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月の蘇る-3-  作者: 蜻蛉
第十ニ話 前途
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5

連れて来られた馬達を検分し、その中でも気に入った一頭の馬の鼻面を撫でる。

黒鹿毛の馬だが、毛色や面差しが何となしに玄龍(ゲンリュウ)に似ていた。

すると思考は必然的に別れた家族達へと向かう。佐亥(サイ)祥朗(ショウロウ)。今どうしているだろう。

自分が反逆者とされた影響が無ければ良いのだが。縁者として理不尽な目に遭っていなければ。

あの非道な兄の事だ。怒りを買った以上、覚悟せねばならないだろう。

否、それでも想像などしたくない。彼らが危険に曝されるなど、我慢ならない。

きっと、今頃この国の片田舎でのんびりと畑仕事をしている筈だ。少し大きくなった祥朗が笑い声を上げながら、真っ黒になって鍬を振るって。

その傍らで玄龍がのんびり草を食んで。

佐亥なら、きっと上手くやってくれる。何があっても。

そう、信じている。

「殿下はその馬にされますか?」

北州の民に呼び掛けて馬を集めた黄浜(コウヒン)が、後ろから問い掛けた。

振り向いて龍晶は頷く。

「ああ。良い馬だ。皆に礼をせねば。これだけの馬を集めてくれたお前にも」

「なに、皆が殿下に何かして差し上げたくて必死なのですよ。礼には及びません」

「だが…」

「出世払いで良いですよ、殿下!」

二人の更に後ろから、馬を引いてきた民の一人が叫んで、周囲に笑いが生まれた。

龍晶も申し訳なさそうに笑って、彼らに返した。

「皆の厚意は決して無駄にはせぬ」

笑顔で頷く顔に囲まれて、ほっと息を吐く。

この街は優しい。家族のように。

決して失いたくはない人たち。

『こちらの準備は済んだ』

旦沙那が人垣を割って近寄り報告した。

龍晶は頷く。彼には哥の仲間を取りまとめ、彼らと共に荷を纏めて貰っていた。

出立の準備が着々と整ってゆく。

『旦沙那、頼みがある』

龍晶が言うと、彼は軽く眉を上げた。

『この上まだ頼みがあると?』

彼には頼み事ばかりしている。揶揄っているだけなのは分かっているが、済まんと頭を下げずにはおれない。

『冗談だ。何だ、今度は』

『哥の仲間達を連れて、先に出立して貰いたい。案内役に黄浜達も一緒に行って貰う』

『先に、と言うと…お前は』

『後から追う。お前達には荷を運んで貰わねばならぬからな、少しでも距離を稼いで欲しいんだ』

『それは分かるが、後からとは…』

『俺にはもう少し待ちたいものがある』

言って、済まんともう一度謝る。

その『待ちたいもの』の理由は身勝手だ。

『そういう事なら別に構わん。俺達は国に帰れればそれで良いのだからな』

ああ、と答えながらふと目を逸らした。

目の端に有り得ぬものを捉えて。

反応は旦沙那の方が早かった。

斬りかかってきた白刃を、まだ鞘から抜けきらぬ己の刀で受け、龍晶に叫んだ。

『逃げろ!』

辺りは悲鳴と怒号に包まれた。

龍晶は数歩進んだ所で、目の前に現れた刃をすんでのところで躱して転んだ。

民衆の中に刺客が紛れていたのだ。

仰向けに手をついたままじりじりと後方に退がる。刺客は刃を向けて迫ってくる。

「殿下!」

人々の混乱を掻き分け、桧釐が駆け寄ってきた。

それを受け、刺客が刀を振り下ろした。

がつん、と硬い音を立てる刃を横目に龍晶は横に転がっていた。

刺客の舌打ちが聞こえ、彼らは走り去った。

「殿下、大丈夫ですか!?」

「ああ…」

桧釐に手を引かれて起き上がり、詰めていた息を吐き出す。

『油断ならんな。敵はお前を暗殺する気らしい』

旦沙那に刀を収めながら言われ、龍晶は顔を顰めて頷いた。

「俺を殺した所で何も変わらないだろうに…」

「またそんな事を。そう思っているのはあなただけですよ」

「いや…」

『逆効果だな。弔い合戦になる方があの民達には力を与えるだろう』

「そういう事だ。それが分からぬあの王ではあるまい。なのに…」

「え?彼はなんて?」

桧釐には旦沙那の言葉が分からぬが、龍晶は敢えて教えなかった。

「都は反乱の事をもう知っているのだろうか。或いは他に俺を殺す理由があるのかも知れぬ」

一人ごちて、屋敷に向かい歩き出す。

「殿下」

『旦沙那、出立は少し待ってくれるか?共に来てくれ。検討したい』

『分かった』

その歩き出した矢先。

『閣下!!大丈夫でしたか!?』

何処からとも無く走り寄ってきた若者に、思わず苦笑いした。

『大丈夫だ。見てたのかお前』

『すみません!閣下をお守りせねばならぬ所を、ついびっくりしちまって固まってました!』

『…まあ、俺も驚いたけど』

本気で頭を下げる丹緋螺を宥め、旦沙那に苦笑を向ける。

『良いのか?絶対なんか勘違いしてるぞこいつ』

『お前についての勘違いだろう?ならば俺が言及する事は無い』

『いやでも』

お前の仲間なんだろと言い掛けたが、旦沙那が意外な事を言い出したので口を閉ざした。

『この丹緋螺は若いなりに腕は立つ。必ずお前にとって必要な存在となるだろう』

『…それは』

哥の人間である彼を、己の部下のように使う気にはなれないのだ。

捕虜でありながら自由を求めた旦沙那も同じ認識だろうと思っていた。彼らには自分に従う義理など無い。

しかし、この言では丹緋螺を使えと言っているように聞こえる。

『閣下!おいら言ったじゃないですか!お手伝いしたいって』

龍晶はとうとう進めていた足を止めた。

『見ただろう?俺の側に居るだけで命懸けだ』

『分かっています』

『分かっている…?本当に?お前の命を懸けさせる程の俺では無いぞ。況して、異国の民に』

丹緋螺は泣きそうな、寂しげな顔をして龍晶を見た。

『異人のおいらでは殿下の信用に足りませんか?』

『そうじゃない。信用云々の話じゃないんだ』

『ごめんなさい。おいら、おこがましいお願いをしていました…』

『丹緋螺!』

しょぼんと肩を落として去って行く背中を追おうとしたが、後ろから旦沙那に肩を掴まれた。

『放っとけ。今はお前も奴に構っている時ではなかろう』

『…ああ…ったく!』

思い通りにならない苛立ちを返事に滲ませる。

確かに今はそれどころではない。

心に引っかかりを感じたまま、屋敷に入って問うべき人を探した。

「皓照!」

二階の回廊を歩く姿を発見し、階下から呼ばわる。

「どうしました?」

この距離で話せる事でも無いので、階段を駆け上がって彼に近付いた。

「何者かは分からぬが襲撃を受けた」

「ほう!お怪我は?」

歩きながら龍晶が報告すると、流石に驚いた顔を見せる。

「無傷だ。この二人が追い払ってくれた」

後ろからついて来た旦沙那と桧釐を指す。

皓照は頷き、あながち冗談とも思えぬ口振りで二人に言った。

「次は生け捕りの上、拷問して正体を割らせましょうね」

「え…あ、ああ…」

「その次がある前に俺は出立したい」

龍晶は言って、この男に問うべき事を口にした。

「あんたの知っている限りで教えてくれ。都にこちらの動きはどれだけ知れている?」

「と、言いますと?」

「たった数人で俺一人を襲う訳が解せない。都に反乱の事が知れたのなら王は一軍を差し向ける筈だ」

「ところが襲ったのはたった数人、と?」

「王が個人的に刺客を放っているのかも知れない。いずれにせよ、今日中に彼らを出立させても良いか判断したい」

「成程」

龍晶が『彼ら』と示したのは旦沙那だ。

哥の者達に先に出立して欲しいのだが、彼らまで襲撃を喰らわせる訳にはいかない。

「奴らの目的が俺一人ならば、離れて行動した方が良いだろうし」

「それで都の情勢ですね。しかし残念ながら、まだ詳しい報告はありません」

「そうか…」

「日数的に言えば、今頃退却した軍が王城に着いている頃ではありませんか?あなたを捕えるだけの簡単な任務の筈が、予想外の死傷者の多さに兄君は驚いているでしょうね」

「その原因がたった一人の男によるものだとしても、これは北州の反乱と見なされるだろう」

兄は信じぬだろう。こちらに悪魔をも殺す神の如き男が居る事を。

そして全ては北州と己の反乱とされる。その方が彼らにとって都合が良いからだ。

尤も、それは事実となるのだが。

「出立は急いだ方が良かろうな。日が経てば経つだけ、街道が通り難くなる」

これから北州を囲む街、そして道は軍によって封鎖されるだろう。

そうなる前にここを離れた方が良い。

「こちらはお任せください」

北州はこの男が居る限り心配無い。

頷き、後ろを振り返る。

『旦沙那、今すぐにでも出立してくれるか』

『了解した。気を付けて来い』

『ああ』

『丹緋螺にはお前の護衛をするよう言っておく』

虚を突かれて、去る背中に何も言えず。

確かに腕の立つ者を同行させる必要は有るのだが。

「殿下、どうしました?」

桧釐に問われ、龍晶は有りのままを答えた。

「丹緋螺を俺の護衛に回すそうだ」

「良いじゃないですか。護衛は何人居ても良い。足りないくらいだ」

「そうだが…」

「朔夜君をどうするのです?」

皓照が割って入って問うてきた。

「どうする、とは?」

「彼を連れて行くつもりだそうですね。彼が居るか否かで危険度は全く違うと思いますが」

「それは…どっちの意味で?」

「無論、居るだけで危険だと言っているのですよ!そうだろう?」

前のめりな桧釐の問いかけに皓照は苦笑して頷き、龍晶に告げた。

「申し訳ないのですが、私は彼を監視下から外す気はありません。今の状態ならば尚更です。あなたにとっても旅の無益な荷物にしかならないし、もしもまた悪魔となったら?あれの危うさはよくご存知でしょう?」

龍晶は口を閉ざし、反抗的に皓照を睨み上げた。

悪魔になどならない。否、そう言い切れないのは分かっている。だが、自分は朔夜を信じている。理解されないだろうが。

それに、悪魔になったとしても、この自分さえ仕留められれば奴は満足する筈だ。

皓照の掌で彼の命を転がされるのは、どうも納得いかない。

「翻意は無いようですね」

諦めた皓照の言葉に、何故か桧釐が済まなそうに声を掛けた。

「済まんな。うちの殿下は頑固者だから」

「構いません。人間の愚行には慣れています。連れて行かせない手を考えるだけです」

龍晶は足音荒く踵を返した。

唇を噛み、拳を握り締めて。

行く当ては無く、ただ彼らから離れたいだけで足を進めた。

確かに愚かだ。そんな事は自分が一番よく分かっている。

このまま、あの二人の描く筋書き通りに事を運べば良いのだ。それで大多数の人は救われる。

もしまた悪魔が現れては全てぶち壊しとなる。その危険性を削除する必要性も理解出来る。

それでも。

「そう不貞腐れるなよ」

後ろから神経を逆撫でする呑気な声を掛けられて、振り向きざまに睨み付けた。

しかしその相手を確認して、敵愾心は解けた。燕雷だった。

「怖い顔するなって。俺はお前の意見には賛成なんだから」

「分かっている。悪い。つい苛立っていて」

睨んだ事を謝って、気持ちを落ち着けて燕雷に問うた。

「聞いていたのか」

先刻の会話を。

「聞きたくなくても聞こえるよ。こう近い所で話されてたら」

「いや…それなら話が早いというだけだ」

責めたい訳ではない。問いたいのだ。

何が正しいのか。どうすべきなのか。

否、その答えは分かっている。それに抗う理由が欲しい。

「自分が馬鹿な事を言っているのは分かっている。それでもだ…あいつらの言う事を聞く気になれない」

「そりゃそうだろうさ」

「確かに最悪の事態となれば俺には何の始末も出来ない。無責任だと言われても仕方ない。だけど…」

「正しいかどうかの問題じゃないだろ。お前がどうしたいかだ」

正しさを問える問題ではない。未来に答えなど無いのだ。

「…良いのか?」

「だから俺は最初から賛成してるって。俺だって朔をここに置いておくつもりは無いんだからな。あいつは灌に連れ帰らなきゃならん」

「灌に?」

「通るんだろ?」

龍晶は頷くが、己が行こうとしているのは哥だ。

その戸惑いが表情に出たらしく、燕雷はひらひらと手を振って言った。

「分かってるよ。お前は哥まで行くつもりだろうが、今の状態のまま連れて行く訳にもいかんだろ?」

「それは、まあ…」

「だから、とにかく灌まで戻って、そこまでで様子を見れば良い。朔が意思決定出来るようになれば、あいつがやりたいようにさせれば良いさ。そうでなければ灌で俺達が引き取るよ。とにかく、あいつに会わせなきゃならない娘が居るからな」

「それは…」

記憶を辿って、朔夜が発した名を探す。

「…華耶(カヤ)という人?」

「ああ。何だ知ってたのか」

「彼女を自分の力から守る為にこの国に来たんだと、あいつ自身が言っていた」

「そうか、それを話していたか。朔はお前さんを信用してたんだな」

「そういう事なのか?」

「信用が無ければ話さないだろ。己の欠点も、何より大切な人の事も」

「…そういうものか」

もう遠い昔のようだ。

あの頃は、互いに固い信頼があった。

「とにかく、重要なのは朔を皓照の手元から離す事だ。それはお前も同意なんだろう?」

問われて、頷く。

この国の事を彼に任せる以上、龍晶からはその真意を言い出し難かった。

皓照の力は認める。それに頼る他は無い。しかし、人としては何処か信用し切れない。

その皓照に、朔夜の命運を握らせる気には到底なれない。

「よし。決まったな。問題はどうやって朔を連れ出すかだ」

「手を打つと言っていたが」

「それだ。ちょいと見に行ってみるか」

言われるままに朔夜の居る部屋までついて行く。見張りでも立てたかと思ったが、まだ何の変化も無い。

「脅しか?」

いや、と燕雷は首を振って扉を開けた。

難無く扉は開く。

中へと入ろうとした龍晶を引き止めて、燕雷は扉のあった場所に手を翳した。

「…あるな」

何が、と問うと燕雷はその何も無い空間を叩く素振りをした。

「壁を作りやがった」

「は?」

意味の分からぬまま、腕を伸ばそうとして。

手が何かに当たった。

その、燕雷が叩く素振りをしている何も無い空間に。

えっ、と思わず声を漏らしてそれを触る。

前後左右、どこを触れて確かめてもそこに何かがある。そしてその向こうに手は届かない。

「壁…?見えない壁を作ったと言うのか…!?」

「あいつがよくやる手だよ」

絶句して見えない壁を叩く。壊れそうにもない。

「近付けもしないか…。さて、どうしたものか」

さして困った風も無く呟く燕雷を、眉を顰めて見る。

「諦めるのか」

「いやいや、そんなつもりは無い」

苦笑しながら周囲に人の気配が無い事を確かめて、声を潜める。

「…先にお前が出発しろ」

「何?」

「諦めた振りをしてここを発つんだ。そうすれば、あいつはこの壁を消す」

「それでどうする?」

「俺が朔を連れてお前を追い掛ける」

「お前が?」

龍晶は目を見開いて問い返した。

「あの男を騙すのか?」

「ま、そう簡単にはいかないかも知れんが。ま、どんな手を使ってでも朔と灌に向かうさ」

そこまで言い切るのなら、任せてみようと思った。

そしてふと、疑問が口を突いて出る。

「お前と朔夜が灌に戻るなら…於兎は?」

「へ?」

こちらは全く頭に無かった。

そしてさして考えもせずに答える。

「別に、残しとけば良いんじゃないか?男ばっかりの旅路に混ぜる訳にもいかんだろうし」

「え、今更…?」

「大丈夫だよ、あいつなら一人でも灌まで走って帰るさ」

「滅茶苦茶だな」

失笑されて燕雷は苦笑するより無かった。

「まぁ良い。そういう事なら出立する」

踵を返し、龍晶は階下に向かおうとして。

ふと朔夜の居る部屋の前に立ち止まり、その透明な見えない壁を通して彼の姿を目に入れた。

「朔夜」

相変わらず反応は無いが。

「待っているからな。俺もだが…お前を待つ人の為に、必ず来いよ」

波一つ立たぬ湖畔の水面のような瞳。

それがいつか再び輝きを取り戻す日を信じて、龍晶は背を向け歩き出した。


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