27 犯人探し
――公女様のテーブルから毒が……!?
――嫌だわ! もしかして私たちのテーブルにも……。
――シエラ・レストレイブ? 知らないなあ。誰それ?
ミリィとリズベル、残された2人の当事者を前に、騒ぎを聞きつけて集まった生徒たちはざわざわと言葉を交わす。
ざっと数えただけでも、ギャラリーは100人近くいるようだった。教師が『早く席に戻れ』と怒鳴り、それに従う気のないある者が憶測を叫び、またある者が恐怖で悲鳴を上げ――場は混沌としている。
「学園側はセキュリティを徹底するって言っていたのに……まさか公女様のテーブルから毒が出てくるなんて。どういうことかしら」
ギャラリーの1人が呟いた言葉に、周囲の生徒が同調した。
「そうよ。関係者の誰かがやったに違いないわ」
「安全管理はどうなってるの? メイドとか用務員とか……設営に携わった騎士も怪しいし」
「いや、それよりも先に疑うべき人がいると思わない?」
取り巻きを引き連れた貴族らしき女子生徒が、ひと際大きな声で言う。
十分に周囲の注目を集めた女子生徒は、満足そうに笑いながら続けた。
「リズベル・ガルシア……埃のように薄汚い髪色をした悪名高きガルシア子爵家の女なら、こんな卑劣な手も使うのではなくって?」
名指しされたリズベルが、視界の隅でびくりと肩を跳ねさせた。
「ねえ、しっかりした身分の方ならご存知でしょう? ガルシア子爵家が、社交界で今どんな扱いを受けているか……」
女子生徒がゆっくりと歩み寄り、カタカタと震えるリズベルの前で足を止める。
「しかもあなた、このテーブルに後から着いたんですって? 十分怪しいじゃない、ねえ?」
「その通りよ」「確かにそうだわ」と続く取り巻きたちの相槌に数度頷き、女子生徒は、扇子で俯くリズベルの顎を無理やり持ち上げさせた。
リズベルの顔は真っ青だ。
女子生徒が、褒められたい犬のように横目でミリィを見る。
普段と変わらない仏頂面を貼り付けたミリィに、女子生徒はひどく満足したようだった。
「わっ、わ、わ、わた、わたしは……っ」
「どうせ、社交界で誰にも相手にされなくて気が狂ったんでしょう?」
「ちが、ちがうっ! 私はただ、ただ……!」
「動機も十分じゃない。だってあなたは大公家に――」
「――私が知らないうちに、社交界っていうのはこんな品のない令嬢だらけになったのね」
瞬間。
誰よりも、何よりもよく通る冷たい声が、一瞬で場を支配した。
誰もが声の出所に目を奪われる。
眉間に深い皺を寄せたミリィ・アステアラは、堂々たる態度で続けた。
「本当に不快だわ。ただでさえ友人が危険な目に遭って苛立っているのに……質の悪い犯人探しショーまで見せられて、どれだけ私の機嫌を損ねれば気が済むのかしら」
ミリィの温度のない瞳が、リズベルに詰め寄る女子生徒と、その取り巻きを睨みつける。
何が何だかわからない様子で唖然としていた女子生徒は、そのひと睨みで自らが責められているのを理解したらしい。慌てて首を振った。
「違っ……! 違いますわ、公女様!」
「何が違うの?」
「わ、わたくしは、公女様の代わりにこの女を……!」
「名前も存在も知らなかったあなたに代弁されるほど安い思考してないわ」
途端に女子生徒の顔が青ざめる。
深い深い溜息を吐くミリィを、ギャラリーのほとんどが見つめていた。
「リズベルがテーブルに着いたのは、他でもない私が誘ったからよ」
ミリィは淡々と語る。
「あの美しい髪色に一目惚れしたの。私が私の誘いたい人を誘って、何か文句がある?」
それに、現実的に考えてもリズベルが毒を仕込んだとは考えづらい。
彼女が1人になったタイミングはないし、そもそもとしてリズベルをテーブルに誘ったのはミリィだ。物的証拠もない中で、実家を理由に疑われては腹が立つ。
「じ、……じゃあ、誰が毒を……」
異様なざわめきを見せる会場内で、ギャラリーの1人が震えた声で零した。
「そうよ。一体誰が……」
「嫌だわ! まさか私たち、知らないうちに毒を飲んでたりするんじゃないの!?」
ヒステリックな叫びが続く。
もしや自分のテーブルにも毒が仕込まれていたのではないか。
何ならすでに摂取していて、近いうちにシエラのように苦しむ羽目になるかもしれない――。
(……何で誰もシエラのことを心配しないのかしら)
そう騒ぎ立てる生徒たちを、ミリィはどこか他人事のように眺めていた。
あの毒はどう見ても即効性だ。
既に身体に異常がないなら安全と考えて良いし、犯人探しなど今ここでやったところで意味がない。
(貴族って自分の保身しか考えないような人ばかりなのね……。お父様の社交嫌いが少しだけわかったような気がするわ)
場が混乱したところで、得をするのは犯人だけなのに。
そうまた溜息を吐きかけたところで、生徒のうち1人が叫んだ。
「テ、テーブルに着いてた人が怪しいならっ、こ、公女様も怪しいんじゃないですか……!?」
ギャラリーの空気が一変した。
「……は?」
視線をやると、素朴な印象の男子生徒が、真っ白な顔で両手を握っている。
見るからに平民の生徒だ。
周囲の貴族令息らが慌ててその口を押さえようとし、しかし彼の主張は止まらない。
「だ、だって、そうだとしか思えないし……!」
「ちょっと、あなた……!」
「なん、なんっ、なんでっ、なんで誰もあの人を疑わないんですか!?」
あかぎれのある人差し指が、震えながらもミリィに向かって指される。
「ぼ、僕っ、隣のテーブルから見てました! 先に使ってたティーカップが2つ壊れて、この人たち、新しいのを貰ってた……!」
事実だ。
確かにティーカップは壊れ、ミリィたちは新たなカップを貰った。
「でもっ、この人のカップだけは壊れなくて……! 新しいのを淹れ直すからって、この人、あの栗毛の子に毒入りのカップを渡してました!」
それもまた、事実である。
平民の生徒を止めようとしていた周囲の生徒は、揃ってミリィを見た。
視線にさまざまな表情が混じっている。
ミリィは僅かに目を見開いた。
「あ、あの人が、あの人が毒を仕込んだんだ!」
男子生徒が叫んだ。
大きく大きく、心臓が跳ねた。




