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月の蘇る-3-  作者: 蜻蛉
第十三話 往日
13/60

3

「その後、伽騾の独立を交渉する為に戔へと来た皓照殿に事の次第を聞きました。あなたが無事生き延びて、皓照殿と共に灌の建国に貢献された事も」

むっつりと口を閉ざして他人に語られる己の半生に耳を傾ける燕雷に、舎毘那は語り掛けた。

「私は肝心な事を当時何も知りませんでした。もう少し何か気付けておればと今になって申し訳なく思うのです。あなたがあれ程に追い詰められずに済むよう、何か助けになれれば良かったものを」

燕雷は敷居に腰を下ろして、神像の方に視線を投げていた。

神は彼にどう見えているのだろうと、朔夜は考えていた。

信じる神は居ないと口にしているのだから、今目に映っているのは、ただの像だろうか。

「俺はあんたが俺の言葉を他言したのだと考えていた…いや、今もそう疑っている。あんたが誰かに喋った事が軍部に伝わり、お陰でこちらの目論見は早々に潰され、俺自身も…」

「それは有りませぬ。私は話してなどいない」

「そうかもな。もう真実なんざどうだっていい。そもそもあの時あの国に居た全ての人間が信じられないし許せやしないんだから」

舎毘那が絶句して、言葉の届かぬ横顔を見る。

代わりに朔夜が口を開いた。

「そんなの、爺さんが可哀想だろ。濡れ衣着せられたままじゃ安んじて冥土にも行けないんじゃないか?お前は冥土に行かない(じじい)だから構わないんだろうけど」

「お前な…。人を老いぼれ扱いし過ぎだ」

「何だよ。糞爺には変わりないだろ」

「喧嘩売ってんのか」

「買えよ。一人で捻くれてる根性曲がり見て殴りたくなってるから」

思わず笑ってしまって、それを苦笑にして、燕雷は己の感情を噛み潰した。

「お前に言われたくなかった台詞だったな」

少し前は逆の立場だったのに。

これも成長かな、なんて孫を見る爺みたいな事を考えて、いかんいかんと考えを打ち消す。

「喧嘩の前にもう少し詳しく教えて貰えないか?お前達はもう全体像が見えてるんだろうが、俺にはさっぱりだ」

龍晶が不満顔で口を挟んだ。

あ、そっかと朔夜が手を叩く。

この中では龍晶だけが、皓照が燕雷を蘇生させた事を知らない。それを前提にせねば舎毘那の話は意味不明だ。

自ずと視線は燕雷へ集まる。

あの時、何が起こったのか。語れるのは本人以外に無い。

三人分の視線に観念したように、しかし自身は神像に目をやったまま、彼は口を開いた。

「まぁ…舎毘那の言った通り、俺は一度殺された。理由なんざ殺された本人が知る所じゃないから何とも言えないけど。思い当たる節はいくらでも有るからな。それでも当時はそこまでされるとは思って無かった」

政敵は確かに居た。軍部を丸々敵に回していたのだから、確かに穏やかならぬ状態ではあったのだが。

だが、伽騾独立について王の了承が取れるのも時間の問題であったし、それまで軍部に詳細は伝わらぬ手筈で、身の危険など考えた事も無かった。

自分は事務仕事をするだけの、ただの一役人。政争ですら遠いものの筈だった。

それが。

「役所から帰ったら…娘が火のついたように泣いていてな。何でだろうと思っている間に…」

扉を開けると、考えられない光景が広がっていた。

その全てを理解する前に。

「泣き声、止められちまった。目の前で」

刃が小さな体を貫いて。

目の前には事切れた妻が横たわっていた。

その凶刃を持っていたのは。

「俺の案を採用し、王への奏上を取り持った、同じ役所の上司だった。その時まで微塵も疑った事の無い相手で…本当に俺は間抜けだったんだが…その時も、目の前で起こっている事も、何かの間違いにしか思えなかった」

呆然として目の前の事態を飲み込めないまま。

凶刃は己へ向いていた。

「…死んだのは本当だ。俺は一度死んだ人間だよ、龍晶」

まだ信じられない顔で聞いている彼に告げて、燕雷は続けた。

「尤も、死んだかどうかなんて自分では分かりやしないんだがな。気が付いたら皓照が居た。ま、その時は伽騾で何度か顔を合わせた事があるだけの間柄だったから、あいつが何者かも知らない。増して見知らぬ場所でな。しかも体は思うように動かない。訳の分からないまま数ヶ月過ごした。ま、伽騾で潜伏していたと言えば聞こえは良いが」

徐々に、真実を知った。

皓照という男が人外の力を持っている事。その力で軍を伽騾から追い返した事。

自分は本当に殺されていて、その屍を皓照が発見し、ここまで運んできて蘇生させた事。

その蘇生のお陰で、不老不死の力が宿った事、尤もこれはその時全く信じられるものでは無かったが。

そして何より気掛かりだった妻子の安否。

「…それは最後まで聞けなかった。…まあ、判ってはいたけど」

信じたくなくて。

だが、自分達を殺した男について、問われる前に皓照は口を開いた。

(はな)から王も役所も、独立なんざ許す気は無かったって事だ。なら俺のような小役人の提言なんか無視しておけば良いのに、可能性は探っていたらしい。堂々と伽騾を潰せる可能性をな。その為の捨て駒に俺は使われていた。挙句、軍部は誤解して先走り…その誤解を解く為には俺の首が何より有効だったんだろうよ。この国はそんな国だ。今もそう変わっちゃいないようだが」

龍晶は体を横たえたまま、じっと燕雷の横顔を見上げていた。

やっと、燕雷はその視線を合わせる。

「利口だったあの王の血を持つ坊ちゃんにしてみれば、俺なんか間抜けな吠え面かいてる小者にしか見えんだろうがな」

「そんな事は考えてもない。そうやって卑屈になるなら朔夜に一発殴って貰う事をお勧めする」

「冗談きついな」

軽く笑って、参ったなという微苦笑を浮かべて。

「これで満足したか?坊ちゃん達」

「理解はした」

龍晶は言って、仰向けになり目元に手を載せた。

「…だけどそれで喪ったものを受け入れられるのか?自分だけ生き長らえて、それで」

燕雷は顔を隠す龍晶を見下ろし、じっと見詰めて。

それこそ、今彼が何より知りたい、必要としている事だろうと思い当たった。

「受け入れられるなら、殺した野郎に復讐する事も無かった。本当はお前の爺さんも殺してやろうと思っていたが」

「それは無理だろ。まあ、実現してたら俺も存在してないな」

「そうだな。おかしな縁だ」

それだけではぐらかしてしまえない程、彼には切実な問題が目の前に転がっている。

「…今でも時々考える。どうすればこんな事にならなかっただろうって。無理だよ、現実を全て受け入れろなんて。そうだろ朔」

え、と蚊帳の外で話を聞いていたつもりの朔夜は裏返った声を出した。

「お前が夢に見た事、今朝は強がって現実だと言っていたが、本当は夢に過ぎないって思ってるだろ。そうでないと普通壊れちまうよ、人間なんて」

心がどんなに強くとも、簡単に壊れてしまう部分が必ずある。

その弱さも持ち合わせなければ、人間足り得ない。

「まあ、俺は…全部あやふやだから」

言いたい事を全て言い切れない言い訳のようなもので朔夜は逃げた。

「俺よりも龍晶、今はお前だろ。どうする?爺さんの持ってきた話を聞いてみるか?」

「え?…ああ…そうだな」

まだ頭は燕雷の話を反芻していた龍晶が曖昧な返事をすると、朔夜は心配する顔付きになった。

「無理するな。嫌なら爺さんも外の連中も俺が追い返すぞ?」

「いや、そういう問題じゃないだろ」

苦笑して返す。無理矢理追い返した所で問題は拗れるだけだ。

「しかしどの道、俺は捕らえられて首を落とされるのは決まっている。それでも都に帰れと言うのか、舎毘那」

問うと、老人は慌てて首を振った。

「そうではありませぬ。殿下は思い違いをしておられる」

「は?何を」

「陛下はあなた様に罪は無いと認識しておられます。反乱は、北州の民が勝手に始めた事と」

「何だと?」

「今までの事も全て水に流し、壬邑での戦功は認めるとの仰せです。褒美をやるから早く戻るよう伝えよと私は承って参りました」

「…どういう風の吹き回しだ…」

困惑した苦笑を浮かべ、それ以上言葉が継げない。

そんな筈は無い。信じられない。

でも、信じたい。

「罠だろ。どう考えても」

燕雷が切って捨てた。

「甘い誘いに乗ろうものなら、食われるぞお前。死にたくないならこのまま国外へ逃れる方が良いに決まっている」

「俺の生死なんざこの際どうでも良い」

龍晶は言い切って、身の震えを抑えて舎毘那に問うた。

「母の為に止めよとお前は言った。その母が生きている証拠が…あるのか」

「これを」

舎毘那が懐から小箱を出した。

まさか本当に品が出るとは思わず、龍晶は驚きで跳ね起きた。が、手を出すのは躊躇われた。

差し出された小箱を睨む。

「兄に言われたか。これを出せば容易く言う事を聞くと」

出来過ぎている。この展開を予測していたかのように。

「そうは仰せられませんが…お母上よりお預かりしたと聞きました。己の手でお母上に返しに来ると良い、と」

「…あの人らしい挑発だ」

そうやって、この心を操り、絡め、首を絞めてゆく。

試されている。何を選ぶのか。

どう生きて、死ぬつもりなのか。

龍晶は小箱を取った。

ゆっくりと、蓋を開ける。

中身は、指輪。

金に、紅玉による可憐な花の装飾。

「間違いなく母の物だ」

呟いて、そっとその手に取って。

分からなくなった。

燕雷の言う通り、これが罠でなくて何なのだろう。頭では分かっている。だが。

自分をおびき寄せる、これが甘い蜜だとしてその蜜の中に溺れる事が何だと言うのだろう。

そこに、会いたい人が居る。

自分は溺れ死んでも、その一人さえ守れたら。

ふっと、龍晶は立ち上がり、燕雷の前を通って広間へと出た。

そのまま、戸口へと向かう。

「おい!」

朔夜が駆け寄って、その肩に手を掛けた。

それでも止まらない。振り返りもせず。

「待て!早まるな!」

言いながら、肩を掴む力を強める。

舌打ちして、もうこうなったらと覚悟を決めてそのまま投げ倒した。

何の抵抗も見せず、龍晶は倒れていた。

その力も無かっただろう。歩く足取りからして怪しかった。

倒れたまま、ぼうっと天井を見上げている。

「馬鹿みたいに踊らされてんじゃねえよ」

上がった息で朔夜は言った。

「こんなもの、何の証拠にもならないだろ。頭冷やして考えろよ…ったく」

「どうせ死んでるから考えるだけ無駄だって言いたいんだろ」

焦点を結ばぬ目で龍晶が言い返した。

「そんな事…」

「そうだろうが!?選べと言って俺には何も選ばせない!信じる自由すら無い!!」

指輪を握る拳を、額に当てて。

「自由なんか無いのは王座に座る者の定めだ。ならば俺は?その両方を奪われた生き霊か?こんなに惨めなまま生きろって言うならこっちから生など投棄ててやる…」

「…悪かったよ」

朔夜は謝って、その場に胡座をかいた。

追い詰められているのは重々分かっている。それを更に自分達が悪化させてすらいるのだろう。

彼を一人の人間として見てやる存在が必要だった。

「だけどお前が選ぶ選択肢は、自分の親一人か大勢のこの国の人々か…そういう事だろ」

唇を噛んで耐える、その口元だけが見える。

「どれだけ酷な事言ってるかは自分で分かってるよ。俺にだって選べない、そんなものは。…選ばなかったから何もかも失ったのかも知れない。誰かが何とかしてくれるって、どこかで甘い事を考えてたから…」

口を閉ざして、一つ息を深く吐いて。

何から後悔して良いのかも分からないような過去。何かが変わっていれば。

何かを変えようとしていれば。

「お前はずっと民を救おうと頑張ってきただろ。この国を変えようって。それが母さんの喜ぶ事だからって、それが動機だって知ってるけど……そうだよな。どっちも失えやしないよな」

龍晶の顔が、やっと朔夜へと向いた。

それ以外に答えは無いのだ。

両方を、守りたい。

「お前まで俺のような思いしなくても良いもんな。あんな悪夢を何年も何年も引き摺るような…そんなの、俺だけで十分だ。何とかするよ、俺はお前について行くって決めたから」

「…出来るのか」

「あんまり使いたい手じゃないけど。取り敢えずの時間稼ぎは出来る」

言って、舎毘那に目を向けた。

「爺さんに一芝居打って貰うけど、協力してくれる?」

舎毘那は即座に頷いた。

「私に出来る事ならば、何でも」

「うん、頼む」

「朔」

燕雷が警戒を込めて呼び掛けるが、朔夜は意に介さなかった。

「大丈夫だよ。俺が悪魔だって、周知の事実を喧伝するだけ。それで何とかなる、と思う」

「はあ?」

全く話の見えない周囲に笑って見せて、朔夜は龍晶に言った。

「希望はある。それを俺はお前に信じさせなきゃ」

悪魔がそんな事言っても説得力無いけど、そう言い足して決まり悪そうにはにかんだ。

龍晶は不思議な心持ちでそんな朔夜を見る。

同じ顔で、以前は深い絶望を齎した。だが、これまでも希望を貰ってきた。

確かに何を信じて良いのか分からない。分からなくさせる。いつもこいつに心を揺さぶられている。

そういう存在なのだ。

誰かが神と呼び、また悪魔と呼ぶように。

自分にとって、大きな。

「お前の母さんは生きてる。俺もそう信じるから」

朔夜は言って、自らの言葉に頷いた。


日が暮れ、時は経った。

夜半近くなり、朔夜は己の得物を装着し始めた。

「爺さん」

まだ留め置いた舎毘那に告げる。

「ちょっと慌てふためいて外に逃げて行ってくれないか?命辛々逃げて来ましたって感じでさ」

「一芝居どころではありませんな」

なかなか高難度だ。

朔夜は肩を竦めて苦情を躱した。

「でな、これは王様にもそのまま伝えて欲しいんだが、龍晶殿下は悪魔に囚われましたって事を言いふらして欲しい」

「お前…」

仮眠から覚めて聞くともなく聞いていた龍晶が思わず口を挟む。

「そういう事かよ。俺は不可効力で都に戻れないって?」

「まあね。でも良いだろ?これなら王様はお前の母さんに手出し出来ない。する理由が無い」

「…演技とばれなければな」

その為に重要なのは舎毘那の芝居と。

「お前は何をするつもりだ?」

悪魔の出現を裏付けねばならぬだろう。

朔夜は自嘲気味に口の端を歪めた。

「本物にならなきゃ良いけど」

言って、刃を鞘から半分出して確認し、軽い音を発てて収める。

「止めとけって言っただろ」

燕雷が非難混じりに言うのを、朔夜は遮った。

「大丈夫だよ。人々が詰るのは悪魔であって、囚われの王子様に傷は付かない」

「だが、お前自身が敵を増やす事になる。この国での動きが難しくなるぞ」

「だからやりたい手じゃないって言ったんだけどな。ま、他に手は無いし仕方ないや。俺が悪魔である事は間違い無いんだし…嫌われるくらいが丁度良いよ、俺は」

皮肉だな、と内心嗤う。

己の意識がある自分が、悪魔を演じるなんて。

だが本当は、自分の振りをした悪魔なのかも知れない。

曖昧な自分を持て余したまま。

「で?他に異論は有るか?」

三人に纏めて問う。

これが最善策とは思えないが、誰も異見出来ない。龍晶は諦めて頷いた。

「無い。お前の思うようにやれ」

「うん。ちょっと手荒な事するけど良いよな?」

手荒な事って何だと聞き返す暇も無く。

朔夜は龍晶の鳩尾を鞘の先で突いていた。

一同が驚く間もない。意識を失った身体を両手で抱えて朔夜はにやりと笑った。

「お前…」

絶句する燕雷に彼は言った。

「攫われたお姫様…じゃなかった、王子様の演出だよ。あんまり元気にぎゃーぎゃー言われても困るし、何より見ない方が良いものって有るだろ?」

「だからお前、どこまでやる気だ…加減しろよ」

「出来たらね。でも悪いけど今夜はちょっと本気出すから。誰がどう見ても悪魔に見えるようにさ」

「お前は本当にそれで良いのか」

後悔するだろう、と。

そんな事は分かっている。だけどもう、同じ様な後悔が積もり過ぎていて最早どうでも良いのだ。

一つ一つの命など、背負えはしない。

「今更だろ」

言葉少なに応えて、朔夜は扉に手を掛け、舎毘那に笑いかけた。

悪魔のように。

「さて、舞台の幕を開けても良いかな?」

扉を思い切り引くと同時に、演技とは言い切れぬ様で舎毘那は恐怖から逃げ去った。


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