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月の蘇る-3-  作者: 蜻蛉
第十四話 矛盾
23/60

3

朝、厨に向かおうと部屋を出たところ、ばったりと探そうとしていた顔に出くわした。

「よお、お熱は下がったか?」

いつもの軽口を無視して龍晶は問うた。

「朔夜は何処だ?」

燕雷は肩を竦めて答えた。

「まだ生き返ってないぞ」

「何処なのかと訊いている」

「裏の畑を登った山の中…って、おい」

答えを聞くなり龍晶は厨へと早足に入っていった。

中には予想通り華耶が朝食の支度をしている。

「あ、おはようございます」

笑顔で彼女が挨拶してくるが、龍晶にはそれを返す余裕は無かった。

「畑を登った山の中だそうだ」

「え?」

「そこに朔夜は居る」

「おい龍晶!」

燕雷が怒鳴り込んできたが、時既に遅し。

「本当ですか…!?」

華耶に頷くと、彼女は外へと走り出て行った。

「どうして言っちまうかなあ!?」

華耶が居なくなると、怒り混じりに嘆く燕雷。

「寧ろどうして隠すのか聞きたい所だ」

冷静に龍晶は返す。

「いずれ生き返るんだから、見て辛いものを見せる必要は無いだろ!吐くべき嘘ってのはあるだろうが」

「そうかも知れない。だけど彼女は真実を欲していた。そういう覚悟をした目をしていたから、俺は一刻でも早く本当の事を言うべきだと思った」

「はあ!?全部喋ったって言うのか」

龍晶は真顔で頷く。

燕雷は己の額を音を立てて叩き、溜息を声を出して吐き出すと、華耶の後を追うべく動き出した。

「毎度毎度、隠し事の出来ない長屋だな」

ぼやきに、付いて来た龍晶がちらりと視線を向ける。

「何でも無い、聞き流せ」

言われずとも聞き流している。

「…絶対に生き返るって保証はあるのか?」

「え?」

「今更だがな…。だけど、絶対とは言えないだろう、こんな事」

燕雷は黙って山道を登った。

後を付いて歩きながら、龍晶は一人喋り続けた。

「一晩中考えてた。もし朔夜がこのまま帰って来なかったら、彼女に何て詫びたら良いのか…。あんな策を取るべきじゃ無かったよ。本当に今更だけどな」

「あの状況で他に方法が有ったか?」

「俺は戦うなと言った筈だ」

「それだとこの場所が戦地に成り得ただろう!?やむを得なかった」

「このままあいつが目覚めなくてもやむを得なかったって、そう言えるのか!?」

怒鳴り返した所が目的地だった。

華耶が目を見開いてこちらを見ている。

「…喧嘩、しないでください」

ぎこちなく笑って彼女は言った。

その後ろで朔夜は眠り続けている。

「龍晶さん、教えてくれてありがとうございます。燕雷さんも、朔夜をここまで連れて帰ってくれてありがとう」

二人は言葉も無くその場に立ち尽くした。

それぞれに後悔も怒りも有る。が、その言葉の前には何の意味も成さなかった。

「大丈夫、朔夜は必ず戻って来ます。そういう約束だから」

「…約束、か」

龍晶は呟き、華耶の隣まで来て、朔夜の前に跪いた。

「馬鹿だなお前。約束なんか作るなよ。信じて待たなきゃならない彼女の事も考えろ」

眠る朔夜へと文句を吐き、視線に気付いて華耶を見上げる。

「こいつ絶対、待たされる側の辛さなんて分かってないですから」

華耶は思わず笑ってしまう。

「龍晶さんもいっぱい待たされてるんでしょ?」

「喧嘩すると仕返しに酷い待ち惚けを喰らう事がやっと分かってきました」

「あらら。怒っても良いですよ龍晶さん」

「怒りたくても怒れないから厄介ですよね」

「本当」

ふと、自分の言葉に呼応して、従兄の事を思い出してしまった。

必ず無事に帰ると約束しながら、朔夜を連れて行くという裏切りをしてしまった。

怒ろうにも怒る相手が居らず、待ち惚けを喰っているであろう桧釐(カイリ)

「…他人の事は言えないか」

一人ごちて、華耶に怪訝な顔をされる。

何でもない、と言おうとして。

こちらに近寄ってくる足音に意識を奪われた。

黄浜だ。

「殿下!殿下…大変です!」

駆け寄ってきて、息つく暇もなく後方を指差し告げた。

「軍の者が殿下を差し出せと、ここに…」

「軍!?戔の!?」

まさか戔軍が国境を超えここまで来たのかと、そんな筈は無いとばかりに聞き返す。

黄浜は首を振って言い直した。

「灌軍です。もうすぐここまで…ああ!」

振り返った黄浜が失意の声を上げた。

確かに、軍人の集団が物々しくこちらへ近付いてくる。

「事情を聞かねばなるまい」

黄浜は場合によっては逃がそうと走って報告に来てくれたのだろうが、龍晶に逃げる気は無く、その連中へと足を向けた。

「何なんだ、一体…」

この国に通じている燕雷も眉を顰め共に向かう。

軍人の中でも先頭に居る者が、二人と対峙して口を開いた。

「戔の龍晶殿下はどなたか」

「俺だ。何用か」

誤魔化しも無く龍晶は問い返す。

「事情は王城にてお話する。悪魔と呼ばれる者にも同行を願いたい」

「は?先に用件を話すのが筋だろう。それに悪魔なぞ居らぬ」

「我々に従って頂かねば、他国の王族と言えど手荒な事になるが」

「最後は力尽くって?穏やかじゃないな」

燕雷が苦い顔で言い、龍晶に向き直った。

「信じちゃ貰えないだろうが、平素この国はこんな事はしない。余程の理由があるんだと思う。俺も行って確かめよう」

「お前が?」

「皓照ほどじゃないが、俺もこの国の上の人間達にはそれなりに話は出来るんでね。な?良いだろう?」

男に向けて問うと、彼は微妙な表情で答えた。

「致し方ございませんな」

燕雷は肩を竦めて見せる。

が、龍晶はまだ乗り気ではない。

「死人を連れて行く気か」

「ああ…」

二人の視線は後ろへ。

華耶がはたと思い当たったように口を開いた。

「あの、朔夜なら…生きてますけど…」

「へっ?」

間抜けに声を上げて顔を見合わせる。

「私が来た時にはもう、寝ちゃってました。ちゃんと動いてます。ほら」

走り寄って。

燕雷が手を取り脈を見る。が、脈を探す間でも無かった。

「あー…血が通ってますなこれは」

「本当か!?」

龍晶が逆の手を取る。

温かい。

「おま…!生きてるなら先にそう言え!」

「そら無理だ」

まだ意識は無いのだから。

「で?ご同行頂けるのか?」

軍人に尋ねられて感動も何もあったものでは無い。

不本意だが、その事情は気になる。

「燕雷がこいつを背負って行くので良いなら」

「おい、仕事を押し付けるなよ」

不満げに言って見せるが、結局何の違和感も無く背負っている。

軍人達について山を下りながら、不安そうに後を付いて来る華耶に龍晶は言った。

「大丈夫、必ず戻って来ます。朔夜が起きる間も無いかも知れない」

「あの、龍晶さん」

「はい?」

「私、何も知らなくて…ご無礼をお赦し下さい。朔夜の分も…きっと色々失礼な事を言っていると思うんですが…」

「え?…ああ」

そう言えば身分を知られてしまった。これだけは隠し通すつもりだったのだが。

「そういう事は、意識される方が無礼というものです。朔夜は本物の無礼者だが、俺にはそれが心地良い」

「そうなんですか?」

「これは本音ですよ。だからあなたもお気になさらず。では、また後ほど」

道を違え、長屋町から離れてゆく。

華耶はそこに佇んだまま動かず、見えなくなるまで一行を見送っていた。

「どう思う?」

急に燕雷が訊いてきた。

「さてな。まあ、戦を仕掛けてきた国の王族が都に居るとなれば放っておけないのは分かるが」

「そんな事は訊いてない」

「は?じゃあ何なんだ」

燕雷はにやりと笑って、龍晶の耳元に問いを落とした。

「親友同士で同じ娘を取り合うってのはよくある話だぜ?」

「はああぁ!?」

怒声に軍人達が振り返る。

燕雷は彼らに何でもないという身振りを見せて、顔を赤くして怒る龍晶に更に言った。

「別に朔夜はまだ手を出してないみたいだし、この際良いんじゃねえの?」

「ふっざけんなこの下衆野郎!」

「いや、そんなに怒る事じゃないだろ…」

その怒り方では本音が丸見えなのだが、敢えてそこまで言及しない事にした。とりあえず、今は。


城に着いてからは、更に待遇が悪くなった。

あからさまに武装した兵士に周囲を囲まれる。そのまま通された場所は、とても国賓を迎えるような場所ではない。

罪人を監禁する場所。言ってしまえば牢獄だ。

「どういう事だ」

周囲を睨め回して問うが、答えは無かった。

代わりに、兵の一人が燕雷へと向き直る。

「燕雷殿はここまででお願い致します」

「ここまでって…」

「龍晶殿下と悪魔をこちらへ」

困り顔の燕雷に、龍晶は鋭い視線を向ける。

何か応えてやらねばと燕雷は口を開いた。

「何かの勘違いだと思う。とりあえず、俺は上の連中に話をしてみる」

「は?逃げる気か」

「逃げるも何も、俺はお呼びじゃないようだしなあ。心配するな、すぐに出してやる」

「ここに入れとでも!?」

「仕方ないだろ。じゃ、ちょっと待っておけ」

朔夜を押し付けられ、燕雷は踵を返して去って行った。

「覚えとけ裏切り者!!」

背中にありったけの怒りをぶつけたが、一度も振り返る事は無かった。

溜息。いろんなものが信じられない。

とにかく、ここは従わねばどんな仕打ちを受けるか分からない。国は違えど同じような状況は幾度も経験している。

自分一人ならともかく、今は意識の無い朔夜が居る。抵抗は不可能だ。

開けられた牢に、朔夜を抱えて入った。

「せめて納得出来るような説明くらいするんだろうな?」

鉄格子越しに兵達に問う。

これまでこの一隊を指揮してきた年長らしい男がそれに答えた。

「戔より書状が届いた」

「…何と?」

「此度の戔の出兵はお二人が我が国に逃げ込んだ故その行方を捜す為のものだと。身柄を引き渡せば兵を退くそうだ」

「そんなの…見え透いた嘘だろう!?」

「そうだろうか。我が国はこれまで戔と何の問題も無く、関係も良好であった。聞けば、お二人は戔で重大な罪を犯したとの事。同盟国と罪人、どちらを信じるべきかは明白だろう」

龍晶は必死に首を振り、居住まいを正して訴えた。

「我が兄は貴国を同盟国と考えてはいない!隙あらば元の鞘に収めようとしている!この出兵はその足がかりだ!兄に刃向かう俺達を差し出しても、彼にとっては邪魔者が減り計画を実行し易くなるだけ。灌は戔に踏み荒らされる事になるぞ!?」

「或いはそうやも知れぬ。だが我々に確かめようは無い。ただあなた方の身柄を拘束せよという(めい)に従うのみ」

男は冷たく言って、背を向けた。

「待ってくれ!ならば上の者と話をさせてくれ!俺達が何故この国に来たのかを聞いて欲しい…!」

叫びだけが虚しく反響する。

兵達は皆踵を返し、牢獄の入口に見張りが残るのみとなった。

知らず知らず握っていた鉄格子を放し、深い脱力感に任せ膝を折る。

このままでは戔に送り返される。自分だけではなく朔夜も処刑されるのだろうか。

いずれにせよ、黙って奴らの言いなりになる訳にはいかない。脱出せねば。

しかし、どうやって。

燕雷を当てにしても良いものだろうか。

これまで同道してきたが、信じるに足る男だっただろうか。そう思いたいが、あの去り際を思い出すと怒りが再び沸いてくる。

そもそも彼の目的は灌に朔夜を連れ帰る事だった。その目的が一致したから行動を共にしてきただけ。

朔夜はともかく、自分をここから出すよう働きかける利は彼に無いだろう。

更に言えば、自分は彼にとって仇の一族なのだ。助けるどころか、自分を陥れる理由が有る。全て騙されていたとも考えられる。

何もかも復讐の為?

憎悪と猜疑心に満ちた頭を振り、溜息で吐き出した。

壁に背を預け座り込む。岩壁ではなく木板で囲まれた牢で、まだ人心地はつくが寒さは防げない。

膝を抱えて少しでも体温を保つ。

朔夜が眠りこけているだけの光景だが、だんだんとぼやけてきた。

事態を変えねばと考える思考は空転を続け、いつしか眠りに落ちていた。


「おい、龍晶…起きろ」

呼び掛ける声に薄目を開ける。

「龍晶、おーい。起きたか?魘されてるぞお前…あ、熱っぽい」

額に当てられた手を迷惑げに払って、掠れた声で悪態を返した。

「死んでた奴に言われたかねえよ」

悪態は付けても身を起こすには倦怠感が優った。熱っぽいのは否めない。

それよりも、否そのせいか、体内の傷が痛む。まだ治りきってないのか、古傷が痛むという奴か。

「起こさなきゃ良かった?」

朔夜は真顔で訊いてくる。

彼には何の変化も無かった。あの山中で別れた、そのまま。

「いや…夢を見てた」

「何の?」

「母と牢屋に入れられて処刑を待ってた時の」

「そりゃ魘されもするよな」

「尤も、現実も状況はそう変わらないが…」

現状を説明してやらねばならないかと思ったが、朔夜はすんなりと頷いた。

「燕雷に話は聞いた。あいつに任せとけば大丈夫だと思うけどね」

「ここに来たのか」

「さっきまで居たよ。上の人達と話が出来るまで数日待ってくれって言ってた」

「それが本当なら良いが」

「何だよ。燕雷が嘘吐いてるって?」

「いや…」

それ以上の議論は億劫になった。喋るだけでも体力を削られている気がする。

燕雷を疑っているのは事実だが、朔夜にそれを見せても不快にさせるだけだろう。

だが、信じているからと言っていつまでもそのままという訳にはいかない。危険は迫っている。何処かで見極めねば。

「きっと体力的に参ってるから悲観的になっちまうんだろ?大丈夫だって。暫く休暇だと思って休めよ。牢屋だって慣れれば宿屋と変わらねえから。少なくとも、ここは野宿より良い環境だと思うけどね」

殆ど独り言になっているが朔夜は気にせず、おーい、と牢屋番を呼んだ。

近付いてきた兵士に朔夜は注文した。

「毛布貰える?出来るだけ沢山。こんなに寒いと病人には堪えるからさ」

「お前、何様のつもりだ」

呆れられても全く気にする事無く言い返す。

「俺は悪魔様だから何とも無いけどさ、戔の王子様に何かあったらどうするんだよ?生きてないと取引も何も意味無いぞ?」

相当面倒臭いような顔をされたが、分かったと言い置いて兵士は一旦この場を離れた。

「…お前な」

死人扱いするなと言いたげに龍晶が顔を顰めている。

「悪い悪い。でも毛布はあった方が良いだろ?」

はあ、と息を吐いて否応を答えるのを避けた。

朔夜はそんな龍晶の耳元まで近寄って、低い声で一言告げた。

「でも、お前が本当に危なくなったらここをぶち破ってでも脱出するからな」

「…良いのか?」

そんな事をすれば、梁巴の民に悪影響が及ぶだろう。同郷の者に灌からこれまで通りの庇護が与えられるとは思えない。

「だから、最後の手段」

事もなげに朔夜は言って、にっと笑う。

「大丈夫だって。すぐに燕雷が迎えに来てくれる。灌の人達だって、悪い人じゃないし」

良い人達だから自国の民を守ろうとするんだろう、と龍晶は内心思った。

灌にとって自分は害悪でしかない。

「何とかなるよ。今までだってそうだろ?俺たちは生き抜いてきた」

鉄柵の向こうに毛布を抱えた兵が戻ってきた。

朔夜は受け取りに立ち上がる。

やがて体を包んだ頼りないが確かな温もりを噛み締めながら。

俺にとって信じられるものはこいつだけなのかと、甘苦い希望を抱いていた。


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