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1 ラスボスと悪役令嬢

「ねえ、あなたってミリィ・アステアラよね?」


 学園の庭園で1人本を読んでいたミリィに、そう声を掛ける者がいた。


 名を呼ばれた少女――ミリィはぴくりと顔を上げ、艶やかな黒髪を耳にかける。まるで絵画でも見ているかのように美しいその横顔は、些細な違和感を覚えていた。


(……変ね。普段は足音に気が付かないはずがないのに……)


 まさか声を掛けられるまで気が付かないとは。それほど本に没頭していたのだろうか。


 己の失態に溜息を吐き、ミリィは鷹揚な動作で振り返る。そこには、やけに笑顔の女子生徒が立っていた。


 知り合いではないが、それでも知っている顔だ。学園でも何かと話題になる生徒で、確か伯爵家の生まれではなかったか。


「……『悪役令嬢』、アンジェリーナ・グレイ……」


 脳に辛うじて残っていた単語を振り絞ると、アンジェリーナはにっこりと笑みを浮かべる。


 グレイ伯爵家の長女アンジェリーナは、学園に入学した当初から不可解な人物だった。


 特に、自らを『悪役令嬢』と称する様はあらゆる生徒の度肝を抜いたことだろう。とにかくアンジェリーナ曰く彼女は『悪役令嬢』で、未来を全て把握し、そして世界を思い通りにできるらしいのだ。


 彼女と仲の良い――『ヒロイン』? と呼ばれた子が、辟易した様子で周囲にそう語っていたのを思い出す。

 どうやらアンジェリーナには、仲の良い子には妄想を聞かせる癖があるらしかった。


「あら、ご存知とは光栄ですわ。ミリィ公女」

「……もう公女ではないのだけど」


 わざとらしく『公女』を強調して言ったアンジェリーナは、まるで今気付いたとでも言うように口元を押さえる。……まさか知らないはずがないだろうに。


 ミリィの実家――アステアラ大公家がついひと月前に爵位を剥奪されたということは、今やアビリア王国中が周知する事実だ。


 学園でも大層話題になったのだし、アンジェリーナの公女呼びは嫌味に他ならない。


 恐らく、ミリィがどんな反応をするか楽しみで仕方なかったのだろうが、そのミリィの反応はと言えば淡々としたものだった。表情ひとつ歪めないミリィに、アンジェリーナは眉を寄せる。


「アステアラ大公――じゃなかった、アステアラ様はお元気? 爵位の剥奪で気を病まれていると聞いたわ」

「処刑されたわ。……つい先日」


 例に漏れず、これも嫌味だろう。しかしミリィの表情は変わらない。


 それどころか閉じた本をまた開いて読み始めたものだから、ミリィを無様に怒らせて馬鹿にしたいだけのアンジェリーナには面白くないようだった。眉間の皺が更に深くなる。


「まあ、それはごめんなさい。でも酷いと思わない? 処刑なんてそんな悲しいことする必要ないのに……」

「国を守るべき大公家が、自国を滅ぼすために他国と繋がりを持ったのよ」


 声色にも怒りが滲み出てきたアンジェリーナに視線をやり、ミリィは相変わらずの冷たい表情で続けた。


「……お父様があのまま突き進んでいたら、あなたも、あなたの家族も殺されてたの。『処刑なんてする必要ない』って、そんな温いことよく言えるわね」


 ミリィは、父親の所業に薄々勘付いてはいた。


 だが、それを止めることはしなかった。ミリィにとっての絶対は父親だったし、その結果ミリィがどうなろうと、ミリィは特段気にしない。


 ミリィは無関心なのだ。アンジェリーナのような失礼と冗談を履き違えたような人間に馬鹿にされても、何かを思うことはないのである。


 売国奴として処刑された父親のことも恨んでいないし、何なら親としては未だに尊敬してさえいた。ミリィが娘で、父が父であるからだ。それ以上のことはない。


「ひ、……人の心配も素直に受け取れないのね……? 公女様って……」

「……心配? あなたが?」

「そうよ! 温情で処刑を免れただけのくせに、学園にまでふてぶてしく居座って――」

「ふうん……」

「所詮あんたなんて、あたしにギルバートを奪われて発狂する可哀想な馬鹿女でしょう!」


 もう限界が来たらしい。アンジェリーナは怒りに顔を歪め、何やらきいきいと叫びながら歩み寄ってくる。


 白くなるほど握られた拳がアホらしい。案の定彼女は握った拳を振り上げると、令嬢らしからぬ所作でミリィに殴りかかった。


「……〈火花〉」


 が、その拳がミリィに届くことはない。

 ミリィが杖もなしに発動した魔法が、アンジェリーナの拳をはたき落としたからである。


 拳が空を切ったアンジェリーナは、信じられないものを見る目でミリィを見つめた。


「『ギルバート』だの『馬鹿女』だの……身に覚えのないことばかり言わないで。せっかくの会話がつまらなくなるでしょう」

「は……」

「……もう終わりで良いかしら、『悪役令嬢』さん。次はもっと有益なお話をしてね」


 彼女との会話に、読書を中断するほどの価値はなかったと言って良い。


 ミリィは興味を失ったように視線を落とし、本のページを捲った。嫌味も文句も、もっと捻ってくれるのなら面白いのに。あんな調子ではつまらなくて仕方がない。


(……なんで今まで関わりのなかった私に急に話しかけてきたんだろう)


 アンジェリーナが押し黙るばかりで去ろうともしない中、ふと浮かぶのはそんな疑問だった。


 ミリィとアンジェリーナが顔を合わせるのはこれが初めてだ。お互いすれ違ったところで挨拶すらせず、自己紹介もしたことがない、完全な初対面である。


(……そんな人間に、わざわざ嫌味を言うためだけに来たの?)


 だとしたらよっぽどミリィが哀れに見えたのか、それとも、預かり知らぬところでミリィに恨みでも抱えていたのか。


「……あんたなんて、もう未来もない負け犬のくせに……」


 いずれにせよ彼女が奇特な人物であることに変わりはない。自称『悪役令嬢』の考えることはわからぬものだと、ミリィは視線を動かすことなく更にページを捲った。


「あ、……あんたなんて、あんたなんて……」

「……まだ何か?」

「ゲームでも無様に死ぬだけの、ただの雑魚じゃない……!」


(……ゲーム?)


 アンジェリーナの声色はこれ以上ないほどに怒気をはらんでいる。


 もはや何を言っているのかさえわからない。ミリィは顔を上げ、そして僅かに目を見張った。


 アンジェリーナが、杖の先をこちらに向けているのだ。


「そもそもあんたが生きてるのがおかしいのよ! ミリィは父親の後を追って死ぬのが共通ルートでしょう!?」

「あなた、何を――」

「雑魚が死に損ないやがって……! 全部終わったはずなのに、ハッピーエンドになんないのはラスボスのあんたが生きてるからじゃないの!?」


 アンジェリーナが甲高い声で叫び、ミリィはここで初めて眉を寄せた。


 まるで何を言っているのか理解できない。どうやら『ラスボス』とはミリィのことを指すらしいが、ミリィ本人の身には覚えすらなかった。


「あんたなら何か知ってるかと思えば、とぼけたことばかり言いやがって……」


 アンジェリーナの手に力がこもり、握る杖がぷるぷると震える。


 瞬間的に身の危険を感じ、ミリィは自身の魔法でその杖を弾き飛ばそうとした。が、うまく魔法が発動できない。詠唱を口にできないのだ。


(……なにか、おかしい……?)


 心臓がゆっくりと音を立て、ミリィの額に汗が滲む。


 アンジェリーナの杖がはったりなどではなく、本当に魔法を使用せんとしているのは、ミリィも直感的に理解していた。


 彼女はミリィを害そうとしている。それも理解した上で逃げろと脳が言うのに、ミリィの身体はうまく動かなかった。まるで、世界にそう強制されているかのように。


「もういい。……ここで死になさい、『ラスボス』ミリィ・アステアラ」


 アンジェリーナの杖の先が鈍い光を発し始める。


「ああ、そうよね? もうあんたは大した魔法も扱えないでしょう? ……父親が死んで、爵位も失って、大公の加護が失くなったのだから当然だわ」

「アンジェリーナ……?」

「やっぱりゲームの知識は正しかった! これであんたも死ねば、ようやっとハッピーエンドに……」


 ハハ、と気が狂ったかのように笑い、アンジェリーナは何事かを呟いた。


 すると、杖の先から閃光が走り、眩しさに思わず目を細める。

 それでも口の動きをじっと見つめ、そしてミリィはおおよそ察してしまった。自らの行く末をだ。



「〈死よ〉」



 アンジェリーナがそう唱えたと同時、ミリィの身体が焼けるほどの熱を持った。


「がっ……!?」

「ああ、最高! 身の程知らずの馬鹿女が!」


 熱が、痛みが、苦痛が。


 何もかもが瞬く間に全身に広がり、ミリィは身を捩った。


 ベンチの上で倒れ伏そうとするミリィを蹴り飛ばし、アンジェリーナが高らかに笑う。ミリィは痛みと熱さに悶絶して呻いた。身体中が焼けるように熱い。喉が段々と締まっていく感覚に汗が止まらない。


「……ありがとう、ミリィ。あたし、これでハッピーエンドを迎えられるわ」

「ゔ、あ……っ」

「素敵でしょう? 前世から好きで好きで仕方なかったギルバート王子とやっと結婚できるの」


 そんなミリィの姿を見下ろし、アンジェリーナは汚れを落とすように靴の底を地面に擦り付けた。


 そうして一度目を逸らせば、もうミリィの方は見向きもしない。


「おやすみなさい、『ラスボス』。きっと灰も残らないわ」


 冷たく言ったアンジェリーナの瞳に、ミリィは映らない。


 数分後。苦しみもがき、しかし物語のように誰の助けも来ないまま、ミリィは命を落とした。


 薄れゆく意識の中で最後に感じたのは、身体が段々と消え失せていくような、そんな気味の悪い感触だった。

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