14 モチベーションは最高潮
そんな騎士としては落第点なルキウスによると、なんでもティーパーティーは毎年行われる恒例行事らしい。
主な目的は新入生の歓迎で、上級生と関わる初めての機会とあって、新入生はそれぞれ期待に胸を膨らませるそうだ。何とも微笑ましい行事である。
「で、その運営を生徒会主導でやるんです。2週間後の本番までに会場の設営指示から出すケーキの選定までしなきゃならないんですって」
「へえ……」
「ほら、明日は生徒会の集まりがあるでしょ? 絶対ティーパーティーの会議ですよ。あ〜やだやだ」
面倒くさそうに溜息を吐いたルキウスとは対照的に、ミリィは瞳を輝かせた。
「楽しそうじゃない。つまりは生徒会の共同作業ってことでしょ?」
「ええ……?」
「私そういうの憧れてたの。今夜にもティーパーティー用のケーキを探さないとだわ」
「そのモチベーションはどっから湧いてくるんですか……」
無論、友達が欲しいという思いからだ。なんなら、ミリィの脳内では既に提案したお菓子が大絶賛される図が描かれている。
(ふふ。『さすが公女様は選ばれるお菓子も一流』とか言われちゃうんじゃないかしら……。『こんな人と友達になりたい』とか思われたらどうしよう。友達になりたい人が殺到したら困るなあ)
ミリィ自身甘いものの類にあまり興味はないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。そうと決まれば市場調査に乗り出さねば。今日の夕飯はスイーツだ。
「ありがとうルキウス。おかげで友達100人も夢じゃないわ」
「ええ……? まあ、公女様が楽しいなら良いですけど……」
幸せな妄想を繰り広げるミリィを見て、ルキウスは呆れ気味に頬杖をつく。その口元には、どこか諦めたような、しかし微笑ましげな笑みが浮かんでいた。
「……友達100人なんて、前のあんたなら息してるだけで作れたと思うけどなあ」
思わず呟いた言葉は、妄想に浸るミリィの耳には届かない。
ルキウスは、過去に数度、ミリィ・アステアラと顔を合わせたことがある。
ミリィはまるで覚えちゃいないのだろうが、実は付き合いは古い方なのだ。4歳の頃、今と打って変わって快活だったミリィの姿を、ルキウスは今でも覚えていた。
(それが今じゃ、冷徹で勤勉な公女様ですけど)
ミリィの優秀さを風の噂で聞くたび、ルキウスは未だにほんの少しだけ寂しくなる。
きっと天真爛漫だった姿を知っているからだ。あの頃のミリィをちょっとだけ、本当にちょっとだけ好ましく思っていたルキウスは、余計にその気が強いのだろう。
こんなことギルバートに言おうものなら打ち首じゃ済まないだろうけど。
(……まあでも、今の顔はちょっと良いな)
ふっと笑い、ルキウスは誰のものかも知らない椅子から立ち上がった。
そろそろ授業が始まる。やけに楽しげな彼女の話はまた明日、思う存分聞いてやることとしよう。
◇◇◇
帰宅するなり、ミリィは侍女のビビに王都中のケーキを集めるよう頼んだ。
こんなまたとない友人ゲットチャンスを逃すわけにはいかない。生徒会での信用を得るためにも、とにかく必要なのは調査だ。
「とにかく美味しいのが良いわ。あと見た目が良いとポイントが高いわね。なんかこう……ピンクとか良いんじゃない? 多分みんな好きよねピンク」
あまりにふわっとした願いだったが、大公家の侍女は非常に優秀である。ビビはものの数時間で、ミリィの前に数々の甘味を並べて見せた。
ミリィはその辣腕ぶりに大層感激し、早速味見を行った。
自作のチェックシートに評価を記入し、味見し、記入し、ケーキを5つほど食べ、そうして『なんかもう今日は甘いものはいいかなあ』『生クリームで気持ち悪いし続きは明日にしようかなあ』と思ったところで、ミリィははたと気付いた。
「……あれ、ねえビビ」
「はい?」
「生物って腐るわよね」
傍らに立つビビが頷いた。
フォークを持つミリィの背に、冷や汗が伝った。
そして迎えた翌朝。
ミリィが教室の重厚な戸を開くと、ちょうど扉の近くでクラスメイトと談笑していたルキウスが、ぎょっとした顔でこちらを見た。
「え、公女様?」
その顔はどこか引き攣っている。ミリィは昨夜寝る前に読んだ『印象の良い挨拶の仕方』の本の内容をぼんやり思い出すと、軽く片手を上げながらぎこちなく頬を緩めた。
「お、……おはようルキウス」
「えっ、……もしかしなくてもそれって笑顔ですか?」
思いっきり怪訝そうな顔を向けられてしまった。これでも鏡の前で30分は練習した渾身の笑顔である。
「や、それよりどうしたんです? なんか体調悪そうですけど」
ルキウスが身を屈め、どこか顔色の悪いミリィと視線を合わせる。
ミリィは気まずそうに目を逸らした。図星だ。確かに今、ミリィはすこぶる体調が悪い。
「なんかありました? 流行りの風邪ですか?」
「い、いや……」
「医務室行くなら着いて行きますよ。公女様に倒れられでもしたら俺が親父に怒られるし」
「いや、あのね、えっと」
僅かに言い淀み、ミリィはそっと目を泳がせた。
「……昨日の夜、なのだけど」
後ろめたそうに両手の人差し指をつんと突き合わせると、何やら空気を察したらしいルキウスが眉を寄せる。その顔が呆れに満ちるのを感じて、ミリィは顔から湯気が出るかと思った。
「あの、…………ティーパーティーに出すケーキの試食で生クリームをいっぱい食べたらね、すごく気持ち悪くなっちゃって……」
「……」
「それでね、……あの、今日はちょっと体調が」
昨日のことだ。
ビビにケーキを山ほど用意してもらったミリィは、それらを食べすすめたところで恐ろしいことに気が付いた。生物は腐る、という自然の摂理にだ。
「……昨日のうちに食べなきゃと思って、メイドたちと一緒に頑張って食べたんだけど……」
「……」
「量が多くてね。……ちょっと残しちゃったぶんを今朝食べたらこんな感じに」
「……公女様って馬鹿なの?」
包み隠すことなく言ったルキウスに、ミリィは伏せていた顔をばっと上げた。
「違うわよ! ケーキとかあまり食べないし、ティーパーティーには本当に美味しいものを出したいなと思って……」
「そんで友達ができるかもって?」
「そ、それは、思ったけど」
「は〜〜……。何で変なとこでポンコツになんのかなあ、公女様って」
……全くもって言い返すことができない。友人という目的に向かって突っ走るあまり、ミリィはその他のことを何も考慮していなかったのだ。そんなのもう野生動物と相違ない。友達に飢えたイノシシだ。
「クリーム食いすぎて体調不良って聞いたことないですよ。風邪の心配とかした俺が恥ずかしいじゃないですか」
「ご、ごめんなさい……」
「もう今日の生徒会の集まりも欠席した方がいいんじゃないですか? あんた小さい頃から体調不良引きずるタイプでしょ」
「えっ、それは嫌!」
反射的に声を上げ、ミリィはぶんぶんと首を振った。胃もたれするほどたくさんの甘いものを食べたのも、重たい胃を抱えながら登校したのも、全ては生徒会の集まりに参加するためだ。そこだけは譲れない。
「大丈夫よ。お昼まで安静にしてたら治るし……」
「はあ。……まことに信じられませんが」
「本当だってば!」
「ええ〜……?」
いかにもな疑いの目を、ミリィは確かな意思を持って見つめ返す。
そんな熱意に負けたのだろう。ルキウスは手を伸ばし、首を振ったことで乱れたミリィの前髪を軽く整えた。
「……じゃあ、せめて吐き戻したりしないでくださいよ」
「当然よ。そんなはしたない真似しないわ」
「今日は一限から飛行術ですけど」
「……問題ないわ」
僅かに言葉に詰まったが、それもこれも生徒会の集まりに参加するためだ。
これも試練だろうと頷き、ミリィは決意を固めた顔で自らの席に向かって歩き出した。首のあたりにまだクリームが詰まっている気がした。