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21 それはきっと友情というもの

 生徒会室を出たミリィの足は、自然とある場所へ向かっていた。


「……この庭園……」


 眼前に広がる色とりどりの花たちに、思わず呟きが漏れる。


 この庭園は、時が巻き戻る前のミリィが好んで通っていた場所だ。アンジェリーナに杖を向けられ、呆気なく殺されたという嫌な記憶もあるものの、相変わらずここに咲く花々は美しい。


(……ここ、読書にちょうど良いのよね。人があまり来ないし、花の香りも鬱陶しくなくて)


 どこか懐かしささえ感じる控えめな香りを肺いっぱいに吸い込み、ミリィは庭園の中へと足を踏み入れた。


 確か少し歩いた先にベンチがあったはずだ。特に用があったわけではないが、何となく落ち着く場所で休みたい。


(……あれ)


 そう、記憶に従って歩くこと数分。

 目的のベンチに珍しく人影が見え、ミリィは足を止めた。


 女子生徒だ。俯いていて顔は見えないが、栗色の髪をひとつに結って肩口から垂らすシルエットには、どこか見覚えがある。


「……シエラ?」


 心当たりを呟くと、女子生徒がパッと顔を上げてこちらを見た。


 シエラ・レストレイブ。


 巻き戻り前の世界ではアンジェリーナに『ヒロイン』と呼ばれ、やけに絡まれていた女子生徒。ミリィとこうして顔を合わせるのは、入学式の時ぶりだ。


 シエラは目を見開くと、慌てて立ち上がって腰を90度に折り曲げた。


「ここここっ、こっ、公女様……! すみません!」

「……何を謝っているのかしら。顔を上げて」

「アッ、すみません、えっと……!」


 口をはくはくと動かし、シエラは目を泳がせる。


 相変わらずの怯えっぷりだ。ミリィは思わず吹き出し、それを隠すように口元へ手を当てた。ここまであからさまだと、もう笑えてきてしまう。


「落ち着いて、シエラ。私別にあなたを威圧しにきたわけじゃないわ」

「ぁ、えっと……」

「ねえ、ちょっとだけここでお話しよう。……雑談、みたいなの、私ちょっと憧れてたの」


 首を傾げて提案すると、シエラがこれでもかというほど目を見開く。

 それすら面白くって、ミリィは今度こそ笑いを隠しきれなかった。


「ねえ、なんでここに1人でいたの?」


 ミリィはベンチに腰掛け、隣をぽんと叩いてシエラに着席を促す。


 シエラは最初こそ戸惑っていたが、断るという選択肢をとれなかったのだろう。ベンチの端に浅く腰を下ろし、恥ずかしそうに答えた。


「あの、……い、息抜き、といいますか」

「息抜き?」

「あ、えと、大したものじゃないですけど。新しい環境にうまく馴染めなくて、それで……」

「……ここに来たの?」


 シエラは頷き、太ももの上に乗せた拳をきゅっと握る。


(……そういえば、シエラは爵位を持たない平民だってギルバートが言ってたっけ)


 魔法試験で好成績を残して入学を許可されたと聞いたが、半ば貴族学校と化しているグランドールじゃ、平民は息苦しく感じるのだろう。仕方のないことだ。


「……でも、あなたって1年A組でしょう? ギルバートなんて入学式であんなに話せてたし……あとグレイ伯爵令嬢も仲良くできそうじゃない」


 グレイ伯爵令嬢――つまりアンジェリーナは、巻き戻り前の世界ではシエラによく構っていた。


 もっともシエラの方は鬱陶しさを感じていたようだが、傍目に見て親しかったのは事実である。尋ねると、シエラは首を振って恐縮した。


「ま、まさか! アンジェリーナ様なんて私が声掛けられるわけないですし……」

「……そうなの?」

「ギルバート様も、入学式の時は王子様だって知らなかったんです。後から知って寒気がしました」


 肩を落とすシエラに目を細める。巻き戻り後の世界では、自称『悪役令嬢』のアンジェリーナはシエラに絡んでいないらしい。


(……変ね。アンジェリーナも巻き戻り前の記憶があるし、余計なこと考えてなきゃいいけど)


 そんな思案も知らず、シエラはひとつ息を吐いた。


「……このまま誰とも仲良くなれないままだったらどうしましょう。私、ティーパーティーのグループもまだ決まってないのに……」


 その声は震えている。

 ミリィはゆるく伸びをすると、そのままぽつりと零した。


「大丈夫、あなただけじゃないわ。……私もうまく馴染めなくてここに来たから」

「えっ?」


 シエラが素っ頓狂な声を上げ、ミリィを見やる。


 信じられないような顔だ。大公家の娘が対人関係で苦労しているなんて、夢にも思わなかったのだろう。


「私ね、家のことで知らないうちに人から嫌われてたみたいで」

「……」

「……仲良くしようと私なりに頑張ったんだけど、やることなすこと全部違ったみたい。結局、何をしても無駄なんだわ」


 大きな溜息が花の香りに溶ける。


 どうしようもない話だ。大公家そのものを憎んでいるアイクには、ミリィが何を考えたところで伝わらなかった。


「……ままならないわね。きっと人と関わるのに向いてないんだわ」


 今後、生徒会でどうしたら良いのかもわからない。


 そうぼんやりとした悩みに思考を沈めていると、隣のシエラが、そっとミリィの手に自身の手を重ねた。


「そ、……そんなことないです」


 震えた声が、ミリィの耳を揺らす。


 「え?」と首を傾げると、シエラが重ねた手に力を込めた。その瞳にはやけに熱がこもっている。


「た、確かに私も、最初は公女様のこと怖い人かもって思いましたけど……!」

「シエラ……?」

「でも、あの、今はそうじゃないってわかります。私みたいな平民にもこうやって声をかけてくれて、頭もいいし、強くて、公女様は憧れの人で……」


 シエラは辿々しく、しかしはっきりと口にした。


 揺れる瞳と視線が絡む。

 ミリィは目を見開いた。繋がる手から伝わる体温が、温かくて心地良い。


「わ、私、……公女様のこと好きです」

「……」

「良い人だって知ってます。ですから、あの、……公女様のこと嫌いって言う人は、きっと公女様のこと何も知れてないんです。それだけです。だって、こんなに優しくて可愛くて強い人なのに……」


 何とか言葉を紡ごうとするシエラに、ミリィは思わず口角を緩めた。


 はっとしてシエラが頬を赤らめる。「わ、私、余計なことを口走って……」と慌てふためく姿も、またミリィの笑いを誘った。


「ふふ、ありがとう。……何年ぶりかしら、『可愛い』って言われるのなんて」

「わ、あ、すみません公女様……! つい口が滑って、えと、嘘じゃないんですけど……!」

「うん、わかった。それにね、もう『公女様』なんて呼ばなくていいわ」


 手を離そうとしたシエラの手首を掴んで引き寄せ、ミリィはその桃色の瞳を覗き込んだ。


 綺麗な目だ。貴族や社交界の穢れなんてひとつも知らないような、まっすぐ前だけを見ている目。少しだけ羨ましさすら感じてしまう。


「ね、改めて自己紹介しましょう。私ね、ミリィ・アステアラ。ミリィ、で良いの」

「あ、わ、……わ、わたし、シエラ・レストレイブ……」

「うん。シエラ」


 でも、これだけ眩しくて羨ましいシエラが、自分のことを勇気付けてくれた。その事実が、ミリィの背を押してくれる。


(……ちょっと拒絶されただけで諦めるなんて、自分に甘すぎるわ)


 そうだ。確かな意志を持って生徒会に入ったのだから、いくら嫌われた相手がいようとせめて最後まで抗ってみるべきだ。


 ある意味吹っ切れたミリィは、その後10分と少し、人気のない庭園でシエラと他愛のない話をした。


 相変わらず所作はぎこちなかったが、シエラは優しくて面白い子だった。ミリィの下手な冗談にも笑ってくれたし、何より本の趣味が合うとわかったときは、嬉しくて飛び上がりそうだった。


 帰る時間が迫っていると言うシエラと別れたあと、ミリィは教室でギルバートとルキウスに会った。


 どうやらミリィを探して校内を駆け回っていたらしい。ギルバートにはこっぴどく叱られたものの、晴々としたミリィの表情を見て2人ともほっとした様子だった。


 ついでにルキウスには『絵のセンスをどうにかした方がいい』とからかわれた。

 気分がよかったミリィは、一発小突くだけで勘弁してあげた。

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