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月の蘇る-3-  作者: 蜻蛉
第十ニ話 前途
3/60

3

物音に薄眼を開けると、溢れる光にくらくらする。

呻いて、重い腕を眼の上に被せる。

『気分はどうだ?』

問われて、また後悔が募る。

酒宴、と言った以上つい飲んでしまったが、すっかり忘れていた。

自分の身体はまだ完治していない事を。

お陰で昨夜は散々だった。飲んで間も無く気分が悪くなり、何とか人目を逃れて吐き出したは良いが頭痛と腹痛が酷く、そのまま昏倒していた。

薄っすらこの旦沙那に支えられてここまで来た覚えはある。

「殿下、水です。飲めますか?」

黄浜が杯を持って来たので、ずるずると起き上がる。

『…大丈夫だ。と言うより、這ってでも街に戻らねば…』

杯を受け取りながら旦沙那に答えると、呆れた顔で返された。

『全く、だからお前は馬鹿者だと言うんだ』

悔しいが尤も過ぎて返す言葉も無い。

『無理に無理を重ねる事はあるまい。そこの者に伝言を頼んだらどうだ?我々は数日くらい待ってやる』

『ああ…』

事を急ぎたい理由は二つ。一つは早く戦の準備を整えたい。王側に事が露見して先手を取られたくは無かった。

もう一つは、彼ら哥の捕虜達を、一日でも早く故国に帰してやりたかった。

しかし当の本人に待ってやると言われたなら、焦る意味も無くなる。

「黄浜、街に行って桧釐に伝言して貰っても良いか?帰るのは明日にする、と」

「勿論です。行って参ります」

「済まない」

黄浜を見送って、深い溜息が出る。

『…済まん』

旦沙那にも謝る。情けなくて他に言える事が無い。

『それで良かろう。まだここに来た目的をお前は果たして無いしな』

『え?』

何だったか、考えている間に旦沙那は外へ顔を突き出して何やら呼ばわった。

程なく、自分と同い年くらいの少年が走り寄って来た。

あ、と龍晶は小さく声を上げる。

そう、元はと言えば、彼を紹介してくれと無理矢理旦沙那を連れて来たのだ。

丹緋螺ニヒラだ』

実直そうな、朴訥とした佇まいの少年。

浅黒い色の顔から、笑うと白い歯が眩しい。

握手を求められたので手を差し出す。

『会えて光栄です、閣下』

『……龍晶と呼んでくれるか?』

閣下とは、違和感が半端無い。

『そうだ丹緋螺。こいつは立場こそ変わっているが、中身は普通の頭の悪い子供だ。お前の友人と思って振る舞えば良い』

『おい、随分だな』

旦沙那に苦い顔をして、改めて少年を見上げる。

随分背は高くて体格が良い。軍で鍛えられているだけある。

対して、握手した自分の手は色白で余りに華奢で、また情けなくなってくる。

『良いなぁ』

それがそのまま呟きになって、首を傾げられた。

自分で自分に苦笑して、急いで弁明した。

『いや、このくらい強ければ俺もこんな事にはなって無かったと思って。お前、歳は?』

『十六です』

一つ下かよ、と内心更にがっかり来ているが何とか持ち堪えた。

『これから哥に戻るのか?親は国で待ってるんだろ?』

問うと、目に見えてその厚い肩が萎んだので龍晶は焦った。

『済まん!何か気に障ったか!?』

『いえ…おいらは口減らしで軍に入ったんです。兄弟が多過ぎて。だから、親元には戻れません』

『ああ…そうなのか。それは悪かった』

『その子は十にもならぬ頃に軍に預けられたんだ。それから親の顔を見た事も無い。哥にはそんな子供がざらに居る』

『…厳しいんだな』

旦沙那の説明に頷いて、改めて丹緋螺に向き直った。

『生きているならまた会える事もあるさ。それよりも、お前がどう生きていくかだよ』

『閣下、おいらやりたい事があるんです!』

『いやだから…』

何故に閣下だ。

構わず丹緋螺は続けた。

『おいら、閣下のお手伝いがしたい!だって、おいらとそんなに歳の変わんねえ閣下が、国を動かすってすごくかっこいいじゃないですか!おいら、その仲間になりたいんです!』

思わず噴き出した。

済まん、と謝りつつも笑いが止まらない。

何だか途轍もなく純粋過ぎる。世の中の同世代とはこんなものだろうかと考えるが、比較対象が朔夜しか居なくて諦めた。

『おい、良いのか止めなくて』

旦沙那に問うたが、肩を竦められた。

『本人たっての希望だ。止める理由なんか無い』

『ああ…』

それはそれで難しい問題だ。

頭を掻いて、とりあえず、と言ってみた。

『共に哥の都までは来てくれるんだろ?そこで正式に軍を抜ける許可が下りれば、俺も考えてやる』

『本当ですか閣下!?』

『だから……もう良い』

これはもう癖のようなものだと考えて、呼称については諦めた。


丹緋螺の無邪気さのお陰か、昼過ぎには随分気分も治ってきたので龍晶は外へ出た。

あれだけ滞在しておきながら、まだこの里をきちんと見た事が無い。

昨日の焚火の痕。まだ燠火が残され、ついでとばかりに串に刺した魚が焼かれている。

その向こうに畑がある。

まだ心許ない苗の上に、霜除けの小さな覆いが作られていた。

小さく笑む。

少しは、ものの役に立てたようだ。

「殿下」

呼ぶ声に振り向いて、おお、と顔を綻ばせた。

蓉等ヨウトウだ。この覆いを作った当人。

「大丈夫ですか?」

誰もに訊かれるこの第一声に、思わず苦笑して頷く。

「畑、上手くいってるみたいだな」

逃げも含めて問い返すと、彼は嬉しそうに頷く。

「殿下のお陰です。哥の人達もよく協力してくれます」

「そうか。何よりだ」

言って、話題を探して首を巡らせる。

少し離れた場所に人だかりが出来ていた。

「あれは?」

「ああ、新しく畑を作ろうと耕しているのですが、ちょっと困った事になっていて」

「何だ?見てみよう」

鍬を手にした男達を掻き分けて、その現場を見てみる。

「この通り、こんな石がごろごろ出てきて。どうもこの下は岩盤になっているようです」

「ふうん…」

赤黒いような石が積み上げられている。

それを手に取って眺める。

「随分重いな」

『こいつは鉄鉱石だ』

哥の言葉に振り向く。

その男は同じ石を手にして龍晶に教えた。

『親父が商いをしていたから間違い無い。これは鉄だよ』

『本当か?』

問い返し、周りを囲む人々に教えた。

「これは鉄だそうだ。こんなに出て来るとなると、ここは鉱脈なのかも」

「そうですよ殿下。この北州は、金のお陰で忘れられていますが、鉄の産地でもあるんです」

「そうなのか!?知らなかった」

「今の王様は金ばかり掘らせていますから、知らないのも無理は無いですよ。そこの使われていない坑道も、元は鉄を掘るための穴なんですから」

初めてこの里に来た時抜けてきた坑道。

使われなくなったのは、鉄鉱脈だったから。

へえ、と鉄鉱石を見やりながら、ふと哥の男に訊いた。

『哥軍の武具が不揃いなのは、鉄が無いからか』

自国の不備を指摘されて顔を顰める者も居る。

『ああ、済まん。だが気になっていた。捕虜にされた時に見たのだが、陣の中に揃えられた武器に統一感が無くてな。あれは様々な戦場で拾ってきた物を使い回しているのだろう?騎馬で使うから戦場では気付かないだろうが』

『その通りだが、それがどうした』

『これは良い土産になるのではないかと思ってな』

言いながら、軽く石を持ち上げる。

『どうだろう?哥王朝にとっては、これは金よりも欲しい石ではなかろうか?』

男達が互いに顔を伺い合う。

鉄が取れない、これは哥にとって最大の弱点だ。それを知られてしまった以上、この龍晶に付け入らせても良いものか。

『お前、本当に哥との戦を止める気なのか』

弱点を知られて何より不利になるのは戦だ。

龍晶は力強く頷いた。

『ああ。戦はしない』

『ならば…それを都に持って行くが良い』

頷いて、持っている石をその男に投げ渡した。

驚き、受け取った男ににやりと笑いかけ、彼らに告げた。

『皆で出来るだけ掘り出してくれ。荷車に積んで哥へ贈ろう』


報せを受けて、桧釐は玄関に走った。

多少走るくらいなら出来るまでには快復した。誰かのお守りから解放されたお陰で。

「殿下!…っあ?」

目に入ってきた光景が想定と全く違うもので、思わずつんのめった。

予想外の大人数と、荷車がニ台。

「おう、桧釐。今戻った」

快活に龍晶が挨拶して、後ろに指示を出す。

「荷は裏へ回して置いておこう。手の空いた者から中へ。出立まで英気を養っておくと良い」

どやどやと人が動く中、桧釐は流れに逆らって龍晶に近寄らねばならなかった。

「殿下!どういう事ですか、これは」

「哥への足止め料だ。取り敢えず俺達も入ろうか。連中にも説明したいし」

言って、先々進んでしまう主人を桧釐は必死で追った。

「殿下!足止め料って何なんですか!?一体何を運んできたんです!?それに、彼らは!?」

「だから、纏めて説明するって。聞きたければ皆を呼んで来い。客間で待ってる」

「だー、もう!帰ってきたそばから人使い荒いな!」

悪かったな、と笑ってやる。

と、ばったり顔を合わせたくない御仁に会ってしまう。

「あっ!王子様!聞いたわよ、二日酔いになって帰れなかったって!」

「ああ…」

於兎に詰め寄られて目を泳がせる龍晶。

「まだ若いんだから、そんな大酒を飲むんじゃありません!寿命を縮めるわよ!?」

二日酔いじゃないのに、と思いつつも言ったら言ったで面倒なので黙って聞く。

近所のお爺さんも酒の飲みすぎで…と演説の始まりそうな所へ救世主がやって来た。

「殿下!お帰りなさいませ!」

「宗温!」

色々あったが、今ほど彼を見て嬉しかった事は無い。

彼に走り寄ってさっさと客間の扉を開け、於兎から逃れた。

「良い所に来てくれた」

扉を閉めて苦笑しながら宗温に告げると、彼も心得ていたようで笑いながら頷く。

後から来たらしい誰かに抗議している声が聞こえる。

「しかし殿下、また新たな趣向が始まりそうですな?」

人で溢れだした屋敷内を宗温はそう評した。

「それを今から説明する。それより、あいつは?」

忘れていた訳ではない。ずっと気持ちのどこかに引っかかっていた。

「まだ、あのままです」

「そうか…」

顔を曇らせ、窓から陽の高さを確認する。

そろそろ傾きかける頃だ。

「死んだ人間がそう簡単に蘇る訳は無い…よな」

「そうです殿下。まだ時はあります」

頷く。その時、扉が開いて皓照と桧釐が入ってきた。

於兎の口攻めから漸く逃れてきた、という体である。

「いやはや、参りました」

「殿下、どうして俺達があなたへの文句を聞く羽目になるんですか」

「ああ、それは悪かったな」

全く悪びれない。

「本当に人使いの荒い…。それで?集める人は集めましたよ?」

「よし。話は簡単だ」

前置いて、面々を見て。

「今日ここに運んできた荷と人は、哥への停戦を呼び掛ける為の材料だ。あの荷は鉄鉱石。哥にとっては金よりも価値のある物だそうだ。それと捕虜を返す見返りとして、停戦の交渉をして来る」

「殿下…その言いようだと、哥に行くのはあなたと聞こえますが…」

恐る恐る桧釐が訊く。

「ああ。俺が直接向こうと話すが?」

何の文句があるんだとばかりに返され、桧釐は天を仰いだ。

「どうしてそうなるかなぁ…」

「使者を立てる訳にはいかないのですか?」

言葉を失う桧釐の代わりに、宗温が至極当然の質問をする。

「使者で向こうが納得すれば良いが、そうはいかぬだろう。哥にとっては一世一代の好機だ。それを抑える説得をせねばなるまい?」

「それが殿下には出来ると?」

一番問われたくない所を鋭く突いてきたのは皓照だった。他の者には言えぬ所ではある。

「さてな…。やってみなければ分からぬ」

それが正直な所だ。

「だが、俺が話をしたいんだ。この為に習得した言語でもある。他の者に通訳越しに話をさせるよりは確実だと思う」

「それは、確かにそうですね」

こちらにはそこまで哥の言語に通じた者は居ない。かと言って、向こうにもそんな者が居るとは限らぬし、意味を曲解して伝えられる可能性もある。

「しかしですね、殿下…危険だとは思いませんか。まだ哥は敵国なんですよ?そんな所にのこのこと、これから王になろうかというお人が足を踏み入れて、無事で済むとは思えませんが」

「俺に何かあっても謀反は出来るだろう?」

「殿下!そんな訳には参りません」

桧釐の言葉を流し、皓照に目を向けて。

「俺が居ようと居まいと、硫季(リュウキ)は王の座から降ろさねばならぬと…あんたはそう考えている筈だ」

皓照はあっさりと頷いた。

「そうですね。少々手荒だが、こんな国は一度滅びた方が良い」

「貴様!」

剣呑になる桧釐を落ち着けと往なして、龍晶は言った。

「この(セン)という国の枠組みが外れるだけの事だ。その方が民も安んじる事が出来るかも知れない。この皓照はその後新たな枠組みを作り出す事も出来る。そうだろう?」

確認して、頷かれると、龍晶は続けた。

「要は兄を倒す事だ。俺は飾り物に過ぎぬが、哥と話をするには俺より他に適任は居ないと自負している。これは俺の長年の望みでもあった。桧釐、行かせてくれるか?」

渋々だが、彼は応えた。

「ならば、俺も当然あなたの護衛として付いて行きますよ」

「それはならぬ」

「えぇっ!?殿下ぁ!冗談でしょう!?」

即刻切り捨てられて、桧釐の声が悲鳴めいてくる。

「お前はこの反乱の要として、ここに居なければ。これから人も増える。誰がそれを纏める?お前以外に居らんだろう?」

「それが本来あなたの役目でしょ…」

恨み言を鼻で笑って、龍晶は繰り返した。

「だから、俺はここに居ても飾り物にしかならぬ。実質的に人を纏めるのは、桧釐、お前だ。俺の旗印が必要なら好きに使え」

しゅんとする桧釐の横で、宗温が気を取直して問うた。

「しかし殿下、護衛は必要です」

「心配無い。哥の者達が共に居れば同郷の者は襲えないだろ」

「しかしですね…」

旦沙那らを信用できない訳では無いが、しかし哥の者達ばかりで周囲を固めるというのもどうかと思う。

宗温が自ら名乗りを上げたいのは山々だが、これから各地へ赴いてそれぞれの反乱軍と繋ぎを取る役割がある。こちらも急務だ。

「…大丈夫だ。考えはある」

言い切って、その話は宙に浮かせた。

代わりに皓照が口を開いた。

「では、哥の都へ行く途上に(カン)()を通って頂けますか?」

「それは構わぬが…?」

哥の都は灌の北に位置する。つまり、ここから西へ向かいまず灌へ入り、その北の苴領を通って哥に入るという道順だ。

ここから北上して哥に直接入り、あとは都を目指して西へ向かう事を考えていたが、確かに哥を横切るよりは灌苴を通った方が安全だろう。

しかし、皓照は安全の為にその道を提案しているとは思えない。

案の定彼は、龍晶の考えもしなかった案を出してきた。

「二国から哥へ書状を出して貰いましょう。こちらの殿下の言われる通り協力すれば、我が国も哥への進軍を控え、今後互いに利益となる関係を結んで行く事を約束する、と」

龍晶は素直に驚いて目を丸くした。

「出来るのか、そんな事が」

「造作も無い事です。私が一筆 (したた)めます。苴へは使いを出して王の書状を殿下の元に届けて貰いましょう。灌へは殿下が直接お持ちになって王にその場で書いて貰えば良いでしょう」

「頼む」

急激に世界の形が変わって行くようだ。

全て、この男の一声によって。

恐ろしい男と手を組んだのだと、龍晶は改めて知った。


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