15.格の違い
「久しぶりの侯爵領です。まだ1か月も経っていないのに、何だか懐かしい……」
私はクッションのよくきいたブラッドが用意してくれた馬車から、かつての領地を見ながら言った。
彼と運命の出会いをした橋の上を軽快に走り抜ける。
「やはり侯爵家に戻りたいと思ったりするのか?」
同行してくれたブラッドが、かすかに不機嫌そうな声で言った。
表面的に分からないのだが、しばらく一緒に……、というか四六時中一緒にいるので、彼のクセのようなものが、何となく分かり始めていた。
特に、私が彼の元からいなくなるような言葉には、とても敏感に反応する。
もちろん、そんなつもりはないのだが。
幻想種の王たる彼にとっても、運命の番というのは、それほどまでに大事な存在なのだと改めて理解する。
「ブラッドにこれほど良くしてもらっているのに、帰りたいだなんて思うはずないじゃないですか」
「本当か? まぁ、もし戻ろうとしたら、監禁してしまうかもしれんがな」
「あは、あはは……」
一見冗談だが、実は彼のこの発言は本気の本気だったりするのだ。
彼の愛を強く感じるが、まだちゃんと自分はそれに応えられていない。
そのためにも、今日侯爵家に一度戻ることは、良いきっかけになるような予感がした。
そのような会話をしているうちに、侯爵家の屋敷に到着する。
「ここが俺のプリンセスを虐げていた家か。ドラゴンの力で焼き払いたくなってきたが」
「あの、今日はロケットペンダントを返してもらいに来ただけですので」
「分かっているさ。シンシアのためだ。我慢しよう」
少し暴走気味な彼を置いて、先に屋敷に帰宅した旨を伝えることにした。最近入ったばかりと思われる守衛がいたので、その方に伝えると、家の中まで行って、すぐに戻ってきた。
「すぐにリビングへ来るように、とのことです」
「分かりました」
彼の言葉を聞いて、先に降りたブラッドが、私の手を握って下ろしてくれる。
完全に騎士のようだ。
実際は王様だが。
私を守るようにして降り立ったブラッドは、屋敷へと入って、笑みを浮かべながら言った。
「どうやら侯爵家の奴らは君が一人で帰って来るものと思っていたようだな。まぁ、あの手紙の内容からすれば、俺と君がうまくいっていないと思っていただろうから、当然か」
「そうですね。ああ、ちゃんとご紹介した方が良いですね。部屋の前で少しだけお待ちいただいても宜しいですか?」
「ふむ、まぁいいだろう。侯爵家の奴らに君を会わせること自体が嫌だが」
それでは今日の目的がそもそも達成できない。
その言葉は飲み込んで、私はリビングの扉を開いた。
「皆さま、お久しぶりです」
そこには、ギルバートお父様、ドリスお義母様、義妹のイヴリンとその番である吸血鬼族のレナード様がそろっていた。
「実は今日は」
ご紹介したい方がいる。そう、私が口を開こうとしたときだ。
「出来損ないのお姉様ったら、よく恥ずかしげもなく、私の家に帰って来てこれたものねえ」
そう蔑んだ視線で、私をイヴリンが罵倒しはじめたのだった。
「!?」
私は久しぶりに再会したイヴリンからの第1声で、この家でどんな目に普段あわされていたのか、一瞬にして思い出した。
自分は誰よりも劣っていて、生きている価値のない人間なのだ。そして誰からも愛される資格などない不出来で醜猥な女である。そう事あるごとに言い続けられていたことを。
「どうやら、赤龍王様にも食べてもらえなかったようじゃない。あはは、うける! この家にいるだけで迷惑で、せめて生贄になったのに、その役割すら果たせないなんてさ! 生きてる価値、本当にないんじゃない!?」
その直接的な悪口に、胸が張り裂けそうになった。
それに、久しぶりに会った家族なのに、どうしてそんな言葉を言うことが出来るのだろう?
でも、確かにそうかもしれない。
私などやはり、赤龍王ブラッドフォード様に食べて頂くことすら、おこがましい程度の女なのだ。
そんな風に私が青ざめて、震えていると、お父様が唇をいやらしく歪めながら言った。
「ふむ、そんな役立たずなお前のような女にも出来ることがある。生贄の役目を果たせないばかりに、結納金が入ってこないのだ。お前さえしっかり犠牲になってくれていれば、このように悩まなくてそもそも済んだというのに。本当に迷惑な娘だよ、お前は」
私の命など、多額の結納金の前では、ゴミ同然だと実の父が言う。
「今日呼び寄せたのは他でもない。さっさと生贄として、レッドドラゴン様に喰い殺されろと言いたかったのだ。それで我々は巨万の富が手に入る」
その言葉に、イヴリンやドリスお義母様も笑いながら頷き、
「そうそう、お姉様が出来ることなんてそれくらいなんだからさ。さっさとお金と引き換えに死んでよね。お姉様が死ねば欲しい宝石やドレスが手に入るんだから」
「そうよ、シンシア。喰い殺される努力が足りないのではないかしら? 今日はしっかりとしつけて上げるわ。地下牢で1週間ほど過ごす? それともまた浮浪者同然の恰好で放りだして衆目にさらしてみましょうか。うふふふふ」
と言った。
私は家族からの言葉に震えるだけだ。
すると、イヴリンが突然、
「あっ、でもそうねえ。赤龍王様を誘惑する術を身につけてもいいんじゃない? まぁ、お姉様みたいな醜い女でも、男を知っていれば多少はマシになるんじゃないかしら? ねえ、レナード」
と言った。
今ままでやりとりをニヤニヤとして眺めていたレナード様が立ち上がり、私へと歩み寄る。
「ふん。そうだなぁ。お前のような醜くて臭い女を抱くのは御免だが、何よりイヴリンの頼みだ。まぁ弄ぶのにはちょうどいいかもしれん。さあ、こっちに来い。しつけてやろう。それでしっかりとブラッドフォード様を誘惑する術を身に着けるんだな。はははは」
レナード様が腕を私に伸ばしてくる。
家族はその光景をニヤニヤしながら見ていた。
私は青ざめ、震えて、彼が迫っても抵抗する気力すら湧かない。
でも。
『ドン!!!!!!!!!!!!!!!!』
彼の手が私の腕に触れようとした、その瞬間だった。
「ぐあああああああああああああああああああああああああ!?!?」
青白い炎にくるまれて、吸血鬼であるレナード様がのたうち回っていた。不思議なことに絨毯や家具などに延焼はしない。
一体何が起こったのか分からず、イヴリンたちは悲鳴を上げている。
「な、何が起こったの!? ちょっと、シンシア! あんたがやったの!? 私の番に手を出したらどうなるかわかっているの!? 吸血鬼種族を敵に回せばどうなるか分かっているの!!!!!」
そう私に絶叫する。
しかし、
「お前こそ、俺のプリンセスに一体なにをするつもりでいた」
それは威厳に満ち、そこにいる者たちすべてを支配するような響き渡る声だった。
「そ、そんな。あ、あなた様は……どうして……」
いまだ炎に焼かれて苦しみあえぎながらも、レナード様は驚愕に目を見開いて、私を守るように立つ男性を見上げた。
「だ、誰よ、あなた! こんなことをしてただですむとっ……!」
「や、やめるんだ、イヴリン!」
「は、はぁ!? どうしてなのレナード! だって、こいつは私達に向かって無礼なことを! よりにもよってシンシアなんかのためにっ……!」
「せ、赤龍王様だ」
「「「は?」」」
レナード様の言葉に、全員が彼の顔を見上げる。
「その方こそ、赤龍王ブラッドフォード・ヴァンドーム様だ!」
その悲鳴じみた彼の言葉に、その場にいたイヴリンを含めた家族全員が、凍り付いたように動けなくなった。
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