17.赤龍王の想い(前編)
~赤龍王ブラッドフォード視点~
本音を言えば、俺の最愛の女性であるシンシアを、侯爵家に戻すことは1秒たりとも反対であった。
彼女は優しい女性だ。
世界の誰よりも美しく、尊い存在だと言っていい。
腰まで伸びたブラウンの髪はキラキラと輝き、彼女が少し動くだけで揺れるそれに俺は魅了されてやまない。
アンバー色の瞳も美しい。
神秘的であり、女神が顕現すれば、彼女のような瞳をしていることだろう。
その瞳に俺の碧眼が映り込むと、思わず陶然なり、何時間でもそうしていたくなる。
実際、執事のユーインが仕事でやむを得ず俺に声をかけ、中断させたくらいだ。その際、思わず不機嫌になってしまったのは申し訳なく思う。
だが、それくらい、俺はシンシアのことを大切に想っているのだ。
だからこそ、侯爵家に戻ることは反対だった。
実の母が亡くなってから、彼女は侯爵家で虐待を長く受けていた。その調査の結果をユーインから受けた時は、思わず俺の執務室が蒸発するところであった。
幸いながら、俺がどれほど怒りを爆発させるか予測していたユーインが結界を張ってくれたおかげで、部屋は多少焦げる程度で済んだが……。
侯爵家に到着すると、彼女は俺を紹介すると言って、先に家族と吸血鬼のレナードとかいう男が待つ部屋に入って行った。
しかし、やはり思っていた通り、そこで始まったのは、俺のプリンセスに対する虐待であり、辱めであった。
「出来損ないのお姉様ったら、よく恥ずかしげもなく、私の家に帰って来てこれたものねえ」
「ふむ、そんな役立たずなお前のような女にも出来ることがある。生贄の役目を果たせないばかりに、結納金が入ってこないのだ。お前さえしっかり犠牲になってくれていれば、このように悩まなくてそもそも澄んだというのに。本当に迷惑な娘だよ、お前は」
「そうよ、シンシア。喰い殺される努力が足りないのではないかしら? 今日はしっかりとしつけて上げるわ。地下牢で1週間ほど過ごす? それともまた浮浪者同然の恰好で放りだして衆目にさらしてみましょうか。うふふふふ」
これが家族からかけられる言葉なのだろうか?
だが、俺は扉の前で拳から血がしたたるほど握りながら、懸命に耐えた。
これほどの忍耐を俺に強いた出来事は、生まれてこのかたなかった。
それほど俺は激憤していた。
俺の最悪の番であるシンシアを辱める奴らを八つ裂きにすることを何度も頭の中で反復した。
だが、優しいシンシアからは、
「部屋の前で少し待っていて欲しい」
とお願いされていたのだ。
彼女がそう言うのならば、身を焦がすほどの怒りも耐えることができた。
侯爵領を焦土に変えるほどの怒りだが、シンシアのお願いともなれば、話は別だった。
彼女こそが俺の全てなのだから。
しかし、
「ふん。そうだなぁ。お前のような醜くて臭い女を抱くのは御免だが、何よりイヴリンの頼みだ。まぁ弄ぶのにはちょうどいいかもしれん。さあ、こっちに来い。しつけてやろう。それでしっかりとブラッドフォード様を誘惑する術を身に着けるんだな。はははは」
軽薄な男の声が聞こえた。
間違いない。吸血鬼種族のレナードという男であろう。
その男はあろうことか、俺のシンシアを本当の意味で辱めようとしているらしかった。
そこからは考えるより前に、身体が動いていた。
『ドン!!!!!!!!!!!!!!!!』
「ぐあああああああああああああああああああああああああ!?!?」
俺のプリンセスに、別の男が触れるなど、決して耐えられない。気が狂ってしまう。
目の前には俺が発した炎に包まれて、男が絶叫を上げながらのたうち回っていた。
それでも、目の前の俺の最愛の女性に触れようとしたカスのような男を焼き殺さなかったのは、きっとシンシアに怯えられることを恐れたからだろう。
はっきり言って、目の前の侯爵家の連中や、吸血鬼種族の男には、何ら情をもってはいなかった。
ただただ、レナードを目の前で焼き殺した時に、もしかするとシンシアに嫌われてしまうのではないか? もうあの美しい笑顔で微笑みかけてくれないのではないか。
あるいは、もしレナードが死んだことを彼女が悲しがるような光景を見せられたら、それこそこの地上を焼き尽くしてしまうのではないか。
そんな不安が脳裏をよぎったからに他ならなかった。
そんな中、炎に包まれながら、クズがもう一度失言を発した。
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