私の幸せ
「知ってるわよ、そんな事」
「えっ」
顔を上げたディーン様の顔はぐしゃぐしゃで。
そんな彼の額をピンと弾いた。
「別に無理なら無理で良いのよ。やり方を変えるだけだから。
むしろアッサリ元婚約者の子から来られても、それはそれで幻滅と言うか」
私を好きになってほしい気持ちはあるけど、元婚約者の子に一途でいてほしい気持ちもある複雑な感情。
自分でも驚いてる。
「私、ハーブルムの特使を任されたの。だからこれからあなたに着いて行く事にしたわ」
「えっ……、えっ、と」
「迷惑?」
ずいっと近寄ってお胸を少し押し付けてみた。
「い、いえっ、迷惑ではない、です。でもっ」
「気持ち悪い?」
「ひっ、いや、そういう訳では無い、デス」
しどろもどろになりながら、ディーン様は必死に抵抗している。意外に女慣れしてないのかしら。そんなところもかわいい。
一途に想う女性がいながら、気持ちが無い女性から言い寄られて。
でもハッキリ断れない、言い換えれば優柔不断。でも必死に抗う姿が危うげで。
「なら問題無いわね」
するりと頬を撫でると、何度も瞬きをしてゴクリと喉を鳴らした。
でもその先はお預け。
ディーン様の震える指先が私に伸びそうになった所でするりと抜けて何事も無かったように自分の座っていたソファへ戻った。
「これからよろしくね」
ニコリと笑うと、ディーン様は顔を赤くして「……はい」と小さく呟いた。
「ミリアナ姉様考え直して下さい」
「ダメよ。お土産送るからいい子にしててね」
私が特使になってハーブルムから離れる事をミアに告げると、夜一緒に寝ると言ってやって来た。子どもたちは陛下と一緒に寝るそう。
「……私がハーブルムに来て、一番はじめに信用できると思ったのがミリアナ姉様でした」
「あら、陛下ではなく?」
「ベルンハルトは……、連れて来る時結婚してる事言わなかったんですよ」
その時を思い出したのか、ミアはふくっと頬を膨らませた。
「でも、ミリアナ姉様と仲良くなれて……、それから楽しくて」
ぎゅっと、私の夜着を握る。
「ルトフィやハイルの面倒も見てくれて……」
私はミアの頭をそっと撫でた。
「本当はミリアナ姉様の幸せを願わなくちゃいけないのに、……よりにもよってディーンに取られるのが悔しいです」
苦虫を噛み潰したような顔をしたミアを見て、思わず苦笑した。
「……ディーン様はまだ元婚約者の子を忘れられてないみたいよ」
「え……」
「その子を忘れるまでは私とどうにかなる気は無さそう」
「えー……」
「まあ、ディーン様がダメでも世界を見て回りたいのは変わらないし、そのうちいい人ができて落ち着くかもしれない」
「ディーン以上にいい男いますよ」
「ミア。今の私はディーン様がいいの。だから否定だけはやめて」
つん、とミアの鼻に人差し指で触れると、ミアはバツが悪そうな顔をして「ごめんなさい」と言った。素直なところがかわいい。
「……いつでも帰って来て下さいね」
「時々は帰るつもりよ。ミアもしっかり陛下をお支えしてね。もうハーレムには誰もいなくなるんだから」
ミアが嫁いできた時にいた夫人たちは、もういない。
ザラ様は離宮に行ったきり戻らない。ザラ様の御子であるザイード様は行き来してるみたいだけど。
フラヴィア様は元恋人に口説かれてハーレムを抜けた。時々は二人で遊びに来る。
妾たちも一人残らず出て行った。実家に帰った者、紹介から嫁いで行った者、様々に自分の幸せを見つけて行った。
私はミアの相談相手や甥っ子たちのお世話をしていたけれど、一度きりの人生だもの。
誰かを愛し、できたら愛されたい。
「ミリアナ姉様の幸せを願っています」
「ありがとう、ミア。あなたもいつまでも幸せでいてね」
その夜は一緒のベッドで眠った。
大好きな私の義妹。
遠くからあなた達の幸せを祈っているわ。
「忘れ物は無いか」
「ええ、荷物が多過ぎるのも問題ですし、現地で調達して行きます」
日にちが経つのは早いもので。
イーディスの外交官たちが帰国する日になった。
港までお見送りに行くとごねたミアを窘めて、宮殿の馬車乗り場でお別れ。
陛下、ジュードさん、ハリードさんが並び、陛下の両隣にはルトフィ、ハイルが俯いてそれぞれ陛下と手を繋いでいる。
「姉様……。……気を付けて、お元気で。お手紙下さいね」
「ミアも。ルト、ハイル、お手紙書くわね」
相変わらず顔を俯けたまま、陛下に繋いだ手がギュッとなった。
「待ってます……」
小さな声でルトフィが言うと、ハイルも「ぼくも」と呟いた。
ここで抱き締めると離れがたくなるから、私は断ち切る為にも馬車に乗り込む。
外交官の方たちは既に港へ出発している。
「行って来ます」
そう言ってから、馬車を出してもらった。
見慣れた宮殿が遠ざかる。
大好きな人たちの手を振る姿が小さくなる。
20年以上、住み慣れた国を離れて行く事に不安はあるけれど、未来が決まっていないワクワクも私を魅了していた。
港に着いて馬車を降りようとしたら、御者の方では無い手がスッと出て来た。
「……ありがとう」
その手を取って、馬車を降りる。
「あなたは……不安では無いのですか」
捨てられた子犬のような、ではなく、何かを決意したかのような深い青の瞳が私を見つめる。
「怖がってばかりで前に進むのを躊躇っては、未来は明るくならないから。
不安は勿論あるわ。でも、諦めない」
そう言うと、ディーン様は私の手を両手で握って来た。
「私は……。正直、まだ元婚約者の事を完全に忘れられていません。でも、卑怯かもしれないけれど、貴女の側にいたいとも思っています。
女性の一人旅は危険です。だから、私に貴女を守らせて頂けませんか」
意外な言葉に私は思わず目を丸くした。
まさかそんな事言われるとは想像してなかったから。
「護衛なら心配しなくても、護身術くらいは」
「〜〜っ、俺が嫌なんです」
ディーン様の握られた手に力が入る。その温もりが伝わって、私の奥に響いてくる。
「あの時、甥っ子を胸に抱く貴女に、未来を望んでしまいました」
「えっ……」
「貴女と共にあれたら、と思いました」
それはつまり。
ディーン様が私の側にいて。
私は……、子どもを抱いていて、その子はつまり。
「私が元婚約者をちゃんと吹っ切れて、その時貴女に……特定の男性がいないなら、私と歩む事を考えて頂けませんか……」
……ずるいなぁ。傍から聞いたら不確かな約束。
「お断りするわ」
「……っ」
「私は待たないわ。今は貴方が好きだけど、いつまでも好きだと思ってたら間違いよ。
だから、私が貴方を口説いてる間に、吹っ切って」
潮風がさらりと流れる。
陽の光が反射して、ディーン様は目を細めた。
「分かり、ました。貴女に見て頂いてる間に、ケリつけます。待たせません」
ディーン様は私の手に口付けた。
もう瞳に迷いは無いみたいだった。
「行きましょう、船が出航するわ」
そのまま手を繋いで、桟橋を歩く。
目指すはイーディス。
今はまだ甘い関係にはなれないけれど。
きっとそう遠くない未来、傍らに小さな生命が寄り添っている。
そんな予感を胸に抱いて、私は故郷をあとにした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
【side ミア】
一日の終わり、湯浴みを終えてようやく一息ついて寝室のソファに腰掛けた。
夕方頃到着した封筒を開き、中の便箋に目を通す。相変わらずきれいな文字に、思わず懐かしさがこみ上げた。
「ミリアナ姉様……」
それは数年前ハーブルムから羽ばたいて行った大事な姉からの手紙。
ハーブルムの特使として世界中を飛び回るミリアナ姉様は、時折手紙を送って下さる。
たまに手紙と一緒にお土産も付いてくる時もあって、息子たちはそれを楽しみにしているのだ。
「ミリアナからか」
「ええ。あなたも読む?」
「そうだな」
手紙を読んでいる間に、愛しの夫も寝室に来た。年を重ねる毎に色気が増して、またいつかハーレムが復活しちゃうんじゃないかとやきもきするけど、それを言うと翌日起きれなくなるからそっと胸にしまった。
「──元気にやってるようだな」
「そうね。親子三人、あちこち飛び回ってるみたいね」
手紙には諸外国の様子は勿論、まだ小さな私の甥っ子にあたる子の事も書かれてあった。
夫となった男性──ディーンの実家に行ったらしく、手厚く歓迎されたそう。
そして手紙の最後にはいつも、こう記されてある。
『私は幸せよ、ミア』
その文章を見て、私は思わず笑みを浮かべた。
「ミアは幸せか?」
ベルンハルトの問に、私は応える。
「勿論、幸せよ」
ミリアナ姉様がいないのは寂しいけれど。
姉様が幸せで良かった。
ベルンハルトはテーブルに手紙を置いて、私に向き合った。
「愛している」
「私も、愛しているわ」
そうして私は夫に口付けた。
ミリアナ姉様、私も姉様の幸せを願っているわ。
『失恋令嬢はハーレム王から愛される』をお読み頂き誠にありがとうございました。これにて完全完結となります。
前作『優しさの裏側』のミアの幸せを願って下さった方のお声を頂き始めたお話でしたが、本編より長くなってしまいました(汗)
当初は二万~五万字いけばいいなぁとのんびり進めておりましたが、まさかの10万字越えてびっくりしています。
読み返せば色々拙く、大いに反省するところではありますが、最後まで書き続けられましたのはひとえにお読み下さった皆様のおかげです。心より感謝を申し上げます。
番外編について。
ミア編を書くにあたり、初期の段階でディーンのお相手はミリアナ姉様、と決めておりました。
多分リアを想いウジウジしてるんだろなぁ、と思っていたので、翻弄してくれる女性を紹介しました。
おそらく今後も手玉にとられながらなんだかんだ上手く行くんじゃ無いかな?と思っています。
最後になりましたが、ここまで読んで下さった全ての皆様に感謝を申し上げます。
本当にありがとうございましたm(_ _ )m
また次回作でお目にかかれたら嬉しいです(*´꒳`*)