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月の蘇る-3-  作者: 蜻蛉
第十四話 矛盾
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7

華耶と燕雷に両脇から支えられて、何とか立っている龍晶の顔からは緊張を隠せていない。

無駄な体力を使いたくない事もあるが、一言も口を利かずその時を待っている。

目前には玉座がある。自国のそれは余りにも見慣れた、しかし恐怖の象徴。

初めて他国のものを目にした。果たしてこの国のそれは何の象徴となるのか。

書状を伴趨に突き付けてからまだ一日も経っていない。

燕雷がこれまで何をどう交渉しても事態が膠着したままだった事を考えると、嫌でも皓照の力をまざまざと感じざるを得ない。

そしてそれがどうこう言っている場合ではなく、それに縋るしかない自分が居る。

力の有る者と無い自分の違い。力とは何か。

武力のみが力とされる世界を、変える事は出来るのかーー

自分の内には何の自信も無い。だけど。

支えてくれる今この温もりは、一つの答えかも知れない。

「陛下がお出ましになります」

声がかかり、頭を下げて待つ。

足音、そして玉座が重みを受け軋む音。

(おもて)を上げられよ」

腹に響くような、ずんと重みのある声。

父を思い出した。

おずおずと上げた視線で、その人を捉えた。

灌王、鵬韃(ホウタツ)

「そなたが龍晨(リュウシン)殿の御子か」

龍晶の顔を認め、王が口を開いた。

再び頭を下げ龍晶は応じた。

「龍晶と申します。此度は貴国をお騒がせして誠に申し訳ございません。しかしながらこうして陛下にお目にかかれるというご厚情を承りました事、心より御礼申し上げます」

「噂と違い育ちのよろしい事だ」

鵬韃は悪戯っぽく笑いながら返した。昨日の伴趨との会話が伝わっているのだろう。

「だが堅苦しい物言いは無用であるぞ。そなたも時は惜しかろう、本題に入るが良い」

「恐れながら…こちらを」

懐から書状を差し出し、王の側近がそれを受け取って鵬韃へと運んだ。

王が書状を手に取り、開く。

「成程、確かに皓照殿の筆であるようだな」

「はい、紛れもなく皓照殿が私の為にと筆を取って下さったものです」

王は頷き、更に内容へ目を通し、問うた。

「哥へ交渉に行かれるのか。祖国の為に」

「祖国の為…と言えましょうか」

寧ろ、祖国を転覆させる為の反乱だ。育てて貰った国に牙を剥くのだ。

だが、灌王の見方は違った。

「国を立て直す為の戦であろう?だからこそ皓照殿が一役買っておられるのと違うか?」

「それは…そうです」

「それが祖国の為というものだ。国というのは王一人の事では無いぞ。重々分かっておいでであろうが」

返す言葉も無かった。

この人は、戔に居る誰よりも、戔国の事を分かっている。

「兄君に反旗を翻す覚悟が有るのだな?」

何よりも痛い所を問われて。

しかし、ここではもう否応無い。

「…兄と刺し違えてでも民を救う事が私の使命と、そう考えてここまで来ました」

それが望みなのかも知れない。

一人勝ちは望んでいない。

亡ぶなら、共に。

そして国は無くなろうとも、民が安らかであればそれで良い。

「そうか。分かった」

灌王は書状を丁寧に畳み、己の懐へ入れた。

「そなたが真に戔国を立て直す者なれば、我が国はそなたを生かさねばなるまい。それがこの灌の利ともなる」

龍晶は目を見開き王を仰ぎ、はっと気付くなり畏まって平伏した。

「恐れながら!」

叫ぶ。これは、賭けだ。

「もう一人、未だ牢に繋がれている者も生かして頂きたいのです!彼に罪は無く、私に巻き込まれただけで今この命をも奪い兼ねない寒さに震えているでしょう…一刻も早く、救出のお許しを!」

背後に控える華耶が息を飲んで返答を待つ、その緊張が伝わる。

龍晶とて同じだ。この返答を聞く為の謁見なのだから。

王は、それまでの確信的な声音を潜め、慎重に問うた。

「それは、悪魔と呼ばれる者か?」

問いで返された、その意味。

それを考えると、崩れ落ちそうで。

落胆を表に出さぬよう答えねばならなかった。

「確かに人はそう呼びます。しかし決してそのような者ではありません」

「そのような致命傷を与えられてもそう言えるのか」

え、と華耶が小さく声を漏らした。

龍晶は別の意味で面食らっていた。

「何故…それを…」

華耶の面前では嘘でも否定せねばならなかった。しかし咄嗟にそこまで考えられなかった。

その、限られた者しか知り得ない真実を、あの砂漠から遠く離れたこの国の王が何故知っているのか。

理由は単純だった。

「皓照殿から聞いた話だ。雑談の中で彼は時折そなたの事を聞かせてくれる」

「ああ…」

納得はしたが、問題はここからだ。

後ろで息を詰めている華耶の為にも、説明せねばならない。事実を。

「これは…事故です。更に言えば私の自業自得というものです。人としてしてはいけない事をした、その報いです」

「まるで天罰でも下ったかのような言いようだな」

「あの力が神の授けたものだとしたら、その通りでしょう。だけどそれは人としての彼には無関係です。彼は一人の人間に過ぎない」

「その普通の人間を、我々は不当に拘束していると言いたいのだな」

「…解放して頂けますか?」

王の言葉に否定も肯定もせず、龍晶は己の願いだけを問うた。

その返答もまた、頷きもされなかった。

「それは本心か?」

問われる意味が分からず眉を顰める。

鵬韃はきっぱりと問うた。

「その傷はそなたの五臓六腑を侵し、長く苦しめるものになると、そう医者は言いおった。場合によっては死に繋がるやも知れぬ、と。それでも同じ事が言えるのか?そなたを脅かす相手に対して。そして全く無関係の者を脅かす可能性のある悪魔に対して」

否定しようと吸った息が吐き出せず喉に詰まる。

今更、死ぬ事が怖い訳ではない。寧ろそれを望んでここまで来た。

報いだ。それは本心だ。だけど何故。

何も言えない。頭も心も空っぽになったかのように、何も浮かばない。

追い討ちをかけるように王は言った。

「この国の王として、民を危険に晒す存在を野放しには出来ぬ」

分かっている。十分過ぎる程その理屈は分かっているのに。

同じ事を何度も何度も自問してきた。

その答えは、あいつを生かす事なのに。

それは変わらない筈なのに。

「朔夜はそんな事しません!」

後ろからの声に驚いて振り向いた。

華耶が自分の発言に自分で驚いたとばかりに口を手で覆っていた。

思わず口を突いて出てしまったのだろう。気持ちは分かる。

華耶の横で成り行きを見ていた燕雷が、取りなすように王へ言った。

「この娘は生まれてからずっとあいつと一緒に居るんでね。誰よりも言う事に信憑性はありますよ」

「悪魔ではない、と?」

「ええ。それに、あいつは戔軍がこの国へ侵略するのを一度は止めています。それは陛下もご存知の事でしょう?だからこそ灌は軍を出さなかった」

「出兵には及ばず、とだけ皓照殿より助言を受けたのでな」

「しかし国の存亡に関わる大事だ。その理由も聞き及んでおられた筈」

王は困ったような、呆れたような笑みを浮かべ間を取った。

手元に運ばれた杯で舌を湿らせ、そして再び口を開いた。

「正直、私はあの者の正体を知らぬ。どれほど危険なのかも、皓照殿の言われる事を信じるより無い」

誰しもがそうだろう。

目の前の、見た目には何の変哲も無い少年が、悪魔だと言われてどれほどの人が信じるだろうか。

ただ、王にとって皓照の言う事は絶対だ。それはこの国の暗黙の了解なのだ。

皓照がこの少年は悪魔だと言えばそれが真実となるのだ。

「…皓照は彼を監禁しろと言ったのですか」

力無く龍晶は問うた。

この国における皓照の信仰にも近い信頼に、打ち勝てる気がしない。

「監禁しろとは言われていない。ただ、処遇を決めるまで留め置くようにとは言われた。その際、国を滅ぼしかねない力を持つから、扱いには気をつけるように、と…」

「その事で伝言がありますよ、陛下」

急に割って入った声に一同は後方の扉へ視線を集めた。

「貴様…!?」

龍晶が顔を顰める。燕雷も同じ表情だ。

溟琴は二人の鋭い視線を飄々と躱して王へ言った。

「その悪魔くんなんですけどね、解放してやっても良いと皓照さんは言ってますよ。ただ、条件付きですけど」

「また無理難題を吹っかける気か!?」

食ってかかる龍晶に目を細めて、溟琴は言った。

「戔軍が軍備の再編成を終え、近く侵攻してきます」

あとは言わずとも分かるだろうと、溟琴は一同を見回した。

「…つまり」

燕雷が重い口を開く。

「それを朔夜に撃退させる事が、条件か」

「国境線では生半可に終わった事だから、本人に責任取って貰わなきゃいけないでしょう?」

「生半可だと!?あれ以上の始末の付けようが有るって言うのか!?命を失ってまでやった事を!?」

殴りかかる勢いで龍晶は怒鳴る。体が動かないので口だけで怒りをぶつけるしかない。

ただ、相手にとっては空振りも良い所だ。

「陛下の御前で失礼が過ぎますよ、龍晶殿下」

拳を床に叩きつける。他に術が無い。

その龍晶に灌王は言った。

「この一件、そなたに任せる」

「え…」

「我が国としてはそなたがどういう選択をしても良いよう準備する。全てはそなた達に起因する事だ。好きになされるが良い」

あまりの衝撃に声を発せない龍晶に、王はもう一言付け足した。

「ただし、我が国を守る必要はある。軍備は整える故、その者一人で戦うという事は、此度は無いと心得て良い」

灌王、鵬韃はそう言い残して去った。

取り残された龍晶は、痺れたように動けなかった。

「王子様次第だよ」

溟琴が茶化すように言ったが、それすら耳に入らなかった。

朔夜を牢から出す、それは絶対だ。

しかし、その代償に、彼を再び戦場に立たせねばならないとは。

過去の罪を上塗りするのか。

刀を置けと言った、この口でまた、戦場に行けと言わねばならぬのか。

それを己で選べとは、これは罰なのか。

「龍晶さん」

いつの間にか華耶が正面に跪いて、土下座したまま座り込んでいる龍晶に視線を合わせた。

「朔夜に会いに行きませんか?全てを話せば朔夜も分かってくれるから」

龍晶は緩く首を振った。

それをすればどうなるか、目に見えている。

朔夜は戦場に立つ事を(いと)わない。華耶を守る為に。

「あいつに刀を置かせたいのは俺だけなのか…?」

えっ、と華耶の目が見開かれた。

彼女にとってはそれは繋がらない話だったのだろう。

朔夜は戦場に出ずとも、いつかは解放されると信じている。

龍晶には現実がそう甘いとは考えられない。

「それは俺も華耶ちゃんも同じだよ。ただ、今はまだその時ではないってだけだ」

燕雷が横から口を挟んだ。

「それにお前、哥まで朔を連れて行くんだろ?そうしたら刀を置けなんてまだ言えないだろうが」

「あいつに人を斬らせる事を期待して連れて行きたいって言う訳じゃない。それにもう…」

言いかけた言葉を切らせ、少し考えて飲み込むと、溜息混じりに言った。

「今はまだなんて言い続けて、永劫そんな時なんざ来ないだろうよ」

この世に戦のある限り。

それが絶える日など、現実になるとは思えない。

「そうかも知れない。でもそんな事無いって、俺は言うけどね」

燕雷が言った。

「綺麗事か?根拠の無い放言か」

「いや?根拠はある。何たって、俺はお前より四倍は生きてるんだ。それでも言えるよ、この世にはまだ希望はあるって」

彼の生きてきた歳月を思い出し、その年月の裏にある辛酸を想う。

綺麗事だとは言えなくなった。だけど、龍晶にはどうしても信じられない。

人が存在する限り争いは起こる。それは世の摂理だ。

そして、朔夜は戦場に駆り出され続ける事になるのだろう。

「信じられないか」

考えが表情に出ていたのか、燕雷は苦笑混じりに告げた。

「俺の希望はな、お前達だよ」

「…は?」

「お前や華耶ちゃん、それに朔もだ。お前達が居るから世の中も変わると思えるんだ」

思わず華耶と目を見合わせて。

「やっぱり中身は八十路の爺さんなんだな」

しみじみと言う。

「そういう言い方するな」

苦笑いして釘を刺し、置き去りにしている溟琴を振り返った。

存在を確認しておかねばいつ消えるか分かったものではない。

それで漸く発言権を得た溟琴が口を開いた。

「綺麗事でも何でも良いけど、早く出してやらないで良いのかな?急がないとそろそろ餓死するか凍死するかどっちかだよ?あの場所だと蘇生も難しいね」

華耶が血相を変えて立ち上がり、誰にともなく悲痛な叫びを上げた。

「出して下さい!お願いします!」

龍晶は言葉も無い。

御託を並べている間にも、朔夜の命は削られている。忘れていた訳ではない。だが。

溟琴はにこりと笑って指に引っ掛けた鍵を目の高さまで上げて見せた。

「ちゃんと牢屋の鍵は預かってきたから。行こうか、お嬢ちゃん」

華耶は頷き、迷いなく溟琴に付いて外へ出た。

燕雷は龍晶に近寄り手を伸ばした。

「行くだろ?」

自力では動けない。

が、その手を取る気配は無い。

ただ、座り込んでいる。

「おい、龍晶」

「…致し方無いのは分かっている。だけど」

やっとのろのろと手を伸ばしながら。

「これが正しい選択だとは…思えない」

燕雷は手を掴み、肩を支え、動く気の無い体を無理矢理引き上げるように立ち上がらせた。

「正しいかどうかの問題じゃないだろ」

いつかと同じような台詞を繰り返して。

「どっちが後悔が少ないか、だ。この場合」

龍晶は一つ深い息を吐いて。

「…行こう」

体を預け、足を進めた。


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