24 開宴の合図
2人と別れたあと、シエラと合流したミリィは、開場の合図とともに指定されたテーブルに着いた。
此度のティーパーティーでは、生徒は最初、3人1組になってテーブルに着くことを義務付けられている。
後から席を移動することも許可されているが、『最初の一杯は必ず3人1組で』というのがルールなのだそうだ。あぶれるのを回避するためあらかじめ友人同士でグループを組んでおく生徒も多く、ミリィの場合は、それがシエラだった。
「あのう……ミリィさん。どうしましょうか、3人目……」
「うん?」
「だって、最初の一杯は3人で飲まなきゃいけないんですよね? 他も埋まり始めてるし……」
シエラが困ったように眉尻を下げる。
確かに、周囲のテーブルは既に3名の定員が埋まりつつあるようだった。
「そうね。誰か知り合いでもいればいいのだけど」
「あ、……えっと、ご存知でしょうけど私にはいませんよ」
「うん。私にもいない」
唯一知り合いと言っていい生徒会の面々は同じテーブルに着けない決まりだし、まさかアンジェリーナを探すわけにもいかない。
「この場で探すしかなさそうだけど……」
そう周囲を見渡してみたものの、なぜかことごとく目を逸らされてしまう。
思わず眉を寄せたミリィに、シエラは苦笑した。
「流石に、このテーブルに着こうと思う人はなかなかいないですね」
ただでさえ公女と一緒なんて神経をすり減らすだろうに、平民と公女なんていう訳のわからない組み合わせに混ざろうという猛者はいないらしい。
望み薄を悟り、ミリィは溜息を吐いた。爵位を邪魔だと思ったのは初めてだ。
「ごめんなさいね。私が公女に生まれたばっかりに……」
「生まれを後悔するレベルですか……?」
「そうだわ! 今すぐお父様と縁を切って平民に」
「ごごごごご冗談でもやめてください!」
シエラがもげそうな勢いで首を振る。それほどの意気込みでティーパーティーに臨んでいるミリィは、「そう?」と不思議そうに言った。
「でもそれしか方法は……」
ないのではないか。
そう言いかけたミリィは、近くのテーブルに視線を止めた。
視線の先では、銀髪の女子生徒がテーブルに着く生徒と何事かを話している。
(緑色のスカーフ……ってことは、あの銀髪の人は3年生ね)
彼女らはミリィの視線に気付いていないらしい。
二言ほど言葉を交わしたかと思うと、銀髪の生徒が表情を歪めた。かと思えば、とぼとぼとその場を離れてしまう。
おおよそ同じテーブルに着くのを断られたのだろう。気の毒だなと思いつつ、ミリィはふと思い至った。
そうだ。彼女を誘えば全て丸く収まるではないか。
「ねえ、そこの綺麗な銀髪をしたあなた」
離れたテーブルにも届くよう大きめの声で呼び止めると、周囲にある複数のテーブルがしんと静まり返った。
別に声を掛けるだけなのだから勝手にお喋りくらいしていても構わないのだが、声が通りやすくなったのはありがたい。
視線が集まるのを感じつつ、ミリィは振り返った銀髪の生徒に笑いかけた。
「私、ついあなたに目が止まったの。きっとその銀髪があんまり綺麗だったからだわ。……よければあなたをうちのテーブルにお誘いしたいのだけど、どうかしら」
周囲の視線が、ミリィから銀髪の生徒に移る。
不意に注目を浴びた銀髪の生徒は、見るからにわたわたと慌てながら震えた声で答えた。
「え、あ、あ、……いっ、良いんですか……!?」
「もちろん。ねえ、シエラ?」
振り返ると、こちらも緊張した面持ちのシエラがこくこくと頷く。
かくして、ミリィのテーブル3人分の席が綺麗に埋まった。
銀髪の生徒には遠慮してしまうくらい感謝された。こっちも友人がいなくて困っていたとは、なかなか言い出せない雰囲気だった。
そんな銀髪の女子生徒は、名をリズベルと言った。
子爵家の生まれで3年生。
植物に詳しく博識で、その知識の深さはシエラが目を輝かせるほどだった。
なんでもリズベルは、家のことが原因で友人が少ないらしい。
流石に深い事情は聞けなかったが、社交界で孤立しているからこそ、まさか公女から声がかかるとは思わなかったそうだ。ティーパーティーも憂鬱で仕方なかったのだとリズベルは言う。
「あ、わかりますそれ。私もミリィさんに声をかけてもらうまでどう仮病を使うかしか考えてなかったし」
「ええ。……公女様が家の事情を気になさらない方で、本当によかった」
なんて、ミリィはただ単に社交界の事情に疎いだけなのだが、素直に白状するのも野暮だろう。気を遣われても虚しいだけだと、ミリィは口を閉ざした。
「――失礼致します」
そう和やかな会話が広がるテーブルに、1人のメイドが声を掛ける。
パーティーの雑用に従事するメイドだ。
どこかの家から派遣されたのか、胸元に家紋の入った制服を着用している。
使用人との会話に慣れていないらしい2人に縋るような目を向けられ、ミリィはすっと片手を上げた。それを確認し、メイドは手に持つトレイをテーブルの中央に置いた。
赤を基調にした煌びやかなティーセットだ。
今回、ミリィたちのテーブルではこれを使用するらしい。
「綺麗なティーセットね。売り物じゃないでしょう?」
「生徒様のご家族が特別に誂えたものと聞いております」
「ふうん……。貴族の出資なんて、随分な気合いの入れようね」
メイドの細い手によってカップが目の前に置かれるのを眺めながら、ミリィはちくりと棘を刺した。
一応貴賤の境なく生徒を受け入れるというのがグランドールの建前だったはずだが、そこかしこから金の匂いがするのはどうにかならないものだろうか。貴族の『お気持ち』で成り立っている学園とはいえ、もう少し生徒間の格差をなくす努力くらいしたら良いと思うのだが。
そんな不満を抱えつつもう一度片手を上げると、メイドは一礼して場を下がる。
途端に緊張の糸が切れたのだろう。2人が同時に大きく息を吐き、ミリィは思わず吹き出した。彼女らの飾らなさが、ミリィにとっては好ましい。
ティーパーティー開始の合図が流れたのは、それから程なくしてだった。
このまま和やかに終わる、はずはなかった。