10.湯浴み
「ああああ、あの!」
「なんだ? 何か問題があったのか?」
私をお姫様抱っこしながら、本当に浴場へ連れて行かれるブラッドフォード様に、私は赤面しながら言う。
「よ、よく考えたら、凄く恥ずかしくなってきました。お、下ろしてください。自分で歩けますから」
先ほどまでは余りにも自分の予想を超える出来事の数々に圧倒され、気が回らなかったのだが、よく考えればこんな恰好のまま屋敷を行くのはとても恥ずかしいと思ったのだ。
でも、
「だめだ」
「えっ」
言下に否定されてしまった。
「シンシア、君を離さないと言ったはずだぞ? それに、侯爵家ではレナードとかいう男もいたと聞く。そいつがお前に近づいたことがあるというだけで、俺はどうにかなってしまいそうだ。だからせめて、こうさせておいてくれ」
「レ、レナード様とは別に何もありませんから!」
「名前すら聞きたくない。もうそいつの名は呼ぶな」
ダメだった。
なんの意見も聞いてくれない。
他のことなら何でも聞いてくれそうなのだけど、こと私のことについては、とても我儘になられるようだ。
「それにもう着いたぞ。さすがに俺も浴場の中には入らない。ゆっくりと今までの疲れをいやすといい」
そう優しく微笑みかけてくれた。
それは今までの侯爵家での辱めや苦難が報われるような、温かいもので、思わず涙ぐんだ。
すると、
「シンシア」
「えっ」
何が起こったのか最初分からなかった。
でも、女性にはないしっかりとしたたくましい体に抱き留められ、優しく頭を撫でられていることが分かりました。
「もう泣く必要はない。もし、お前を泣かすような奴がいれば、この俺が生かしてはおかない。泣けばいい。だが、忘れろ。これからお前は、俺の番になるのだからな」
「し、信じていいんですか?」
すべてに裏切られてきた私は、彼の顔を見上げながら言う。
彼の透き通るような碧眼に、私のアンバー色の瞳の色が映っていた。
「言葉だけでは伝わらないだろう。その証拠をシンシアには嫌と言うほど見せてやろう。君を泣かそうとする奴は俺の怒りの炎に焼かれて後悔することをな」
「は、はい」
そう言って、彼のたくましい胸板にもう一度頭をうずめた。
泣いてもいいと言われたので、思いっきり泣いた。
今までも騙され続けて来たので、心のどこかでまだブラッドフォード様を疑う気持ちはある。
私を愛してくれる相手なんているのだろうかという恐怖だ。
でも、おそらくブラッドフォード様は、それすらも見抜かれた上で、行動で私の疑念を払拭すると言ってくださったのだ。
それがとても嬉しかった。
「(ボソ)それにしても俺のプリンセスをここまで追い詰めるとは。目にものを見せてやらねばならんなあ」
「え?」
何かおっしゃったようですが、彼を見上げた時には微笑みだけを向けてきてくれた。そして、こぼれる涙の雫を長い指先ですくってくれた。
「さて、俺としてはずっとこのままでも構わないのだが、君としては湯浴みに行きたいようだしな。そろそろ解放しよう。君に嫌われることほど怖いことはないからな」
「そ、そうでした!」
私は勢いよく離れると、浴場へと駆けこんでいく。
湯浴みしていない身体で、ブラッドフォード様にずっと密着していたのだ。きっと、我慢されていたに違いないと思ったからだ。
早く奇麗な身体になろう。
そう思ったのだった。
ただ、
「お待ちしておりました、シンシア様。本日の湯浴みをお手伝いさせていただく者たちでございます。さ、まずはお身体をマッサージさせて頂きますので、どうぞ、そこのマットにうつぶせになられてください。ああ、ドレスの方は少しお汚れになっておりますから、一度お預かりいたします」
「えええ!?」
「ああ、ご安心ください。奇麗に洗濯しまして、糸のほつれている部分などは修繕してお返しいたします」
「あ、いえ。そうではなくて……」
てっきり一人で湯浴みするものだと思っていたのだが、中に入ってみれば5人の女性の使用人が待機していたのだ。
そして、どうやら私の世話をするためらしい。
「では、ご衣裳をお脱がせ致しますね」
「じ、自分でできますから!?」
「そ、そんな!?」
「え?」
なぜかショックを受けた様子で、使用人の一人が声を上げた。
「奥様のお手伝いをすることが至上の喜びのわたくしどもが、お手伝いできないことほどつらいことはございません。後生です。どうか、御着替えのお手伝いをさせてくださいませ」
「えええええ!?」
そんなオーバーな、と思ったが、他の4人もまったく同じ意見らしく、瞳に熱意を灯していた。
「わ、わかりました……」
押しに弱い私は、つい承諾してしまった。
「まぁ、嬉しい!」「さすが奥様」「お優しい方だ」「感激です!」
「あは。あはは……。でも汚いですよ。正直久しぶりの湯浴みですし……」
最後の抵抗とばかりに言うが、
「おお! 素晴らしい! 奥様をお奇麗にする栄誉に浴することが出来るとは!」「これは自慢出来ますね!」「王も嫉妬するんじゃないかしら!」「王様にも自慢しましょう!」「いえ、それは嫉妬の炎で物理的に焼かれますのでやめましょう。イエロードラゴンとて無傷ではいられませんよ」
ワイワイ、ガヤガヤ!
むしろ、彼女たちのテンションが一気に高まってしまった。
ドツボというやつだったみたい。
こうして私は、マットに寝かされると、体中を磨かれるのと同時に気持ちの良いマッサージを受けた。そして、嗅いだこともない良い匂いのする香料を丹念にすりこまれる。
誰がマッサージ役をするかとか、香料を塗る役割をするかでひと悶着あったようだが、じゃんけんなどをしながら進んでいく。
私なんかを世話するのが嬉しくて仕方ないらしい。
私はと言えば、何やら現実感がなくて、彼女らのなすがままだ。
「奥様の御髪は本当に美しいブラウンですわ。羨ましいですわ」
「そんな……。どこにでもある色じゃないですか」
「いえいえ。腰まで伸びているのに、傷んでいらっしゃらない素晴らしい御髪です」
「ねえ、私もちょっと触らせて」「私も私も!」
「しょうがないわねえ。奥様、どうかお許しください! あと、王には内密にお願いします!」
「え、あ、はぁ」
「お優しい奥様最高!」「本当にお奇麗な髪」「嬉しいわ」「役得よねえ」
キャッキャ、と。嬉しそうにみんなで丹念に洗ってくれた。
そんな風にしばらく私を磨いてくれた後、
「さあ、奇麗になりました。わたくしどもは近くで待機しておりますので、また何かご用事がありましたらお申し付けくださいませ。湯舟は少し広めでございますので、のんびりして頂けるかと思います」
「ありがとうございました。本当にぴかぴかになりました」
「いえいえ。こちらこそありがとうございました。美しい奥様のお世話が出来て、他の使用人たちに自慢できますわ」
そんなお世辞を言ってくれた。
彼女たちの言葉に従い、浴槽を使わせてもらうことにする。
しかし、
「少し広め、とは一体……」
思わず苦笑してしまった。
湯煙で見えていなかったが、よく目を凝らせばその浴槽は、半径何十メートルもある円形の大理石で造られたものであった。侯爵家の玄関を入ったホールよりもよほど広いと言えば理解しやすいかもしれない。
「わ、私にはもったいなすぎるわね」
正直な感想を呟いて、肩までお湯につかった。
湯加減は心地良く、本当にこれが現実なのかと疑いたくなる。
でも、もちろん、忘れてはいない。
(私は喰い殺されるために来た)
そのために私に良くしてくれているのかもしれない。
やはり、食べるなら、奇麗で、痩せぎすな不細工な女より、肌にはりのある、食べ応えのある良い匂いの女がいいだろうから。
そんなことを思いながら、身体をお湯で温めた。
お湯から上がると、また使用人たちがやってきて、別の服を着せてくれる。
ゆったりとしたドレスで、華美ではないけど、例えば意匠をよく見ると非常に細やかなものだ。着心地も良くて、さらさらとして気持ちが良い。
髪を丁寧に梳かしてくれて(これも誰がするかじゃんけんで勝負していた)、やっと浴場から出たのだった。
「ああ、出たのか、シンシア」
「ブ、ブラッドフォード様!?」
私は驚いた。
なぜなら、来た時と同じ様子でブラッドフォード様が近くの椅子に腰かけて待っていたのだから。
「もしかしてお待ちしてくださっていたのですか!?」
そういうと、彼はあっけらかんと、
「当然だろう?」
そう答えると、彼は私の近くまでやって来て、髪を一房つまんで、その香りを嗅ぐようする。
私は思わず赤面してしまう。
「ど、どうかされたのですか?」
もう奇麗に洗ってもらったから、変な臭いはしないはずだけど。
「いや、な……」
彼は恥じ入るような表情をしながら言った。
「君の妹の番の男レナードは、お前を湯浴みさせずに弄んだのだろう。それが許せなくてな。君を自由にするのは俺だけの特権だ。だから、あいつがしたことを君にしたかった」
「そ、そうだったのですか」
「だが、湯浴みする前にそれをしては、さすがに変態すぎるだろう? しかも、レナードと一緒などと思われては首吊りものだ。だから待っていたのだ」
えーっと、つまり。
「ブラッドフォード様は吸血鬼の方のしたことを上書きがされたくて、わざわざ1時間以上もここで私を待たれてしたのですか?」
「ああ、そうだ。俺以外の男に君の初めてが奪われるなど、許せないからな」
「は、初めて……。臭い臭いと辱められただけなのですが……」
「それも許せんのだ!」
ブラッドフォード様の心の叫びを聞いて、私は思わず口元をゆるめてしまう。
(いつ喰い殺されるのか分からないけど)
でも、どうやら、
(大切に召し上がってくれることは確からしい)
そう思ったから。
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