しいティーセットを持ってきた時、ミリィはメイドにカップの提供元を確認した。
不良品を提供した家を咎めるためだ。メイドは知らないと答えたが、あんなの、見ればわかる誤魔化しだ。メイドがカップの提供元を隠した裏には、きっと何かがある。
「あ、でも……回収されたのをちょっと見たけど、あのカップの底、変な模様が入ってたよね」
ニコラスの呟きに、ミリィは顔を上げた。
「模様……?」
「ほら。こういう……ティアラとベルガモットの花が重なったみたいな模様だよ。なんかきみの絵みたいなセンスだなって思って覚えてたんだけど」
「……殴るのは後でにしておいてあげるわ」
「えっ」
一瞬で顔を青ざめさせたニコラスを放り、ミリィは必死に脳を動かす。
ティアラにベルガモットの花。心当たりがある、ような気がする。
「……あ」
そう記憶を漁ったところで、ミリィはふと思い出した。
「わかった! ティアラにベルガモットの花」
「え?」
「ケーキよ。この間食べたケーキに刺さってたプレートに、同じ模様が彫られてたの」
2週間ほど前の話だ。
ルキウスにティーパーティーの話を聞いたミリィは、調査のため、王都中のケーキをビビに集めさせた。
その中のケーキに刺さっていたプレートに、間違いなく同じ模様が彫られていたはずだ。
ミリィは記憶力に乏しいが、それでも100を超える項目のチェックシートにケーキの評価を記入するほど繰り返し同じケーキを見たのだ。間違いない。
「なら、あれはケーキショップが売ってるティーセットってこと……?」
「いや、あのメイドは生徒の家族が特別に誂えたって言ってた。売り物じゃないはずよ。少なくとも一点ものだわ」
「じゃあそのケーキショップの名前は?」
ニコラスの問いに、ミリィはもう一度記憶を漁って答えた。
「……パティスリー シャンディ・フリンド」
これも間違いない。確かな自信がある。
すると、今度はニコラスが顔を顰めた。
「シャンディ・フリンド……? それって、グレイ伯爵夫人の名前じゃない?」
「え?」
ミリィの口から、思い切り抜けた声が出た。
(グレイ、伯爵家……?)
その家の名前を、ミリィが忘れるはずがない。
グレイ伯爵家。自称『悪役令嬢』たる、アンジェリーナ・グレイの生家だ。
戸惑うミリィをよそに、ニコラスは考察を続けた。
「シャンディ・フリンド・グレイ……やっぱりミドルネームまで間違いない」
「……グレイ伯爵夫人なの?」
「うん。……スイーツショップの名前になってるってことは、店に出資したオーナーが伯爵夫人なんだろう。つまりは」
そこで切られた言葉を、ミリィが継いだ。
「あのカップの提供元は、グレイ伯爵家……」
「……だろうね。まず間違いなく、あの家は関わっていると見ていい」
――時が巻き戻る前、自らを殺した『悪役令嬢』アンジェリーナ・グレイ。
メイドが隠そうとした毒入りカップの提供元は、そのアンジェリーナの生家だった。これが、何も関係ないはずがない。
(……今のアンジェリーナには巻き戻り前の記憶がある。今回の真犯人がアンジェリーナだったとしても、違和感はない)
疑惑が確信を得ていく。
立ち上がったミリィは、短い詠唱で防音結界を解除した。
「……公女様?」
「探しましょう。アンジェリーナ・グレイが何かを知っているはずだわ」
ミリィの瞳には、友人たるシエラを傷つけられた侮蔑と憎悪が渦巻いていた。
次回、アンジェリーナ視点です!