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失恋令嬢はハーレム王から愛される  作者: 凛蓮月
結婚する前のこと。
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【閑話】仮面舞踏会で会った女


 視察と交渉を兼ねてやって来たこの国で、案内人として着いていた子爵から紹介されやって来た仮面舞踏会。

 なる程。

 これなら俺の正体もバレずに楽しめそうだ。


 だが周りにいる女性はどれも肉付きが悪い。

 俺はもう少し、むっちりとした女性が好きだ。

 まぁ、そこそこな感じのを引っ掛けて一夜を楽しむか……とワインを嗜みながら見繕う。


「あっ、すみません!」


 目の前の女性が誰かにぶつかってイヤリングが落ち、それが俺の足元に転がって来る。

 それを拾い上げ女性に差し出すと、既に酔いがまわっているのか猫の仮面の女性が潤んだ瞳でこちらを見ていた。


「…ありがとうございます。とても大事な物だったので助かりました」


 イヤリングを受け取り、とても愛おしそうに見入る。

 ほう……。

 中々良い娘がいるじゃないか。

 今夜はこの娘と過ごす事にしようか。


「レディ、宜しければ今日の出会いに話でも」


 この国のマナーに則り紳士的に誘うと、彼女は目をぱちくりさせる。

 そしてふわりと笑み。


「喜んで」と俺の手を取った。



 随分飲んでいるが、イケる口なのだろうか。

 少し心配になっていると、


「わたくしっ、しょろしょろ帰りまー!」


 覚束ない足取りで立ち上がり、ふらりとしたので慌てて支える。

 ……なんて無防備なんだ。このままではいいようにされてしまうぞ、と思いつつ彼女を休憩室へと誘導する。


 彼女をベッドに寝かせ、軽く口付けすると真っ直ぐな目で俺を見て来た。


「私をお抱きになりますの?」


 先程までふにゃふにゃのくにゃくにゃしていた女と同じとは思えないくらいの視線。


 無防備かと思えばそんな瞳で見詰める事もするこの女に俺は興味を抱いた。


「レディの望むままに」


 そう言って手に口付け、それを合図に夜が始まる。


 情熱的な時間はあっという間に過ぎた。

 文字通り、あっという間だった。


 隣で眠る女の鼻を摘む。


「この俺を前にして口付けだけで寝てしまうとは…」


 そう。

 この女は口付けが終わると同時に寝息を立て始めた。

 無邪気なのか、計略的なのか。

 まるでこの仮面の猫のようだ。


「……アラン………」


 既に夢の中にいるのか。

 俺の袖を掴みながら他の男の名を呼ぶ。

 その眦からは涙が溢れた。


 いつもの俺ならこの女をここに置いたまま、他の女性を探しに行っただろう。


 だが、何故か今は涙を溢す彼女の側を離れたくなかった。


 仕方無く溜め息をつき、寝台に横になる。

 名も知らぬ猫に腕を回し、抱き寄せるようにして眠る事にした。


 その時の自分の行動は、俺の中ではあり得ない事だった。

 だが、何となくこの女を独りにしたくない。

 悲しみから解放してやりたい。


 そんな気持ちになっていた。




 その後目覚めてから女の名を聞くと、ミアとかまんま、猫だった。

 思わず吹き出すとちょっとムッとした顔になる。


 さっきの誰かを想うような顔に、ふてくされた顔。

 貴族令嬢ってもっと人形みたいな奴ばかりだと思っていた。

 けどこいつはホント、放っとけない。


 国に連れて帰りたくなった俺はミアの親に挨拶をする。

 世話になっている子爵家がミアの実家とか何これ運命ってやつなのか?


 何か大事な事を言い忘れてる気もするけどトントン拍子に話はまとまって、出逢って数日後にはハーブルムに一緒に行く事になった。



「ハーブルム王よ、我が国は楽しまれたか」


「ああ、おかげで妻に巡り会えた。感謝する」


 挨拶してきたこの国の王太子が怪訝な顔をする。


「我が国の令嬢を貴殿の後宮に迎えるのですか?」


「いや、後宮には勿体無い。妻にするんだ。面白い女性でな、……ふっ」


 ミアを思い出すと思わず顔がニヤけてしまうな。


「……良き出逢いがあったのですね。結婚式の際はお祝いを贈らせて下さい」


「ああ、感謝する。ありがとう」


 王太子に帰国する旨を伝え、王宮を辞する際、最初に連れ帰ろうと思っていた男に出くわした。


「やあ、クレール侯爵子息殿」


 レアンドル・クレールだ。

 相変わらずの威圧感はあるが、以前と比べて空気が和らいだ気がする。


「ハーブルム王におかれましては……」


「ああ、堅苦しいのは良い。それより、貴殿もハーブルムに来ないか?」


 きょとんとして目を瞬かせるクレール侯爵。

 ……威圧感どこ消えた?


「その話は以前にもお断りしたはずですが」


「あれから気が変わったのではないかと思ってな」


「全く変わりません。私はこの国に尽力するつもりです」


「俺の国に来ればお前は女を抱き放題だぞ」


 この国ではどうか知らないが、レアンドルのような男はハーブルムでは女が放っとかないだろう。


 ──野心が無いのが残念ではあるが、部下にするなら無い方がいい。

 気遣いできるが気弱ではない。自分の意志を貫く力もある。

 それに何より身体付き、身分、身のこなし、周りを見渡す広い視界。全てにおいて女が群がる要素を持ち合わせている。


 本当にこんな所で燻らせているとは勿体無い。

 


「それは私にとって利点であるとお思いですか?」


 ピリッと空気が張り詰める。

 先程まで和らいだ空気の男は鋭く俺を睨んでいた。


「様々に魅力的な女を侍らせたいと思わないのか?」


「興味ありません」


 俺は目を見開いた。

 身分が高ければ高いほど、権力の証として女性を侍らせたがるものだ。

 現にこの国でも愛人を持つ貴族は少なくないと聞く。

 それをこの男は一刀両断した。


「私には婚約者がおります。女性は彼女ただ一人がいれば良い。彼女を幸せにする事が私の幸せです。

 なので私は彼女以外を望みません」


「大勢の女より、婚約者を取ると?」


「大勢より、私は婚約者から愛されたい。私も、婚約者だけを愛しています。

 ただ一人だけが欲しい。他の女性などいりません」


 婚約者を想うこの男の瞳は熱を帯びる。


 そしてこの男の言葉は、どこか引っ掛かるものがある。


 小さな針で引っ掻かれたような、そんな気分だ。



 それが何なのか、今の俺には分からない。


 うらやましいのか、妬ましいのか、愚鈍であると嘲るのか。


「そうか。……すまなかった。失言を許してほしい」


「こちらこそ出過ぎた真似を申し上げました」


「気にするな。……婚約者殿と幸せに」


「過分なお言葉、ありがとうございます」



 別れてから、レアンドル・クレールの言葉が思い出される。



『大勢より、私は婚約者から愛されたい。私も、婚約者だけを愛しています。

 ただ一人だけが欲しい。他の女性などいりません』




 ハーレムを持つ俺からすれば真逆の話。

 この男の言葉を俺が実感することなどあるのだろうか。



 この言葉はずっと先まで俺の奥底に残る事になる。


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