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13 クラス分け

「おはようございます、お父様」


 翌朝。

 制服を身に纏って食卓に現れたミリィは、ひと足先に朝食をとっていた父親に淡白な挨拶をした。


「ああ」

「本日もお天気が良くて素晴らしいですね」

「ああ」


 アステアラ大公家に、温かな家族の会話というものは存在しない。


 あるのは義務的な挨拶と形式的な会話だけだ。ミリィもそれには慣れていたし、特段改善しようという気にもならない。そんなことより考えるべきことが山ほどあるのだ。


(新学期は気を抜けないわ。もう明日には生徒会の顔合わせもあるもの)


 宣言通り、ミリィは生徒会への所属を決めた。


 報告した時の学園長の嬉しそうな顔ったらない。ミリィはただ単に友人がほしかっただけなのだが、あそこまで泣きそうな目をされては、なんだか良いことをした気になるものである。


(それよりまずはクラスに馴染むことからかしら。……巻き戻り前の私は控えめに言っても浮いていたし……)


 昨日のパーティーのために考えた大量の話のタネは、ひとつも消費することなく残っている。


 つまり昨日のパーティーではほとんど壁の花だったわけだが、それはそれだ。ミリィの予想では今日中に10人友人ができる予定だし、場合によっては至急予備の話題を用意せねばならないだろう。これから忙しくなるに違いない。


 そうご機嫌で海鮮スープを口にすると、突然カイルが口を開いた。


「……侍女から聞いたが、生徒会に所属したのか」

「はい?」


 ぱちりと瞬きをし、ミリィはスプーンを置いた。


 カイルはじっとこちらを見ていた。至って普段と変わらない、どこか虚ろな瞳である。


「ええ、まあ……」

「なぜ俺に報告しない」

「……お父様に報告する必要性を感じませんでした」


 学園内での決定権を持っているとはいえ、言ってしまえば生徒会なんてただの学内組織だ。娘に一切の興味を持たないカイルには不要な情報だと思ったのだが。


「……必要性、だと?」

「ええ、お父様もお忙しいでしょうし」

「違う。パーティーの件もそうだが、俺は父親に黙って勝手な行動をとるなと――」

「まあ」


 珍しく熱の入ったカイルの言葉を断ち切り、ミリィは口元に手を当てた。


「私の父親であるという自覚がおありになったのですか」


 心からの驚きの言葉を口だった。まさか、あの人道と倫理をかなぐり捨てたカイルに父親の自覚があろうとは。


「珍しいこともありますのね。明日は杖が降るわ」


 重い沈黙が落ちる室内でただ1人、ミリィは無邪気に笑う。


「……自覚も何も、お前は俺の娘だろう」

「ええ、そうですね」


 動揺を隠しきれない様子のカイルに淡々と答えを述べ、ミリィはスープを口にした。


 さっぱりとした塩味が、ミリィの好みにぴったりだった。



 ◇◇◇



 グランドール魔法学園では、学年毎に生徒を3つのクラスに分けている。


 クラス分けは無作為に行なっているというのが学園側の主張だが、何かしらの政治的意図を感じるというのが、生徒の間での通説だ。


 そんなわけで、実家の派閥、各々の親の意向諸々が重なり、ミリィは無事1年C組に組み分けられた。


「大公家の娘と第二王子を同じ組に振り分けないって学園は何を考えてるんだ……」


 そうぶつぶつと呟くギルバートはA組に組み分けられたらしい。自称『悪役令嬢』ことアンジェリーナと『ヒロイン』のシエラもA組だそうで、シエラと友人になることを狙っていたミリィとしては羨ましい限りだった。


 とはいえ、クラス分けは友人を作る絶好のチャンスだ。


 ミリィが鼻息荒く意気込みながらC組の戸を開くと、それまで賑やかだった室内が一瞬静まり返った。


(? ……変なの。何かしら)


 心なしかクラスメイトの表情が固い気もする。……顔に何かついているのだろうか。洗顔は念入りにしたはずなのだが。


 そう首を捻っていると、やけに軽やかな声で話しかけられた。


「おっ。おはようございます、公女様」


 ルキウス・ヘンリエック。昨日のパーティーでも会話した、軽薄な印象を受ける騎士団長の息子だ。彼も同じC組に振り分けられたらしい。


「おはようルキウス。ねえ、私の顔にエビとか付いてる?」

「えっ、エビ……?」

「うん。今朝海鮮スープを食べたの」

「いやスープ食ったからってエビが顔に付くわけねえと思いますけど……一応大丈夫です」

「そう……」


 じゃあなぜこうも静かなのだろう。ネガティブな理由でなければ良いのだが。


「……ああ、そういえば公女様」


 そんなクラスの雰囲気も意に介さず、ごく自然な動作でミリィの椅子を引くと、ルキウスは呆れたように言った。


「あんた、生徒会に入るんですって? ギルバート様が嘆いてましたよ」

「うん。友達が欲しくて」

「またそれですか……。まさか本気なんです?」


 本気も何も、そうでもしないと3年後に死んでしまうのだから当然だ。ミリィはどうにかして3年後までに友人にまみれた生活を送っていなければならない。


「もちろん。知ってる? 古語で、日々が充実している人のことを『リア充』って言うの。私それになるわ」

「『リア充』……」

「うん。あなたも生徒会に入るんでしょう? 暇なら私と一緒にリア充を目指せば良いわ」

「……前向きに検討しときます」


 そう言いつつ、ルキウスの眉間には思い切り皺が寄っていた。言葉と表情があまりにも噛み合っていない。


(でも……騎士団長の息子が生徒会に入るのはなかなか頼もしいわ。いざとなればジョゼフさんに話をつけられるし)


 ミリィが生徒会に入ることで、巻き戻り前との違いが生まれないか心配だったが、どうやら杞憂に終わったらしい。


 時が巻き戻る前の世界とこの世界では大きな差異もないし、以前の記憶も今後は役に立ちそうだ。生き残るために使えるものは使いたい。


「は〜……。やだなあ、生徒会。俺も親父に言われなきゃ断ってたってのに……」


 ミリィの隣に躊躇なく腰掛け、ルキウスは至極面倒そうに溜息を吐く。


 まさか席が隣なのかと思ったが、近くの男子生徒がぎょっとした表情を浮かべたあたり他人の席なのだろう。あまりにも自然な占領だった。


「聞きました? 生徒会って、今度のティーパーティーの運営にも携わらなきゃなんないんですって。ぜってえ面倒ですよ」


 聞き捨てならない単語が聞こえた気がして、ミリィはぱちぱちと瞳を瞬かせた。


「……今度ティーパーティーがあるの?」

「えっ、そこからですか?」

「え?」


 思いっきり目を見開かれてしまった。一応巻き戻り前に3年ほど学園生活を送ったミリィだが、学校でティーパーティーをした記憶など一切ない。しかもこの口ぶりだと恒例行事なのだろうか。


「え、マジで言ってます? 1年の教室なんてどこもその話題で持ちきりですよ」

「持ちきりなの……?」

「なのに知らねえって……。公女様ってどんだけ周りに興味ないの?」


 その言葉が、ミリィの癪に触った。


「……べつに良いわ。そんなの知らなくたって」

「あー、拗ねないでくださいって! わかりましたよ、教えますから!」


 思わず口を尖らせると、ルキウスが焦ったように身を乗り出す。別に周りに興味がないわけじゃない。ただミリィには情報が入ってこないだけだ。


「拗ねてないわ。怒ったの」

「あ〜はいはい……。公女様ってちょっとめんどくさいとこありますよね」

「……打首にしてやろうかしら」


 ぽそりと呟いた言葉にルキウスが顔を青くする。……目上に対する言葉遣いの本でも贈ってやるべきだろうか。

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