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18 再会・悪役令嬢

「ギルバートに、ルキウス……?」


 ミリィの異様に良い耳が、アンジェリーナのか細い呟きを拾う。


 次いでミリィの視線を追ったギルバートが、その先を見るなり「ああ」と声を上げた。


「グレイ伯爵令嬢。これから昼食か?」

「あ、……あ、は、はい。あの、なぜミリィ様が……」

「そうか。なら、もうすぐ時間だから急ぐと良い。……ほらルキウスも。早く食べないか」


 ギルバートに急かされ、ルキウスは渋々とパスタをフォークに巻く。

 その様子を黙って見つめながら、ミリィは僅かな違和感を感じていた。



 ――自称『悪役令嬢』、アンジェリーナ・グレイ。



 時が巻き戻る前、自分を殺めた張本人。


 記憶の中のアンジェリーナは勝ち誇った顔でミリィを見下ろしていたはずだが、彼女は今、ミリィたちのテーブルを前に呆然としていた。


(……時が巻き戻ってから顔を見るのは、これが初めてかしら)


 時が巻き戻ったとはいえ、自分を殺した人間には変わりない。


 彼女を前にしたら我を忘れて殴りかかってしまうのではと危惧したこともあったが、いざ対面してみれば、ミリィの心は思った以上に冷静だった。


 否、怒りもあるが、それ以上に気になることの方が多かったのだ。


(彼女、なんだかやつれた? 髪質も悪くなったように見えるし……眉間の皺も深いわ)


 少なくとも、あの庭園で相対したアンジェリーナは、伯爵令嬢として最低限の身だしなみを整えていたはずだ。それが今じゃ、なぜか制服に付着する液体のシミも相俟ってなんだか滑稽な印象が強い。


「……グレイ伯爵令嬢? 昼食は良いのか?」


 彼女が何も言わないのを気にしてか、ギルバートが不思議そうに名前を呼ぶ。アンジェリーナはハッとした。


「あっ、あ……えと、すみません。そうですわね、どこか席を……」

「うちのクラスは次魔法生物学だったか? 遅れないようにな」


 それっきりギルバートはアンジェリーナから目を逸らし、のろのろとパスタを食べるルキウスにまた小言を言った。


(……何だか、動揺しすぎじゃない? 隠し事があるって言ってるようなものじゃない)


 ミリィも彼女から視線を外し、不自然さを出さぬようつまらなさそうな表情を貼り付ける。


 すると、席に移動したアンジェリーナがぼそりとまた何事かを呟いた。


「……あの女が、なんで攻略対象2人と……? あいつはギルバートと疎遠になってたはずじゃ……」


(……攻略、対象?)


 恐らく彼女の呟きを聞いたのは耳の良いミリィただ1人だろう。数人の取り巻きでさえ、近くにいる第二王子と公女に緊張してまともに聞こえている様子さえない。


 横目でその姿を観察しつつ、ミリィは眉間に皺を寄せた。


(『あの女』って、どう考えても私のことでしょうけど……なんか違和感があるのよね。瞬きの数が異様で動揺しきっているし、私のことを見る時、やけに早く目線を切る……)


 そこまで考え、ミリィの脳内にある仮説が浮かんだ。

 可能性は低いが、試してみる価値は十分にある説だ。


 数秒思案したのち、ミリィは口を開いた。


「ねえギルバート、来週のことなのだけど」

「ん?」


 わざとらしく幼なじみの名を呼べば、視界の隅でアンジェリーナが肩を震わせる。


 どうやら聞こえてはいるらしい。それで良い。


「来週、また生徒会の会議があるでしょう。ティーパーティーの件で」

「? ああ」

「当日、私の教室まで迎えにきてくれないかしら。こうして話すのも久々だし、あなたと一緒が良いの」


 ギルバートが言葉を失うと同時に、ルキウスがパスタを吹き出した。


「おまっ……! 汚いぞルキウス! 良い加減にしろ!」

「えっこれ俺のせいですか!?」

「お前だ! さっさと拭けさっさと!」

「いやだって公女様が急に変なこと言うから――」


 ルキウスが慌てて布巾でテーブルを拭き、ギルバートも落ち着かない様子で顔を赤く染める。そんな喜劇のような状況の中、ミリィはただ1人、アンジェリーナのテーブルに神経を集中させていた。


(……やっぱり。九分九厘そうね)


 ミリィがギルバートに「あなたと一緒が良い」と言った時。アンジェリーナは、あからさまに動揺してミリィたちのテーブルを見た。それも驚愕に満ちた表情でだ。


 ミリィたちのそれは、幼なじみの会話としては何ら不自然ではない。


 むしろパスタを吹き出したルキウスに目がいってもおかしくないものを、アンジェリーナはミリィに視線を留めて動かさなかったのである。


 諸々の情報を総合し、ミリィは結論付けた。


(汗も滲んでるし、呼吸の頻度も異常。……アンジェリーナ、やっぱりあなた、『前』の記憶があるんでしょう)


 ――アンジェリーナ・グレイは、恐らく時が巻き戻る前の記憶を保持している。


 彼女の所作全てが、それを如実に表していた。


(でもって、きっと私の記憶があることには気付いていない……)


 でなきゃこうも隠す気のない反応はしないだろう。ミリィにとっては都合が良い。


「あら、もうこんな時間。……じゃあ私、先に戻るから」


 そうとなれば、これからの行動も考えなくてはならない。さっさと立ち上がり、ミリィは手早く食器をまとめた。


「えっ、ミ、ミリィ……?」

「あ、来週の迎えは本当に来てちょうだい。良い? 待ってるから」

「あ……」

「あとルキウス」


 混乱するギルバートにそう注文をつけたかと思いきや、ミリィは去り際、布巾を手にしたルキウスに向き直る。


 それから、しっかりとその目を見据えると、よく通る声で告げた。


「私、ちゃんとあなたの幼なじみとは向き合うから。……その結果どうなるかはわからないけど、できるだけ歩み寄れるよう頑張ってみる」


 ルキウスの見開かれた瞳がミリィを映し、僅かに揺れる。

 アンジェリーナとの再会で話が逸れたが、元々の議題は、アイクとミリィの今後についてだった。


 アイクと幼なじみのルキウスも、きっと大公家を快くは思っていないのだろう。言わないだけで恨んでさえいるかもしれない。


 でも、それでも彼はミリィに気安く接してくれたのだ。

 ミリィにはその恩に報いる義務がある。


「それじゃあ、また後で。……魔法史の授業が退屈なのはわかるけど、次は眠らないようにね」


 そう言い残し、ミリィは絢爛に飾られた食堂を出た。


 残された2人は暫しぽかんとし、やや間を空けて、どちらからともなく顔を見合わせる。


 2人とも考えることは同じだった。


「……何というか、敵わないな。色々と」


 ギルバートが苦笑いを浮かべ、ルキウスが頷く。


 そんな中、『悪役令嬢』アンジェリーナ・グレイがただ1人呆然としていたことに、2人は気が付かなかった。

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