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月の蘇る-3-  作者: 蜻蛉
第十七話 運命
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 一つの天幕の中に、妙な緊張感がひりひりと突き刺さる。

 中に居たのは龍晶、朔夜、燕雷。

 入ってきたのは桧釐、宗温、皓照。

 かつての仲間であり、血縁であり、味方である筈なのに、敵同士が対峙するかのような空気。

 とてもそれは、互いの無事を喜ぶ再会の様子ではない。

「…俺達は邪魔だな。席を外そうか」

 燕雷が朔夜に向け言った。

 朔夜を巡って龍晶と桧釐の関係を壊すのは、燕雷とて望んではいない。

 それに、自分達は皓照と話を付けねばならないだろう。

「ああ…でもその前に」

 龍晶は立ち上がった燕雷を引き止め、朔夜に目を向けながら桧釐らに言った。

「こいつは何があったか全ては知らない。ただ、記憶を失う前に戻った、それは確かだ。そして俺は、こいつを連れ出した事は間違いだとは思っていない。こいつは仲間だ。国も反乱軍も関係無い、俺自身の仲間だ。それでもまだお前達にこいつを排除する気があるなら、俺は立場も何もかも捨てて戦うつもりで居る」

「…龍晶…」

 どうしてそこまで言ってくれるのか、と。

 様々な、静かな衝撃で朔夜は言葉を失った。

 少なからずまだ残っていた彼に対しての後ろめたさや蟠りが、ぽろぽろと落ちてゆく。

「殿下が無事なら、俺はそれが全てです」

 桧釐は言った。

「出立当初は怒ってましたけどね。これだけ待たされて、それも色んな心配な情報も聞いて、その上でこうして無事な姿を見れたんですから、今はそれだけで十分です」

 そして今度は朔夜に向けて。

「あれだけ大口叩いて不発に終わった戦での活躍、今度こそ見せてくれるんだろうな?殿下の為に」

「え…あ、うん。多分大丈夫…。龍晶が許してくれれば」

「別に俺の許可なんか関係無いだろ」

 苦笑いして隣に言う。朔夜は気まずそうに笑った。

「だって、お前の嫌がる事はしたくないし」

 龍晶は俯いた。

 それはそのまま、これからせねばならない戦への覚悟を問われていた。

「…うん」

 そして顔を上げて。

「皓照、あんたはどうなんだ?」

 朔夜そして燕雷も、固唾を飲んで返答を待っているのが伝わってきた。

 全てはこの男次第だ。朔夜の事も、戦の事も。悔しいが、それが現実だ。

 皓照は朔夜へ直接に告げた。

「二度目は無いと思って下さいね?」

 朔夜は。

 深く深く頷いて、言った。

「俺はあんたに抗うつもりは無いよ」

 燕雷はそんな二人に不満げな視線をくれて、止めていた動きを再開させた。

 何も言わずに朔夜の首根っこを掴んで立たせ、外に連れ出す。

「ちょ、燕雷…何…」

 驚いた朔夜も彼の無言に及ばすながらも察して、大人しく連れ出された。まるで猫のように。

 皓照がそれに続き、宗温もまた踵を返そうとして。

「宗温」

 龍晶が呼び止めた。

「こんな所まで…ありがとな。また後で」

 この場所で同じ窮地を潜り抜けた二人は頷き合って、一度別れた。

 二人きりとなった天幕。

「…怒ってるだろ?」

 宗温が居た場所から視線を戻さずに龍晶は訊いた。

「いいえ、拍子抜けしています。何もかも上手く行き過ぎていて」

 淡々と答える桧釐に龍晶はやっと視線をくれた。

「屍で戻ってくると思ってたんだろ」

「まーたそんな事を。でも正直、危惧はしていました」

「何度もそうなりかけたのも事実だけどな」

 天を仰いで龍晶は溜息を漏らし、従兄を手招きして横の椅子に座らせた。

 声を落としても聞こえる位置で、龍晶は告げた。

「…生きて帰ったというだけで、実際は屍も同然だと思ってくれ。お前だけには言っておく。この身は長くは持たない」

「また何を仰いますか。冗談がきついですよ」

「灌王が医師と結託して冗談を言ったのならそれで良いけどな」

 桧釐は驚いた顔で無感情なその顔を見返す。

 龍晶は他人事のように説明した。

「悪魔に切り刻まれた傷が元で臓腑が腐りかけているそうだ。今でこそ哥王のお陰もあって平気な顔はしていられるが…治ってはいない」

「痛むのですか」

「時折な」

 逃げるように顔を背け、己の荷を引き寄せてその中を探りながら、殆ど囁くように言った。

「俺が死んだら、お前がこの国を率いれば良い。お前しか居ない」

「は!?殿下、それこそ冗談でしょう!?」

 思わず上がった大声に、龍晶は真顔で応じた。

「反乱で国家を転覆しておきながら後は放り出す気か?それこそ悪い冗談だろ」

「それは…」

「どの道、俺はお前を城に入れて政をさせる気でいるからな。覚悟しておけよ?」

 龍晶が荷の中から出したのは、小さな磁器製の瓶だった。

「哥王から頂いたものだ。この大陸ではない、遥か海の向こうの国から取り寄せたんだと」

「何ですか?」

「痛みを麻痺させる薬だ。その国はここよりもずっと医学が進んでいるらしい」

 瓶の中の粉を水に入れ飲む。

 その様を桧釐は黙ってじっと見ていた。

「お前にも哥王に目通りして欲しかったな。素晴らしい方だった。まあ、香奈多殿と話が出来るだけでも幸運だし、これからの両国の為にもなるだろう」

 薬を飲み終えた龍晶は独り言のように喋っていたが、桧釐の視線に気付きふと顔を上げた。

「何だ?」

「…いえ。お変わりになられたな、と」

「俺が?」

「反乱の後の…未来の話をされるなんて、旅の前は考えられなかったので」

 反乱の後。全てが終わった時。

 それを自然に言葉に出来たのは、矢張り香奈多の言葉があったからだろう。

 民の為の政をする。夢で済ませてはならぬその日に向けて。

「その時俺が居るかは別問題だ」

 自分にも釘をさすような言い方をして、如何にも頭が重たいとばかりに卓へ突っ伏した。

「…この薬はどうも効き過ぎる」

 分かってはいるのだが、既に必要不可欠なものになってしまっている。

「お休みになりますか?」

 言いながら肩へ伸ばしてきた桧釐の手に手を重ねる。

「殿下?」

「…済まん。本当は生きて帰るつもりは無かった」

 言葉を失う桧釐に、龍晶は突っ伏したまま続けた。

「勝手に感じるだろうが、お前に預けたものはそのまま持ち続けていてくれ。俺なんかよりずっと適任だ」

「何を…」

 知れ切った言葉の続きは言えなかった。

 この肩に重荷を返す事が、本当に正しいのかどうか。自信が持てなくなった。

 余りに重たいものを背負い続けた小さな肩。

 これ以上は、本当に壊れそうな気がした。

「殿下が望むものは何ですか?」

 何か、希望を持って欲しかった。

 他人事の未来の夢ではなく、自分自身の希望を。

 重ねられた手が滑り落ちる。

 震える声が返ってきた。

「誰の死も、見ないで済むなら…」

 途切れた言葉の続きは無かった。

 その「誰」が指す人は明らかで、即座に察してしまった桧釐もまた継ぐ言葉を失っていた。

 これは、この問いと答えは、僅かな希望を潰えさせる凶器となってしまう。

 故に立場を捨てた彼個人には絶望感しかないのだ。

 未来への夢は、この国に生きる人々の幸福を願うこと、それしかない。

 それが幼少期に全てを奪われ、国家の犠牲者とされた人の姿なのだろう。

「殿下、これは提案ですが…」

 希望を掴み直させる術を考えていた。これしかなかった。

「北州に帰る前に、うちのお袋の所へ寄って行きませんか?」

「え?」

「いえ、最近考えてたんですよ。そろそろ北州に連れて帰っても良いんじゃないかって。今を逃すともう暫く会えないと思いますし。殿下だって親類縁者なんですから、無事帰国した挨拶の一つもして良いでしょう?ま、あの五月蝿さにうんざりしておられるのも分かりますけど」

「うんざりなんてしてない、寧ろ…」

 顔を上げて従兄の顔を見て、その真意を察したようだ。

「…行くよ。確かに挨拶の一つもしなくては」

 桧釐は大きく頷いた。

「ではそういう事で。俺はこちらの要人さんに会ってきます。何でも二か国語を操る天才少女らしいですね?」

「粗相の無いようにな」

「しませんよ。殿下はしっかり休んで下さいよ!これからが忙しいんですから!」

「うん…」

 虚ろな返事でも満足して、桧釐は天幕を出た。

 そこには、大人に取り囲まれる少年の姿があった。

 それも当然だと、桧釐はその輪に加わる。

 文句の一つや二つ言う権利はある筈だ。

 だが、間近に来てその姿を確認して、用意していた文句は飲み込んだ。

 項垂れた頬からぽろぽろと涙が落ちていた。

「だからさ皓照」

 燕雷がかつての相方を責める目で口を開く。

「これはもう終わった事だ。二度目は無い。お前は信じないだろうが、俺は断言出来る。ずっと間近でこいつを見てきたのは俺だからな。それでもお前は、こいつから自由も希望も奪うのか?果ては命そのものまで?俺は許さんぞ、そんな事。それが何だと言われるかも知れんが、とにかくお前がそんな愚行に走るのは許せない」

 言われた皓照はどこ吹く風だ。

「この点に関しては君と相容れられる気がしませんねぇ。ま、まだ数十年の付き合いですから、私も君のそういう所を見抜いてなかったという訳ですね」

「何だよ、そういう所って」

「愚行を犯したのは君ですよ、という意味です」

 燕雷は剣呑な目付きに変わり口を閉じた。

 矢張りこの男とは袂を別たねばならない。

「もういいよ」

 細い声で朔夜が言った。

「もういいんだ、燕雷。俺は、龍晶のあの言葉が聞けただけでもう十分だから。燕雷は自分の事を考えて。皓照といがみ合う必要は無い」

 そして改めて向き直って、深く頭を下げた。

「全部燕雷のお陰だ。ありがとう」

「…お前な」

 言ってはみるが言葉が続かない。

 それを掬うように、桧釐が言った。

「あんまり素直な物言いは、人を困らせるぞ」

 驚いて朔夜が振り返る。涙の跡はまだ乾いていない。

「ま、お前はそのせいで誰からも見限って貰えないんだろうよ」

 自身だって、この少年を救おうともがいた時があった。

 それを後悔する気持ちは無い。愚かだったとも思わない。

 立場上意見は皓照に近いとしても、燕雷のした事を愚行だとは思わないし、気持ちは解る。

「皓照さんよ、俺はまだこの坊ちゃんの本領を拝んでいないんでね。是非機会を作って貰いたいんだが」

「おや、そう来ますか」

 皓照は意外そうに目を見開きはしたが、口許は楽しんでいる。

「あんたらの戦に使うってのか?」

 燕雷は剣呑なまま口を挟んだ。

 桧釐は肩を竦める。

「俺は殿下に仕える身だから、殿下の望む通りにするだけ」

「それならよくよく話を聞いてみろ。龍晶はそんな事望んじゃいない」

「そんな事は分かってるよ。傍に置ければそれで良いんだろ?ただ、それで満足しないのは朔夜、お前だろ?可愛らしいナリはしてても置物じゃないもんな?」

「え?あ…うん」

「俺はお前の働きを見てみたいってだけだよ。何者にも操られない、お前自身の考えでの働きをな」

 きょとんと見上げる顔に、桧釐は片頬で笑いかけて。

「刀を交えた身としてな、お前の強さは認めてやってんだ。そうなると次は実戦で見たいじゃねえか、その戦いぶりを」

「お前、それは…」

 言いかけた燕雷を押しやって、朔夜は目を輝かせて桧釐に大きく頷いて見せた。

「うん!お前にそう言われたら、楽しみになってきた!」

「はあ!?」

 後ろで燕雷が心底呆れた素っ頓狂な声を上げる。御構い無しに朔夜は続けた。

「見てろよ、今度はヘマしないから」

 最初とは打って変わってうきうきとした顔で、周囲の大人を見回す。

「良いだろ?俺には刀振るう事しか出来ないんだし。それでもし龍晶や味方に迷惑になる事になったら、皓照が煮るなり焼くなり好きにしてよ。俺はそれで良い」

「お前な…」

 不満顔の燕雷の横をすり抜けて、朔夜は大人達の輪を抜けた。

「素振りしてくる!」

 言い置いて走り去る。花咲く野を飛ぶ小鳥のように。

 燕雷は相対する男達に怨嗟の込もった視線を向けた。

「あんな子供を弄んで何が楽しいんだ」

 別にそんなつもりは無い、と顔には出しても言葉には出さなかった。

「他人の人生だもんな?お前らにはどうでも良いんだろうよ」

 それは桧釐とて尤もだと思えた。

 誰が、他人の人生に責任など取れようか。

 言葉や状況で周囲が導いたとしても、選ぶのは本人だ。

 例え地獄への引導を渡したとしても、その別れ道で笑みを浮かべて手を振って見送る。

 自分はその両方の立場と成り得る。

「罵って気が済むならそうしてくれ」

 燕雷に言い、踵を返した。香奈多という少女を探し話をせねばならない。

 未来の為に何を犠牲にするか、龍晶と同じくそれを悩み迷っている。

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