10 騎士団長の息子
アビリア王国騎士団の団長ジョゼフ・ヘンリエックは、国に対する忠誠心の塊のような人である。
ミリィに対してもこれでもかというほど礼儀を尽くし、加えて実力で騎士団の長まで上り詰めた非常に優秀な人物だ。そんな彼に息子がいるという話は、ジョゼフ自身から聞いたことがあった。
(それにしても……ヘンリエック様とは似ても似つかない人ね。なんか軽薄そう……)
騎士の息子らしく身体は鍛えているようだが、ミリィに対するこの砕けた口調もジョゼフが聞けば泡を吹いて倒れるに違いない。見れば見るほど彼の息子とは思えなかった。
「あなたのお父様にはお世話になってるわ。ヘンリエック様はお元気?」
「あー、まあ……。元気すぎて困るくらいですねえ」
「そう、ならよかった。最近お会いできていなかったし……」
そう途端にルキウスの歯切れが悪くなったところで、ミリィははたと思い出した。
(……そういえば、ルキウスって生徒会に所属するんじゃなかったかしら)
巻き戻り後の世界では、確か騎士団長の息子は生徒会役員になっていたはずだ。このパーティーにも参加しているのだし、彼はきっと今回も同じルートを辿るのだろう。
「で、公女様はなんでパーティーに参加してるんです? こんなとこ、公女様のお気には召さないもんだと思ってましたけど」
話題を変えたかったのだろう。ルキウスが強引に話を切り出し、近くのテーブルのチョコレートをつまんだ。彼からしてもミリィが社交の場にいるのは違和感があるらしい。
「あ、……いや、大した理由はないの。ただ興味があって」
「興味? 公女様って、パーティーより勉強が好きってタイプだと思ってましたけど」
「……まあ否定はしないけど」
「でしょ? どういう風の吹き回しなんです?」
全くもってその通りだが、ミリィはそんな現状を変えるためにここに来たのだ。
巻き戻りの前と同じ行動をとっては死んでしまう。生死がかかったこの状況で、人付き合いが嫌だなどと言うわけにもいかないだろう。
「私ね、友達がほしいの」
改めて言葉にすると恥ずかしくて声をひそめると、ルキウスが目を見開いた。
まるで信じられないものを見たような表情だ。そんな顔をされると余計に恥ずかしい。
「と、友達……?」
「そう。だからね、こういう場にも出てみようと思って」
そしてゆくゆくはアンジェリーナに復讐を、とは流石に口に出せないが、目指すべきところはそこだ。
「へえ。……なんか、まるで人が変わったみたいですね。公女様ってとっつきにくくて冷たい人だと思ってましたけど」
「……あなたはちょっと言葉を選んだ方が良いと思うけど」
「ああいや! 褒めてるんですって。俺はこっちの公女様の方が好きですし」
取ってつけたような誤魔化しだが、ルキウスの柔らかな笑顔の前に何も言えなくなってしまう。
きっと人当たりが良いのだろう。顔立ちも整っているし、女子生徒にも人気が出そうだ。生徒会でうまくやっていたのも頷ける。
(……私もこういう風になれると良いのだけど)
ぼんやりとそんなことを思い、ミリィは琥珀色にきらめく彼の瞳を見つめた。
ルキウスが僅かに首を傾げ、「ん?」と微笑む。付近から令嬢の黄色い声がしたのは、聞き間違いなどではない。
「……ううん。羨ましいなと思って」
「俺が?」
「そう。私、あなたみたいに朗らかに笑えないから」
ミリィは思わず手を伸ばし、高い位置にあるルキウスの頬に触れた。
「えっ」というルキウスの声が響き、琥珀の色の瞳が見開かれる。ミリィは考えた。きっと彼は表情筋が柔らかいのだ。無口で、しかも鉄面皮のミリィとは比べ物にならないくらいに。
「いいなあ……」
ぽそりと呟き、ミリィはひんやりとした自身の手を離す。
他人を羨ましがるばかりではいけない。もう少し表情筋を鍛えて、せめて自然と笑えるようにならなければならないだろう。それが3年後も生き残る近道だ。
「……いけない、私、まだ学園長に挨拶していないんだった」
「あ、……」
「ごめんなさい。また会いましょう、ルキウス。今度こそ名前を覚えておくから」
これだけ話して、顔もしっかり目に焼き付けたのだ。もう忘れなどしないし、友達とは言えずとも、自信を持って知り合いと言っていい間柄にはなれただろう。
(この調子なら、友達ができるのもきっとすぐだわ)
そんな自信を宿しつつ、ミリィはルキウスに手を振って場を後にした。
残されたルキウスは、しばし触れられた頬に手を当て、ぼーっとミリィの背を眺めていた。