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19 再訪・生徒会室

 翌週の会議まで、ミリィはケーキや茶葉の調査をして過ごした。


 それも『本気』の調査をだ。会議を一度お流れにした責任のあるミリィの熱意は凄まじく、自ら王都を練り歩いて調査し、メイドを集めて品評会を開催したりもした。


 太ってしまうと嘆くメイドに喝を入れ、100項目を超えるチェックシートに評価を記載しながらスイーツを食したこの1週間をミリィは忘れないだろう。涙ながらに太りたくないと訴えるメイドと熱い対話を交わし、あわや掴み合いの喧嘩に発展しそうにもなった。


 2時間を超える話し合いの末『太るのは嫌だからみんなでエクササイズをする』という結論に落ち着いた後は、全員の絆が深まったというものだ。


 おかげで調査は捗ったし、何よりみんなでやるエクササイズが結構楽しくて驚いた。使っていない部屋を全面鏡張りにして無断でエクササイズ室を作った時は流石にカイルに怒られたが、今後は器具の導入も検討したいところである。


「ご機嫌よう」


 そうして迎えた会議の日。

 ミリィとルキウス、それにギルバートが生徒会室を訪れると、既に他の3人は席に着いていた。


(……よかった、アイクも来てるのね)


 あれだけのことをしたのだ。会議自体を休んでしまわないか心配だったが、アイクは生徒会役員の義務を守ったらしい。ぶすっとした顔で本を読んでいる。


 ミリィは先週と同じ席に腰掛け、ギルバートはミリィの隣に、ルキウスはアイクの隣に腰を下ろした。


「あ、……先週は大丈夫だった? 体調不良って聞いたけど……」


 すると、こちらも先週と変わらないぼそぼそ声でニコラスが尋ねる。……やけにびくびくしているのは何故だろう。まさかアイクと殴り合いの喧嘩でもおっ始めると思われているのだろうか。


「ええ。ギリギリ喉奥で押し留めたの」

「押し留めた……?」

「壮絶な戦いだったわ。あとで聞かせてあげる。……でも、その前にちょっといいかしら」


 ミリィは一呼吸置き、本から顔を上げようとしないアイクを見やった。

 全員、おおよその目的を察したのだろう。室内に沈黙が落ちる。


「アイク・イブライン」


 ぴくりと肩を揺らし、アイクは静かに顔を上げる。


 燃えるように赤い瞳が、侮蔑や嫌悪を纏ってミリィを見ていた。怒りは時間が解決してくれるとはよく言うが、彼の中の憎悪はまだ収まっていないらしい。


「ルキウスに聞いたの。……あなた、家のことで閣下に恨みがあるんですってね」

「……」

「申し訳ないのだけど、私あなたのことを知らなかったの。お父様とのいざこざで実の家族と引き離されて、今でも苦労している子どもがいるなんて夢にも思わなかった」


 4歳の頃、母親が亡くなってからというもの、ミリィの興味は自らの内側に集約されていた。


 勉学、魔法、研究。その全てに身を捧げていたミリィは、家の外のことを全く知らない。父親が社交界で何をしているかも、父親の影響で不幸になった人のことも、何も知らなかったのだ。


「私ね、先週あなたが怒った理由を自分なりに考えてみたの」


 極端に人との関わりが薄いミリィは、他人の気持ちを悟ることができない。


 だからこそ考える。考え、小説なんかも参考にして、こうではないかとあたりをつける。そうでもしないと他人の『普通』を推し量れないからだ。


「あのね、……あなた、私が無知だったから怒ったんじゃないかしら」


 ミリィが今回1週間かけて考察した彼の気持ちは、こうだった。


「は……?」

「辺境伯のもとに養子に出されて、しかもその仇のような大公の娘には何も知らない顔されて、だから怒ったんでしょう」


 ミリィは、アイクの赤い瞳を見据えた。


 彼は何も言わずに唇を噛む。予想は当たっていたらしい。アイクは、自分の父親がしたことも知らずに、能天気な顔をしたミリィに腹を立てたのだ。


「……あなたの苦労を何も知らなかったこと、謝るわ。ごめんなさい」


 ミリィは眉を下げ、そう謝罪した。

 アイクを養子に出さざるを得ない状況にしたのは、間違いなく父親だ。


 彼が大公家に恨みを持つのも当然だと思う。その娘たるミリィに矛先が向くのも、何も知らないミリィに怒りが湧くのも、なんら不自然なことではない。


「だから、……あなたも歩み寄った上で、認めてほしいの」

「……認める、だと?」

「仲良くしてとまでは言わないわ。だから――」


 そこまで口にし、ミリィは言葉を詰まらせた。

 子爵家とカイルの一連のいざこざに関して、ミリィには直接的な罪がない。


 だからこそアイクとは分かり合えると思うし、生徒会のためにも、きっと2人の関係は修復するべきだ。


「……だから、歩み寄りましょう。お互いに。私たち、知らないことが多いと思うの」


 ミリィを恨むアイクの感情は、とてもじゃないが正しいとは思えない。

 でも理解はできる。だからこその提案だった。


 お互いにとりあえず矛を納めて、歩み寄って考える。

 その上でミリィがやはり憎いのならそう思えばいいし、ならばミリィにも諦めがつく。


 コミュニケーション初心者のミリィが寝ずに考えた案だ。最善策ではないのかもしれないが、これが精一杯だった。


「……」


 アイクが唇を引き結び、室内に再び沈黙が降りる。


 そうして何秒が経っただろう。

 彼がミリィに向けたその瞳は、未だに燃え上がるような熱を秘めていた。



「ふ、……ふざけたことばかり言ってんじゃねえぞ。人の心がねえ悪魔に育てられた、クソ外道が……!」



 アイクを除く場の全員が、同時に目を見開いた。

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