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29 濁った瞳の奥

 泣き崩れたリズベルは、医務室へ向かったあと、倒れるように眠ってしまった。


 きっと疲れが溜まっていたのだろう。話をしたかったが、今は休ませてあげるべきだ。


(……会場に戻って、先生方に事情を話さなきゃ)


 何より疑いを晴らさねばならない。そうミリィがベッドの傍らに置かれた椅子から立ち上がろうとしたところで、医務室の扉が控えめに開く。


 遅れて顔を覗かせたのは、野暮ったい黒髪のハーフアップと、フレームの細い眼鏡だった。


「……やあ、公女様」


 ニコラス・アインツドール。

 グランドール魔法学園の生徒会長にして、アインツドール公爵家の長男。


 彼はミリィと眠るリズベルを交互に見ると、少し気まずそうな顔をした。


「……あなた、ティーパーティーでもその暑苦しい髪型のままなのね」

「出会い頭に悪口言われるとは思わなかったな……」

「湯気で曇る眼鏡はティーパーティーに適さないのよ。社交界では常識でしょう」

「……きみが社交界の常識説いても説得力ないと思うよ」


 真っ当なご意見である。貴族たちの頂点に立ちながら、社交界でのルールを何一つ守らないのが今代のアステアラ大公家だ。


「それで、何か用事? 校医ならシエラに付き添って王都の病院に行ったわ」


 大半を吐き出したとはいえ毒を摂取してしまったシエラは、校医の軽い手当てを受けたあと病院へ向かったらしい。


 話によれば大事には至らないそうで、先ほどその報告を聞いたミリィは、泣きそうになるくらいの安堵を覚えた。シエラが無事なら、あとは何だっていい。


「あ、いや……そうじゃなくてさ」


 だが、予想に反してニコラスは首を振った。


「校医に会いに来たんじゃないの?」

「まあ。……えっと、一応きみに用事があって来たんだけど」

「私に?」


 思わずミリィの眉が寄る。……まさか事情聴取でもするつもりだろうか。


「……残念だけれど、シエラに毒を盛ったのは私じゃないわ」

「知ってるよ……。ちょっと話をしたくなっただけ」


 そう言い、ニコラスはちらと眠るリズベルに目をやった。


 彼女に聞かれない状況で話がしたい、ということだろう。ミリィは目を眇めた。とてもじゃないが、『ちょっと話す』だけの雰囲気には見えやしない。


「……今じゃないとだめかしら」

「まあ」

「どうしても?」

「うん。……あと、できればきみと2人になりたい」


 ニコラスのやけに濁った瞳が、眼鏡越しにミリィを見つめる。


(……なんか、この目苦手だ)


 奥底が見えなくて、なのに、向こうからは全て見透かされている気さえする。


 ミリィは早々に目を逸らし、小さく頷いた。


「わかった。……でも、令嬢を誘う時はもう少し気の利いた言葉を使うべきね」

「……肝に銘じます」


 げんなりした顔でニコラスが言う。ミリィは口元に笑みを浮かべた。



 ◇◇◇



 ニコラスと共に生徒会室へ場所を移したあと、ミリィは部屋全体に簡単な防音結界を張った。


 この混乱真っ只中で生徒会室を訪れるような人もいないと思うが、念のためだ。軽く結界の状態を確認して席に着くと、ニコラスが感心したように目を細めた。


「……すごいね。きみ、杖もなしに結界が張れるんだ」

「そう? 練習したら誰でもできると思うけど」

「その『練習』に途方もない時間がかかるから言ってるんだよ……」


 人間が魔法を使用するには、杖を振って詠唱を行うという手順を踏む必要がある。


 言葉にするだけなら簡単だが、思った以上にこれが面倒で難しい。何せ扱う魔法によって杖の振り方は違うし、杖先の軌道が数センチでもずれたり、詠唱を行う声の抑揚を間違えたりすれば、人間は魔法を使うことができないのだ。


「噂には聞いてたけど、本当に魔法使いとしての才能があるんだね。公女様は」


 故に、杖や詠唱を必要としない魔法使いは、この世界でもごく稀である。


 少なくともミリィは、杖を使わずに魔法を出す人間を自分以外に見たことがない。エドガーの祖父ニール・フランスタなんかは棒状のものであればバナナであろうと杖として扱える優秀な人物だったが、ミリィが敬愛する魔法伯でも、魔法には杖と詠唱を必要としたくらいだ。


「……あなたは随分と私を高く買うのね」

「そりゃあね。僕、公女様のこと結構好きだから」

「そう。それで用件は?」

「えっ、ここでスルー……?」


 話を促すと、ニコラスが「今それなりに勇気出したんだけど」と項垂れる。……何だか、見れば見るほど貴族らしからぬ人物だ。


 ニコラスには貴族特有の嫌味がないし、公爵家の長男にしては見た目も野暮ったく、言葉遣いだってフランクすぎる。


 そのくせ何を考えているか分かりづらいのがより不思議だった。掴みどころがない、というべきか、とにかく真意を悟らせてくれないのだ。


(グランドールで生徒会長をやるくらいだし、身分だけじゃない何かがあるんでしょうけど。……なんだか物語の登場人物みたい)


 思考が読めないという点では、彼はまさに物語の中の人物だ。


「……ああいや、そうじゃない。あんまりゆっくりしてる時間ないんだった」


 そんなことを思われているとは露知らず、ニコラスはやっと話を切り出した。


「今日の……例の事件の話なんだけど」

「まあ、そのことでしょうね」

「うん。きみを疑っているわけじゃないからこそ、参考人兼相談相手としてきみの話を聞きたい」

「……相談相手?」


 思わず尋ね返す。

 ニコラスはいつものぼそぼそとした声で言った。


「そう。俺……じゃないや。……僕は今ここで、きみと犯人を見つけたいと思ってるんだけど。どう?」

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