ミアの決意
「ミア!どこ行ってたの心配し───」
私を見つけたイベリナお姉様が、手を挙げたまま固まった。
ドレスはよれてるし、隣に見知らぬ男性を連れてるから無理もないかもしれない。
「ミアの──お姉さんですか?初めまして。先程彼女に求婚して了承を頂いたのでご両親に挨拶に伺いたいのですが」
私は目が点になった。
誰この人?ってくらい、ニコニコして口調が丁寧。
さっきまで俺様みたいな雰囲気出してた男と全然違って紳士的。
お姉様はずおっと私に寄って来て
「ちょっとミア、あんたどこで引っ掛けたのよ!?いやここか、ここよね?え、なんで?」
お姉様混乱してるわ。
まぁ混乱しない方が無理よね。むしろ何で私はこんなに冷静なんだろ、と出そうになったため息を寸でで飲み込んだ。
「お姉様落ち着いて。実はね」
事情を説明すると、お姉様は目を座らせ口の端を引きつらせた。
そして改めてベルンハルトに向き直り。
「申し遅れましたわ。私はこの子の従姉妹でございます。ここでの立ち話も何ですから、一度私達の屋敷へお出でいただけませんか?」
「ありがとうございます。では早速参りましょう」
なんかこの二人すっごく笑顔が胡散臭い!
その胡散臭い笑顔を横目で見ながら、私達は伯爵邸に帰宅した。
「ハーブルムの王、ベルンハルトと申します。
単刀直入に言います。ミアを俺の国に連れて行きます」
本題はやっ!?
叔母さまも、お姉様も笑顔のまま固まっているわ!
て、え?
「ハー…ブ……?」
「ハーブルム。海の向こうの割と暖かい国だ。いや、暑苦しい季節もあるな。……言ってなかったか?」
ふむ、と顎に手を当てひとりごちる彼──ベルンハルトを、口をぱくぱくしながらでしか見れない自分が腹立たしい。
てゆうか、王?
王て言った?この人!やっぱり噂の異国の王なの?
ハッ、といち早く我に帰ったのは叔母さまだった。
「ハーブルム王様、このような略式の出で立ちにて大変失礼致します」
さっと立ち上がり、きれいなカーテシーを披露する。さすが貴族令嬢の教育を引き受けてきた貫禄があるわ。
「お気になさらず。我が妻になるミアの母ならば気にしません」
「僭越ながら私は叔母にございます。現在ミアの身柄を預かっていますが、その子の親は別におります」
「そうですか。ではそちらにも挨拶せねばなりませんね。向こうに行けばそうそう帰る事も無いでしょう」
その言葉にどきりとする。
不敵に笑いながらベルンハルトは私を見てくるけど、引き攣り笑いでしか返せない。悔しい。
ハーブルム。
初めて聞くその国は海を渡っていく場所らしい。
行けば実家に帰るのも難しいぽい。
何日くらいかかるんだろう。
検討もつかない距離感に現実的では無い気がしてわくわくする間もなく不安になった。
「ハーブルム王、今日はどちらへお泊りですか?」
「ああ、世話になっている子爵がおります。取引先なんですが」
「ではそちらまでお送り致します。今日はもう遅いです。この子の父親には連絡を入れておきますので王はお引き取り下さい」
ステラ叔母さまは毅然として丁重に接している。
貴族夫人としての笑顔を張り付けて、背筋を伸ばして。
そんな叔母さまをベルンハルトはふむ、と見やり。
「分かりました。今日は子爵の所に行くとします。
ミア、明日朝一番に迎えに来るから国に行く準備をして待ってろよ」
そう言って、額に口づける。
イベリナお姉様が「きゃっ」って興味津々に見てるけど、された私は目を見開いた。
「では、ミアの叔母よ。また明日の朝にミアを迎えに来ます。
彼女のご両親によろしくお伝え下さい」
ベルンハルトが胸に手を当て、頭を下げる。
お、王様!?いいの!?ってぎょっとしたけど、叔母さまはカーテシーでお返しした。
慌てて私とお姉様もカーテシーをする。
私たちはベルンハルトが退室するまで頭を下げたまま見送った。
執事からベルンハルトが馬車に乗り出発した事を聞いて、ステラ叔母さまはようやくホッと息をついた。
「ミア……あなた……とんでもない御方につかまったわね。……ああ、ロルフ、お兄様に手紙を書くから至急届けてちょうだい」
「かしこまりました」
執事のロルフは叔母さまに便箋とペンを渡す。
叔母さまはサラサラとしたためた。
書き終わった便箋をきれいにたたみ、封筒に入れしっかりのりづけをして封蝋を押す。
それをロルフが受け取って、そのまま部屋から出て行った。すぐに使いを出すつもりらしい。
叔母さまは侍女から淹れてもらったハーブティーを含み、ホッと一息つく。
私とお姉様もこくりと飲む。
「で。
ミア、あなたまさか王と同き……」
「何もしてません、されてません。酔って寝てしまったみたいです」
「……そう」
あからさまに叔母さまはホッとした表情を浮かべた。
「でも、有無を言わせない空気だったわね。せめてどうしてそんな事になったのか説明してちょうだい」
有無を言わせない空気は叔母さまもです、とは言えず、私は口を開いた。
王様と出会ったのは偶然で、イベリナお姉様とはぐれて探しているうち「ちょっと話でもしよう」と誘われ、勧められるまま果実酒を飲み、帰ろうとしたところ休憩室に連れ込まれ、そこにあったベッドが魅力的で横になってからは目が覚めたら王様がいた。
叔母さまにした説明はこんな感じ。
イベリナお姉様は目をきらきらさせているけれど、叔母さまは目を座らせ額を手で支えている。
「……あなたはどうしたい?どうするの?」
どうしたいか。
そう、問われて。
「……私が行かなきゃ、クレール侯爵嫡男様が強制的に連れて行かれる可能性が……」
ドレスをぎゅっと握る。
すると叔母さまはため息を吐いた。
「クレール侯爵家嫡男はそんなヤワな男ではないわ。婚約してからは特にね。あなたが気にするまでもないわ。
あなたの気持ちを聞きたいの。ハーブルムは海の向こう。行けばおいそれと帰っては来れないわ。それでも良いの?」
それでも良いの?
そう問われて、私はぎゅっと目をつぶる。
一生を左右する問題だ。
誰かを理由にしてはだめだ。自分の意志をしっかり持たなくちゃ。
私はこれからどうする。どうしたい。
嫌だと、やっぱり止めるなんて簡単な問題じゃない。外交問題になるかもしれない。
本当はこわい。
誰も知らない場所に行く。
私を愛してくれるか分からない男と共に。
でも。
行くしかない。
ハーブルム王には「私が行く」と言ってしまった。もう撤回はきかない。
「──ありがとう、叔母さま。
私は私の行動の責任を取ります。
短い間でしたが、お世話になりました」
叔母さまから習った今までで一番きれいなカーテシーを決める。
イベリナお姉様が両手で口元をおおう。
ステラ叔母さまはしっかり私を見据え。
「……幸せになりなさい、ミア。
助けにはなれないけれど、与えられた中での幸せを、あなたにできる事を模索しなさい」
叔母さまを見据え、しっかり頷く。
もう戻れない。
いや、戻らない。
この国に帰れなくても。
それが私の運命だと、受け入れる。
私は、故郷を出て、異国の王の妻となる。