1.傷つく心
新作になります。よろしくお願い致します。
「シンシア・ロレーヌ侯爵令嬢は番に選ばれなかった出涸らし女だ」
「それに比べて義理の妹のイヴリン様はなんて可憐なのだろう。フワフワとした薄いピンク色の髪は美しくもかぐわしい。それに比べてシンシア様の地味なブラウンの髪といったらない。それにろくに手入れすらされていないようじゃないか。近くに寄ると臭いが移りそうだ」
「妹様のグリーンの瞳はとても神秘的だ。それに比べてシンシア様の地味なアンバー色の瞳といったら」
「まぁ、本当の父にも継母にも、そして妹様にもあれだけイジメられれば、自殺してもおかしくなさそうなものですけどね」
「おいおい、家族だけじゃないぞ。イヴリン様を番として見初められた、幻想種の中でも高位たる存在。吸血鬼種族のレナード・カストリア伯爵令息様も、番たるイヴリン様からのお願いは絶対だからな。妹様が姉を疎ましく思うのならば、レナード様もそう思わないはずもなかろうに」
「確かにな。そういう意味では本当にこの家の中に居場所がない女だな、シンシア様というのは」
「いや、それどころじゃない」
「というと?」
侯爵家の使用人は声を潜めて言った。
「むしろ、姉の存在は跡継ぎ問題を考えれば邪魔なだけだってことだ。妹様とレナード伯爵令息が婚姻すれば陞爵も夢じゃない。そのためには……」
「なるほどな」
もう一人の使用人はやはり声を潜めた頷いた。
「むしろ、この侯爵家にとっては、存在するだけで邪魔というわけか。はは、可哀そうにな。さっさと死んでしまえばいいのにな」
そんな会話が、私が開けようとした食堂の扉の向こうから聞こえて来て、思わず手を止めて青ざめた。
もちろん、侯爵令嬢として使用人にきつい叱責をすべき場面なのかもしれない。
でも、私ことシンシア・ロレーヌに、もはやそんな気力は残っていなかった。
なぜなら、彼らの言っていたことはすべて本当だから。
出涸らし。
出来損ない。
存在が目ざわり。
生まれて来るべきではなかった。
そんな風に言われて久しい。
それは何も今に始まった訳ではなく、生まれてすぐに本当の母が亡くなり、新しい母のドリスお母様がやって来てから変わることのない毎日であった。
後妻のドリスお母様の娘である、妹のイヴリンが生まれてからはより酷くなり、何より、彼女が幻想種でも高位の存在たる吸血鬼の番になった時、私への迫害はもはや目を覆うものになり、家での居場所は完全に無くなってしまったのだ。
先ほどの使用人が噂話をしていたように、今の私は本当にこの家における厄介者なのだった。
(もう2日もお風呂を頂けていない……。それにまともな食事も。また骨が浮いてしまって。みすぼらしい姿……)
私は窓ガラスに映った自分の姿に絶望する。
手入れをしていない髪はほつれ、まともな食事をさせてもらえていないために栄養失調で目は落ちくぼみ、肌はガサガサ。元々白い肌が更に白くなり、まるで幽霊みたいだ。着ているドレスは本当の母であるクレアお母様の遺品を大事に着ていたが、長く着用し続けているために襤褸のようになっていた。
「今日こそはお風呂を頂きたいとお願いしてみよう」
最近は夜が暑い日が続いていた。このままでは病気になってしまうし、汗の臭いも正直気になり、恥ずかしい。
そう思って、談話室の扉を開いた。
そこに目的の人物がいると知っていたからだ。
案の定、そこには二人のカップルがいた。
「おい、何しに来た。ここはお前のような出来損ないの女が来るような場所ではないぞ。それに酷く臭う」
そう不快な表情で私を早々に叱責したのはこの侯爵家の人間ではなかった。
しかし、この家では既に二番目に発言権のある人物。
そう。
吸血鬼種族、レナード・カストリア伯爵令息様。
サラサラとした金髪が美しい神秘的ないで立ちで、目鼻立ちは怖いくらいに整っていた。
思わずその美しさに見ほれてしまう。
幻想種にはこのように美しい方が多い。
そして、その口から発せられるよく通るバリトンは私のような小娘を一瞬にして黙らせる威力があった。
「なーに、お姉ちゃん、もしかして、私の番であるレナードに横恋慕したのかしらぁ?」
と、次に声を掛けてきたのは、義理とは言え妹のイヴリンだった。
「えっ、ち、ちがっ……! 私は単に……」
お湯を頂きたいとお願いしに来ただけ! そう言いたかったのだが、その前にレナード様とイヴリンの声がそれを遮った。
「おいおい、冗談でもこんな女からの求愛など願い下げだ。僕には君という完璧な女性がいるんだからな、イヴリン。何もかも上である君がいるのに、どうしてこんな出来損ないの女を相手にしないといけないんだ。反吐が出る」
先ほど、少しでも見惚れていた自分の心が、今度はその当人の言葉によって、ズタズタに切り裂かれて行く。
もちろん、レナード様に懸想などしていない。
だが、実際に見惚れてしまったことは確かで、私は恥辱に涙ぐむしかなかった。
「そうよね、レナードには私がいるんですもの。それどころか、お姉ちゃんみたいな出涸らしを好きになる男がいるなら見てみたいものだわ。あはははははは♪」
「確かにな。ははははは」
そう言って、二人して私の事を心から嗤った。
悔しい。でも、そんなことを言っても仕方ない。
そう言って反抗すれば、お仕置きと言う名のイジメが待っている。それは地下牢に閉じ込められて水だけの食事を何日もさせられたり、義母に何時間も鞭を打たれたりと様々だ。
だから、私の反抗心など、とうの昔に殺されてしまった。今あるのは生存本能と生理的な欲求のみ。
それを、この家で一番発言権のある妹にお願いするだけなのだ。
「イヴリン。お願い。もう2日もお風呂に入っていないの。最近暑い日が続いているから、とても身体が気持ち悪くて。お願いだからお湯を使わせてもらえないかしら?」
「えー、どうしよっかなー」
「お願い、イヴリン、お願いよ」
お風呂に入るくらいで、許可が必要になる。そして時には却下されたりする。
土下座を要求されることもしばしばだ。
「ん-と、じゃあねえ、このセリフを言ってくれたら入ってもOKにしてあげようかしら?」
「え、そ、そんな……?」
私はそのセリフを聞いて、恥辱に身を震わせた。
「あら、嫌ならいいのよ嫌なら。でも、シンシアお姉様ったら本当に臭うわ。お姿もみっともないし、これ以上周りにご迷惑をかけるのはどうかと思うけどね」
それをしているのはあなたたちなのに!
昔の自分ならそう言い返したいたと思うけど、そんな気力はもうない。
今はもう、いかにこの人たちの気分を害さずに、細々と生きて行くしかないのだ。
だから私は、イヴリンに強要されたセリフを言わされた。
「レナード様、ご不快な思いをさせて申し訳ございませんでした。湯あみをして今後はこのような粗相がないように致します。ですので、なにとぞお許し下さい」
それは自分を貶めた上で謝罪するという最低のセリフ。
その上、その相手は幻想種の伯爵令息様相手なのだ。
さすがの私も辱めに耐えるのに手が震えた。
「ふん、目に入るのも不快だ。早く失せろ。まったく、イヴリンを見た後にお前のような女を見ると、余りの落差に愕然とする」
「は、はい、申し訳ございませんでした」
私は浴びせられる罵倒にも謝る事しかできず退室する。
扉を閉める間際に、
「もうレナードに色目を使わないでね、出来損ないのお・ね・え・さ・ま」
というイヴリンの声が聞こえたのだった。
私はそのダメ押しの一言に、とうとう感極まって、自分の部屋まで戻るとベッドに顔をうずめて涙を流すのだった。
これが私の日常。
女の尊厳など一つもない毎日。
男性に嘲弄され、妹の番に色目を使ったなどと罵倒されても謝罪するしか選択肢がない非人間的な扱い。
生まれてから変わらない、恥辱と喪失の日々なのだった。
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