16.赤龍王の怒り
「ど、どうして赤龍王様ほどのお方が、シンシアごとき女に……」
「貴様、俺のプリンセスを呼び捨てにしたな?」
「えっ? ぎゃああああああああああああああああああ!?」
更なる炎がレナード様を包んだ。
その炎の強さに、あの普段は貴公子のように振る舞っているレナード様が、哀れに地面を転げまわっていた。
ブラッドの怒りがそのまま、火力を更に増大させたのだ。
ブラッドにとっては番の私を呼び捨てにされることが、許せなかったらしい。
「何なのよ、これ! 一体どうなってるのよ!?」
「俺の番を軽く扱ったのだ。当然の報いだろう?」
「そうじゃなくて! 私の彼は吸血鬼種族なのよ!? 幻想種の中でも相当な上位クラスの! なのにっ……!」
イヴリンの言いたいことは分かる。
吸血鬼種族のレナード様は人と比べれば圧倒的な力を持つ。しかも、幻想種の中でも極めて上のクラスなのだ。
しかし、そんな彼が今どうなっているか……。
「ブラッド、呼び捨てにしたくらいで、そこまで怒らなくても。私は気にしてないし……熱くて可哀そうだわ!」
「シンシア、君は優しいな。だが、俺には耐えられなかった。それに彼が可哀そうだと? まさかこの吸血鬼の男に好意でもあるのか?」
「ブラッド……」
彼の強い気持ちが伝わってくる。私を独占したいという気持ち一つで、幻想種の上位種である吸血鬼が大地をのたうち回っているのだ。
私の悲しそうな声を受けて、彼は嘆息した。
「すまない。たかだか吸血鬼ごときに、俺の番に触れようとし、あまつさえ、名前を呼ぼうとしたもので、ついカッとなってしまった。許してくれ、俺のプリンセス」
「大丈夫よ。えっと、イヴリン……」
私は炎が消えて、地面に転がるレナード様を驚愕の面持ちで見るイヴリンに言った。
「ブラッド……フォード様は幻想種の頂点なの。知っているでしょう? だから、吸血鬼種族では相手にならないわ。いいえ、他のどんな上位クラスの幻想種でも同じだと思う」
慰めるように言う。でも、
「そんなわけない! シンシア! あんたこんなことをしてただで済むと思っているの!? レナード、あなたも何か言ってやって!!!」
そう叫びながら、レナード様をゆする。
(ブラッドの炎に焼かれた直後なのだから、もっといたわって上げてほしいのだけど……)
内心そう思うが、それを口にするのは憚られた。
だって、また私がレナード様に懸想していると、ブラッドが勘違いするだろうから。
「くうう、許さないわよ、許さない! シンシア! 吸血鬼種族に手を上げたらどうなるか、覚悟することね!!」
起き上がれないレナード様のことを諦めて、イヴリンが私に叫ぶ。
でも、
「ふん、好きにするといい」
「は?」
私に代わって、ブラッドがあからさまに相手にしていない、といった口調で言い放った。
「後でそこに倒れている男や、吸血鬼種族に頼ってみるといい。情けない言葉が聞けるだろうさ。いや、むしろ、その男は種族の長から、とんでもない罰を受けるだろうな」
「は、はぁっ!? ば、罰!? どうして!!!」
「決まっているだろう」
「ひっ」
冷え切った、しかし、すごい怒気をはらんだ言葉に、彼女は思わず怯えた声を上げる。
「王の番を辱めようとしたんだぞ? シンシアが許しを与えていなかったら、そこの男の命などとうにない。その上、そんな男を野放しにした吸血鬼種族にも、俺が相応の報いを与えているところだ」
「きゅ、吸血鬼種族全体に罰を……? そんなことが出来るわけ……」
「それほどまでに、俺の怒りは大きいと知れ」
と、その時、少し回復したレナード様が、倒れたままだが、やっと口をきけるようになった。
「きゅ、吸血鬼種族の長に言うのだけは、お、お許しください、赤龍王様……」
「レ、レナード!? あなたどうしてこんな男に!!」
イヴリンが怒り狂う。しかし、レナード様は葛藤した表情でありながら、彼女を無視した。
そんな風に番に無視されたのが初めてなのだろう、イヴリンは驚愕した表情を浮かべた。
「そうはいかん。むしろ、その程度の処置で済むことをありがたく思え。俺のプリンセスに、貴様は触れようとした。万死に値するところだ」
「う、うう……」
ガクガクとレナード様が震えた。
幻想種は個としてとても強力な存在だが、種族における掟は絶対とも言われている。
レナード様がいくら強力な吸血鬼だとしても、一族からの懲罰を免れることは出来ない。
と、その時、驚きの余り声を失っていた両親が口を開いた。
「ど、どうしてなのですか、ブラッドフォード様。シンシアを喰い殺されていないということは、この出来損ないの娘をお気にめさなかったということなのではないのですか!? そんな娘をどうして助けようとされたのですか!?」
「そうです。こんな出涸らしの醜猥な娘を守る理由などないはずよ!」
ギルバートお父様とドリスお義母様が叫ぶようにして言う。
だが、
「お前の娘だと? 違うな」
「え?」
ブラッドが静かな声で言うと、ギルバートお父様の手をひねりあげた。
「ひ、ひぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」
「俺のプリンセスだ。お前の何か、ではない! もう一度言おう、彼女は俺のものだ」
彼の底冷えする声が響く。
「まずそのことをはっきりとしておくぞ。ギルバート侯爵よ、貴様とシンシアとの縁は今日この場限りで切れる。俺のプリンセスが貴様のような豚と縁があるというだけで気分が悪い」
「えっ!?」
私は驚く。
いきなりの話だったからだ。
「そ、そんなぁ! わ、儂はそんなこと許可しませんぞ! え、縁が切れてしまっては、ゆ、結納金がああああああああ!」
「そ、そうよ、あなた! せ、赤龍王様! あんまりですわ! 大切に育てた娘を奪うだけ奪って、何もくださらないなんて!」
お父様もお義母様も、お金のことしか頭にないようだ。
分かっていたこととはいえ、とても悲しく、そしてむなしい気持ちになる。
ブラッドの声が響く。
「黙れ。シンシアほどの素晴らしい女性の価値を金にしか見いだせない貴様らに親の資格はない。それに、大切に育てただと? よくも堂々と言えたものだ。地下牢に閉じ込める、食事を抜く、虐待は当たり前。場合によっては更にひどいことをしていたことも既に調査済みだ! この場でお前たちも焼き尽くすのをどれだけ我慢しているか、分かっているのか!!」
その怒気だけで大気が震えるようだった。
それほど、彼は私のために怒ってくれているのだ。
「ひ、ひい! で、ですが、親であることには変わりなく……」
どうしても結納金が欲しいお父様はそれでも口を開いた。
でも、
「王たる俺の勅命で、貴様の親の資格などすぐに剥奪できる」
そう淡々とブラッドが言った。
「さあ、どうする、シンシア。君が決めていい」
うって変わった優しい声で、ブラッドが私に言った。
「シンシア! 今まで育ててきてやった恩を忘れたか!」
「そうよ、シンシア。子供は素直に親の言うことを聞くものよ! 今までのことだって、あなたを思ってやったことなの! だから、我儘ばかり言わないで言うことを聞きなさい!!」
両親の叫ぶような声が聞こえた。
私は……。
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