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3 幼なじみに接触せよ

 アンジェリーナに殺される前の出来事は、今でも鮮明に覚えている。


 その中で、特に強烈に残ったのが彼女が発したギルバートの名前だった。「これでハッピーエンド」「ギルバート様と結婚する」と言っていたように、アンジェリーナはギルバートのことを好いていたのだろう。


 そして恐らく『ギルバートと結ばれる』という願いを含んだ『ハッピーエンド』のために、『ラスボス』のミリィを殺しにかかった。


 仮説としては十分すぎる。ミリィが彼との仲介を父に頼んだのは、そんな理由だった。


「公女様、間もなくギルバート様が到着なさいます」


 父に仲介を頼んでから数日後。


 巻き戻りの世界にも慣れてきた頃、ミリィは王城を訪れていた。当然、ギルバートに会うためである。


 大公家の一人娘であるミリィと、アビリア王国の第二王子であるギルバート。

 2人はいわゆる幼なじみだった。


 とはいえ、仲良く遊んでいたのはせいぜい5歳かそこらまでだろう。母が亡くなってからというもの、ミリィは友人より勉学を優先するようになったし、ギルバートとも自然と疎遠になっていたのだ。


「ありがとう。突然押しかけて申し訳ないのだけど……」

「いえ、そんな。ギルバート様もお喜びでしたから」


 微笑ましげに言い、使用人の老女は深く頭を下げる。思えばこうして王城に足を運ぶのも久々だ。


(……そう考えると、私って家と学園を往復するだけの日々を送ってたのね)


 別にそれが間違いだったとは思わないが、どことなく不健康にも感じる。


 せっかく時が巻き戻ったのだからたまには運動でもしてみようか。なんて、王城の応接室で1人足を伸ばしていると、部屋と廊下とを繋ぐ重厚な扉が開いた。



「……おはよう、ミリィ」



 現れたのは、どことなく緊張した面持ちの第二王子――ギルバート・フリッツナーである。


 ミリィは彼が扉を閉めるのを確認すると、相変わらずの鉄面皮のまま口を開いた。


「ご機嫌よう。お忙しい中ごめんなさいね」


 こうして2人きりで顔を合わせるのは、それこそ5歳の頃ぶりだ。あの頃はミリィも今では考えられないほどに活発で、よくギルバートを泣かせては母にこっぴどく叱られたものである。


 が、10年の月日が経った今では違う。ミリィは社交界でも有名な冷徹令嬢と化し、泣き虫だったギルバートも、王子らしい男らしさを持つ青年に成長した。あの頃とは似ても似つきやしないのだ。


「お座りになられたらどうなの、ギルバート様」


 幼なじみとして仲良く遊んでいた10年前とは、2人の関係も何もかもが違う。


 緊張からか動きが硬いギルバートにそう言うと、彼は「ああ」と頷いて向かいのソファに腰掛けた。その顔はどこか不満げだ。


「……なんで様付けなんだ。お前、小さい頃は呼び捨てじゃなかったか」


 どうやら呼び方が不満だったらしい。別にどう呼ぶかなんて何でも良いと思うのだが。


「それが嫌なの?」

「嫌って、……嫌だろ、普通。何で今更変えたんだ」

「目上の人間だから」

「挨拶の言葉もやけに硬いし」

「あなたは動きが硬いわ」


 すました表情で言い放たれてはギルバートも反論ができない。10年前からお馴染みの光景だ。彼はいつもミリィに言いくるめられてばかりだった。


 あの頃のギルバートなら今にも泣いていただろうが、国民曰く完璧な第二王子の目には当然涙など浮かばない。


 泣き虫の面影もないギルバートは視線を泳がせると、躊躇いがちに言った。


「か、……硬くもなるだろ、普通」

「ふうん。どうして?」

「接し方がわからないんだよ。お前が俺と距離を置いていたからだ」

「でも幼なじみじゃない」

「っ、でもお前は……!」


 ギルバートが食い気味に何かを言いかけ、しかし、その先の言葉は続かない。


「……私が、なに?」


 尋ねると、ギルバートは目線をゆっくりと下げた。


 やけに悲しげな表情だ。まさか幼なじみのそんな顔を見ることになるとは思わず、ミリィは僅かに瞳を驚きに染めた。


「ギルバート?」


 言葉に詰まる幼なじみの姿に、つい敬称が外れる。


 ギルバートもそれに気付いたらしい。反射的に顔を上げると、透き通ったようなミリィの瞳と視線が絡まった。


 ギルバートの頬がほんのりと赤く染まり、彼は膝の上に置いた拳をぎゅっと握る。こうして2人が目を合わせるのは、随分と久々のことだった。


「いや、……だ、だから、君から俺に会いにきてくれるなんて夢にも思わなかったんだ。舞い上がったんだよ。少しだけ」

「……」

「もう嫌われてしまったものだと思っていたから、だから、せめて今日は紳士的にと思ったんだけどな。……難しいな、ごめん。緊張してるんだ」


 詰まりながらもしっかり音になった返答は、ミリィを驚かせるには十分だった。


(……私、ギルバートを嫌ってると思われてたの?)


 そんなことあるはずがない。確かに疎遠にはなっていたが、それはただ単にミリィが勉学に励んでいたからだ。


 母が亡くなってからというもの、ミリィが期待できるのは自分自身の他にいなかった。ゆえに勉学以外に時間を割くことができなくて、自然と友人と関わる暇がなかっただけで。


「わ、……私、別にギルバートのことは嫌っていないのだけど」


 今だって幼なじみのことは好意的に思っているくらいだ。


 そう慌てて弁明すると、ギルバートは目を見開いてミリィを見た。


「じ、じゃあなんで10年も……」

「それは、……あの、勉強が忙しくなっただけ。あなたのことは今でも好きだもの」


 まるでそれが当然だとでも言うように、ミリィは相変わらずの鉄面皮ながら、しっかりとギルバートの瞳を見据える。


 恥ずかしげもなくさらりと言ったミリィに対し、言葉の意味を噛み砕いたギルバートは数秒の間動かなかった。


 ミリィがその顔を覗き込んでみたものの、彼は顔を真っ赤にするだけで何も言わない。


(……何だか、ギルバートはアンジェリーナとは繋がっていないように見えるのだけど。気のせいかしら)


 幼い頃と変わらないその反応が、どうしてもあのアンジェリーナと結び付かない。ミリィは思案した。


 あれだけアンジェリーナが執心していたようだったから、3年後の出来事に彼が絡んでいると踏んだのだが、……もしや勘違いだっただろうか。


「す、すきって、……ミリィ、それは……」


 真っ赤な顔で口をはくはくさせるギルバートを不思議そうに見つめつつ、ミリィは心内に溜息を吐く。ギルバートが違うとなれば、アンジェリーナの謎を明かすには先が長そうだ。


「うん。あなた、私の初めての友人でしょう。嫌いになんてなるはずがないわ」


 けろっとした様子で言うと、言葉の意味を理解したらしいギルバートが脱力した様子で思い切り肩を落とした。


 ミリィは、首を傾げるほかなかった。

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