6.生贄の花嫁
~シンシア・ロレーヌ侯爵令嬢~
「た、ただいま戻りました」
妹イヴリンの番である吸血鬼レナード・カストリア伯爵令息との関係を持とうとしたという言いがかりで、私はこの3日間、屋敷の外で浮浪者同然の生活を強いられた。
使用人の食べ残しのパンや水を持たされて、屋敷の外に放り出されたのだ。
辛いことにこの3日間は寒い上に雨が降っていた。
時折、橋の上で浮浪者同然の私を見物しに、使用人たちがやって来ては嘲笑を残して去って行った。
いかがわしいお店に連れて行こうとする男達も寄ってきたが、そこは何とか自分が侯爵令嬢であることを示して、追い払うことに成功した。ただ、それは偶然うまくいっただけで、もし強引に連れ去らわれても、誰も助けてはくれなかったかもしれない。
(いえ、今日、どなたか知らないけれど、私を助けてくれようとした……)
服装やいで立ちは上流貴族と思われるものだった。
燃えるような赤い髪と威厳に満ちた瞳。鍛えられた体が服の上からでも分かった。何より美しくも覇気に満ちた美貌は私などとはつり合いが取れない、雲の上の存在であるように思われた。
(ああ、はしたない)
私はそんな思いを抱いたことにまた自分を恥じる。
(もし、あのような美しい男性が私を愛してくれればとまた思ってしまった。これでは、レナード様を招き、不貞を働こうとしたのも、本当はそのつもりだったのじゃないかと思えてくる)
結局、愛してくれるならば誰でもいいのではないか。
色狂いのように、はしたない女なのだと、自分を更に恥じることになった。
さて、それはそうと。
(屋敷の様子がいつもと違う?)
とっさにそう思った。
いつもであれば、屋敷に帰って来ても使用人たちにこれみよがしに無視されるか、陰で哀まれるか、クスクスと嗤われるかのどれかだった。
もう慣れた、と言いたいところだけど、やはり心は傷つく。
そのたびに。
この家で。
いいえ、世界中に私ほどみじめで、誰からも必要とされない出来損ないの令嬢はいないのだと思い知らされる。
でも、最初の頃のように、泣いたりすることはなくなった。
泣けば、「うるさい!」とお義母に怒鳴られ、それを口実に新たに折檻を受けることになるからだ。
だから私は人としての当たり前の泣くという自由さえも失ったのだった。
と、その時である。
「やっと帰って来たか! シンシア! 大変なことが起こったのだ! さっさと応接室に来なさい! まったく、問題ばかり起こす娘だ!!」
中央の階段の上から私を発見したお父様が、なじるような声で私を呼びつけたのでした。
「あの、一体どうされて……。それに少し身体を乾かしたくて……」
「それはお前の責任だろう! お前は私の言うことを聞いていれば良いんだ! もうすでにレナード様も含め、家族全員集まっている! お前が誰かを待たせることなど許されるわけがないだろう!」
「はい……」
無論、両親からの言いつけで屋敷の外へ放逐され、3日間もお風呂に入れずこんな恰好になっているのだが、私に尊厳などという言葉はない。
「また臭い女だとレナード様に弄ばれるのね」
あの恥辱には女性としては耐えがたいものがあった。
でも、
「私を愛してくれる人なんていない。仕方ないことなんだわ」
これから弄ばれることを覚悟して、私は応接室へと向かったのでした。
「え? わ、私がレッドドラゴン様へ嫁ぐのですか?」
お父様からされた話に、頭がついていかなかった。
レッドドラゴン。ブラッドフォード・ヴァンドーム王の名を知らない者はこの世界にはいない。
幻想種の頂点であるドラゴン種族の中でも、ただ一人の存在としてレッドドラゴンという個体が生まれる。
そのため、例えば吸血鬼種族や、人間種族、イエロードラゴン種族、といったような〇〇種族という呼び方をしない。
なぜなら、唯一無二の最強の存在。それがレッドドラゴンだからだ。
もちろん、敬称は様々ある。
幻想種の頂点、王、グレートワン。赤龍王というのが一番言われている尊称だろうか。
美しい美貌と優れた手腕を持ち、すべての幻想種すらも傅く存在だ。
だが、ブラッドフォード様は人族に非常に恐れられていた。
なぜならば、
「はーはっははは! これはいい。お前のような臭い、出来損ないの女でも喰われることくらいは出来るものな」
そう言って、同席していた吸血鬼レナード様は嘲笑の笑みを浮かべた。
「喰い殺される……」
「私も噂は聞いたことがあるわ。レッドドラゴン様は完璧な存在であるがゆえに、番を求められない。その代わり、適当な女を人族から召し上げて、弄んで喰らうという噂よ」
「くふ、くははは! いやぁ、この汚くも価値のないシンシアを選ぶなど、あの方の趣味は少し理解できませんがね」
「ま、待ってください。私、まだその婚姻話を受けるとは一言もっ……」
「馬鹿を言うな!」
私の言葉を、お父様の怒声が遮る。
「女として何の価値もないお前がやっと役に立てるチャンスなのだぞ? まったく、娼館にでも売り払ってしまおうかと思っていたところに、素晴らしい申し出が来たのだ。それにもう返事はしてある。先方も急いでいたようだったからな」
「そ、そんな!」
「いいじゃないか、シンシア」
レナード様がニヤニヤとした表情を浮かべながら言う。その美貌は相変わらず美しい。ただ、今日、私を橋の上で助けてくれた男性のことを思い出すと、今までのようにたちまち見惚れるようなことはなくなっていた。
美しいお顔だとは思うけれど……。
「だが、このまま喰われてしまうならば、どうだい、僕に一晩抱かれておくかい? くくく、喰い殺される前に男性の味を知っておきたいだろう?」
レナード様は赤い瞳を炯炯と光らせながら言う。
「い、いりません」
「なんだって?」
たちまち、不機嫌な声に変わる。
「お前のような醜猥な女をわざわざ抱いてやろうというんだぞ? それを断るとは、僕を侮辱する気か?」
そう言って立ち上がる。
「ちょっと、レナード」
「レ、レナード君。大切な生贄だ。傷をつけられるのは……」
「はは、心配しないでくれ、イヴリンにお父さん。少しイジメてやるだけさ」
言いながら、レナード様が近づいてくる。
女の私ではとても抵抗できるものではない。
「い、いや……」
何をされるのか分からない恐怖が心を覆った。
それに不思議なことに、これまでならレナード様の言葉や、瞳を見れば、たちまちその声色や美貌に見惚れ、全て言いなりになっていたのだ。
それが、今は純粋な、男に乱暴にされるという恐怖だけが心を満たしていたのである。
「少し泣かしてやるだけさ!」
そう言って、更にレナード様が距離を詰めた、その時でした!
『俺のプリンセスに手を出すのは貴様か!』
苛烈な、でも尊厳に満ちた声。
それは黒い影でしかなく、誰かは分かりません。
でも、どこか今日橋の上で出会ったあの方に似ているような気がしたのでした。
(あれ? でも、どうしてその方の影が私についてきているのでしょうか?)
私をストーカーするわけもありませんし、不思議でした。
ですが、何はともあれ。
その影が腕を一振りした、その途端!
それだけで、私に迫ろうとしていた吸血鬼レナード様は、あえなく吹き飛ばされて応接室の家具を巻き込みながら隣の部屋まで吹き飛ばされてしまったのでした。
吸血鬼は幻想種の中でも相当高位なる種族。それを一撃で吹き飛ばすなんて、本来ありえないことなのだ。
「レ、レナード!?」
「ぐ、ぐあああ……」
レナード様のうめき声が聞こえてきました。
その影はその様子を見ると、私の頭を優しくひと撫でして、フッと消えてしまったのである。
ふと見れば地面には赤い石のようなものが落ちていました。
ただ、結局それが誰なのか。
そして、何が起こったのか。
説明がつくはずもなかったのでした。
何より、既に私が嫁ぐことは決定されていたため、その場はそれにて急遽解散になったのでした。
何とか私は男に辱められることをぎりぎり避けることが出来たのでした。
「お姉様はレナード様のお情けがもらえないから、こんな嫌がらせをしたんでしょ! 本当に卑しい女ね!」
イヴリンの恨みがましい声をずっと背中に聞きながら、私はその場を後にしたのです。
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