4.運命の出会い
~レッドドラゴン ブラッドフォード・ヴァンドーム~
「ブラッドフォード様。馬車が着きました」
黒髪で片目を隠した怜悧ながらも美しい容貌をした、ユーイン・ヨーク公爵令息。俺の忠実な執事が連絡を寄越した。
ただし、今は人の姿をしているが、本来は幻想種の中でも頂点に近いブルードラゴン種族だ。
齢はまだ28であり、ドラゴンとしてははなはだ若輩であるが、実は俺もそれより年下の25歳である。
だが、幻想種において年齢はさほど意味を持たない。
能力がある者は著しく成長し本来の力を手に入れ、敬われることになる。つまり、完全実力主義の世界であり、そして。
「分かった。ああ、それから他の幻想種どもの諍いが最近多い。耳障りだと伝えてくれ」
「かしこまりました。それはさぞかし震えあがるでしょう。レッドドラゴン、ブラッドフォード・ヴァンドーム様のご随意のままに」
執事のユーインが奇麗なお辞儀をした。
さて、俺は若輩ながらも最強のドラゴンであるレッドドラゴンである。
ただし、俺には〇〇種族といった名称はつかわない。
ドラゴンには最強の存在たるレッドドラゴンはその時代にただ一人しか出現しない。
だから、わざわざレッドドラゴン種族などと呼ぶ必要はない。俺しかいないのだから、ただレッドドラゴンと呼べば済むのだ。
他にもグレートワン、王、幻想種の頂点、そんな名前で呼ばれることはあるが。
そして、ドラゴン種族はすべての幻想種の上位種であり、その更に頂点たる俺は、つまるところ、この世界の王であることを意味していた。
だが、そんな俺は最近とても鬱屈した思いを抱いていた。
「はぁ」
馬車の中、気づけばため息をついている。
「どうかなされたのですか? 完璧なる存在のあなたがため息とは珍しい」
「いや、何でもない……、とお前にごまかしても仕方ないか」
俺は赤毛をくしゃりとかいて、苦笑を浮かべた。ユーインとは年齢は少し違うものの、幼い頃から一緒の竹馬の友と言って良い存在であり、俺の良き相談相手だった。
「仕事は完璧にこなせているし、幻想種たちの統治もうまくしている。だが、どうにも心にぽっかりと隙間があるような気がするんだ」
「隙間、ですか?」
ふむ、とユーインは美しいとがった顎に手をやって少し考え込んだ後、
「それはおそらく番を、深層心理で強く求めていらっしゃるのではないでしょうか」
「番を? この俺がか? まさか!」
俺はその回答を聞いて、うんざりとした気持ちになって否定した。
なぜならば、
「俺の番になり、この世界の富と名誉を独り占めしようと、どれほどの人間の女が言い寄って来たと思う。あのような欲にまみれた汚らわしい存在を俺が求めている訳がないだろう!」
「それで、あのようなお噂を貴族社会に流されたのですな」
「ふん、そのおかげで我こそが番だ、などという婚姻の申し込みも減っただろう?」
「確かにそうですな。ですが、それとこれとは関係ありますまい」
「ん? どういうことだ?」
ユーインの言葉が理解できず、俺は問い返す。
「幻想種にとって番とは一目見れば分かるもの。もはやその方を見かければ、否応なく惹かれ、愛し、離すことはありません。一生をかけて愛し抜くでしょう。ブラッドフォード様はその方を求めているのですよ。この世界の幻想種と人間の共生は、幻想種がより良い番を見つけるために行われているのですから」
本来、幻想種と人間の力の差は圧倒的なものがあった。しかし、人間が幻想種に滅ぼされるようなことはなく、今でも幻想種とは共生関係を築いている。幻想種が貴族の中でも高位の爵位を持つことが多いが、人間にも公爵家にまで上り詰める者はいる。
これらは一重に、幻想種が人間の番を求めるという習性があり、人間が尊重されているからだ。
ちなみに、番が見つからないこともあり、その場合は同族同士で婚姻をすることが多い。
「信じられんな。こんな冷静な俺が番という存在を独占し、決して手放さないような情熱を持つなどとは……」
俺はそう言って、馬車の小窓から外を眺めるのだった。
曇天は次第に悪くなって行き、徐々に雨が降り始めたのだった。
夜になった。
宿の窓から眺める街並みにシトシトと雨が落ちる。
体温を奪うような冷たい雨だなと思った。
この領地は街道の整備が遅れていて、地面がずいぶんぬかるんでいるようだ。こうした各領地をひそかに直に見聞するのは王の自分には必要な仕事の一つである。
「ではお休みなさいませ、ブラッドフォード様」
「ああ、お休み」
ベッドに横になる。だが、眠れない。
なぜか心が騒がしい気がした。
こんなことは初めてである。
「旅先のベッドの枕が合わない、などというような軟な男ではないつもりなんだが」
しかも、別に不快というわけではないのだ。
なぜか心が落ち着かず、何もせずにはいられないという、不思議な気持ちなのだった。
「ええい、何だと言うのだ」
簡単な外出着に着替えて、俺は雨の降る街へと繰り出した。
街にはほとんど人がいなかった。
時間が遅いこともあったし、あまり経済が潤っていないのだろう。酒場もあまり活気がなかった。
雨はまだ弱いが、この後強くなることが、何となく察せられた。
「やれやれ、俺は何をやっているんだ」
俺は王だ。
やりたいようにやればいいが、軽率な行動をとっていいというわけではない。
今日の俺はおかしい。
何か取り返しのつかないことが起こるような焦燥感に急き立てられるように、宿の外に出た。
だが、何もあるはずないのだ。
何も……。
そう結論付けようとした時であった。
「え?」
王の自分には相応しくない、間抜けな声だったかもしれない。
だが、そんなことは気にもならなかった。
呼吸が止まった。
目の前には街を横断する河川にかかる石橋があり、その上に物乞いにしか見えない少女が一人、うずくまるようにしていたのだ。
だが、その周囲には数人の人だかりができており、少女に対する嫌悪を表情に浮かべていた。また罵倒の言葉すらも投げかけている。
その少女の姿が酷かったからだろうか? ドレスは擦り切れ、汚れ、髪は泥にまみれていた。目はうつろで、正気かどうかも疑わしい。
だが、
「見つけた」
その日。
「見つけたぞ、俺だけのプリンセス!」
そう歓喜の声を上げながら、俺は少女を囲む人々の間に割って入る。
「おい、あんた何をす……」
チンピラのような男が絡んでこようとするが、
「うるさい」
「ぎゃっ!?」
俺の怒気だけで、男が吹き飛ばされて川に落ちていった。
だが、どうでも良い。
正直、目の前の少女の姿を隠すこの人間どもは、俺の幸福を邪魔する敵のようにしか思えなかった。
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