海を越えた先の事。
1週間程の船旅を経て、私は久しぶりに陸地に足を着けた。
ああ、立ってて揺れないって素敵。
でもしばらくはまだふわんふわんするらしい。
「ミア、行くぞ」
ベルンハルトが手を差し出したのでそのまま重ねる。
すると満足そうに頷いた。
人懐っこい笑顔はなるほど、女性がほっとかなそうだ。
もうすぐ私はこの人と結婚する。
4人目の妻として。
『王として世継ぎ候補は沢山いたほうがいい。その中から優秀な者が次の王となる。
俺にはまだ子は一人だけだからな。
お前にもぜひ産んでほしいものだな』
気のせいかな。
そう言う彼はどこか遠い目をしている。
『帰ったら妻たちに紹介しよう。結婚式も略式にはなるがしっかりする。準備は全てこちらでするから何も心配はいらない』
式とかはいいんだけど。
……三人の奥様たちは私を受け入れてくれるのかが心配だった。
だって夫の帰りを今かと待ち侘びて、いざ帰って来たら新しい妻を連れ帰るとか嫌じゃない?
……あ、これ無理だ。
私は奥様たちからしたら夫を奪う悪女だわ。
代わりに来た、断れない状況だった。
──違う。
私が選んだ。
あの国を出て、この国に来る事を。
まぁでも、ハーレム持ちなんて知ったのは故郷を見送ったあとだったけれど。
それでもこの男に着いて行くと最終的に決めたのは私だ。今更色々言うのは流石にだめだろう。
きっとこれは罰なんだ。
あの子の婚約者を奪った罰。
あの子の婚約者が──好きな人が別の女性と身体を重ねるのを手助けしたから。
──違う、私が、奪った。
だから。
自分を妻に望んだ人には、私以外に妻がいる人だった。
自分のした事が返ってきただけ。
だから文句とか言う立場に無いんだ。
『与えられた中での幸せを、あなたにできる事を模索しなさい』
ステラ叔母さまの言葉がよみがえる。
やれる事を探そう。
例え愛されなくても。
自分にできる事を。
宮殿には馬車で乗り入れた。
中に入ると王の出迎えなのに人が少ない……?
「少数精鋭なんだ。人が少なくて驚いたか」
「えっ、あ、ええ、まあ」
考えてる事が透けているのか、ベルンハルトは苦笑した。
「まー、あんま人が多いのも苦手なもんで」
「……そう、ですか」
なのにハーレムがあるの?
なんか矛盾してない?
「何か言いたげだな」
「いえ、別に」
「……ハーレムあるの黙ってた事悪かったよ」
「へっ?」
バツが悪そうにベルンハルトは頭を掻いた。
あまりにも気まずそうな顔してるから、何だか笑えてしまう。
「いいです。気にしてません。自業自得、因果応報って思ってるので」
「そうか?」
ホントは気にしてないとか嘘。
でも、仕方ないって思うのはホント。
「ミア」
「なんですか?」
「お前は俺が守るから」
急に立ち止まったと思ったら、ベルンハルトは真剣な顔してそう言った。
「女達……俺の妻達と仲良くしろとは言ったけど、正直それなりに一癖持ってる奴らだ。
何かされたらすぐに言え」
そう言って、頭を撫でる。
「私は猫ですか……」
「ミア〜ってか?」
「なにそれ!」
ケラケラと笑うベルンハルト。
何か文句を返してやりたい。
だけど、不意に優しげな目で見て来る。そんな時は正直どんな態度を取ればいいのか分かんない。
私の中にはまだアランがいて。
すっぱりサッパリふっ切りたいのにこびり着いたみたいに離れてくれない。
けど。
卒業して、故郷を離れて異国に来て。
アランと会わない日が続いたら、この気持ちもいつかは無くなってくれるのかな。
ハーブルムに行くと決まって荷物を整理しているとき、アランから貰ったイヤリングは持って来た。
彼との大事な思い出の品。
これが無くなったらそれこそ思い出がそこで終わっちゃう様な気がして持ってきてしまった。
もう、会わないのに。
会いに行く事も、会いに来る事も無い。
いつまで未練たらしくグチグチやってるの、って自分が自分で嫌になる。
「ミア」
──また、優しい声。
正直止めてほしい。
結婚する為に来たとはいえ、好きになりたくない。
だけどそんな私にお構いなしにベルンハルトは私を抱き締めた。
「愛してる」
何の気持ちもこもってないような声で、私の心に少しずつ入り込んで来ないで──。
宮殿の中の王が謁見する場に入ると、左右に並んだ沢山の女性たちがザッと頭を下げた。
美しく着飾った女性たちは、故郷ではあまり見た事ないくらいのプロポーション。
なんていうか、おムネは出てるし腰は細いしお尻もキュって魅力的。
私もおムネはある方だと思ってたけど、色気……ま、負けた……。
ベルンハルトは玉座に腰掛け、私を膝に座らせる。
ちょ
これは……
「みなの者、楽にしろ。出迎えご苦労。今帰った。留守の預かり感謝する」
ベルンハルトがそう言うと、腰を折っていた女性たちは頭上げ寛いだ。
その間、私の髪をくるくる遊んだり首筋に鼻を寄せたりしてる。
くすぐったいし恥ずかしいし何より視線!
特に手前側の三名の女性からの視線が痛い。
「紹介しよう、妻達よ。こちらはミア。お前達も可愛がってやってくれ」
ベルンハルトはその三名に言った。
無表情美人、黒髪美人、ショートカット美人。
「「「かしこまりました」」」
うわっ、うわぁ、女性陣を従えて、まるで王様……いや王様なんだけど、なんか、すごい。
アランより威圧感あって、女性たちが媚びすぎて無い。
「特に、ミリアナ。お前の下になるからな。色々教えてやってくれ」
「お任せ下さい」
ミリアナと呼ばれたショートカットの女性は私と目が合って手を顔の位置まで挙げ、指をぱたぱたさせている。
ニコニコしているから悪い人では無さそう…?
「ザラとフラヴィアは十日後に結婚式をするから采配を頼む」
ザラと呼ばれた無表情美人さんは溜息を吐き、目を伏せがちに
「承知しました」
と言った。
では黒髪美人さんがフラヴィアさんかな。
「かしこまりました。良き式になりますよう、尽力させて頂ます」
慈愛の微笑みで答える。
三名がいわゆる「妻」に当たる方なのかな?
……上手くやって行かなきゃなんだよね。
「それから、今夜はザラの所へ行く。準備をしておくように」
辺りがざわめく。
ザラさんは気まずそうに、でもちょっぴり恥ずかしそうに「お待ちしております」と言った。
────ぇ………
なんだろ、胸の辺りがもやっとする。
『今夜はザラの所へ行く』
それは、つまり。
多分、ソウイウコトをするって事で。
なんだろ。
ベルンハルトが私の髪を撫で、口付ける事が、ちょっとだけ。
ほんのちょっとだけ、何故か悲しくなった。