23 確かな変化
ティーパーティー本番は、その後1週間足らずでやってきた。
「すごい飾り付けだな……。これをたった2日で仕上げたのか?」
本番当日、関係者が開始準備に追われる午前10時。
だだっ広い中庭の会場を下見する最中、ギルバートが圧巻の光景に目を見張った。
「本当。1日で終わっちゃうのがもったいないくらい……」
確かに学校行事にしては気合いの入った設営だ、とミリィも頷く。そこかしこがキラキラしているし、これを見れば、生徒が毎年はしゃぐのも納得がいった。
「あーあーそうでしょうよさぞ素晴らしい飾り付けでしょうよ……。何せ騎士団の新兵どもがこれでもかってくらい設営に駆り出されてますからね!」
「……何でルキウスが不満そうなの?」
「俺も兵士の指揮役として駆り出されたんですよ! もうマジでめんどくさかった! 二度とやらねえ!」
一方で、ルキウスの方はこの華美な会場に随分と苦労させられたらしい。不満と疲労を隠そうとすらしていなかった。
「へえ、お前が指揮を? ティーポットに劇薬が仕込まれたりしていないか不安になるな」
「……ええ、俺も殿下がお使いになるポットに猫耳が生える薬とか入れてやろうと思いましたけどね。残念ながらティーセットには触れなかったもんで」
「……冗談だろ。真に受けるなよ」
真顔で返すあたり本当に面倒だったのだろう。ちょっぴり気の毒ではあるが、会場設営のためとはいえ、この若さで騎士たちの指揮役に任命されるのは流石ジョゼフ・ヘンリエックの息子だ。
きっと何だかんだ彼も才能を見込まれているに違いない。ミリィは心内で密かにルキウスの評価を修正しておいた。
「公女様」
そう3人で話していると、今度はニコラスとエドガーがやって来た。彼らも開始を前に会場の下見へ来たらしい。
「ニコラス。おはよう」
「おはよう。……この間はごめん、アイクのことで色々と」
「ううん、良いの。……私も冷静じゃなかったわ」
生徒会室での一件を思い出し、ミリィは恥ずかしそうに視線を伏せる。
母を侮辱されて気が立っていたとはいえ、怒りで我を忘れるのは子どものやることだ。ああいうやり方はこれっきりにしないといけない。
「それに、あのメモ見てくれたんでしょう? 茶葉もケーキも私が勧めたものばかりだったわ」
下見の過程で先ほど目にしたケーキと茶葉は、先日ミリィが渡したメモにあるものばかりだった。
きっと彼らはあの大量の紙束にしっかりと目を通してくれたのだろう。「ありがとう」と素直に礼を言うと、ニコラスは頬を掻いた。
「あ、……うん。むしろ助かったよ。僕たちじゃまともな案は出なかっただろうし……」
「そう……」
今まで1人で生きてきたミリィは、こう真っ向から感謝されることに慣れていない。
場にほんのりと生温かい空気が漂う中で、「でもさあ」とエドガーが口を挟んだ。
「メモはともかくあの挿絵はどうなの? 実物のケーキ見てみたらイラストとまるで違くてびっくりしたんだけど。何あれ、抽象画?」
「ぶふっ」
あまりにも直球すぎる言葉に、聞いていたルキウスが吹き出す。ミリィが睨み付けてやると、ルキウスは「何で俺だけ……」と呟きながら顔を逸らした。
「何となく公女様って何でもできるイメージあったけどさあ、アレ見て考え変わったよ。きみ結構美的センス終わってるとこあるよね」
「お、終わってる……」
「アッ、えー、まあ、そこも公女様の良いとこってことで……ウン、ハイ、じゃあ僕たちはこの辺でね、また後で」
不穏な空気を察したらしい。適当に会話をまとめ、ニコラスはエドガーの腕を掴んでさっさと場を去ってしまった。……あからさまな気遣いがむしろ物悲しい。
「あー、……何だ。……味があるっていう見方もできるんじゃないか?」
「ぐふっ」
加えてギルバートのフォローにもなっていないフォローで、流石にルキウスも笑いを噛み殺しきれなかったらしい。またも吹き出し、ミリィが間髪入れずその脇腹に肘を入れた。ルキウスは痛みで悶えたが、硬い骨のあたりを狙ってやっただけ優しくなった方だ。
「……べつに、言われなくても気にしてない」
「嘘つけ。じゃあ何でそんな不満そうなんだよ」
「ルキウスが笑ったから。……確かに絵は上手いわけじゃないけど、下手すぎるってほどでもないじゃない……」
つんとした態度で顔を逸らす。ミリィは完全に拗ねていた。
しかも2人して何か言いたげに顔を見合わせたものだから、余計へそを曲げたらしい。勢いよく方向転換をすると、ミリィはすたすたと歩き出した。
「じゃあ私、向こうでシエラが待ってるから。またね」
去りゆく背中に不機嫌と不満が滲み出ている。
その背をある程度まで見送った後、残されたギルバートとルキウスは同じタイミングで小さく笑った。人と関わり始め、年相応に振る舞うミリィが、彼女の幼少期を多少知っている2人には微笑ましく見えたのだ。